錬成は失敗だと言ったのは、俺の上官だった。

 奴は手袋を外し、横たわるアルの髪を梳くと、皮肉な笑みを浮かべた。
「大佐っ!」
 叫んでから"大総統"と言い直した声は、しかし非難を色濃く写していた。
 アルに触れられるのはムカついたが、早くアルと二人きりになりたくて、俺は怒りを流した。
 マスタングは俺の肩を叩く。一瞬、かち合った視線の先に、意味深な笑みを見たが、俺は何も言わず、退出を促すように顔を背けた。
 マスタングが出ていくと、俺の側だ立ち止まったものの、顔を背けたままの俺になにも言わず、ホークアイ中尉も奴の後を追って出ていった。
「エドワード・エルリック‥」
 アルの側に寄った俺を、少佐は放って置けなかったんだろう、俺の両肩をつかんだ。
「エドワード、こうしていても‥」
「出ていってくれ。」
 有無を言わさない俺に、未だ少し迷って、やがて少佐も出ていった。
 やっと二人きりになって、俺はベッドに腰掛けた。
「失敗だって!?」
 俺は笑った。
「失敗なものか。」
 自分でも声が優しいのが分る。
 俺は、今はもとに戻った自分の右腕でアルの頬に触れた。
だってアルは温かい こんなにアルは柔かい
「口唇だって‥」
 合わせた口唇を少し意図的に動かすと、アルの口唇が開く。舌を忍ばせれば、微かに答えてくれる。
「アル」
うっとりと呟いて、俺は目を閉じた。
 忘れもしない。決して忘れない、10月24日。

 軍から、国から、俺達の世界からホムンクルスを退け、俺達は体を取り戻す為の錬成を行った。
 激しい光が急速にしぼみ、俺は自分の右手と左足に違和感を感じた。
「戻ってる!戻ってるわ!エド!!」
 ウィンリィに叫ばれ、俺はアルを探した。
 錬成陣の中心に横たわった体。なのに、俺の左足は動かない。
 バランスを崩し転んだ俺は、アルへと腕を伸ばしたいのに、取り戻した右手は動かなかった。
 十一歳で失ったものは取り戻したからと言って、すぐに使えはしなかった。
 1日かかってようやく動かす事は出きるようになった俺に、伝えられた事実。
「アルフォンス君は、五体満足です。身体的には異常はありませんが、意識を取り戻しません。」
 息をしていても言葉を紡がない、口。閉じたままの瞳。
 だが、それがどうだって言うのだろう
 俺の望みは、本当の望みは叶ったんだ
 アルはこれから、もうずっと。俺の傍に居る。全てを俺に預けて。
 体を辿れば、吐息をもらし、繋がれば閉じた瞼から涙がこぼれる。 抱き起こせばそこにはしっかりとアルの匂いがあって 腕には重みを感じて 胸に温かい体を抱きとめられる
「アル‥」
 閉じた瞼に口唇を落とし、容の良い額に頬を寄せる。
「アル。」
 俺の元に戻ってきた。

 寝ているアルには強制的に食事を取らせなければならない。点滴の方が楽だと言われたが、アルの腕に針の痕ができるのを嫌い、エドは、自分で食べさせる事を選んだ。
 心配は、アルの食が細い事。 病院で支給される流動食は味見をしたら不味くて、エドはは自分で作る。病院で言われた栄養指導を元に、少しでも美味しく、アルが食べてくれるように。 アルの世話を独占する為、わずか2日ですっかり自分の動きを取り戻したエドは、愛を込めて鍋をかきまわした。
 あれから一週間。適温に冷ました食事を持って、先ほどまで一緒に寝ていたアルの寝室へとエドは向かった。
「アル、食事‥」
 朝陽の中、アルはベッドに起き上がっていて、傍らにはイズミとロイが居る。
「師匠?‥‥どうし、て‥?」
 アルが目を開けて、俺を見ている。 怒ったような、嬉しいような、表情をころころかえる。
 アルの瞳に自分が映っているのを見て、エドの体が歓喜に震えた。
 なのに、言葉を上手く綴れない。アルに声をかけられない。
「お前の手足と同じだ。アルも体に慣れ動かすのには時間が必要だったんだ。」
「え!?」
「この"大総統"の計らいでな。起こしに来た。まったく!ちゃっかりした男だよ。お前のリハビリに要した時間からアルが体に慣れる時間を割りだし、わたしに起こすよう依頼してきたんだからな。」
「なに、より熟練した、そしてアルを良く知る錬金術師の方が、錬金治療も上手く行くと思ってな。」
 お前に美味しい役をさせる気は無かった、と言わんばかりのロイの笑み。
「おまっ‥じゃ、アルが起きると知って?」
 指さすエドの元にイズミは寄ると、食事ののったトレイを奪って横に置いた。
「お前は気付いてなかったのか?」
 こんの、バカ弟子がぁ
 イズミはエドをアルのベッドへとブン投げると、ズカズカ寄って、エドに1発デコピンを入れる。
「あとのリハビリはお前が手伝ってやるんだよ。」
 そう言って出ていくイズミのあとについて、2、3歩あるいたロイは、エドを振り返った。
「これで一人占めはできなくなったな。どうだ?錬成は失敗だっただろう!?」
 今度は皮肉ではなく、暖か味のある楽しそうな顔をすると、ロイも帰っていった。高笑いを残して。
「兄さん。」
 肩を震わせ、ロイの出ていったドアへ悪態をつこうとするエドに、待ち続けていた声が届き、エドは軋む音が聞こえるようなぎこちない動きでアルへと顔を向けた。
「兄さん?」
 願いなんてちっとも叶ってなかったと、初めてエドは気付いた。
 染み入るアルの声。
『あぁ、俺はこの声で呼ばれるのをどんなに待っていたんだろう』
 届いてやっと、自分がどんなに渇望していたかを知る。
アルフォンス?
 恐くて、音にできないエドの問いかけに、アルは困った顔をした。
「僕が何者かは、兄さんが感じた通りで良いよ!?僕には、狐に噛まれた痕も無いし、兄さんが描いた血印も無い。僕自身も分らない‥」
「アルフォンス‥」
「あ、でも兄さん達とかくれんぼした時、怪我した膝の」
「アルっ」
 エドはアルを抱締めた。アルの肩が温かく湿っていく。
「兄さん、ありがとう。元に呼び戻してくれて。」
「お前こそっ、俺の手と足っ」
 アルはエドの背にまわした手のひらに力をこめた。
「ありがとう、僕を助けてくれて。支えてくれて‥」
 言葉にするのももどかしく、エドはアルへとキスを落す。
 額に。鼻に。頬に。
「だけど兄さん、僕が起きれないのを良い事に、貞操を奪ってくれたね!?」
 アルの口唇へキスしようとしたエドの動きが止まる。
「そ、それは、だな‥」
 汗をダラダラ流すエドに、アルはくすっと笑った。
「責任、取ってくれる?」
「!」
 自分の胸に顔を寄せたアルの耳が赤くて、エドはアルを抱き込んだ。
「喜んで、取らせて頂きます。」

どうか いつまでも、弟の取り戻してくれた右腕に、その重みを どうか いつまでも、大切な兄の顔に、幸せな笑顔を 忘れないで刻んでおこう 取り戻した、この良き日を

Anniversary

エドアル病棟24時にて通りかかる方々に押しつけたもの(爆)2004/10/24