「愛するひとは貴方だけ」
是がたつた一時の真実で痛くもない
剥いではまた塗つて戴く爪 by 椎名林檎【おこのみで】 歌詞一部抜粋
本望 息の根を止めるのはどうか貴方でいて
月明かりだけが頼りのなんとも薄暗い路地裏。
こんな所だから当然人通りも少ない、というか元々良い噂を聞かないこの場所であるからして。
余程の物好きで無い限り、好き好んでこんな所に足を運ばないだろう。
カチャリと冷たい何かが私の額に当てられる。
いくら暗くて見えないからといって、それが何であるのかなんて事など、とうに分かっていた。
いつかこんな日が来るんじゃないか、と私自身自覚はしていた。
いや、寧ろどこかでそれを望んでいたのかもしれない。
じゃりじゃりとしたアスファルトの地面を背にしている私は抵抗する術もなく、ただ目の前の男を見つめる。
「ツカサ、とうとうお別れね。」
ふふ、と歪んだ笑みを洩らす。
こんな状況でも自然と冷静でいられるのは、さっき思ったことが当たっているからだろう。
目の前の男はというと。
地面に横になっている私の傍に身を屈め、未だ銃口を私の額に当てたままだ。
月明かりを浴び、その銃はいつにも増してぎらりと輝いている。
いまかいまか、と私を射抜くのを期待しているかのように。
今までもそうやって多くもの命を奪ってきたのだろう。
そんな何とも恐ろしい銃の持ち主、長身に黒いスーツを纏った男は、夜風にくるくるとした癖のある髪を揺らしている。
暗闇のせいで表情は読み取れないが、私は知っている。
殺し屋とは不似合いなまでに、強く優しい瞳を持っていることを。
まあ、ごもっとも。
自惚れである、と言ったらばそれまでだが。
「ああ。サヨナラだ。」
男は親指をゆっくりと引いた。
カチャリ、と額に触れているものに銃弾がこめられる。
後は人差し指を引くだけで、終わり。
死を感じ、覚悟する瞬間。
けれど、やはり先程と同じく不安は感じなかった。
それどころか、自然と笑みが零れるなんていう状態。
地面を背にしているからだろうか。
月と闇と星空がやけに目に入る。
それが眩しいのと、覚悟とで、私は目を瞑る。
「長かったわね。」
「そうだな。とうとうお別れだ。」
私たち以外に何も音を発するものがないため、辺りは閑散としている。
目を瞑っていると普段は意識しないと聞こえないものまで耳に入ってくる。
風の音、虫の鳴き声、私の呼吸、男の呼吸。
「お前と出会ってから2年、やっと捕まえることが出来た。」
「あら、もうそんなに経つのね。」
「俺をここまで手こずらせたのはツクシ、お前が初めてだ。」
どきりとする。
たった名前を呼ばれただけで。
ああ、そうだった。
いつもこの低い声に、私は調子を崩されていた。
なんて、美しく私を惑わす声。
今まではそんなこと認めなかったし、認めたくなかったから言葉に表したりなんてしなかった。
でも、まあ最期くらい認めてもあげてもいいわ。
「そう。それは誉め言葉として受け取っていいのかしら。」
「ああ。有り難く受け取っておけ。」
「偉そうに言わないで。」
「お前、よくこの状況で言えるよな、全く。」
ああ、早く始末してくれればいいものを。
何故だかこの男はそうしてくれない。
私は未だ目を瞑ったまま、男は私に銃を向けたまま。
どうしてあの男がここまで私を生かしておくのか。
私はそれを望んではいない。
その右手の人差し指を引いてしまえば、それで全てが終わるのに。
「さあ、早く引き金を。」
引いてちょうだい。
これ以上何も考えなくて済むように。
「ああ。最期に何か言いたいことはあるか。」
「いいえ、何もないわ。」
この期に及んで何も言い残す事など何もない。
いや、もしあったとしても墓場まで持って行くだろう。
「そうか。ならば俺からひとつ言わしてもらう。」
すう、と男の息を吸う音が聞こえた。
それからぽつり、と小さな呟き。
「愛してた。」
思わず瞑っていた目を開いてしまった。
目に飛びこんできたのは、月と闇と星空・・・と男。
男の表情は相変わらず暗闇のため読み取れない。
「どうして・・・・。」
どうしてそんなことを言うの。
だから早く殺せ、と言ったのに。
自覚する前に消えてしまいたかったのに。
卑怯だ。
なんて悪質な嫌がらせ。
今から死ぬ人間への同情の表れか。それとも、単に私が憎いからなのか。
どちらにせよ、愛などと戯けたことを。
に、と男の口は弧を描く。
それはそれは嬉しそうに。
「お前も俺を愛していただろう?」
本当に最期まで狂わされっぱなし。
こっちこそ随分と手を妬いたわ。
愛などと・・・・戯けたことを。
「・・・・・そうね。残念ながら。」
自嘲の笑みを洩らす。
人生最大で最悪の秘密
墓場まで持っていくと決め込んだのに。
果たすことが出来なかった決心。
全部全部、この男のせい。
ピピピ、と男のポケットにある携帯電話が存在を主張する。
それは全ての終わりを告げる知らせであると男も私も分かっていた。
「時間だ。」
ピピピ。
「そのようね。」
ピピピピ。
「元気でな。」
ピピピピピ。
「そっちもね。」
ピピピピピピピ。
「「さようなら。」」
(最期に見た涙は、見なかったことにしてあげる)
「愛と謂ふ言葉は不要です」
いとも容易に濡れし此の色目を
新しく演出して さあ何方でも
・・・お好きなように by 椎名林檎【おこのみで】 歌詞一部抜粋
06/11/28
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まこさんへの30万打キリリク小説です。
司つくで『二人は敵同士なんだけど、お互い好き合ってるお話』とのリクエストをいただきました。
ちょっと分かりづらい部分が多々あると思うので、ちょっとここらで補足説明〜・・・。
司は雇われた殺し屋。ヒットマンです。
つくしちゃんはそのヒットマン(要するに司)に追われている模様。(何で追われているのかはご想像に・・・)
司は仕事だとはいえ、だんだんツクシちゃんの魅力に惹かれていく訳です。
ツクシちゃんも敵だと思いつつも司に惹かれていく訳です。
そして、場面はとうとう司がツクシちゃんを追いつめ・・・!!!
・・・・てな感じに。(説明なかったら切ないくらいに分かりませんよね。涙)
なんとなく雰囲気だけでも味わってもらえれば本望です。