「ねぇ、アル‥?」
「何?ウィンリィ。」
鎧の背にもたれて工具を手入れしていたウィンリィへ、アルは顔を向けた。ウィンリィの頭を擽っていた冑飾りがその動きに合わせて、遠のく。
「中‥、入ってもいい?」
「中って‥‥、鎧の中?」
反響する声を耳と背中で聞きながら、ウィンリィは こくん と頷いた。
「ダメじゃないけど‥兄さんが、許可なく入れるなって‥」
許可を出すエドは、先ほど宿泊しているホテルの支配人に呼ばれて出かけて行き、今は不在。
「エドの頼みじゃないから、駄目なの?」
「そんなんじゃ‥ウィンリィなら血印に触らないでくれると思うから兄さんだって良いと言うと思うけど‥、でも、狭いよ?」
「そうね」
ウィンリィが工具を置くと、カチャリと小さい音がした。
「中、汚いかも‥兄さんが掃除をしてくれるけど、大根とか日用品入れたり猫とかも」
「うん。知ってる。」
「それから、ロゼとかマーテルさんとか」
「それは知らない。」
すかさず返されたウィンリィの声が低い気がして、アルの言葉が尻すぼみに消える。
「ロゼやマーテル?」
「あの‥前に話したよね!?」
「話は聞いた。でも、アルの中に入ったなんて聞いてない!」
「それは‥成り行き、、、、ウィンリィ、怒ってる?」
「あら、怒る理由なんて無いでしょ!?困ってる人に〃ただ手を貸しただけ〃なんだし。それより、他には?」
「冗談で‥大佐とか」
「マスタング大佐!?」
「あと、中佐とか少佐とか」
振り向いたウィンリィの眉が寄せられている。
「それって、、ヒューズさんとアームストロングさん?」
「チェスで買ったとか負けたとかで、でも少佐は入れなかったけど‥‥、ウィンリィ?」
ウィンリィは軽く首を振ると
「構わないわ。〃わたしも掃除して〃あげる。」
どう見ても怒ってるとしか見えないウィンリィに、アルは跪くと鎧のブレスト開いた。
「着るなら、パーツを外して」
「着るんじゃないわ。アルの中に、入りたいだけ。アルに抱き締めてもらいたいだけ‥」
「抱き締めるって‥中に入ると」
アルの言葉を待たず、ウィンリィは屈むとアルの中に入る。
「‥なにもないでしょ!?」
「‥‥‥」
「ウィンリィ?」
「‥‥‥」
「ウィンリィ!?‥泣いて、、いるの?」
「‥‥動かないで」
「で、でもあの」
「なんでもない。」
「ウィンリ‥」
「嬉しくて、、悲しいだけ」
「ウィン‥」
「大丈夫。掃除、するから‥もう少し、このままで」
おい!
背後からかかった怒声に、アルは振り向いた。
「兄さん!お帰り」
エドは返事も返さず、ずかずかと部屋に入るとアルの前に回った。
「、、、、兄さん?」
エドは、むっつりと鎧の腹の中を睨みつけている。
「‥‥‥っ、卑怯だぞ!泣くなんて‥」
「泣けないあんた達の代わりよ。」
「意味が違うだろ!」
「持てる力を全て費やしたい相手だもの。切羽詰れば涙だって使いたい時があるわ。」
睨み合う2人の間に、身動ぎする金属音が割って入る。
「ウィンリィ‥なにか困ってるの?切羽詰るって‥」
「騙されてるぞ!アル。」
「兄さんも!ウィンリィは故意に泣いたりなんてしないの、分ってるでしょ。」
『それが騙されてるんだって!全力でお前に向かってくって言ってんだぞ。今のウィンリィならお前の為に涙だって武器にするさ』
しかし、言っても伝わらないだろうし、気付かれていない想いの丈は自分で伝えるべきだと思っているエドは、ウィンリィのしかも恋敵の恋情をアルに伝えてやるつもりもなかった。
エドが不承不承口を噤むと、ウィンリィはアルへと呼びかけた。
「アル‥」
血印の側に頬を寄せると流石にエドの眦が上がり、ウィンリィは名残惜しげに頬を離すと、アルの中から足を出し、鎧の中に腰掛けるよう座った。
「わたし、ずっと不満だった‥女に生まれた事。あんた達の中には入れない。いつも置いてけぼり」
「そんな事!無いよ。」
焦るアルにウィンリィはくすっと笑った。
『だから騙されるなって!』
エドが小さく舌打ちする。
「でもねぇ、アル?アルが元に戻ったら、わたしが女である事良かったって‥思わせてくれる?」
「何言ってやがる!」
顔を赤らめてエドが怒鳴る。
「兄さん?」
「おまっ、、なんて、ハシタナい‥っ」
「はしたないって‥何が?兄さん?ウィンリィ?」
「小姑は黙りなさい。」
「誰が小姑だ!俺はアルの、、ってかアルが元に戻ったらアルと俺は」
誰もアルの質問には答えてくれず、仕方なくアルは毎度のごとくぼ〜とやり取りを聞き流す事にした。
「お前っ、俺とアルを見守ってくれるんじゃなかったのかよ!」
「アルは見守るけど、アンタは排除したいのよ、ホントは!」
「あ〜くそっ、百歩譲って俺は排除するとしてだな〜、見守るんだろ?見守るってのは‥」
「でも、たまには迫ってもみたいじゃない。あんたも街に出たんでしょ!?どこもかしこもイルミネーションとシーズンソングが流れてて‥、楽しげな飾りと裏腹になんだか物悲しくて、寂しくて‥弱くなっちゃうのよ!」
「じゃ、街に出るな!」
「年に一度の好機なのよ!」
「矛盾してるぞ、矛盾!見守れ!!」


入るに入れず、ドアのところで3人を伺っていたロイは言い争う2人を親指でさし、隣のお目付け役に尋ねた。
「‥どう思う?」
「五十歩百歩、ですね。」
「うむ。若いとはいいですな。」
ついでについて来たアームストロングが髭をひねる。
「‥伝わってないってトコが若いと言う事かね!?」
微妙に〃若い〃に拘ってるような響きが、身に寒い時期だったりする。
「それよりも」
ガチャンと撃鉄を起こす音に、ロイとアームストロングは隣を振り返った。
「アルフォンス君の中に入ったんですか?」
お目付け役は厳しく、アルの言葉を聞き逃したりはしなかった。
「えっ、、、や、それは、、、」
「カードのバツゲームでしたな。」
「そうそう。バツで」
「チェスだと言っていたようですが?」
「そう、チェスだったな。うん。チェス‥‥‥、中尉?」
「わざと負けたんですか?」
「!、いや、違うぞ、、ホントに」
「本当に!?」
愛銃から目を離し、ロイ達に顔を向けたホークアイは恐ろしいほど静かな面持ちで
「中尉、あのっ、、入っただけで、何も疚しい事は‥」
「我輩は入れませんでしたので、これで。」
踵を返したアームストロングにさし伸ばされたロイの手は、冷たい銃身に遮られた。


玄関を出たアームストロングはホテルの窓を眺めると、帽子を被り直し流れるキャロルに包まれながら美しく飾られたセントラルの街に姿を消した。

全国的に晴れ。一部、ホテルのみに血の雨‥いや、赤い雪が降ったかどうかは定かではない。
聖夜まで、あとわずか

Christmas carolが聞こえる頃

ただ見守り続けるには7月竜のウィンリィの想いは、愛より恋に近いと‥。ウィンリィがエドのストッパーじゃなく、エドがウィンリィのストッパーのような、ウィンリィで回ってる話を書いてみたかったんですが‥説明してもどこが?って仕上がりで‥‥、スミマセン、すみません、済みませ‥。本当はしっとりとX'mas carolsを付けたかったんですが、アメストリスには無いので、賑やかな民族音楽の方にしてみました。2005/12/1