Pray to Valentine

7月竜

「アル」
膝を突き合わせて座るよう、エドはアルを促した。


エルリック兄弟が向き合う事はあまり無い。
御互いによき相棒で(たとえどちらかが、エドが一歩も二歩も前に出ていたとしても。片方が道理を違えそうになった時は、もう片方が引っ張り上げる距離で。)一緒に前を向いているから、足を進めるのに、向き合う(片方が後向きになる)必要があまり無いのだ。
移動の列車や車の中でも、宿や野宿の焚き火を囲んでいても、背中や腕や、体の一部が触れ合うような小さな空間、大きな空間ではなく、彼ら二人だけの小さな世界を創る事ができた。
本音、そしてまれに弱音をもらす時も、ただ寄り添うだけ…

だから、エドにそう言われて、アルは内心途惑った。
『図書館で調べ物した時とか…でもあれは他にスペースが無かったから1つの机に向き合ったんだっけ。列車で向かい合った時は…退屈凌ぎにゲームしたんだった。列車が空いてれば兄さんが窮屈だから斜向かいとか座るけど…今日は何で?なにか僕、怒らせる事したっけ?』
既に床に座っているエドに下から睨まれ、アルはギクシャクとエドの正面に座った。
「もっとこっちだ!膝を突き合わせるって言ったろ!?」
『怒ってるってわけじゃ、なさそうだけど…』
いぶかしみながらアルはエドの足に触れるぐらいまで膝をすすめた。
「何?兄さん…」
「もっと近付けよっ!」
「なんで?誰もいないし、充分聞こえる…」
業を煮やしエドは膝立ちになると鎧の首を抱きかかえ、自分の方に引き寄せた。
「兄さん!?」
アルはバランスを崩しそうになり、床に両手をついた。
「いったい、どうしたんだよ?」
エドは押し黙ったままで
「…なにか、あったの?」
心配になったアルは左手をエドの右手に添え、優しく尋ねた。
「好きだ」
呟かれた言葉。
主語も目的語も無く、どう反応していいかアルには分らない。
『母さんやクリームシチューじゃないだろうし…ウィンリーの事だろうか?』
それなら一世一代の大告白だ。近寄れと言った兄の気持ちも分る。
『兄さんとウィンリーはお似合いだ、と思ってたけど。いざ直面すると一抹どころかかなり、かなり寂しい…』
アルは表情がない事に感謝し、気持ちと裏腹に勇気付けるようエドの腕を軽く叩いた。
「好きなんだ!アル、俺は…」
「うん」
エドの腕の力が強まり、冑はエドに抱き込まれるカタチになる。
だけどアルは身動きしなかった。頭をたれたまま、静かに兄の言葉を待つ。
「お前が好きなんだっ。お前の為なら俺はっ、世界を壊したって構わない!」
言葉がアルに届いた瞬間、アルの腕に力が篭り、エドはいきなり鎧から引き剥がされた。意表を付かれ、エドは後に尻餅をつく。
「アル…」
拒絶にも取れる弟の行動に、エドは暗い瞳を向けた。
アルは立ちあがっていた。エドを見下ろす鎧は無表情にもかかわらず怒りの波動を伝えてきて、エドを打ちのめした。
「兄さんっ。僕はね!僕はっ」
渦巻く想いに、アルの言葉が途切れる。
『怒ってるんじゃなくて…もしかして、泣いてる、のか?』
アルの気持ちが知りたくて、エドはアルを見つめた。
「っ…僕だって。兄さんが好きだよ。だからさ!好きだから世界を護りたいよ。兄さんと生きてく世界を…」
言葉が終わらないうちに、ガシャンという鋭い音が響く。
エドはアルを抱締めた。
アルはエドを抱締めた。
弟の為なら世界を無に返せる兄と、兄の為に世界を護りたい弟。
向き合わなければ伝えられない事もあると、果てない道程の途中で、たったふたりの兄弟は足を休めて抱き合った。


「で、結局何が言いたかったの?」
アルの言葉が舞上がっていたエドを奈落に突き落とす。
手の中の存在が未だ幻に過ぎないとエドは涙した。

『あぁ、この難い鎧にvalentine様、どうか御願い!』

かなり早いですが、バレンタインです。告白をさせてみたかったのですが…あれ〜?
これでもらぶらぶです(爆) 2004/01/14