1933年公開の『キング・コング』で特殊撮影に興味を持ち、ジョージ・パル製作の16ミリ映画「PUPPETOONS」から映画に従事。本格的デビュー作となったのは次作『原子怪獣あらわる』だった。

水爆実験により北極で甦った怪獣がニューヨークを襲う!どっかで聞いた事があるでしょ。そうです。『ゴジラ』も『ガメラ』も大きな影響を受けた作品だったんですね。
ハリーハウゼン独自の実写と一体となったストップ・モーション・アニメーション手法の立体アニメーションは自ら「ダイナメーション」と呼称してたんですねェ。
それまで怪獣と言えば、中に人が入って・・・が当り前でしたがどう見ても、人が入れない怪獣や恐竜がスクリーンの中で暴れている!? ど、どうして? 本物???
あのギコチない動きが、ミョ〜にリアルに見えたのは私だけでは無いと思います。
当時で言うなら、パラパラまんが。今なら GIFアニメですもんねェ。その手法が解って、あらためて感動した覚えがあります。
『タイタンの戦い』以降は映画制作から離れ、ロンドンに居を構えて講演やSFコンベンションなどで活躍。1992年には、アカデミー特別賞を受賞している。
原作では自分の研究を軍事目的に使われることに恐れた谷博士が、アメリカの軍事研究所から脱走し、日本に連れて帰ったスーパーロボットとなっている。
アニメでは事件に巻き込まれて殺されてしまった刑事、
東(あずま)八郎の記憶・性格を電子頭脳にコピーさせたロボットという設定でした。
このアニメで毎回あったシーン。警察からの電話を受けた東がエイトマンになって受話器をおく前に電話の主の元に到着する・・・(早いにもホドが)しかもあの疾走シーンでは、まったく上半身を動かさない!
それがかえって速そうだったんですよね。
ところが、実写版のエイトマン(ビデオ)で見た時はなんだか唖然としてしまいました。

実写版のエイトマンそのものは結構イケテるんですが走るシーンがいただけません・・・残念。
地球の創造主アースによって造られたロケット人間マグマ大使と、地球侵略をたくらむ宇宙人ゴアとの戦いを描いたSF活劇です。新聞記者村上厚の一家が、ある朝目覚めると、
家の外は恐竜が歩き回る2億年前の世界になっていました。(オォ〜)
それは、実はゴアと名乗る宇宙人が、自分の力を示すために
彼らを過去へとタイムスリップさせたのでした。(やるじゃん♪)ゴアは、地球を乗っ取ると宣言し、新聞でそのことを宣伝しろと言う。
現代へ戻った村上記者の息子のまもる少年は、マグマという巨人に火山島の地中につれていかれ、(熱そぅ〜)そこでアースという地球の造り主と会います。アースはゴアの野望を打ちくだくために、マグマ、モル、ガムという3人のロケット人間をつくりました。まもるは、マグマからこまった時にマグマたちを呼べる笛をもらい、彼らとともにゴアと戦います。
しかしゴアは、人間モドキという人間にそっくりに化けられる生物をひそかに地球へ送り込み、すでに地球侵略を開始していたのでした。
いかにも柔らかそうなゴールドのマグマ大使と顔と頭がラメラメのゴア。そしてゴアが乗っている宇宙船がキョーレツに頭に残ってますね。ちなみにコレ、手塚作品だったんです。
光速エスパーは1964年に東芝のマスコットキャラクターとして漫画家あさのりじ(浅野利治)氏にデザインを依頼されて誕生しました。そして当時の宇宙ブームもあって、連載漫画としてスタートしました。
連載は当時、光文社が発行していた「少年」という月刊少年雑誌で1966年に開始され、1968年3月号での「少年」休刊まで約2年強続きます。
「少年」休刊後、エスパーは1968年から集英社発行の「少年ブック」に移り、設定を一新、新たに松本零士氏の手によって1968年6月号から連載が開始されます。松本氏にエスパーが引き継がれる時点で、キャラクター、設定等を総て変更しても良いという条件で、松本版エスパーはあさの版ともテレビシリーズとも全く異なる独自の世界となっています。テレビ版のストーリーとしては、 主人公の東ヒカルが、ある日、両親と気球で空の散歩を楽しんでいたが、 そこへエスパー星人の”飛行音波”が衝突し、気球は墜落する。(どっかで似たようなことが) エスパー星人は、墜落した親子を助けたが、両親はすでに死亡、ヒカルだけ が、かろうじて生き残ることになった。エスパー星人は、亡くなったヒカル の両親の体を借りて、何も知らないヒカルを育てることにしたが、彼らの 母星(エスパー星)を襲ったギロン星人が、今度は地球を襲うことを知って、 また逃亡の旅にでようと考えるが、すでに彼らの子どもとなってしまっ たヒカルには、エスパー星人のような超能力はありません。そこで、2人は、すでに ”強化服”を開発中であった浅川博士に無意識のうちに知識を授けて完成させ、 ヒカルをパイロットとするように、仕向けた。こうして、 エスパーが誕生した。 ヒカルには七つの力を持つ強化服を着せて、光速エスパーを名乗らせ、怪奇な宇宙怪物や、超常現象に立ち向かって行くのであった。 ヒカルは、自宅から飛び出す瞬間に助走し“イー エス パー!”と叫んで強化服を装着 すると、そのまま大空へ・・・なんとも印象的な変身でした。そしてエスパーには7つの能力があったんです。
○ 吸引能力 ○光能力 ○コンピュータ能力 ○スモーリング能力 ○ テレ能力 ○熱能力 ○冷能力

おどろくことに、松本版エスパーでは、エスパーの地球人としての名前がなんと『古代すすむ』だったんです。「宇宙戦艦ヤマト」のルーツは、こんな処にもあったんですね。実写版は三ツ木清孝さんの主演作品で、放映時、かなりの人気がありました。
♪真〜っ赤な太陽〜燃えているぅ〜 果て〜ない南の〜大空にぃ〜♪と唄うは三橋美智也。テレビ主題歌の中でも名曲中の名曲ですよね。この主題歌を歌える人も結構いらっしゃるでしょう。『快傑ハリマオ』は、『月光仮面』『豹(ジャガー)の眼』で連続ヒットをとばした宣弘社の第三弾。国産カラーTV映画の第1号であったことはあまり知られてないかも知れません。というのもカラーは第5話までで、後は白黒というちょっと変則的な放送だったんですね。また『快傑ハリマオ』は、『豹の眼』の延長線上にある作品で、圧政で苦しむ東南アジアの某国の独立のために、現地人を助けて秘密結社や死の商人と戦う日本人の冒険物語だったようですが、ただ単にカッコイイから見ていた記憶があります。白いターバンに黒眼鏡。プリントのダボシャツに白のラッパズボン。腰には虎のマーク入りのバックルが付いたガンベルトをまいている。う〜ん、カッコイイぞぉ〜〜!ただ白いターバンはどうやったらあんな風に巻けるのか?ずぅぅう〜っと謎のままです。ハリマオとは、マレー語で虎のこと。ハリマオには実在のモデルがいるようですが、白いターバンに黒眼鏡だったかどうかは不明のままです。
『快傑ハリマオ』の漫画の方は、1960(昭和35)年4月から、前年の3月に創刊されたばかりの『週刊少年マガジン』で連載が開始されました。原作は山田克郎、作画が石森章太郎(当時)ということで、原作付きではありましたが、石ノ森氏の初期の代表作の一つだったようです。テレビ放送も雑誌の連載とほぼ同時進行で、日本テレビ系列で放送されてました。