チョコレ〜、と



言い出したのは誰かなんて分らないけど、メディア部長の稲垣さんが関わっているのは間違いないと思う。
とにかく
今日、2月14日。迷惑、、、じゃない、目出度く。手作りチョコレート教室が真守家の庭で行われている。
「なんで外?」
呟いた僕を瀬津名さんが覗き込む。
「あらあら、始君勉強不足だよ、それ。チョコレートはとってもデリケートなの。女の子のハートそのもの。」
「はぁ‥?」
「溶けやすいチョコはわざわざ冷やした板の上で細工するのよ。」
突きつけられた指に頷きながらも、冬は風が強いから埃が入るんじゃないかなぁと誰かの胃袋を心配してみたり
こんなチョコと何の関係も無い僕がどうしてここで寒がっているかというと
「無量さん、待っててね〜v」
双葉のヤツがシャカシャカとボールをかき混ぜているからだ。
「村田君は参加しないのかい?」
外で火を使うのに、なにかと手回ししていた津守会長が何時の間にか隣に座っていた。
「ウチは僕と双葉とかあさ、、母で家事を回してるから、あえて今日する事も無いかと‥」
僕にチョコ作りを勧めるのにもわけがある。それは海外の男女関係無く贈り合う風習にのっとったものではなく、ただ無量君がこれに参加している為だ。
「無量はこんなイベント初めてでしょ!?やってみたら?」
無量君は今までバレンタインを経験した事無いんだろうか、なんて考えてる前に
「そうだなぁ」
ニコっと守山さんと僕を見て笑うと、無量君はエプロンを着けたのだった。
「そう言う会長は参加されないんですか?」
「うん。楽しそうだけど、応援が忙しいからね。」
「は?応援??」
津守会長はよっこらと立ち上がると、独特の応援歌を歌いだした。
「応援ですか、、、、」
いや、いいんですけど
視線を戻せば峯尾さんがタイヘンな事になってる。あ、これじゃ語弊があるかな。
守山さんがタイヘンで峯尾さんがピンチになってる。
どうやら守山さんは初めてらしくフォローに峯尾さんが参加したみたいだけど‥粉を入れては咳き込み、かき混ぜては飛び散らかし、、、、ああ、そんなにボールを傾けると、湯せん用のお湯がボールに入って‥あ〜ぁ、峯尾さん、タイヘンそうだなぁ。っていうよりその後ろで木に隠れながら見守ってた守口さんと視線が合ったので会釈すると、黙ってろと口に指を当てたけど、峯尾さんには最初からバレバレですって。
「‥確かにこの様子じゃ外でやって正解なのかも」
後片付けがタイヘンだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんてば。」
我に返ると双葉が僕を睨んでる。
「どうした?」
見る限りこの中では双葉のレベルはそこそこで、だから安心してすっかり忘れてた。
「味見して、あ・じ・み!」
お願いというより強制で口に放り込まれた塊。
「お前なぁ‥」
顰めて見れば、期待に輝く妹の瞳の後ろで、守山さんと無量君が固まっている。なんで?
「別にい〜じゃない。順番なんて関係ないんだから。最初が最後じゃないでしょ。」
瀬津名さんが笑うと、青くなった守山さんの顔が赤くなり、それで‥?あれ?
「怒って‥?」
赤いというより怒りに染まった顔で、守山さんは僕の前に立った。
「味見、してよ。」
差し出されたチョコレート。そうか、僕、味見役でここに居るのか
などと現実逃避している場合じゃない。チョコレートは微妙にまだら‥じゃないマーブルで。カカオバターや生クリーム‥だよね、たぶん‥そういった物が自己主張しているようだった。
けど
守山さんの手が震えている。
「戴きます。」
手を合わせた僕がチョコレートを口に放り込むのを見届けると、守山さんは肩から力が抜けたみたいにその場に座り込んだ。
守山さん?大丈夫?
声をかけてあげたいけど、僕の口は今、そう言う状態じゃなくて
「じゃ、僕は本命チョコで。」
にっこりと手渡された無量君のチョコ。守山さんへと伸ばした手に乗せられたそれは無量君の器用さを如実に物語る本格派で、冗談にしてもこの場では、宇宙人襲来ぐらいヤバイ
「どれが一番?」
なんて質問するんですか、瀬津名さん!
瀬津名さんに差し出された紅茶でぐっと飲み込むと、僕は蛙のような声を上げてしまった。
気付けば静まり返る庭。
恐る恐る見回せば、守山さんと守口さんが僕を睨んでて、双葉は期待に頬を上気させ、無量君は、何時の間にか現れた百恵さんと涼しげに紅茶を飲んでいる。
ああ、ごめんなさい、バレンタインさん。2月14日なんて、お菓子業界に踊らされた日だと思ってたけど、メーカー品を貰う方がよっぽど楽だって分りました。
僕はシングウの肩から飛び降りる心構えで、飛びついた。守山さんのフォローをしていた為、デコレートまで至っていない峯尾さんのチョコに!
「美味しいッです!」
どれが、とは言わない。どれも、とも言えないけど。判定者って辛いですよね、ジルトーシュさん。
臆病者でも卑怯者でも好きなように言って下さい!僕は
「ご馳走様でした!」
誰かが口を利く前に深々と頭を下げると、自宅に向かってダッシュした。

翌日、号外が配られたのは言うまでもなく
恐くて読めない僕に
「次はホワイトデーだね。」
稲垣さんはにっこり笑ったのだった。










台の、

2/21 
期末考査前、担任の山本忠一は進路指導室へと始を呼び止めた。
理由が思いつかず幾分身を強張らせた始を見かねたのか、山本はポケットから簡素にラッピングされた箱を取り出して始に勧めた。
「磯崎先生から貰ったんだが‥」
山本はそう言うと、眼鏡をかけ直す。
「チョコ、、、ですか」
丁寧に包装を剥がし、出てきた箱を開けると一週間前の騒動が思い出された。
「そうか?」
山本は他人事のように呟くと、ノートを開いて鉛筆を手に取った。
「いつ貰われたんですか?」
詮索ではなく、自分が食べていいものか判断つかなくて、始は山本を伺った。
「そうだなぁ‥あの号外の日だったから、、まぁ、磯崎先生はまだ、日本の文化をよくご存じないからな‥」
始は体育担当の磯崎公美を思い浮かべた。
「先生‥それ、気のせいじゃないと思いますよ」
始の言葉に山本はピクッと小さく揺れる。
「そう言えば号外を見たが、バレンタインパーティーをやったんだな。」
「あれをパーティーと言えるのなら‥」
歯切れの悪い始の言葉に、山本が視線を上げる。
「楽しかったんじゃないのか?」
「僕はもっぱら味見役で。」
「味見役?」
「妹の味見役について行ったら、守山さんや無量君のまでさせられちゃって‥」
山本は顔を上げると、首をポキポキ鳴らしてイスの背にもたれた。
「村田、それは気のせいじゃないと思うぞ。」
「‥‥‥え?」
山本はチョコを手に取ると、一口頬張ってお茶をすすった。

3/1 
「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ。」
「なんだよ、双葉〜。今日の後片付けはお前だろ。兄ちゃんは手伝わないからな。もうすぐ期末試験なんだ。」
「手伝いなんて要らないよ〜だ。あたし、料理上手だもん。」
先月のイベントで妙な自信をつけた妹は口を尖らせた。後片付けと料理上手がどう繋がるんだか‥
「ねぇねぇ、それより〜。」
「なんだよ、早く言えよ。」
「ホワイトデーのお返し、ヨ・ロ・シクね〜」
あっ、芯が折れた、、、もう、入れ替えなきゃ‥ってホワイトデー???
「なんで僕がお前にやるの?」
「チョコ、あげたじゃない!?」
「あれは、、、、味見だろ!?」
「でも、チョコ食べたでしょ。ねぇ、頂戴ね。」
ニッコリ笑うと僕の返事も待たず双葉は階下へと降りてしまった。
「‥‥‥、まぁいいけどね。双葉のなら、、、そうだな‥」
5分もかけずにお返しとやらを決めると、僕は教科書との格闘に戻った。

3/4
学校は休土曜みだけどテストが近付いてるのに、お兄ちゃんは外出。勉強勉強って言ってたくせに、怪し〜。あたしのお返しを買ってくれるんならいいけど、カメラ持ってたし‥。遊びに行ってる暇なんてないでしょ!勉強するか、あたしの買い物するかにして。
「でも‥お兄ちゃんのセンスかぁ〜」
やっぱ後付けなきゃ!そして偶然を装ってさり気無くアドバイスする。
「あたしって出来た妹だよね〜」
って、どこ行くの?お兄ちゃん。そっちに行くとお店ないよ。え〜?どこ行くの!?その先は公園?イイ年してブランコにでも乗るツモリ?
「え?無量さん?」
鉄棒にもたれていた無量さんがお兄ちゃんに気付いて手を上げると、お兄ちゃんが駆け出した。無量さんと遊ぶんだ〜。ずるい!無量さんに会う時はあたしにも教えてって言ってるのに〜
「でも、邪魔はしないよ。あたし、大人だもん。無量さんにでしゃばりって思われたくないもんね〜だ」
隠れてみてると、、、笑う無量さんに、お兄ちゃんが頭を下げてる。遅刻したの?
「あっ‥」
無量さんがお兄ちゃんと内緒話?なになに?なんでお兄ちゃん赤くなって怒ってるの?あ〜ん、ここからじゃよく見えない。
2・3歩ならバレないよね、、、あ、無量さんがあたしの方を指差す。これも愛の力かしら。無量さんにはあたしが分るんだよね〜

「双葉〜?」
しまった、そんな場合じゃない。
「なにしてんだよ、お前〜」
呆れたおにいちゃん。でもね、でも
「お兄ちゃん、無量さんと何してたの?」

3/7 
忙しいのも楽しんでしまう稲垣ひかるは、下校の始を捕まえた。
「な、なんですか?」
「う〜ん、昨日なんだけどね。双葉ちゃんに相談されて、さ。」
「え?なんで双葉が稲垣さんに?」
「どうやら瀬津名さんから、相談役にわたしを勧められたらしいのよねぇ。」
青ざめた顔で放心した始は、すぐ気付くと深々とひかるに頭を下げた。
「ご迷惑かけました。帰ったらよく言っときます。」
「あ、いえいえ、そうじゃないのよ。双葉ちゃんがね。3/4にキミとムリョウ君が何してたのかってさ」
「はあ?」
「何してたのか、な?」
「はああ?何もしてませんよ。双葉にホワイトデー返すんで、無量君に写真撮らせてもらっただけです。」
始はカバンの中から現像された写真を取り出す。
「現像は守機君に頼みました。」
済みません、部長の稲垣さんを通さずに と、始は舌を出した。
「あ〜、構わない構わない。お、ブロマイド。」
「僕の腕じゃ、真ん中に写ってくれてるだけでみっけものですけどね。」
「なるほど!で?」
「でって?」
「そのムリョウ君には何を返すの?貰ったんでしょ、チョコ。」
それは楽しそうにひかるは笑っていて、始は逃げるに逃げれない。
「あれは、勢いだし、、、」
「ねぇ、もしかして、那由多ちゃんにもお返ししないつもり?」
急に眉をひそめたひかるに、始はたじろいだ。
「も、貰ったわけじゃないのにお返ししたら、、、ヘンでしょ!?」
「キミねぇ、、」
女心を分ってないなぁ、と首を振るひかるの隙をつき
「お先に失礼しま〜す」
始は全速力で駆け出した。

3/08
津守会長を見た時、僕は覚悟した。
「峯尾はいいから那由多にはやってくれよ。あ、ムリョウ君にもね」
察したように会長は笑うと、僕の背を叩いて立ち去った。
「峰尾さんも入ってたんだ‥」
浮かんだ守口さんの顔に、僕は慌てて返しませんと呟いた。

3/12
突然2階の窓に現れたジルトーシュは、チカラで窓を開錠する。
「地球には素晴らしいイベントがあるよねぇ〜、ところで瀬津奈には何をあげるといいと思う?」
始はシャーペンを置くとため息をつきかけて‥
「え?ええ?瀬津名さんに、ですかぁぁ???」
ガバッと立ち上がった始に、ジルトーシュは笑うと靴を脱いで窓から入り込んだ。
「貰ったんですか?瀬津名さんに。」
「いいや。」
「え?貰ってないんですか?でも、お返し‥」
「別に貰って無くてもさ、愛は伝えてもいいんでしょ!?このイベント。」
「それは‥」
考えた事も無かった質問に始は口籠った。
「こんなイベントに乗じて伝えても、信じてもらえないかも‥」
だからはじめからそんな考えは浮かばなかった。自分が伝えるならもっと別の機会を選ぶ、と始は思う。
「イベントに被せないと、言えないこともあるでしょ。例えば君と無量とのキスとか‥」
「み、見てたんですか!?」
「頬なんて、初々しいよね〜」
「あのですね、同姓相手に頬へのキスだって問題です!そんな事より、ジルトーシュさんは」
「ボク?ボクはいいんだよ、真剣じゃないし。」
「ええ?真剣じゃないんですか?」
「真剣だと困るでしょ!?」
「困る、、、んですか?」
「楽しいのが一番。」
「‥‥‥、それって騒動起こそうと思ってるって事ですか?」
「さぁねぇ。ま、君は頑張ってくれよ。」
ジルトーシュはウィンクすると、再び窓から出て行った。
「何しに来たんだ‥宇宙人って、、ヒマ?」

       イベントに乗じて

一瞬リフレインした言葉は、始の手を止めたが理解する前に消えていった。
「どうでもいいけど玄関から出入りして欲しいかな。」
始は今度こそため息をついて、窓を閉めた。

3/13 
おかげさまで先週から始まったテストは明日終了。
だけど
双葉にだけムリョウ君の写真でもあげればいいと思ってたのに〜

「まじですかぁ〜」
無量君は本気なんだか冗談なんだか、キスしてくれたら写真を撮らせるなんていうし、、、でも、あれでお返しもちゃらにしてもらえたからいいんだけど
「双葉に見られたのは不味かったな‥気付かれてないからいっか」
シャーペンを鼻の下でくわえ、僕は背を伸ばした。
「明日、か‥」
明日、テストが終わったら‥

   
だから
続きは明後日という事で











山本先生と磯崎先生がね〜、、、いえ、村田君メインの予定ですが‥敵前逃亡は得意です(汗)