お気に入り



第5話  映画「アメリカン・ビューティー」

平凡な日々の中で、人はそれぞれの"ビューティー(美)"を夢見る。そして、彼らが無意識にしてきた"がまん"を放棄し、自分の"ビューティー"に向かって邁進する時、何かが起きる。この物語には、そんなコワさが潜んでいる。

これは、ごく普通の市民として、普通の毎日を送ることが、どんなにストレスに満ちているかを、一見、普通に見えるサラリーマン家庭を中心に描いた物語。ただそれだけなのに、まじめにおかしく、陰気でコミカル、そして、時に残酷さも垣間見せる。ともあれ、アメリカの夢の終焉をシニカルに描いた傑作であることだけはまちがいない。

全米で驚異的なヒットとなった本作は、"本当のアメリカン・オリジナル"と評され、今や世界的な注目を集めている。機能不全に陥ったアメリカの中流家庭が、あらがえない強い引力で"事件"へと転げ落ちていく様が、不可思議な空気の中で描かれる。倦怠が愛を上回り、体裁が本音を覆い隠す日々。不毛感、孤独感、閉塞感……現代人の精神構造をこんなにおかしく、新鮮に捉えた映画は、これまでになかった!

舞台は郊外の新興住宅地。主人公のレスター・バーナムは、中年サラリーマン。住宅ローンを抱える身に、リストラの風が冷たく刺さる。妻のキャロリンは、取り柄のない夫にうんざりしながら、自分の理想とするオシャレ生活を躍起になって守っている。ハイスクールに通う娘ジェーンは、カッコ悪い父親を嫌って、ろくに口もきかない。アメリカならずとも、世界中、どこにでもある家族模様だ。だが、レスターが、突然、美少女に遭遇したことから、事態は急変する。吹っキレたのか、キレたのか?! ムラムラと燃え上がった中年男の恋心が、すべてを、危険な方向へと変えていく……。

主人公レスターには、『ユージュアル・サスペクツ』でアカデミー賞助演男優賞を受賞したケビン・スペイシー。頭脳戦専門の知恵者を演じることが多かったスペイシーが、普通のダメ男役に初挑戦だ。妻キャロリンを演じるアネット・ベニングも、『バグジー』などで見せたゴージャスな女のイメージを返上、上昇志向に取り憑かれた女の見苦しさと痛々しさを、いわば捨て身で演じている。娘のジェーン役には、『パトリオット・ゲーム』のソーラ・バーチ。自分が望むものが何かもつかめない、不安定なティーンエイジャーを好演する。その友人で、レスターの不埒な妄想の対象となる美少女アンジェラには、『アメリカン・パイ』などのミーナ・スバーリ。また、得体の知れない隣家の青年リッキー役は、多くの若手人気スターが候補になった中で、無名の新人ウェス・ベントレーに白羽の矢が立った。ビデオフリークで無機質な美を愛するリッキーの登場は、鬱屈したジェーンに大きな変化をもたらしていく。その両親、退役軍人の父にクリス・クーパー(『遠い空の向こうに』)、息をひそめて家族を見守る母にアリソン・ジャニー(『パーフェクト・カップル』)が扮し、おかしいような哀しいような絶妙の演技を見せる。さらに、キャロリンの浮気相手として、『あなたが寝てる間に…』のピーター・ギャラガーが登場して彩りを添える。

監督は、イギリス演劇界で名を馳せた新進気鋭の演出家サム・メンデス。本作で、映画監督としてのデビューを飾った。最高の俳優たちから最高の演技を引き出すため、映画では珍しい舞台流のリハーサルを実施。また、イギリス人であることが、この生々しいアメリカ的なドラマに、一種の"退いた"視点を付加し、全編に乾いたトーンを生み出した。製作は、ブルース・コーエン(『マウス・ハント』)とダン・ジンクス(『ナッシング・トゥ・ルーズ』)。卓抜な脚本は、テレビ・シリーズ「シビル」で活躍したライター、アラン・ボールが書き下ろした野心作。映画の脚本は本作が初めてだ。

初監督作を充実させるため、メンデスは熟練のスタッフを選択した。まず、『明日に向って撃て!』でアカデミー賞を受賞した撮影監督コンラッド・L・ホール。『リプレイスメント・キラー』の美術監督ナオミ・ショーハン。『12モンキーズ』でアカデミー賞候補になった衣装デザイナーのジュリー・ワイス。そして、音楽は、『ショーシャンクの空に』などで3度、アカデミー賞にノミネートされたトーマス・ニューマンが担当した。

タイトルの"アメリカン・ビューティー"とは、妻が庭で栽培する米国産の赤いバラの品種名。主人公レスターは、その深紅のバラに埋もれて、文字通り美少女を抱くことを夢見る。妻は、素敵な家に住み、素晴しい仕事をすることが人生の成功だと信じている。隣家の青年とジェーンは、風に舞うビニール袋に共通の美学を見出す。それぞれの"ビューティー"が、それぞれの登場人物の運命を狂わせていく。

 アカデミー賞(作品・監督・主演男優・脚本・撮影)受賞作品ということで、期待を持って見に行きましたが・・・・!?。妻は「これがどうしてアカデミー賞をとったの。2回見に行ったグリーン・マイルの方がいいのに。」と言っていましたが、たしかに、万人受けする作品ではないようです。アメリカの中産階級の病巣・現実をあぶりだしていて、ある意味で、アメリカ人の方が、この映画のよさが判るのかもしれません。また、いろいろな映像技術が使われていて、映画でなければ表現できないようなところも多く、それが、批評家・映画製作者が審査員のアカデミー賞では、評価されたのではないでしょうか。

 はじめに、主人公自身が、自分が死ぬことを予告していますが、誰に殺されるか最後の最後まで判らないようになっていて、この面では最後まで興味を引かれ、見ごたえがありました。(2000.4.29)