2008/2/14 さいばーふぉーみゅらー 新条xミキ
まだ寒い如月の14日。しかしここ葵主催のパーティー会場は薄でのカクテルドレスに身を包んだ乙女達で華やいでいた。
パーティーなんて興味ない仏頂面の主ドライバーと、パーティーだからって変らないお気楽な様子の次席ドライバーの足を器用に踏みつけて、葵今日子は腹話術のごとく笑顔でゲストに挨拶しながら後ろの二人にだけ届く冷たい声を吐いた。
「もう少しにこやかにしていただけないかしら?スポンサーがいなければ、どんなに速いドライバーだって走る事はできないのよ。」
「‥わかっています。」
「それが分っている態度?新条君。あなた、このまま優勝せずにドライバー人生を終わる気なの?」
「俺はにこやかだけど?」
「加賀君、あなたは自分が愉しんでるだけでファンサービスになってないわ。」
「お言葉ですけど。」
加賀はグラスを空けて事もあろうか花瓶に飾られたバラの中に器用に生けると、両手を頭の後ろに組んだ。
「なにもバレンタインデーなんかに開かなくても、い〜んじゃない?」
「バレンタインだからこそ、スポンサーの令嬢も喜ぶし、バックの事業家達も娘に連れられて集まるのよ。合理的だわ。」
「愛も合理的なわけね‥」
「それは男の発想ね。奥手の子はもちろん、積極的な子だってサイバーフォミュラーのスタードライバーに直接手渡しできるチャンスは少ない。それを堂々とできる機会を設けたのよ。愛には違いないわ。」
あいさつ回りの間にも、新条の手にはチョコの山が出来上がっていく。
「あ〜、確かにね。でも、男ってのは女が思うより本命チョコに命かけてたりするんだぜ。特に相手から返事を貰ってないようなヤツはな。」
加賀の視線がチョコから新条の上の空な顔に流れるのを見て、今日子は笑った。
「そうそう。今日は他のチームも特別に招待してあるわよ。楽しんでいただけているかしら。」
今日子の言葉の後半は明らかに客に向けられたもので、その客のひとりに眼を留め、それが誰かと認識するにつれ新条の顔が間抜けた表情に変る。
「お招き有難うございます。」
まだ少女の域のオーナーは、それでも負けじと挨拶を返した。その横で、見慣れぬワンピース姿の城之内ミキが少し難しい顔で、でも微笑んでいる。
『なんでここに城之内が?』
横で熾烈な挨拶が進む中、新条は眉を顰め
『そうか、招待したってさっきオーナーが言ってたな。』
納得し
『でもなんで不機嫌そう?』
と思ってから自分の手の中のチョコの山に気が付いた。
「あっ、違う!これはっ」
突然叫んだ新条に、今日子が眉を寄せる。
「新条君?」
驚いたのはまわりもそうで、一様に新条に視線を向けた。
「わり〜、わり〜、足、踏んじまったか?」
加賀が新条の手を取ると、チョコの山を引き取った。
「チョコも持たせたままだったな。ま、お付きは辛いってことで。」
「え〜、そのチョコ、加賀さんのですか?すごい量ですね。」
「ハヤトもコレくらいもらえるようになれば一人前かな。」
腕の中を覗き込むハヤトに、加賀はにんまり笑った。
「ハヤトにはそれ以上に愛の篭ったわたしのチョコを渡しますから充分です。」
ハヤトの耳を引っ張ると、若きオーナー、菅生あすかは加賀を睨んだ。
「お〜、言うねぇ。」
「チョコレートは新条君宛てよ。もちろん、加賀君のも少しはあるでしょうけど、今日おこしの皆様が新条君を応援してくれている証です。可愛らしい愛を誤魔化すのはやめて頂戴。」
手渡ししてくれた令嬢たちの面目を潰さぬよう、今日子がキッパリ釘を刺した。
確かに、新条目当てで来た女性達のチョコを誤魔化すのは失礼だとフェミニストの加賀も思うが、同僚で不器用なこの男を不憫に思うのも事実だ。
「あ〜、ミキちゃん。チョコはさ、レクリエーションみたいなものだし」
「加賀さんがそんな事言うとは思わなかったわ。本当に心を込めて作ってるのよ。」
思わぬ反撃を菅生あすかからかえされて、加賀は手で顔を覆った。加賀の苦心に気付いたハヤトがこっそり肩を竦めてみせる。
「よくわからないけど‥」
ミキが口を開くと視線がいっせいに注がれ、ミキは慌てたように持っていた服とは不釣合いな大きなカバンから包みを取り出した。
「大将は、、じゃない、新条はチョコいっぱい貰うと思ってたからさ、これ‥」
ミキは自分で包みを解いた。
中からできてきたのは懐かしのケンケンのぬいぐるみ。
小さなケンケンを見つめる新条に、ミキは不安そうに声を潜めた。
「あ、、、嫌だったかな?チョコが良かった?ごめん、よく分らなくて」
「いや〜、コレで充分ってか、最高だよな!」
まだ動けない新条の変わりに加賀がケンケンを手に取ると、反対の手で新条の背中を叩いた。
「あ、、、もちろん!ありがとう。大事にする‥」
頬を赤らめ、新条が加賀の手からケンケンを取り返す中
「加賀、、さんにも。」
と凍りつくセリフがミキの口から響いた。
「え?‥俺に、、、も?」
取り出されたのは愛らしいプシーキャット。
「あ〜なんていうかさ、た、、新条は女の人に声かけられても表情崩さないけど、加賀さんは‥ごめん。気ィ利かなくて」
「あ、、、、、、、、、、、、、、、いやいやいや、ありがと。ウレシイよ、ミキちゃん。」
新条を伺っていた加賀は、ミキの困った声にハッと我に返り心の中でお前が悪いんだぞ〜と言い訳して友情からバラ色へ乗り換えた。
「ありがと。」
今度はミキの視線を正面に捉えお礼を言うと、加賀はミキの頬にキスした。
「ちょっと加賀君。」
「ダメですよ、加賀さん。」
今日子とアスカが睨んでも、新条は固まったまま動けない。動かない。
「あ、、、じゃあ、あたしはこれで。お招き有難うございました。」
男心の微妙な雰囲気よりパーティーなんていうものの雰囲気に馴染めないミキは、勢いよく頭を下げるとそのままスカートを翻した。
「あ、待ってミキさん。ミキさんてば〜ぁ」
それでも帰りたいわけではないアスカはハヤトの手を掴むと、今日子にお辞儀をしてデザートのテーブルへ移っていった。
「育ちは仕方ないわね。」
今日子は嗤うと、別のゲストへ足を向ける。
「おい、新条、行くぞ?新条ってばよ。」
加賀に小突かれ新条は、ああ、、、と曖昧な返事を返した。
肩を竦めた加賀が足元に眼を留める。
『勢い良かったからなぁ。落ちたのか』
加賀は髪留めを拾うと新条の手に握らせた。
「今日子さ〜ん、新条腹が痛いって」
加賀の大声で顔を引き攣らせつつもその場を逃れた新条は、でもミキを追う事はできなかった。
『みんなの中のひとつ、か‥そうだよな。敵チームなんだし』
おそらく贈られてきている差し入れで溢れているだろう自室にも戻りたくなくて、新条は彼のメカニック達がいる、メンテナンスルームへと向かった。
「あ、新条さん?パーティーは?」
「‥あぁ、加賀が気を利かして‥というか、どうでもいいだろ。それよりスペリオンはどうだ。」
「改良されてからこういうものだと思ってたんですが、城之内さんにそれで自分のものなの?って聞かれて我に返りました。今、研究中です。」
「城之内?城之内が来たのか?」
「ええ先月‥新条さんが何が好きかって聞きに」
「それでケンケンって言ったのか?」
新条は見たいけど見たくないケンケンのぬいぐるみを片桐の前に取り出した。
「ケンケン?俺達は城之内さんからだったら‥って、コレ手作りですね。」
「え?そうなのか?」
「だって商品タグ付いてないですよ?」
「あ、なるほど」
「やりましたね、新条さん!」
「‥‥‥」
新条の口から魂が抜けかけるのを、片桐達は慌てて押し戻した。
「新条さん、しっかり。」
「い〜んだ。みんな貰ったさ。手作りのぬいぐるみをな。」
「え?ケンケン?」
「いや、加賀はプシーキャットだったが」
ハァと大きく息を吐く新条をよそに、スタッフ達は顔を見合わせた。
「でも、ケンケンは新条さんにだけでしょ?」
「あ?‥そりゃそうだが」
「ひとりひとり、考えて作ったんでしょ、城之内さん。」
「そ、、、うなるかな‥?」
「新条さんを考えて、コレ、作ったんでしょ。」
「‥‥‥」
新条はやっと、片桐がぶら下げたケンケンを見た。
「新条さん?」
おそらく自覚していないだろう、笑みが新条の顔を覆うのを、片桐達は親鳥のような眼差しで見つめた。
「俺、帰るわ。」
走っていく新条の背を、片桐達はこっそり応援のばんざいで送り出した。
2008/3/14 フューチャーグランプリ 直輝x城之内
「また、パーティーですか‥」
「あら、貰ったら返さなくてはね。」
「くれなかった連中もいるかもよ?」
「染みたれた事、言わないのよ。」
こういう手腕が葵を大企業へと成長させているのだ。
『ま、頼もしいけどなぁ』
今日はプレゼントの入った籠を持たされ、各テーブルへと渡していく。白のタキシードに籐の籠、プレゼントはテーブルごとにラッピングを変える手の凝りよう。己の姿を想像して加賀は小さく溜息をついた。
「そういや今日もスゴウを?」
「スゴウは呼んでないわ。お返しする必要ないもの。」
『ホント、実業家‥』
「何か言った?加賀君。」
「ああ、新条が」
「また下痢なんていうんじゃないでしょうね。」
「今日は言いませんよ。さっさと片付けましょう。」
「ちょっと‥新条君?」
先回とは違い、新条は先に立ってプレゼントを渡していくと、女の子に会話を長引かせる暇を与えず、失礼しますと帰っていった。
「大将?どうかした?」
厳しいペイの声で新条の来訪に気付いたミキはアスラーダの側を離れ、暖かくなった屋外へと出て来た。
「今日は、、、ホワイトデーだから」
「あ、あ‥なんだ、そんなの気を使わなくていいのに。」
ホワイトデーと聞いて、ようやく朝のアスカとハヤトの騒動に合点がいったミキは、思い出し笑いともらした。
「それで、その、コレを‥」
小さい包み。その中身も見ず、ミキは満面の笑みで応えた。
「義理堅いんだな、大将。じゃ、ホワイトデーだし、遠慮なく貰っとくよ。」
「え、いや、ホワイトデーだからじゃなく」
「ホワイトデーじゃないなら、なんだい?」
「え?新条‥さん、ホワイトデーのプレゼントは無しなんだ。お断りって事〜?」
新条が気に食わないペイは、ここぞとばかりに突っ込んだ。
「ちがっ」
「あ‥ごめん。‥ごめん、ケンケンなんてあげちゃって、、、」
ミキは作り笑いを浮かべると、仕事が残ってるからと足早に戻っていった。
「城之内っ、違うんだ。俺は!」
伸ばした手は空を掴み、舌を出してペイも中に引っ込んだ。
風の中、スゴウのコース脇で新条の手の中小さな包みのリボンが解けた。
「城之内〜っ」
ペアリングはまだ遠い。
さすがに記憶が‥今更のサイバーなのは、7月竜が填まったジャンルは捨てられないから(笑)2008/3/9