「カガリ‥」
いつになく言葉を濁すキサカに、カガリは仕事の手を止めた。
「珍しいな、どうした?」
代表に復帰してからキサカは、プライベート以外カガリを名前で呼んだことはなかった。そのキサカの、意味ありげな視線にハッとすると、カガリは座席の後ろ、窓に歩み寄った。
眼下に探す、姿。
『あれは、、、、』
小さく蹲った影は期待していた人ではなかったが、それでもカガリはキサカに頷くと階下の人を接客室へ招いた。
シン・アスカ
首長代表官邸の中庭で蹲っていた時と違い、入ってきた彼は真っ直ぐとカガリを睨んだ。
『強い視線、、、。戦争は終わったが、コイツの怒りは解けないらしい‥そりゃそうだよな。わたしだってお父様の教えが、キラやラクスや、アス、、、みんなの想いがなかったら、恨んだり憎んだり、続けているかもしれない。大事な人を失うということは、それほど、、、、』
脳裏を過ぎった姿に、カガリは一瞬目を伏せると、改めてシンを真っ直ぐと見つめた。
『でも、解ってもらわなきゃいけない。わたしを恨んでくれてもいいから。‥ううん、解ってもらえなくても、分ってもらう努力をしなくちゃいけないんだ。それがわたしの仕事!これがわたしの戦い。戦争を起こさない為に。お互いを認め合う為に!わたしは戦い続けるよ。諦めないから!キラ、ラクス、、、アスラン。』

ザフト兵として、いや、自らオーブを攻撃した自分を、責めるでもなく、問い質すでもなく。静かに自分を見つめてくるカガリに、睨むだけでシンは言葉が出てこなかった。
「キサカ、お茶を。」
カガリを見、シンを見、少し迷ったがキサカは退室した。
「、、、お茶を飲みに来たんじゃない。」
「そうだな。だが口を動かす潤滑剤にはなるぞ。」
笑ったカガリに少し顔を赤らめると、シンは視線を落とした。
「ごめん」
「‥‥‥、え?」
意味が分ってない様子のカガリに、シンは顔を上げ視線を合わせると
「今でも!、、、頭にくるしムカつくし、、、だけど。、、あんたの話聞かなくて。一方的に戦って、、、オーブにも、、、、、だから、スミマセンでしたっ」
深々と腰を折ったシンに、カガリは目を瞠った。
「ありがとう」
「だからって、許したわけじゃない。」
頭を下げたまま声を絞り出すシンに、カガリは近寄る。
「うん、分ってる。だからさ。”歩み寄ってくれて、ありがとう”。」
はっとして、シンは顔を上げた。
「口で言うほど人間は簡単に割り切れない。でも人は、言葉を生み出したんだ。自分を伝える為に、相手を知る為に。わたしは諦めない!国の代表は諦めちゃいけない。」
近寄ったカガリが以前より小さくなった気がして、シンは瞬きした。
「あれ?、、ああ、、、随分大人っぽくなったと思ったが、背、伸びたんだな。」
奇しくもカガリも同じことを思ったようで、
『そっか、俺が伸びたんだ‥』
シンは納得半面、不思議な感情が生まれるのを感じた。
『ヘンなの、、絶対許せないと思ってた。理想論だけで、全然分ってないヤツらだって‥だけど、、、、今、同じ場所で、同じ時間で‥。同じような事を感じるんだ!?‥‥』
「シン」
呼びかけられて、シンは浸りかけていた意識を目の前に引き戻した。
「お前、シンだったよな。シンは、理解しあえるチャンスをわたしにくれた。ありがとな。理解の前に、そのきっかけすらなかなかもらえないから‥」
改めてシンが見ると、カガリの目の下には隈ができていて、その業務の大変さを物語っている。
「、、、あんた、前、アイツを、、、アスランをボディガードに雇っていただろ‥」
「え、、、あ、うん‥」
シンは自分の思い付きに驚いていて、カガリが目を伏せたのに気付かない。
「今は、、誰かいるのか?アスランは?」
「いや‥‥、人手が足りないからな。少しでも早く復興させないと」
声を奮い立たせたカガリに、シンは口唇を噛んだ。自分を驚かせた思い付きは、だがしっかりと固まっている。シンは舌で口唇を湿らせると、カガリへと視線を戻した。
「俺を、ボディーガードに雇ってくれ。」
「え?」
「アスランは戻らなかったんだろ!?」
鋭い痛みにカガリは息を呑んだ。
「‥ああ。」
分っいるつもりだった。だが、あらためてそう指摘されると、どこかで縋っていた自分にカガリは気付いた。
「ボディーガードに俺を、、、そりゃ許してないヤツを雇うのはナンだけど、、、俺はあんたを殺すつもりは無いし、、、その」
どういえばいいのか、シンが一生懸命言葉を捜す。
『人は変わる。変われるんだ』
シンに突きつけられた現実は、カガリに未来を見ろと言っているようで、カガリは大きく息を吸って、笑った。
「相互理解にお前も付き合ってくれるというのか?」
シンははっきり頷いて、
「え?、、おい、その、、、?」
カガリの瞳に盛り上がった滴に、シンが慌てる。その姿は年相応で
「あ、済まない。違うんだ。お前のおかげで、目が覚めた。」
カガリは目元を擦ると笑った。
「分ってるつもりでずっと、引き摺ってた。もし、もう一度遇えたら、そこから始めないとな。新しいわたしで。ちゃんと自分の足で歩いているわたしで‥」
「それって、、、、あんた‥」
手一杯だったシンもカガリの笑顔に落ち着き、カガリが言っている事が何かに思い当たった。
「一緒に歩くの、手伝ってくれるか?」
「‥矛盾してるぞ。自分で歩くんだろ!?」
何故ムッとするのか、シンは自分がよく分らない。
「プライベートはな。だが、人は弱い。それから目を逸らしてはいけない!人は弱いんだ。だから間違わないように助け合うんだ。」
「‥それはアスランが言ったのか?」
カガリは首を振った。
「これはキラ、、、、いやラクスかな‥」
キラの名前にシンは更に機嫌が悪くなる。
「俺も自分の足で。‥それで追い抜いてみせる!」
「シン?」
「あんたは俺が守る。俺はもう、負けないから!」
「あ、、、、そう、、、、」
シンの気構えに気圧されて、カガリは頷いた。
「あー、、、、でも、負けてもいいんだぞ?人は‥」
「負けないんだよ!俺はっ」
子供っぽい我にカガリは笑うと、すぐ真顔になった。
「雇うには条件がある。」
「、、、なんだよ?」
自分はアスランより劣っているのか シンがドキドキしながら考えていると
「絶対わたしを庇って死なない事!」
「‥‥‥、はあ?それじゃ、、ボディーガードじゃないだろ!?」
「この条件は譲れん!」
踏ん反り返るカガリに、シンは眉を寄せ
「あんたさ、、、、、、ま、いいや」
ため息を吐くと肩の力を抜いた。
『要は俺の心根しだいなんだから』
「なんだよ!?」
「べつに。いいぜ、その条件とやらで。」
「そっか」
満開の笑みを浮かべると、カガリは右手を差し出した。
「よろしくは。」
顔が赤くなった自覚があって、シンは軽くカガリの手を弾くと、
「こっちこそな、、、」
そっぽをむいた。
『守ってやるさ、そう決めたんだから。俺が絶対!』


後日、カガリを訪ねたアスランは、シンに門前払いをくらう。
「シン?お前、戦争の後始末のあと、行方くらませていつから‥?無事でよかったが、、って、おい!?」
「カガリには合わせられない!」
「カガリって、、、お前いつから名前」
「あんたは、カガリを悲しませるから。」
「!」
ここで言い返せないのがアスランで
「じゃ、僕は兄妹だから」
アスランに付き添ってきたキラが通り過ぎようとするのを、シンは腕と掴んで引き戻す。
「あんたもダメ。」
「どんな理由で?」
「胡散臭い。」
「‥‥‥ケンカ売ってる?」
窓からカガリに手招きされたラクスは、騒ぐ3人を残してこっそりとカガリの家へと入っていく。
『刺激がなければ生きる事に感謝が薄くなってしまう。ここはまさに楽園ですわ。』
ラクスは戸締りをして3人を締め出すと、カガリの肩を抱きながら一緒に窓の外の喧騒を眺めた。

キレイ 
 さん

カガリが泣くシーンは、某自動車のCMをイメージして玉砕。相手を大人だと思っていると思わぬ落とし穴にはまったり、、、夢好きです(爆)。2005/10/15