決戦は、



「あれ?守山さん?どうかしたの?」
昼休みの教室入り口。少し開けたドアから中を覗いていたら、後から目的の尋ね人の声が私にふりかかった。
『え〜〜っこんな時に限ってなんで廊下の、私の後にいるのよ!?』
驚いた拍子に反射的に閉めたドアからピシャンと閉まる大きな音がして、更に心臓をあおる。
「べ、べつに。なんでもないわ。」
一呼吸置いて、ゆっくりと振り向いた。つもり‥。
大丈夫。変な顔はしてないはずだ。コレさえ見られてなければ。
手の中に収まり切らないコレを背に隠しながら村田始の顔を正面に捕えた。
『よっしゃ〜、完璧よ、那由多!』
なのに。
背後のドアから飛び出してきたのは、確か、成田次郎といった。
「あ、ごめん!守山さん。お詫びはまた後で。急いでるから、始〜、謝っといてくれ〜」
ぶつかるなり、そう言いながら走り去る後姿を呆然と見送った。
「廊下は走るなって規則でしょ。委員長なんだから、あんたがしっかり‥」
文句を続けようと戻した視界の中に、村田始がいない。視線を落せば私の足元でに屈んで何かを拾い上げた。
「落し物だよ、守山さん。次郎には後で言っておくから勘弁してやってよ」
苦笑と共に差し出された紙包みは、隠しておきたかったコレで。
「!」
慌ててその手から奪い取る。
「もしかして‥チョコ!?明日の土曜はバレンタインだもんなぁ。そっか。無量君!?」
「ちがっ、あ〜、いや、そうよ。恵まれないあんた達に御裾分けをと思って‥」
「ははっ。でも無量君ならそんな心配要らないよ、ホラ」
始はドアを開け無量の席を指差した。その机の上には溢れんばかりのチョコを収めているダンボールが置いてある。
ムカツク。統原無量のくせに。
【あら、意味の無い言葉でもでてきてしまうのは、好きだからかしらv】
能天気な統原瀬津奈の声がしたようでますます、ムカツク。
「割れてないと、いいね。」
困り気味の笑顔で言っても全然救いにならないわよ。まぁいいけど、あげる相手は統原無量じゃなかったし。ヘタな言い訳無しに、あげられる‥もの。
「さん…守山さん?」
「え?な・なに?」
ちょっと浸ってしまったようだ。心配そうな顔をしてる。私を心配している、村田始の顔。
思わず噴出してしまう。やだ、照れくさい!
「え?ええ?どうしたの?何か可笑しかった?」
「なんでもないわ。そうだ、このチョコ。あんたにあげる。」
「は?僕に?でも…」
「嫌なら‥いいわよ」
しゃきっとしろ!私。こんなたらい回し的チョコだもの、嫌に決まってるじゃない。べつに私のチョコが嫌だと言われたわけじゃ‥ないんだから…
「僕は、その、貰えて嬉しいけど‥いいの?無量君の分。」

「守山さん?……、えっとチョコさ、まだ割れたと決まってないし。無量君ならきっと気にしな‥」
「嬉しい?」
「うん。無量君きっと」
「統原無量はどうでもいいわ。村田始、私が…チョコあげたら‥嬉しい?」
ビシッと指をつきつける。そうでもしないと顔から火を吹きそうだ。
「僕?あ〜、そりゃ嬉しいよ。」
うっ、顔が赤くなる〜。
「だって双葉の奴がさ、いくつ貰ったか聞いて来るんだよ。男の沽券は仕方ないけど兄の面子は保ちたいモンなんだ。」
ちょっとまて!男の沽券?兄の面子〜!?
「あんたにはプライドが無い訳!?そんなんでいいの!?それじゃ渡す方も貰う方も嬉しくも何にも無いじゃない!」
思いっきり義理ってチョコ渡してる私の言える事じゃないけど、でも義理じゃないくて‥。だから!
「私のチョコは‥」
「うん。プライド無いかも‥。でもさ、好きって言われてるみたいだからさ、嬉しいよ。やっぱり。」
「あ!……、うん。じゃ、貰って‥」
差し出した手が震えていませんように。
渡すチョコが割れていませんように。
「ありがとう、守山さん。あ、ホワイトデーのお返しは何がいい?」
「お返し…?あ、ホワイトデー‥。いいわよ、そんなの!その、義理なんだし。」
「皆そうなんだから、いいよ?」
「は?みんな?」
え〜〜〜〜っ
全然思い当たらなかったけど、チョコ、他の子からも貰ってるの?そりゃ2学期にかけて、統原無量と活躍したと思うけど。確かに‥カッコイイ、かな?とか思ったけど。
「そんなに驚かなくても‥、僕でも一応貰ってるよ。ははっ」
頭掻きながら困った顔で笑わないでよ、馬鹿。
「母さんに双葉、これは通例で。あと、瀬津奈さんに稲垣先輩。峯尾さんにクラスの女子一同ってのと、小学生からも‥。これはお祭りクラブを小学校でやったからかな」
指折り思い出してる姿に、溜息が出る。まぁ、小学生のは本気もあると思うけど!?女子一同も中に本気がいたとしても自分で渡さなきゃ‥、ううん、渡せないね。勇気、いるね。カッコ、よかったもん。ほんとはね。
ほんとに、ね。
「守山さん?あ、呆れた?」
言葉が出てこない。せめて首を振る。
ここで立ち止まっては昨日と同じ。勇気、勇気、勇気をちょうだい!シングウ!!
「…その人達に、なに返すの?」
「え?え〜と、クッキーかマシュマロ?双葉に相談してみるけど。」
…妹に相談する?普通。あー、もうっ。くじけそう‥。あの時の頼り甲斐はどこへいったのよ、まったく。
「映画。」
「は?」
「うん、映画でいいわ、私。付合ってくれるんでしょ!?」
「あ、うん。いいけど。どんな?」
「あんたの良いのでいいわ。」
「え?それじゃお返しにならないんじゃ‥」
「時間‥貰うから」
「はぁ?」
「とにかく!3月14日に映画。分った!?」
首をコクコク上下させるのを見届け、私はやっと、一息ついた。
足取りが軽くなるのを抑えつつ、教室へ戻る。
我ながらナイスアイデア。チョコ1つと村田始の1日を交換するなんて。でかした!那由多。
「あーーーーっ」
突然大声を上げた私に、前の席の子が振り向く。それになんでも無いと手を振って‥
『これって…デートよね!?デート。デートになるんだ。どうしよう。どうすればいいのかなぁ。何を着ていけば‥。あ〜全然わかんない』

「まったく。大胆なんだか小心なんだか。」
教室の自分の席で頭をかきむしる那由多に、瀬津奈は大きく溜息をついた。
「そういう姉ちゃんも懲りないよね。覗き見」
「そのおこぼれに与ってる弟には言われたくないわね。」
屋根の上で仲良く座ってジュースを飲みながらの日向ぼっこ。
「それより、あんたはいいの?こんなとこに居て。」
「本命からは貰えないからね。」
しれっと返す黒髪に、瀬津奈は複雑な笑みを浮かべた。
「姉ちゃんこそ。いいのかい?」
「あら、決戦は来月の金曜日。それまでの間に那由多ちゃんにお洒落させて、用意させて。当日は思いっきり邪魔しなくちゃ。楽しみだわ〜」
にっこり笑った瀬津奈に無量は笑い返し、背伸びをすると屋根に寝転んだ。

青春に相応しい青空は、惜しみなく天網市にも、ここ御統中学にも広がっている。これからも。














(タイミング)



「無量…カッコイイ…」
夢心地な口調。双葉がよくするのでそれ自体には驚かないが、僅かに頬を高潮させて呟いたのが守山さんだったから、結構驚いた。
電光石火で相手を投げた無量君は確かにカッコイイけど、それ以前にも宇宙人や宇宙船をぶっ飛ばしているんだから今更じゃないだろうか。
「違う違う」
人差し指をピッピと振って瀬津名さんが僕を覗き込んだ。
僕、疑問口にした?っていうか、いつ来たの?瀬津名さん。
「ありゃ?あんまり驚いてくれないんだぁ。サービス悪いぞ〜」
いえ、守山さんに匹敵するぐらいには驚いてますって。そりゃ慣れたから最初のようには驚かないけど。
「ま、それは好として、那由多ちゃんが宇宙人と戦ってる無量に感動しないのは、ライバル心を刺激されるからデ〜ス。ほら、今日みたく普通に中学生してればトキメイちゃうわけだ」
「なるほど」
そういえば京一さんも2人を凄いって誉めてたし。同じ土俵じゃなければ素直に認められるんだ。
「複雑ですね」
苦笑したのが不味かったのかな?瀬津名さんがなんとも言えない顔して僕を見てる。
「村田君はどう思う?」
「え?勿論無量君はカッコイイですよ。守山さんも凄いと思うし」
「ん”〜そうじゃなくてぇ…まぁいいか」
あきらめたように首を振ると瀬津名さんはにっこり笑った。
「凄いのは村田君の方だと思うよ」
「凄い…ですか?」
そういえば京一さんもそんな事を言っていたような。あれ?瀬津名さん?もうどこか行っちゃった!?

「もっとストレートの方がいいんじゃない?」
「別に!無量をカッコイイと思ったのは本当ですから」
「演劇部顔負けの口調で脚色してね」
那由多は体育館を後にして自分の助っ人場へと足早に移動するが、瀬津名はのほほんと付いて来る。
「村田君にも言ってあげればイイのに」
「だから別に、はじ…村田君がどうこうじゃなくて。というより村田君は別にカッコよくないし」
「ふぅ〜ん!?」
「試合なんで、失礼します」
珍しくそれ以上統原瀬津名は追ってこなかった。
「まったく…」
自分を呼ぶ声に手を振って答え、那由多はそちらへ走り出した。
「あいつはカッコいいんじゃない。ただ…気付くと傍にいてくれたり、欲しい言葉をくれたり…こう…タイミングがズレてるっていうか」
「守山さん?顔、赤いよ?」
「そんなんじゃない!」
「済みません」

屋根の上からグランドを眺めながら、瀬津名はフゥと息をついた。
「こらこら、他の子にあたってどうする。ホント大事な事には素直じゃないんだから」