PHASE37〜


  

アスランが帰ってきた。
アークエンジェルに
僕らの元に
カガリの元に‥



「アスラン‥大丈夫だよ。」
言おうと思っていた事を先に言われて、キラはカガリに目を見張った。
「うん。大丈夫だから。帰ってきたから。今は眠っていいるけど、これからいくらでも話せるよ。」
「良かった‥」
下を向いたカガリの睫が濡れていて、キラはカガリの手を握った。
「うん。良かったね、カガリ。」
カガリはつとキラを見上げると、カガリらしい顔で笑った。
「きっと、大丈夫だ。キラ。もうアスランと戦わなくてもいいんだ。」
「カガリ‥?」
笑う瞳から涙があふれて、カガリは慌てて手でこすると、アスランのトコに行ってくる と走っていった。

「アスランと‥戦わなくて、いい‥‥?」
カガリの言葉を繰り返して
『あっ』
【お前はもう、アスランと戦わなくても大丈夫だよ。良かったね、キラ。】
キラはカガリの言った大丈夫≠ェ、カガリの事でも、アスランの事でもないと遅まきながら悟る。
「カガリっ」
返事をしてくれる相手はもうこの場にはいなくて、キラは頬が緩むのを止められずに噛み締めると、そっとアスランの眠る部屋へと足を向けた。





「アスラン、私はっ‥私、は‥‥‥済まない」
眠り続ける姿を前に、カガリは顔を覆った。
「アスラン、ごめん。ごめんなさい‥アスラン。」


アスラン、アスラン、アスランっ
胸を突く叫びに、キラは足を止めた。
部屋の中で。スライドしたドアにも気付かぬほど、カガリは泣いていた。
「‥‥‥っ」
急転する気持ちにキラは唇を噛み締めると、ただ泣き続けるカガリに背を向けた。


「どうしてカガリが謝るの?」
思わず口をついて出た言葉に、キラは足を止めた。
「アスランが君を泣かせてるのに、何故?」
『僕なら‥、僕はっ‥カガリ‥‥』


「どうした、ラクス?」
「え?わたくしがどうかいたしましたか?」
心ここにあらずの様子で聞き返すラクスに、バルトフェルドは いや と口籠った。
『クワバラクワバラ。まったく、地球の奴等は何やってんのかね。』
歴戦の勇者は引き際も心得ている。
デュランダルのやろうとしている事。エターナルで情報収集をしているラクスは、負傷はしているもののアスランの帰還に一息ついた。しかし、、、
『カガリさんが泣いている。』
その横で慰められないのは残念だけど、アスランが帰ってきた事は、元婚約者として、そして友人として喜ばしいとラクスは思う。
『待っていてください。すぐに戻りますわ。』
ラクスは手に入れた情報を抱きしめた。
「急ぎましょう。デュランダル議長の矛先がオーブに届く前に。」
「了解、お姫様。」
バルトフェルドの軽口にも目を向けず、ラクスは前を、地球へと続く空間を見据えた。
『急ぎましょう。アスランが女の人を連れて戻った事への言い訳をする前に!』


「カガリ‥?」
カガリが出てきた部屋はアスランが連れて来た女の子が休んでいる部屋で、キラはどうアクションしたものかわからず、固まった。
「気が付いた、あの娘。泣いてて、アスランに会いたがってるんだけど‥」
優しい表情に伏せられた睫が寂しげな影を落とす。
「まだ‥無理だよ。」
カガリは顔を上げた。
「そうだな。アスラン、まだ意識を取り戻してないしな。かえって心配になるだけかも。」
カガリは笑おうとしてできず、また顔を伏せた。キラは右側に立つカガリと反対の左拳を静かに握り締めた。
「メイリン」
「え?」
「あの娘の名前。メイリンっていうんだ。」
「そう‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥、カガリは‥」
「頑張る。」
「カガリ?」
「もう間違えないように、私、頑張るから。」
カガリはにっと笑った。
【選んだのはカガリでしょ!?】
地球軍との同盟。責めたキラに対抗するでもなく、カガリは素直に受け止めている。
「カガリ‥」
抱きしめた体は、その素性を知らないかつてに抱きしめた時とは違って、今ではすっぽりと腕の中に納まる。
「キラ?」
「僕も一緒に頑張るから。」
「‥‥‥、うん。ありがと、キラ‥」
温かい染みが胸元に広がるのに、キラは抱く腕に力をこめた。


『”あ、指輪』
カガリは自分の指に填まるアスランの指輪に、触れた。
「填めてるの、忘れてた」
忘れるほど、身のひとつになっていた指輪。
道が見えない間は、触らずには、口付けずには、祈らずに入られなかった想いの形だった。
『キラが、ラクスが。こんな私でも代表と付いてきてくれるオーブの皆が、私は一人じゃないと教えてくれた。』
カガリは指輪に手をかけた。
『外す?』
涙が指輪に零れる。
「しっかりしろ、私!泣くなっ」
指輪を外す事もできず、カガリは手ごと胸に抱きしめる。
『お前はお前の、信じる道を歩いた。その結果なら、受け止めたい。受け止められるよう頑張るから。もうちょっと、この指輪、填めさせててくれないか!?お前が望めば、外すから。返すから‥だから‥‥‥』
アスランっ
カガリは立っていられなくて、その場にしゃがみ込んだ。
その身を壁に預けながら、カガリは唯一つの言葉を、それしか知らないように繰り返した。





「カガリ?どうか、した?」
アスランが気付いたと呼びに来たキラは、部屋をひっくり返しているカガリに眉を寄せた。
「あ、いや、、、、ちょっとな。頭が痛くて、、、、」
薬を探してた、と。
力ない笑顔にキラはため息をつく。
「泣き過ぎだよ。あんまり泣くから‥泣き続けるから頭が痛くなったんだ。医務室、行く?」
カガリはバツが悪そうに立ち上がると、首を振った。
「でも、辛そうだよ!?」
「寝れば、治ると思うし、、、」
「泣き顔が恥ずかしいんだ?」
「そんなんじゃ‥その、仮にも一国の代表がこんな醜態じゃさ」
キラはカガリの手を取ると、部屋から連れ出す。
「キラ?」
「醜態じゃないよ、全然。感情は人間の根本にある大切なものだ。ただ、さ‥」
キラはカガリを自分の部屋に連れて来ると、置き薬の鎮痛剤をカガリに差し出した。
「ありがと‥」
頬を染めたカガリは、目を腫らしていても可愛い表情になる。
『いつでも、一生懸命だよね』
キラはカガリが薬の飲み干すのを、目を細めて見守った。
「で?」
「でって?」
「何を泣いているわけ?アスランは帰ってきたのに‥」
カガリの表情に影がさす。先ほどの、天真爛漫な可愛さが影を潜め、セイラン家との結婚式の時の、仮面のような顔に、キラの眉間が寄る。
「カガリ」
カガリが誤魔化さないようキラはカガリの手を取って、そこでようようカガリの指に指輪が填まっている事の気付いた。カガリもキラの視線に気付く。
「キラ、何か用事があったんだろ!?なんだ?」
カガリの顔に広がった静かな笑顔。
「カガリっ」
「ん?」
「そんな顔、しないでよ。」
「そんな顔って、どんな顔だよ。私はもとからこういう顔だぞ。」
「そんなふうに笑わないでよ!」
「キラ‥‥」
カガリに抱きしめられ、キラは自分も酷い顔をしていると思う。
「心配かけてごめんな、キラ。でも大丈夫だから。だってさ」
いったん離れるとカガリは大人の顔で微笑んだ。
「キラも一緒に、頑張ってくれるんだろ!?」
「カガリ‥」
「キラがいる。ラクスやアークエンジェル、そしてオーブがある。私は歩いていけるよ!?」
今度はキラがカガリを抱きしめた。
「キラも、ラクスも、皆幸せになろう。」
「うん。幸せになろう、カガリ‥」


「で、何の用事だったんだ?」
急に現実に戻されて、キラは唇を尖らした。
「アスランが目を覚ましたからさ、、、、」
早く言え と怒られるかと首を竦めるキラに、カガリは そうか と答えた。
「カガリ?」
「行ってくる。」
「あ‥うん‥‥‥、カガリ?」
「謝ってくる。」
「うん‥‥‥、え?謝るって、、、、ええっ?」
キラが問い返した時には、カガリは既に部屋を出ていて。
「カガ‥リ‥‥」
歩いていくその後姿には強い決意があふれ、キラは何も言えずに見送るだけだった。



「やめろよ、そういう事言うの。‥誰も嬉しくないから。」
『おやおや』
アスランと同室で休むネオは、死にたい気分だと言うアスランとカガリの会話に、人知れず笑った。
『あの娘の前だとずいぶんとカッコ付けるというか、あぁ、素直といった方がいいのかな!?』
死にたいのは無様な格好を見られたくないからだ。たぶん、いや8割強この娘に。
『本心もあるが、弱音でもある。』
だが、肝心の二人は分ってないらしく、途切れ途切れに会話は続く。
「メイリンは?」
一緒に助け出された女の子の安否を問うアスランに、ネオは呆れる。
『せっかく二人きりなのに、って、俺がいるか‥。それは置いといて、聞くか?他の子の事をさ。そりゃ心配は分るし、相手に対して深い想いがないからこの娘に聞けるんだろうけどなぁ、、、不器用?』
ネオのアスランに対する大人な評価に対し、カガリが謝るという事が、カガリが責められる事になるかもと心配で、悪いと思いつつも別室で諜報していたキラは、アスランの言葉にその罪悪感を吹き飛ばしていた。
≪ああ、助けてくれたんだ。殺されるぐらいなら行けって‥ほとんど話した事もないのに、俺、甘えて、巻き込んで‥≫
≪お前の事好きなんだろ、きっと‥≫
「アスランっ」
ダンっとキラは机を叩いた。
「どうして、どうしてカガリにそんな事を言わせるの?君はっ‥‥」
アスランは子供の頃から何でもそつなくこなせた。口下手で近くに女の子が集まりはしないが、遠巻きに人気があった。
『そういやラクスと婚約してたんだ』
だから分らない。
キラはコツンと頭を机につけた。
好きな子に振り向いてもらいたい、という気持ちは。好きな子を慰める、それが自分を傷つける言葉でも。
『僕は‥』
キラが過去の想いに沈むところを、カガリの声が掬い上げる。
≪大丈夫だよ。彼女のことは心配するな。ちゃんと私が面倒見るから。それであの、、、私の事は許してくれるか?≫
『!』
キラは諜報機を切った。
「カガリ‥まったく。君って人は‥」
今までのアスランの行動とか、気持ちとか。メイリンの事も‥
気になるだろうに、カガリはまず自分を謝るのだ。
キラは机に突っ伏すと、気を落ち着ける為に予め用意しておいたカフェオレを指ではじいた。
「君は鈍いアスランに負けないぐらい、真っ直ぐなんだね。」
自分の間違いは正さずにはいられない。時に痛い事もあったが、その真っ直ぐさに救われる事の方が多いと、キラは微笑った。
「あ〜ぁ、指輪、渡すんじゃなかったかな‥」



カガリの危機に間に合ったと一息ついたラクスは、宇宙からジャスティスに乗っての荒業にもかかわらず、もうひとつの引っ掛かりを尋ね、格納庫へと誘った。ジャスティスを前に、揺れるアスランの瞳を、ラクスは見つめる。
『守りたいものが、ありますのね‥』
戦士の形容に否というアスランは、だけど戦士だとラクスは思う。
『貴方はキラと違って、全てを守るという1つの決意はなく、守りたい個々をそれぞれに考えているのですね。今は‥ミネルバに残してきた人々のことでしょうか‥』
ラクスは宇宙から持ってきた新たな力を見上げた。ジャスティスは赤く、静かに待っているようだった。
「決めるのはアスランですわ。」
怪我していて無理かどうかなど、関係ない。自分を自分だと言えるのなら、足を踏み出すのだ。そう考えられる機会がある事、言われるままに生きる平和と違った幸せがそこにはあると、ラクスは思う。
『ですが、それはわたくし的に許せませんわ。カガリさんの横には。』
キラの口を割らせ、ネオやミリアリア達の話から、ラクスは自分の居なかった間の経過をおおよそ把握していた。
【いかがでしたか?】
忙しい間を縫って尋ねたラクス。その意図を受けた視線の先、指輪をカガリはくるくると回した。
【うん、、、せっかっく、キラが填めてくれたから、、、】
填め続けている理由を恥ずかしげに、寂しげに。そう返すとカガリは公務があるからと走り去った。
『アスランのお鈍さんには任せて置けませんわ。』
シンを止める為に飛び立ったアスランを見送って、ラクスは次の手を打つべく、アークエンジェルのブリッジへと向かった。
次の手
フリーダム・ジャスティス・ドムの、そしてアークエンジェルの参戦で、辛くも敗戦を免れたオーブはカガリを代表として声明を発表した。その横にラクスが添う。
『いいトコ取り‥』
フリーダムのコクピットで、キラは突っ伏す。
戦局は動く。宇宙へと。
だが今回は。カガリは一緒には行けない。オーブの復興が、彼女の重力。
戦局は動く。カガリの指から消外れた指輪へと。
「いいんだ。焦らないと決めたから。」
アスランは苦く笑う。だけど
吹っ切りたいと思うアスランは知らない。同じ艦内の中
「あいつ、頼むな。私は行けないから」
メイリンに笑った後、涙を隠して立ち去るカガリを、アスランは知らない。

「いいんだ。また、、、、填めるから、、カガリの指に‥」
『それはどうかな?』
アスランの呟きに、キラとラクスは明日へと思いを馳せた。
『取敢えずは シン・アスカ という少年ですわね。アスランが彼を心配するほど、彼を助けたいと思うように、彼がカガリさんに反発するほど、カガリさんに執着する心配がありますわ。』
『その時は容赦しないから。』

遺伝子による人間の組み分けは許す事はできない。
可能性を否定すれば進化はありえない。もっと本能の話をすれば、それは。
好きな相手に見合わなければ諦める という事が想像できないからだ。
兄弟だからって
女同士だからって
好きなものは好きだし 守りたいと願うのだ

アスランの戦いはまだまだ続く。

7月竜

なにかアスランの気持ちが散漫で、、、抱えすぎちゃうの?というか、おんどれカガリにフォローせんかいとか、キラ頑張れとか、サンライズさんお願いしますとか、、、、いやいや‥済みません。そういうことです(爆)2005/08/28