0の朝・∞夜

7月竜


「年の瀬だってぇのに何で仕事なんかあるのかねェ」
褐色の液体が丸い氷に注がれたコップを片手にハボックが呟くと、その向かいで突っ伏していたエドワードが顔を上げた。
「っていうか、ソレに付合わされてた俺達って何?」
睨むエドをまぁまぁと宥めつつ、ハボックはエドのコップに透明の液体を注いだ。リキュールの匂いが鼻をつき、エドは心持眉を寄せた。そのまま、今度はコップを睨む。
そんな兄の様子に、エドの赤いコートをアルフォンスは控えめに引っ張った。
酒なんか飲むと背、伸びないよ
厄介な仕事は終わったし、明日は新年だぞ?今日は年越しだぞ!飲まんでどーする
ハボック少尉、酔ってますね
「あーーーっ。何やってるんですか、少尉!」
ぼそぼそ囁いていた場に、大きな爆弾が落ちる。
「…フュリー、声を落せ」
「あ、済みません…じゃなくて、怒られますよ、少尉…」
「一蓮托生」
短い言葉が終わらぬうちに、ハボックはフュリーの口に透明の液体を注ぎ込んだ。
ゴックン
鼻と口を抑えられ、仕方なく液体を飲み込んだフュリーは、次いで顔を青くした。
脱兎の如く走り去るフュリーにアルは声を落した。
「どうしたんですか?フュリー曹長…」
「アル…フォンスは知らないか」
〃アル〃と愛称で呼ぼうとして向かいの席から殺気を感じ、ハボックは慌てて〃アルフォンス〃と言い直した。
「酒ってのは、イイ気持ちにするだけじゃない、時には悪夢ももたらす物なんだ」
そんなもの、他人に勧めなくてもいいのに
「もしかして、強いんですか?このお酒」
「体質によるな」
事も無げに言われ、アルはエドを振りかえった。そこには。
空っぽのコップをぼんやり眺めるエドがいた。
『遅かったぁ!!』
「お、いける口かぁ!?」
更に注ごうとするハボックを制し
「失礼します」
挨拶もそこそこに、アルはエドの手を引いて司令部を後にした。その間エドは大人しくアルのされるがままになっていた。
二人を見送って、ブレダはハボックの肩に手を置いた。
「勿体無い事、したんですかい?」
「まさか。勿論司令部には本物の酒は置いてないからな」
差し出された透明の液体の匂いをかいで、ブレダはハボックを見、それから一気にあおった。
「!!!」
口を抑えて駆け出すブレダを見送り、ハボックは透明の液体を見た。
「自家製酒はやっぱ、不味かったか?」
それを流しに捨てると、口の端を上げてちゃっかり褐色の液体をあおった。


ひとまず宿に帰ったものの、部屋に入ってから動こうとしないエドをアルは小首を傾げて覗き込んだ。
「アル…」
俯きかげんの口から、小さな呟きが漏れる。
「え?何?良く聞こえないよ?兄さん!?」
「アルっ」
叫ぶなりエドはアルを押し倒した。そのまま覆い被さる。
自分の首辺りに顔をくっつけているエドの表情は、アルにはわからない。
そのまま動かない兄に、アルは途惑いながら尋ねた
「兄さん…気持ち悪いの?」
あぁだからお酒なんて…
焦るアルにエドはゆっくり首を振った。髪が乾いた音を立てる。そしてそのまま、また動かなくなったエドにアルは困って、兄の肩に手をやった。
「兄さん、冷えちゃうよ!?」
アルが引き剥がそうと力を入れると、抵抗するエドの頬から一粒雫が光って、アルの鎧の上で跳ねた。
「兄さん、泣いてるの?」
見下ろすエドの頬を冷たい指が優しく拭った。
それに答えず、エドは再びアルにしがみ付いた。
せめて毛布をと、アルが動く事すらエドは首を振って封じた。
機械鎧に力を入れて、アルを抱締める。
冷えた夜の帳の中、温かい雫だけがエドの閉じた瞳から、静かに。静かに流れ落ちる。
不思議だ
零れ落ちる涙を、尽きないんじゃないかとエドは思う。
抱締めたかったから抱締めているのに、涙がでるのはどうしてなんだろう

やがて。
一息つくと、アルも諦めて動くのを止めた。
かわりに大きな手をエドの背にまわし、ゆっくりと撫でた。

新しい年へと繋がる夜
ふたりは床で重なり合って過ごした。


結局風邪を引いたエドを見舞って
それは泣き上戸って言うんだ
笑うハボックに
ケッ
エドはこっそり悪態をついた。
もうお酒なんか飲ませないで下さいね
欠勤者2名を不審に思っていた同行のホークアイは、アルの言葉で事を察し、銃を片手にその場で説教を始めた。
縮こまるハボックの横で、アルが
兄さんもね
というのに、
ヘイヘイ
とエドは答えた。
泣き上戸だと笑われてもいいさ。それでお前を抱締められるなら
エドは心の中で微笑った。


司令部休憩室の床に密かにエドが作った年越しの染みは、わずかにリキュールの匂いを残すだけで何も語りはしなかった。

御年賀なんですが、暗いッすね。済みませぬ〜(T。T)
エドは、お酒飲んでませんし、酔ってもいません(強いて言うなら自分の想いに酔ってます(笑)。
0の夜・∞の朝とは対だったり(笑)