「やあ、アルフォンス君、だったかな。鋼の錬金術師の弟だったね。」
 呼び出された大総統府の一室。接客室でも執務室でもないその部屋の鉄格子の填った小さな採光窓の側に立ち、ブラッドレイは温和な笑顔でアルを迎えた。
 リオールの街から逃げ出し、リゼンブールに着く手前でロイ立ちに保護されたエルリック兄弟は、しかしすぐ後をついて来ていた大総統直属の部隊にロイ達ごと捕獲された。
 個別に連行される中、ジュリエット・ダグラス大総統秘書官はアルに囁いた。
「このままでは鋼の錬金術師も、焔の錬金術師とその配下も。そして豪腕の錬金術師まで。全て謀反の咎を受ける事になるわ。国家錬金術師も手薄になってしまうわね。それも貴方の為に。」
 ビクッと震えたアルの冑に手を置いて、ジュリエットは笑った。
「だって、貴方を隠す為に国家に逆らったんですもの。」
「大総統の事、僕は‥」
「そうね。口外して無いようね。賢くて助かるわ。それでこそワタシを造ってくれただけの事はある。」
 形の良い爪が、鎧の表面をなぞっていくのをアルは緊張して見つめた。
「だから。その頭の良さを使って、国家錬金術師達をどうすれば助けられるか、考えて欲しいの。」
 国家錬金術師。即ちそれは、愛する兄で、大切な軍の人達の事‥
「‥どうすれば?」
 体が無い為緊張で声が掠れないのを、アルは感謝した。
「大総統がお呼びよ。行儀良くお伺いしてくれるわね。」

 懐かしい東方司令部。通された執務室には護衛の兵士の姿も無くて、とても大総統が居るとは思えない様相だった。
 開口一番。
「僕を、殺すんですか?」
「ほ〜ぉ!?何故そう思うのかね?」
「マーテルさんから聞きました。あなたは‥!そんなあなたから僕は、マーテルさんを守れませんでした。グリードさん達に約束したのに。」
「あのキメラが何を言ったかは知らんが、君は国家の安全を守るわたしより、あの犯罪に身を染めた人外の言う事を信じるのかね?」
「マーテルさんはっ。マーテルさんは人です。優しい、人でした。」
「分ってもらえないのは残念だが、君には用事があるのでね。こっちへ寄り給え。勿論、逆らったりはしないだろうな。君は、状況を良く理解してくれているようだからね。」
 微笑みながら、ブラッドレイは腰のサーベルを抜いた。光を弾く剣に怯む事無く、アルはしっかりした足取りで、ブラッドレイの側へ寄った。
「では、本題に移ろう。」
 寄ったアルの首元に剣を当てると、ブラッドレイは細めていた瞳を開いた。ウロボロスの瞳が、なめるようにアルの輪郭を辿る。
「大総統府で働かないかね?そうだなぁ、支給する制服はチャイナドレスがいいかな。」

「‥‥‥、は?」

 ブラッドレイは寄せていた顔を離すと、手を後に組んだ。
「どうも我が軍は面白みと華に欠けていてねぇ。君がチャイナ、服じゃないよ、ドレスの方だからね、それで働けば毎日騒動が」
「はぁ‥‥」
 その時
「アル、大丈夫か!?」
 力強い叫びとともに扉が吹き飛ぶ。炎を背に立っていたのは、ロイ・マスタングだった。
「助けに来たぞ!」
「マスタング君、どういうことかね?」
 ブラッドレイの顔から笑みが消え、プライドの威厳を持って、不法侵入者を迎えた。
 ロイは怯まずアルの側まで寄ると、アルの肩に手を置いた。錬成陣の描かれた発火布をはめて。
「それは、こう言う事だ!」
 強固な壁が熱にひび割れていく炎に包まれ、ブラッドレイはなお、笑った。
「このような攻撃で、ホムンクスルを倒せると思っているのか?」
「幾つもの魂を持っていると聞いた。そして、無限でもないと。ならば。」
 アルに触れる事によって衰えない炎。その中に佇むホムンクスル。
「魂全てを焼き尽くせばいい!アルが居ればそれができる!」
 不埒な言葉と不敵な笑みを携えて、ロイ・マスタングは大総統府の一角を燃やし尽くした。


「あの、マスタング大佐?」
「今日から私は、マスタング大総統だよ!?アル。君は特別にロイと呼んでくれれば良いがね。」
「兄さん達は?」
 さりげに話題を避けつつ、アルは1番の気になる事を尋ねた。大切な兄の無事を祈って。
「鋼も私の部下達も、あの場で捕えられた者は皆、リゼンブールやリオールを管轄に置く、東方司令部に拘留されている。大丈夫。皆無事だよ。」
「良かった‥‥、あ、でも大佐はどうして?」
「元々、私は上を目指していたからね。裏工作は万全さ。 ところで、アル。」
 ロイは発火布を外すと、アルの手を取った。
「大総統となる私の最初のお願いなんだが」
 ロイはやや上にあるアルの顔に顔を近づけると、逃がさないように笑った。
「君には大総統第一秘書官に就任して欲しい。」
「え、ええええ〜ダメです!そんな大切な仕事、僕にはできませんよ。」
 アルはパッとロイの手から逃げると、両手を挙げた。
「それに僕は、賢者の‥」
だから私の側にいろ!守ってやるから。傷付いても、必ずそこから救い出すから。」
「大佐‥」
「君を元の姿に戻してやることは、鋼に譲ってやる。自由に研究すれば良い。だが、君を一緒には行かせない!君は私の側で笑っていれば良い。」
「どうして‥?」
「理屈じゃないんだが、そうだな。君に納得しやすく言えば、今の君では錬金術を増幅するから、かえって鋼の暴走を促し危険を増す。それに、もし反分子の手に落ちれば、私も含め皆が危険に陥る。 という理由ではダメかな?」
 納得の行く理由を並べ、納得のいかない願いを求めるロイに、アルは苦笑した。
「ブラッドレイ代総統にも言われましたよ、秘書官になれって。でもチャイナドレスの制服は嫌です。」
 一瞬ロイは複雑な顔をしたが、すぐに微笑むとアルの手を再び取った。
「ミニスカならどうかな?」


「ほらみろ、面白くなっただろう!?」
 二重の壁、内部に身を潜めコップを壁に当てて成り行きを聞き取るとプライドは、にやっと笑った。
「でも、あの人が怒ると思うよ。エンヴィーも」
「心配いらんさ。取り返そうと思えば何時だって、鎧事賢者の石は取り返せる。そうだろう、スロウス。」
「そうね。あの子達はワタシに手をあげられないだろうから。」
 無表情に答えるスロウスを気にも止めず、プライドは隙間から外の様子を眺めた。
「長い時を重ねて、退屈で厭き厭きしているのだよ。楽しみも無ければ、やってられんさ。」
 プライドはウロボロスの証を瞼に隠すと、ポケットから赤い石を取り出した。
「さて。誰が"賢者の石"を手に入れるか、賭けんかね!?」
「は〜い、は〜い。ボクは、んと、ラストにぃ」
「我々の手に収めるのは最終目的だから、仲間は却下。」
「ワタシは息子のよしみでエドに3石。」
「1桁とはせこいな。では、ワタシもかつての部下という事でマスタングに10石。」
「ボクも鋼君にぃ」
「同じじゃ賭けにならないわ。別の人にしてくれる!?」
「えっとえっとぉ、じゃあボクはあの女の子に、1石。」
「せこい以前の問題だな。まぁグラトニーでは食い意地張っているから仕方ないな、ロックベルに1石っと‥」
「ワタシもいいかしら?」
「ラストぉ、何時帰って来」
 プライドはグラトニーの口に辛子を放りこむと、遅れて来たラストを促した。
「構わんぞ。」
「ワタシはゼノンタイムのラッセルって坊やにラッキー7。」
 ピースを掲げるラストにプライドはゲンナリする。
「ぶりっ子は似合わんぞ。」
わたしは、ホーエンハイムに100石
 聞こえた声に、ホムンクルス達は身を震わせた。
「しかしこれで、あの人の公認となったわけだ。」
「楽しみだねぇ。」

 まさに壁の外では、アル所有の問題で一大決戦が始ろうとしていた。 2004/09/12

炎の縁 〜画面のむこう側・銀時計のみる夢〜

アルフォンスフェスティバルで無料配布したロイアル(?)。余ったので10月では押付けに(爆)2004/9/12