組み敷くなんて、思ってもみなかった。


軽率な判断が死を招く事も考えない、子供。
他人の痛みを受け止めようとする、大人。

「カガリは、、、、本当に受け止めるだけなんだけど」

フレイに憧れていた頃。友達もいて、親友がいて‥。寂しいなんて思いもしなかった。
アークエンジェルに、ストライクに乗って、堅苦しい軍服を着て、毎日いつでもどこかで誰かと声を交わすのに、僕は一人ぼっちだった。
周りの大人は当たり前に戦闘をこなす。戦争の名の下に、人を、殺す‥
【人殺し!】
そうだよ、フレイ。敵は僕と同じコーディネーター。
【毛色の変わったコーディネーター】
じゃあ僕はっ。ザフトに入れば良かったの?
僕は守りたかっただけなんだ、友達を。ただ、それだけ
【守ってね】
フレイは温かいのに、どうして苦しいんだろう
【好きよ、キラ】
憧れていたフレイがそう言ってくれるのに、何故だんだんと独りになっていくんだろう


組み敷いた相手は僕の背に手を回さなかった。
僕がその両手を床に押さえつけていたから。


【大丈夫だから、、な!?】
心を通わせた親友は、敵になってしまった。
【わたしがいるわ。】
魂が寄り添わなければ、抱き合ったって孤独は消えない。
ただ、温かいだけ
でも!温かかったんだっ

君は、癒してくれる恋人じゃなく 慰めてくれる友達じゃなく
自分勝手なのに、君の周りにはたくさんの人がいる。その人達は、君と笑ってる。
カガリ‥
【大丈夫だから】
背に当てられた温かい手のひら。素直に零れた涙。
なのに
あの時。スカイグラスパーに騎乗したまま行方が分らなくなって、missing in actionの決定が下されそうになっていたのに、カガリは‥
【迎えに来てくれてありがとな。】
【心配かけてごめん。でも私は大丈夫だから。】
【お前こそ、無茶はするなよ!?】

僕はどうして欲しかったのだろう
泣いて謝って欲しかった?
震えて恐かったと縋り付いて欲しかった?
『人を心配させて!あっけらかんとしてる‥人の死を、君はどう思ってるの?自分の行動が、どう影響するか、考えてないの!?僕がどんな思いで‥っ』
どんな思い?
       人が死ぬのは嫌だ。人を殺すのは嫌だ!でも、僕がやらなきゃいけないんだっ
頭の中でガンガンと脈が打ち、痛みに思考が停止する。

‥ただひとつ分かっている事は、間がさしたとかじゃなく、確かな意思で僕はカガリを抱いたんだ。






自分の身に起きた事が理解できない。
自分を組み敷いた相手が、終わってもなお信じられない。
「キラは‥私が嫌いだったのか‥‥?」
引き千切られたお気に入りの服とか 血の染みが広がる下着とか 青黒い、指の跡とか
そんな事より呟いた言葉に、カガリの頬を涙が滑り落ちた。
恋人同士じゃないから、甘い言葉も愛の囁きもなく。
あまつさえ、労わりさえもない。
暴行を受けたカガリとは違って僅かに乱れただけの服装を整えるだけで、キラから狂乱は跡形もなく消える。
放心状態のカガリを省みる事もなく、キラは部屋を出て行った。
「キラ‥」
ふと脳裏に、ローズ色の髪の少女がよみがえる。
カガリは目を瞑って首を振ると、痛む体をだましながら別の服を着込んだ。

それから

『困った、、、キラといると、自分は女なのだという事を思い出す‥』
女である事が嫌なわけじゃない。ただ、面倒な事もあるのだ。
祖国にいる間延びした声の許婚や世話好きの乳母を思い出し、カガリはため息をついた。
「!」
存在感。
カガリはそっと、ブリッジに上がってきたキラを見た。
『今までは感じもしなかった、ううん、違う、な。今まで空気のように優しい存在で、こんな‥』
カガリは胸元に拳を当てた。
『恐い‥‥‥。悔しいけど、私、恐いんだ。』
右手首を左手で掴むと、カガリは胸元から剥がした。
『いっそ、、、怒鳴ったらどうだろう‥殴ってやったら‥?』
しかし、自分の身に起こった事が知れたら、キサカあたりは何をするかわからない。あの娘も、傷付くかもしれない‥。
『恐いけど、キラが死ぬのは嫌だ!キラが人を傷付ける事も、もっとキラ自身が傷付くから、嫌だ‥』
キラには崖縁を歩いているような危うさがある。孤独に苛立つ寂しさがある。

差し掛ける傘を持たず、伝える言の葉も手に入れないまま、アークエンジェルとオーブの狭間にふたりは別れた。




「キラが死んだ?」
「ザフトと交戦中、機体と共に」
探しに行くと言い張るのを恐れ、キサカは訃報を3日遅れで伝えた。
「キラが、、死んだ?」
カガリは無理を言ったりしなかった。
「カガリ?」
「キラが?」
「カガリ、しっかりしなさい。アークエンジェルはまだ!ザフトも」
「キラ、、?」
「戦争は広がるばかり。このままではいずれオーブも、‥‥カガリ?」
「キラ?」
耳を塞ぐようにしゃがみ込んでキラを呼び続ける。
『お前の本当はどこに居た?形にしたくてもさらさらと流れてしまう私の気持ちは、誰に伝えればいい?』
「キラ、、、」





ストライクとともに散ったと聞かされていたキラは、自分の意志で戻ってきた。
アークエンジェルへ駆け込むと何かを考える前に飛びついたカガリは、キラの対応に小首を傾げた。
『あれ?ずいぶんと、落ち着いたじゃないか、キラ。尖ったとこがなくなって、なんというか‥』
「なに?カガリ!?」
「え?べ、べつに!?」
「そう?なんか、顔、笑ってるけど!?」
「へへ‥そうか?」
「うん。」
「じゃ、嬉しいんだろ‥。」
潔い言葉。
ストライクに乗っている間、ずっとキラを捕らえていた闇にも、迷いながらもカガリは逃げなかった。
『そして今も、迎えてくれるんだ、カガリは‥。』
生きていてくれて、嬉しい
キラが生きていて嬉しいと笑う人がいる。
『この先、オーブがフリーダムの力を必要としようとも、カガリは人間の僕を肯定してくれる』
「何だよ、今度はお前が笑って‥」
キラの顔が綻ぶのに、ぷぅと頬を膨らましたカガリは、慌しく通り過ぎるオーブとアークエンジェルのクルー達の視線で、自分が正装している事を思い出した。
「お前が元気に生きてるって分って安心した。また、後でな。」
随分な言われようだと苦笑する間もなく立ち去ろうとする姿に、キラは手を伸ばす。
「?なに?キラ!?」
「あ‥」
「?」
「‥‥‥後悔してない。」
「なにを?」
瞬きするカガリの肩に、キラは両手を置いた。強くはないが、決して逃がさない距離で。
「キ‥ラ?」
「でも、反省はしてる。」
カガリの瞳が、理解してだんだんと見開かれてくのを、キラは見守った。
「今度は正面から、正々堂々と胸を張って伝えるから。」
カガリの手が耳を押さえようとするのを、キラの手が阻む。途端に強張るカガリの顔を、キラは優しく撫でた。
「カガリが笑ってくれるまで、ううん、もっとずっとずっと、笑ってくれた後もずっと頑張るから‥、‥‥カガリ?」
涙が溢れ出したカガリに、キラは戦闘中ですらあまり無いほど焦りまくる。
「どうし、、カガリ?あの、、、、、」
「キラは‥私の事、嫌いじゃないのか?」
「嫌いって、、、、ええっ?どうしてそーなる」
「良かったぁ」
抱き付かれてキラは顔から火が出るほど赤くなる。
「カガ、、リ‥?」
「キラ、私の事、嫌いだと思ってた。キラに嫌われてなくて良かった‥」
「カガリ‥」
「キラが生きてて、良かっ‥」
missing in actionの時ですら泣いたり以後行動を慎んだりしなかったカガリが、キラに嫌われていないと分っただけで泣いている。キラが生きてて良かったと泣いている。
「乱暴してごめん。心配かけて、ごめんなさい。」
キラはカガリを強く抱き返した。
「もう、死んだりするなよ!?」
死んだわけじゃないと苦笑を隠し、キラは深く深く頷いた。


                     
           

自分がこんなネタをやろうとは‥恐るべし種パワー(爆) 2005/09/12