{現状}
街の中心広場に面した宿屋の2階、広場の噴水が眺められる部屋でベッドサイドの机に足を乗せ、深く腰を下した椅子をぶらつかせながら、ハボックは煙草をゆらしていた。
中央への勤務異動休暇、即ち本来なら配属当日に勤務できるように居住地を決め荷物を運び込み、通勤方法・病院食料品店等生活に必要な近隣の情報を整理し、更にハボックにとっては1番の重要事、潤い地図(ストライクゾーンに入っている女性の名前や接触ポイント等のマップ)の作成を行っている期間なのだが、ハボックは虚ろな目で沈む夕日に溜息をついた。
そこへ重い足音が近付いた。
「ハボック少尉、犯人から連絡は?」
ノックもそこそこ返事も待たず、ドアを開けたアームストロング少佐の第一声に、ハボックは煙草を消しながら、焦ってても律儀な人だなぁと薄く笑った。
「ありませんよ。少佐の方はどうです?なにか情報は?」
明らかにがっかりしてアームストロングは首を振った。
「済まんな。本来なら引越しで忙しいところを」
「べつに構いませんよ。どうせ中央にいても大佐に呼び出されて引越しどころじゃ無いでしょうから。」
中央の騒動を思い遣って、ハボックは笑いを噛み殺した。
「そう言ってくれると助かる。貴殿には妹が失礼をしたから。」
『っというより、その話題には触れないでくんないかね』
ハボックはアームストロング玲嬢に振られた事を頭の隅に追いやりながら、立ち上がると上着を手に取った。
「小官に考えがあるので、外出許可願います。その間に少佐は少し休んで下さい。」
「!。それならば我輩も!」
「電話番は必要でしょ。なに、甘ったれに一発食らわせるだけですんで。」
ウィンク1つ残すと、ハボックは宿屋を後にした。その足で駅に向かう。そして駅の伝言板の前に立つと力強く書き始めた。
アルフォンスは
続きは利き手を強く握る機械鎧に阻まれた。
「アルがどうした?」
殴りかからんばかりの勢いで噛みついてくるエドワードを見下ろしながら、ハボックはチョークを置くと冷めた口調できり返した。
「事情が知りたかったら1発殴らせろ。」
「はぁ?」
「そんだけの事、した自覚あんだろ!?それとも"偽装誘拐"だったって、アルフォンスに報告しようか?アームストロング少佐も宿屋ですんげぇ心配してるぞ。」
今度はアバラが折れるぐらいじゃ済まない勢いで抱締められるだろうなぁ
そっぽ向いて付け加えられた言葉にエドはマジ嫌そうに顔を顰めた。
ハボックはその表情に目を細めると、振り上げていた拳をエドの頭に下し、ぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「何すんだよ、少尉!」
「この件で殴る権利があるのは、アルフォンスだけだろうからな。これで我慢しといてやるよ。」
こっちの方が100倍嫌だ、と文句を言おうとして耳に入った弟の名前に、エドの頭が切り替わる。
「アルはどうしたんだ?どうして宿屋に戻ってこない?どこにいるんだ!?」
「事情は追々説明する。今は時間が惜しい。即行動だ。」
宿屋まで戻るとエドにアームストロングを迎えに行かせ(勿論ごねられた)、ハボックは宿屋の料金を経費で落した。そして2階で無事に涙してエドを抱締める(さば折りともいふ)アームストロングを急かし、待たせてあった臨時の列車に飛び乗った。
「いったいどういう事なのか、説明してもらおうか。」
コンパートメントに収まったエドの最初の質問。
「…どうでもいいが、お前さん、(アームストロング少佐に抱締められて)よく生きてるよな。」
「だったら少佐をなんとかしとけよ!」
感心するハボックにツッコミをいれ、エドは圧迫による打ち身状態で痛む両脇腹を抱えた。
「何を言う。そもそもエドワード・エルリックが誘拐されるからいけないのだろう。知らない人についていってはいけないと教わらなかったのか?」
『マジだよ、この人』
肩を落す2人を気にも止めず、アームストロングは続けた。
「しかし、よく無事に見つけたな。ハボック少尉、御手柄だがいったいどうやって?」


{発端:エド}
鋼の錬金術師、エドワード・エルリックの誘拐がロイの元へ届いたのは昨日だった。

息子は預かった。で始ったと思われる手紙は、その文字の上から、兄は預かった、に無理やり訂正されていた。
【………。】
この文頭だけ読んで"誘拐"という名の児戯を察したロイは手紙を燃やそうと指を鳴らした。
【大佐。証拠を燃やしては、後でエドワード君の悪戯をアルフォンス君を納得させられない可能性があると思いますが!?】
ホークアイに水をかけられ、眉を顰めながらもロイは手紙の続きを読んだ。
兄は預かった。帰して欲しかったら明晩10時に街外れの森まで一人でこい。くれぐれも誰にも話さない事。話せば兄の命は無いと思え。>
これが手紙の全文。そしてこの手紙にはアルフォンスの手紙が添えられていた。
済みません、大佐。兄さんが誘拐されたみたいなんですが、ご承知のとおり僕は行く事ができません。兄さんの事が心配です。大佐しか頼れる人が思い浮かばず、ご迷惑を承知でお願いします。兄さんをどうか助けて下さい。
アルの手紙を読んだ後のロイの行動は早かった。
【誰か、アームストロング少佐と鋼を取り押さえてくれ。】
【助け出すんじゃないんですか?】
フュリーの質問は逆に質問で返された。
【誘拐されたと思うヤツはここに居るか?】
フュリー以外の司令部の面々は頭を振った。
【しかし鋼を取り押さえられるヤツとなると…】
視線がホークアイに集まる。しかし彼女は意にも介せず清まして答えた。
【エドワード君の冗談より今重要なのはアルフォンス君の救出と大佐の制御だと思われますが、私以外に適任者がいますか?】
エドはともかくアルの置かれている状況はヤバかった。万一ロイがキレた場合、その制御などホークアイ以外司令部の誰が出来よう。
【エドワード君の"偽装誘拐"については、彼の暴走をある程度止められ、かつ、アームストロング少佐の愛情を上手くエドワード君からそらせられる人物が適任かと思いますが。】
今度の視線はハボックに集中したが、彼はそれをホークアイのように跳ね除ける術を持っていなかった。
【ハァ〜。】
顔を引きつらせながらハボックがアームストロングとこの街に着いたのは昨夜遅く。少佐にアルのふりをさせ一晩を過ごし、今に到る。


「つまりですね、少佐。これが真相というわけです。」
ハボックはロイの指示書をアームストロングに渡した。

おそらくは偶然、鋼を誘拐しようとしたバカな犯人がいたのに乗じ、自分が誘拐されれば心配してアルフォンス君が夜10時にやってくる。そこへ逆に犯人を捕まえて自分が登場すれば"兄さん、カッコイイv" といった浅はかな計画を立てたんだろう。ならば、ヤツはアルフォンス君が心配している様を見られる場所に潜伏しているに違いない。そこにアルフォンス君ではなく、アームストロング少佐がいたら、ヤツはじれてなんらかの接触をしてくるはずだ。

読み終わった少佐の顔に影が落ち、エドとハボックは思わず抱き合った。
「…というわけです。えっと、それとなんの話だったっけ。」
汗を拭きつつハボックが話題を変えると、エドも我にかえる。
「だからアルだよ!アルフォンスっ。あいつ、どこにいるんだ?」
その不安な様子に"こいつ、そういや15だっけ"と思いつつ、ハボックはアームストロングを見た。
「少佐、申し訳ありませんが鋼の錬金術師を抱っこしてもらえますか?」
「っざけんじゃねーっ」
立ちあがるエドにハボックは、座席へ深く座りなおしてみせた。
「じゃなきゃ、教えない。」
「なんだとーっ。だったら無理やりにでも」
「お前が暴れないように少佐に拘束してもらうだけだ。抱っこって表現しかないだろ、この狭いコンパートメントの中じゃ。それとも、アルの情報は必要無いのか?」
絶対態とやってる、とエドは思ったが、ここで無理強いして口を割らせても情報の信憑性が疑われるので、アルの為と、涙を飲みながらエドは不承アームストロングの膝に座った。
「おぉ、エドワード・エルリック!」
「少佐、抱締めないで下さい!動けなくなると困りますから。両手だけ抑えていただければいいです!」
感激するアームストロングを慌てて抑え、ハボックはふぃ〜と息をついた。
「条件は満たしたぜ、少尉。話してもらおうか。」
覗き込んでくる金色の瞳に気圧され、ハボックは好ましい苦さを舌先に感じた。
「アルフォンスは、昨日から誘拐されている。」
ハボックの言葉にコンパートメントは静まり返った。
「…なんだって!?」
「アルフォンスは昨日、お前さん救出の途中、誘拐されちまったのさ。」
ぎゅっと拳が握られたのを目にした一瞬後、ハボックは胸倉を掴まれているのを知覚した。
「どういう事だ!どこのどいつだ!アルになんかあったら…」
「落ち着けエドワード・エルリック。」
後からアームストロングがエドの両手を掴んでも、エドはハボックの襟から手を離さなかった。
「自業自得だろ!?お前さんがバカな事をやってるから、アルフォンスは」
エドに負けず真剣な目でハボックが睨み返すとエドはギリッと唇を噛んで、手を放した。横にずれて、ドサッと座席に腰を落した。
「悪いが、我輩にも分るように説明してもらえるかね。」
ハボックは頷くと、昨日の出来事、即ち、兄の誘拐を知ったアルフォンスが、エドの生命の危険は感じていなくても怪我を心配し、探すうちにテロに巻込まれ、他の人質を逃がす代りに軍関係者と偽ってアルひとりが人質になった事。軍関係車を証明する為ロイ宛に手紙を書き、それに一番の心配事であるエドの誘拐文を添えた事。アームストロングと共に自分がエドの救出制御に向かい、他のメンバーはアルを助けるべく行動している事を簡潔に説明した。
「フザケルなっ。ぶっ飛ばしてやる!」
立ちあがりざまドアに手をかけるエドの髪をアームストロングは遠慮なく引っ張った。
「落ち着け!エドワード・エルリック。御主が暴れるのを見越してマスタング大佐はこのような時間稼ぎを行ったのだろう!?」
「あいつのはただの下心だ!」
『あながち否定はできんな。』
のほほ〜んと笑ったあと、ハボックは真面目な顔で2人に寄った。
「さて、もうすぐ目的地に到着するんで、用意しといて下さいよ。」
ハボックが親指を差す方、窓を見れば通常の路線を外れ、列車は山間部に入っていた。
「俺としては、大佐がアルフォンスを助け出してくれてる事を希望してますがね。」
頷くアームストロングと牙をむくエドを乗せた列車は速度を落とし、線路の途中で停止した。


{発生:アル}
夕方、宿屋の主人に呼ばれ、階下に降りたアルは1通の手紙を受け取った。手紙の差出人名は無く、手紙を宿屋に持ってきた子供も見知らぬ男に頼まれたらしかった。アルは子供に礼を言い、手紙の封を切った。
兄は預かった。帰して欲しかったら夜10時に街外れの森まで一人でこい。くれぐれも誰にも話さない事。話せば兄の命は無いと思え。
【…、兄さんを誘拐するなんて可哀想な人だ。】
ところどころ訂正された文面を一読すると、アルは一息ついて宿屋を出た。
【図書館に行くって言ってたけど】
エドの予定を思い出しながら広場を図書館方向へ曲がろうとして、アルは駅の違和感に気付いた。
【青い顔して、あの人達どうしたんだろう?】
10人ほどの男達が、青い顔をした人達を囲むように列車へ誘導している。アルは青い顔をした人の中に庇い合う兄妹を見つけた。怯えて涙ぐむ妹の肩を抱き兄は周囲に目を配っている。兄の手は妹が泣き声を上げないよう彼女の口を塞いでいた。
〔まさか、誘拐?〕
届けられた手紙とだぶり、アルは駅へと足を進めた。
近付いてくる鎧姿は弥が上にも目に付いて、一人の男が列車を降りてアルと対峙した。
【この列車は貸切だ。後のにしな。】
ちらっと視線を走らせると、列車は中央行きだった。改札に人の姿は見えない。おそらく駅員は縛られて駅舎内にころがされているのだろう。
【急いで手紙をマスタングさんに届けなければならないんですが。】
アルはそう言うと、エド誘拐犯の手紙をロイ宛の手紙のようにかざしてみせた。
【マスタングだと!?お前、軍関係者か!?】
〔マスタングという名だけですぐ軍部に結び付くところをみると、かなりヤバイ連中かも〕
自分の危険は感じないが、兄を放って置く事・軍に迷惑をかける恐れ・更に列車に乗せられた人達の状況を悪化させる危険を考え返事を迷うアルの耳に女の子の泣き声と、殴るような音が聞こえた。
【オジさん達、なにするつもり?】
男は値踏みするようにアルを眺めた後、顎をしゃくった。
【ついて来な。でなきゃ、中の人間、人数が減るぜ。】
〔兄さん、なるべく10時には間に合わせるから。あんまり危険な事しないでよ!?〕
中の人達が気になるアルは、心で兄の顔に手を合わせつつ男の後について車内に入った。



{経過}
「国家体制が気に入らないって言ってたけど、金が欲しかっただけじゃないかな。」
アルの代りに解放されたところを保護された男女数人は他人事のように言った。
「えらい迷惑だぜ。オレら日頃の行いに感謝するツァーだって言うから、来たらいきなり人質だモンな。」
中央勤務の軍人がいる裕福な家庭宛に送られた一攫千金の招待状。欲に目の眩んだ者がそれに応じ、囚われの身になったわけである。
「自業自得だ。国家を守っている御礼に1日金鉱採掘ツァーなんて上手い話があるわけないだろ。だいたいお前ら守ってるってほど働いてねーだろが。」
ブレダのいうとおり、このツァー参加者達はどちらかというと、コネと金にものを言わせ軍で幅を利かせているようなやらかだった。
「まったく。こんなやつらの為にアルフォンス・エルリックが身代わりになってるのは不憫ですね。」
人質にされていた人達の調書を作成し終えると、ファルマンも溜息をついた。
「アル‥?あぁ、あの鎧か。知んねーよ。勝手に来たんだからな。ガキを助けろとか何とか…。それよりオレらを助けろっつーの。あいつも軍人なんだろ!?それにあんたらもあんたらだ。あんな木偶の坊をよこさずもっとしっかり安全対策してくれよ。」
「彼は軍部の人間じゃありませんよ。お兄さんは国家錬金術師ですけどね。」
アルが身代わりになったおかげで開放されたのに、感謝どころか文句を言う人達を見兼ねてフュリーも訂正をいれる。
「ハン。スリのガキ助けにのこのこ乗り込んで来て、結局オレらが開放されてガキは人質のままなんて、ドジくせぇ奴だ‥」
ガンッガンッガンッ
男の科白に、ロイが切れて錬金術を使わないよう3方から取り囲んだブレダ・ファルマン・フュリーは乾いた射撃音が響くのを聞いた。
「ホ・ホークアイ、中尉!?」
両指を押さえられ、火花が出せなかったロイは目の前で火を吹く銃口を見た。
『こんなところにも、アルフォンスファンがまたひとり‥』
その持ち主の無表情な顔に、男4人の額から汗が吹き出る。
「あぁ、済みません。新しい銃を買ったので試し撃ちを。慣れていないので逸れてしまいました。」
にっこり笑う貴重なホークアイを堪能せず、人質達はこの場から逃げ去った。
「ちゅ・中尉、昨日のショッピングって…」
指をさすロイに、ホークアイは頷いた。
「なかなか良い物が数点手に入りました。」
服とかアクセサリーとかもっと他にあるだろう、という心の叫びを飲み込み、ロイは逃げなかったただ一人の男の子に向き直った。
「さて、話せるかね!?」
ロイ達の行動にびびりながらも男の子はしっかり頷いた。
「あいつら、金を見せびらかしてたから、ちょっと拝借しようと思って近付いたんだ。そしたらライフルを隠した犯人達にあいつらごと取り囲まれて、妹と列車に押し込まれた。」
他の巻き添えになった人達は撃たれたり殴られたりして駅員室に押し込められた。無関係とばれたら殺されると思った男の子はスッた財布に入ってた招待状でとっさに誤魔化した。
「でも、妹が泣き出して。人質はひとりでも充分だってあいつら‥」

妹を庇って殴られ男の子の気が遠くなりかけたところへ、鎧を引き連れた犯人の一人が戻ってきた。

「気付いたら鎧の人が俺達を抱えて、あいつらに叫んでたんだ。」

【人質が一人で充分なら、僕がなるからこの人達を、せめて子供や女の人を解放しなよ!】

「犯人は顔を見合わせて‥人質が多いと食事とか面倒だからって相談してた。」

【僕はロイ・マスタング大佐に後見人してもらってます。大佐にあなた方の要求の手紙を書きますから、他の人を放して下さい!】

「なるほど。それで私が返答を示したのでアルフォンス君を信じ、君達を解放したんだな。」
腕を組むロイの袖をブレダが引っ張る。
「大佐、顔がにやけてます。」
『アルフォンスの後見人ってフレーズ、気に入ったんだろうなぁ。平和な人だ。』
ファルマンが(脅迫)小説のネタにメモってる横で、ホークアイが先を促す。
「うん。あいつら、大人は食い扶持が多いからまず逃がした。鎧の人は俺達を庇ってたから、鎧の人が逃げようとしても俺達を残しておけば足手纏いになると思って逃がす気無かったんだ。だけど鎧の人、何度も何度もお願いしてくれて、あいつらにどっちかひとり解放するって約束させた。」

【男のガキはすばしっこそうだからな。妹置いてどっかいけ。】
【バカヤロー。そんな事出来るもんか!】
言い返した男の子に平手打ちがとび、妹が兄の身体にしがみ付いた。
【お兄ちゃん!】
【待って、僕が話すから】
アルは2人を犯人から隠すように座らせると、小指を差し出した。
【妹さんは僕が絶対守るから!君は状況をマスタング大佐に伝えてくれ。正しい情報を伝える事はすごく大切な事なんだ。他の人達は当てにならない。君にしか頼めない!やってくれるね!?】

「俺達3人で指切りして、俺は、だから‥、お願いします。今までの罪も悔い改めます!もう悪い事はしません!だから、だから妹と鎧の人を助けて下さい!お願い‥」
泣き出した男の子の肩にホークアイは上着をかけ、安全なところまでつれていく。
ロイは残った面々を振り返った。
「状況は分ったな!」
「人数・配置、確認できてます!」
「武装力及び列車の置かれている地形を有効に利用できる作戦も確認してあります!」
ロイは戻ってきたホークアイも含め、全員の顔を見つめた後、力強く頷いた。
「鋼が邪魔しに来る前に、カタをつけるぞ!」
『鋼?』
『鋼!?』
つまるところ急ぐ理由はソレかい。
呆れつつも納得するメンバーの中でフュリーだけが、先行きに暗雲を見た。


{結果オ〜ライ!?}
アルッ!?アルフォンスっ!
岩盤を切り崩すエドと片や炎で溶かすロイ。
「どーなったわけッス?」
額に手を翳して眺めるハボックにホークアイは目を伏せた。

交渉に立つロイの影で、ファルマンが列車機動部(先頭車両)を制圧、ホークアイがが列車駆動部分を射撃、ギアを壊して運転不能に、フュリーが仕掛けてあった爆弾を撤去、一連の作業遂行を見て取るとロイの合図でブレダが列車に突入、銃撃戦はロイの爆炎が制圧した。
【アルフォンス君!】
炎を背に立つロイの姿を確認すると、アルは鎧の中から守っていた少女を出した。
【大佐!ありがとうご‥】
言葉は突然響いてきた振動に遮られた。
【?、馬鹿な!爆弾は全て撤去したはずだ!】
ロイが状況を確かめようと窓を見ると、山中に停泊した車両の谷側から亀裂が列車に延びていた。亀裂の発端にはアームストロングがエドを抑える為腕を地につけていた。
【馬鹿者、ここは地盤が弱‥】
【大佐!】
アルの声にロイが反対の山側を見ると、列車の下を潜り岩に亀裂が到達しようとしていた。
【不味い!】
ロイが思案する前に彼の手に女の子が渡される。
【大佐、受身、取って下さい!この子、頼みます。】
ロイは自分が割れた窓から外へ投げられるのを感じた。首だけ列車に向けると窓枠に手をかけ出ようとするアルが轟音と共に土石に飲み込まれ
るのが見えた。

「幸い、崩れた部分が狭かったから私達は無事だったけど、アルフォンス君を乗せた車両は谷下のここまで落ちてしまったわ。まぁ、ここは山腹と違って木が生えていて地盤が安定してるから、これ以上崩れる恐れは無いし、本来の路線に近いから、近場の駅から工作車を呼んであるけど。」
外れた車輪や歪んだ車軸がところどころ散らばっていて、土砂崩れの強さを誇示していた。
アルっ、アルッ!アルッ!
狂ったように叫ぶエドは取り押さえようが無く。また、ロイも手を休めようとはしなかった。
「ハボック中尉、どこへ?」
自分達の乗ってきた臨時列車へ向かうハボックにホークアイは首を傾げた。
「灯り。もう、日が暮れますんで。」
たとえ日が暮れても、自分も含め夜通し探すだろう事に仕方ねぇよなぁ、と肩を竦めハボックはランプをあるだけ掻き集めた。そこへブレダがやって来る。
「あれ?どこ行ってたんだ?」
「食事の仕度さ。万が一に備え食料も持ってきてたからな。徹夜だろ!?腹ごしらえしとかなきゃな。」
ブレダが交代で食事をするよう言いに、ロイの元へ走っていくのを見送って、ハボックはホークアイに尋ねた。
「ファルマンは?」
「女の子を病院へ送るついでに、ここの救援を呼びに行ってもらってます。」
「フュリーとアームスト‥」
ハボックの質問は戻ってきたブレダに中断される。
「中尉〜、あの2人止めて下さい〜。全然休んでくれないんです〜。」
ほとほと困ったとブレダが泣きつき、ホークアイは懐からまた新たな銃を取り出した。
「?」
撃つかと思ったブレダとハボックが抱き合う中、ホークアイは銃身を手に持つと、2人に近付いてその首筋に一撃を下した。気は失っていないものの倒れた二人を確認し、ホークアイは自分の後方で抱き合う2人を手招きする。
「大佐とエドワード君を臨時列車の中へ。少し休んでもらいましょう。まだまだ頑張ってもらわなきゃいけませんから。」
いきなり殴るか?普通!?
まず口で休むよう言った方が良いんじゃ!?
思ったことを胸に仕舞い、ブレダとハボックは2人を引き摺って車内へ入った。
「少しだけ休んで下さい。あとは思う存分再開して下さって結構ですから。」
座席の間に料理が並べられたテーブル代りの箱。着席したエドとロイは腰に手を当てたホークアイに見下ろさればつが悪そうに外を見た。
「あれ、なんだ?」
崩れた崖を時折光が反射している。それはだんだんとこちらに近付いているようだった。
ロイとエドは窓から身を乗り出した。
「フュリー?」
「アームストロング少佐!?」
薄闇の中、彼らが担いでいるのは
「アルフォンス君!」
エドとロイを差し置いて、ホークアイは車外へ走り出ると、彼らの元に駆け寄った。
「‥ホークアイ中尉、こんばんは。」
「…、こんばんは、アルフォンス君。無事で良かった!」
「ちょっと待てぇ!いくらホークアイ中尉でも俺より先にアルに‥」
昇降口から叫ぶエドを抑え、ロイが走り出す。
「アルフォンス君、大丈夫か!?」
ロイはでこぼこになった鎧を、大事そうに受け取ろうとしたが、アームストロングも渡さない。
そんな中、踏んづけられたエドは、おどろおどろ立ちあがった。
「おまえら‥許さん!
錬成の光があたりを包む。そのまま走り寄るとエドはアルに抱き付いた。察したアームストロングがアルをその場に座らせ、ロイも離れた。
朝陽のように一瞬木々が照らされた後、元に戻ったアルの首をエドは抱締めていた。
「アルフォンス…」
「兄さん…」
アルは手を上げ自分を抱くエドの肩を抱締め‥たりしなかった。肩を掴むと自分から引き離し、エドの無事・無傷を確かめた後、その場に座らせた。
「このっ馬鹿兄!なに、誘拐されてんだよ。それに、あの手紙!問題をややこしくしちゃ駄目じゃないか!?」
「ちょっと待て!お前だって誘拐‥」
あ〜!?、なんだよ?すっごく疲れてるじゃないか!」
「それはお前を助けようとだな‥」
「助けるって‥僕はもっと上の方で……。」
アルが見上げる山腹を、つられて他の面々も見上げた。
「馬鹿だなぁ、僕は死なないんだからさぁ、‥」
優しく憎まれ口を呟いた後、アルフォンスはやっとエドワードを抱締めた。
「馬鹿野郎はお前だ!放っとけるわけないだろ!?1分・1秒だって惜しいんだよ!お前がいないと…」
自分を抱締める胸板を1つ殴るとエドはそこに頭を付けた。
「だったらもうどこにも行かないでよ!?…兄さんが、無事で良かった!」
「うん。アルが無事で良かった
「不謹慎なハートマークを飛ばすんじゃない!」
ゴン
拳と金色頭がぶつかった拍子に飛び散った火花が着火し、拳の持ち主ロイとエドは貯水車へ走り去る。冷たく目を細めてそれを見送り、ホークアイはアームストロングに尋ねた。
「どうやってアルフォンス君を?」
「なに、アルフォンス・エルリックも錬金術師としての実力は高いからな。ここまで落ちる前に自分で何らかの脱出手段を講じたのではないかと、現場まで崖を登ってみたのだ。途中でやはり引っかかっておったわ。」
豪快に笑うアームストロングに聞こえぬよう、アルはホークアイに囁いた。
「ホントは少佐心配して、大丈夫だって言うのにここまで負んでくれたんです。もろ肌脱いで。服はフュリー曹長が」
ホークアイが振りかえると、フュリーは服を抱えて苦笑していた。フュリーもアームストロングの言葉に納得し、ここにいても他に出来る事は無かったので付いて登ったらしい。
「心配してもらえるのも嬉しいですが、錬金術の腕を買ってもらえるのも嬉しいですね。兄さんの役に立ってるかどうか、なかなか分らないから‥」
「なに言ってんだ!アルは充ぶ‥」
ハゲになる前になんとか消し止め戻ってきたエドの台詞は、後からロイに押し潰された。
「アルフォンス君。君は充分役に立って‥」
復活したエドとロイの小突き合いが始り、ホークアイは額に指を当てた。
「アルフォンス君の方が遥かに役に立ってます。」
そういうと二人を止めに入るホークアイ。彼女に続こうと立ち上がったアルの背を、アームストロングがバンッと叩いた。
「確かに、鋼の錬金術師の名は広く高く知れ渡っている。エルリック兄弟も同じ事。だが、エルリック兄弟はあくまで兄弟。鋼の錬金術師を指す言葉ではない!自信を持つが良かろう!?」
愛情を込められた言葉にアルは照れたがどうする事も出来なかった。アームストロングの叩きは威力があって、前のめりになったアルは首が取れてしまったからだ。
「少佐はアルに触んじゃねぇ!」
「これは不慮の事故と言うものだ。エドワード・エルリック。鍛錬が足りんな、ふたりとも。しばらく我輩の館に来るが良かろう。」

車外の喧騒を眺めつつ、ブレダは目を細めた。
「いつ、帰れんだろ‥」
「お前は良いよ。俺なんて、引越しの片付け、これからだぜ!?」
今日1日が溜息で終わったなぁとハボックは頭を掻いた。

誘拐

7月竜

なんとか終わりました。やっぱ長すぎますか?分けた方が良いんでしょうか?(←だから他人に聞くなって;笑)。アルが誘拐されたらエドはどうするか‥だった話しが、アームストロング少佐はアルをどう思っているのか、に変わってしまったような…(遠い目)。どんどんキャラが壊れていきますな(他人事;爆) 2004/0214〜15