軍の目を逃れる為、潜伏しているロックベル家。ホーエンハイムの出現で憤りと、悔しさとそしてたぶん、嬉しさ・心強さ・懐かしさでエドはイライラと落ち着きが無く‥
「アル、ちょっと鎧、磨いておこ!?川にも落ちちゃったしさ。」
「え?あ、いいよ。ウィンリィ。僕、お父さんと‥ウィン‥リィ?」
オイルを持って俯いてしまったウィンに、アルは言葉を噤んだ。きょろきょろ見回しても誰もおらず、アルはホーエンハイムから話を聞きたい気持ちを抑えて、床にビニールシートと新聞を敷くと座った。
ウィンはオイルを布に含ませて、座るアルの後に立った。
「‥‥ 」
しばらくの沈黙の後、ウィンリィの手から布がオイル缶の上に落ちる。
「ウィンリ‥」
ウィンは手袋を取ると、そっとアルの鎧に触れた。
「‥‥、なにも、起きない、ね」
それが何を意味するのか思い当たったアルは声を落として、でも面白そうに答えた。
「ウィンリィは錬金術師じゃないからね。賢者の石も反応しないんだよ。きっと」
「賢者の、石‥なの?」
「たぶん‥、ほら。でなきゃ水に落ちても血印消えて、僕、無くなっちゃってたし。」
ウィンの辛そうな様子に、アルは慌てて明るく言った。
「でも!それはアル、なの?」
強い口調は怒りを抑え込んでいる。
「ウィン‥」
「アルは帰ってきてくれるの?」
ウィンリィはアルの首に抱きついた。
「賢者の石じゃなく、アルとして生きていけるの?」
アルは深い悲しみ強い憤り、そして全身全霊の祈りに震えるウィンリィの手を、優しく叩いた。
「ウィンリィ、僕は既に”生きている”とは認められない存在なんだ。賢者の石ではなかったとしても。」
「‥ぅ‥ひ‥っ」
押し殺した泣き声が首から直接伝わってくる。
「僕が賢者の石なら、ウィンリィ。僕は兄さんを自由にしてあげられるんだ。」
小さいけれど嬉しそうなアルの声が優しくウィンの耳を撫でた。
「手足を元に戻してあげられるかもしれない。それがダメでも、たぶんホムンクルス達や、軍の干渉から兄さんを解放してあげられる‥」
「アル!?あんた、ホーエンハムさんと話したい事って、まさか‥」
がばっと身を起こしたウィンリィにアルは向き直った。
「ウィンリィ、大好き!」
「え!?」
「ばっちゃんも、シェスカさんも。師匠も軍人だけど大佐達やヒューズさんや、いままで僕達を支えてくれたり、受け入れてくれた人達。みんなみんな、この世界が好きだよ!?」
「アル‥」
「賢者の石で、今起きてる歪みを無くせるなら。」
「アルっ」
黙らせるように、今度は正面からアルに抱きつくと、ウィンリィは首を振った。
「ごめん。ごめんね、アル。」
「ウィンリィ‥」
溢れる涙を拭きもせず、ウィンリィはアルにしがみ付く。
「わたし、わたしね。エドに酷い事、言ったの。アルを戻せって、あんたのせいだって‥」
「ウィンリィ、それは違‥」
「わたし‥あんたがアルだって、大好きなアルだって、実感湧かなくて‥」
「うん、誰でもそうだと思うよ!?」
「でもずっと我慢してたけどラッシュバレーでわたし、わたしね。もう止めてって、このままで良いじゃないって言ったの。ボロボロになるエドを見て、死んじゃうかもしれない、とか。恐くて。失うのが恐くて‥」
エドは死ぬ可能性があるが、鎧が死ぬとは実感できない。そしてエドより優しい面立ちのアルが、遥かに大きい鎧になったという真実は、錬成を目の当たりにしていないウィンリィにとって、頭で理解できても心のどこかでは納得のできない事実だったのだ。
ウィンリィは体を起こすと、座るアルの冑を両手で包んだ。
「酷いよね!?止めちゃったら、アル、鎧のままなのに。」
「ウィンリィだけじゃないよ。そう思って当然だよ!?僕だってそう思うし」
ウィンリィは強く首を振った。束ねた髪が、パサパサと音をたてる。
「戻ってきてよ、アル!このままじゃ嫌だよ。鎧のままじゃ、わたし、アルって心から呼べないよ。そんなの嫌だよ。アルが居ないのは嫌。」
「ウィンリ‥」
「失うのは恐い。取り残されるのは嫌だよ、ねぇ。」
泣き過ぎで頭に痛みが起こり、啜る鼻で額が熱くなっても、ウィンリィは続けた。
「だから、だからもう良いじゃない。エドが戻れなくても、必ずわたしがフォローするから。軍が追ってくるならどこまででも匿うから。エドの為じゃなく生き延びる事を考えてよ!戻る事を考えてっ。賢者の石を使うなら、エドを戻す為じゃなく、自分を戻す為に使ってよ。お願いだよ、アル。死なないで!」
アルは自分の両頬に添えられたウィンリィの手を握ると、立ちあがった。
「ウィンリィは優しいね。」
「なに言って‥エドにはアルを見捨ててと言い、アルにはエドを諦めてと言ってるのに、どこが優しい‥」
「優しいよ!?兄さんや僕の為に、怒ったり泣いたりしてくれて。だからね、ウィンリィ」
アルは手を離すとウィンリィの髪に触れた。
「ウィンリィが感じた事・思った事はごく普通なんだよ。酷い事じゃない。だから苦しまないで!?」
「アル‥」
「あ、ダメだよ。それ以上擦ると鼻の頭剥けちゃうよ。」
「頭、痛い‥」
「薬、飲む?ちょっと横になって休もう。ウィンリィに元気無いと兄さんも元気無くなっちゃうよ。僕もね。」
アルはウィンリィの肩を抱くと静かに寝室まで連れていった。
「お休み、ウィンリィ。」
「‥ありがと、アル。」
ウィンリィは入ってこないアルに、少し寂しそうに微笑むと扉を閉めた。朝の水差しからぬるい水を注ぎ、頭痛薬を口に含む。そしてベッドには向かわず、自分で閉じた扉に背を預けた。
『わかってる。わたしでは引きとめられない。エドを思い留まらせなかったように。』
間も無くして、金属の軋む音が去り、ウィンリィは顔を上げ頭を扉につけた。
『お願い、神様。アルを連れていかないで!エドのもので良いから。どんな姿でも良いから。アルが居るという安心を感じたい!鎧からアルを見つけたいの。』
ずるずると蹲ったウィンリィの意識に睡魔が訪れる。
『どうか、どうか輝く明日がいつまでもあなたに訪れますように。』
ウィンリィは霞む意識で鎧の背に、祈った。

寝室には入らず、閉まる扉の向うで足音が静まるまで佇むと、アルは踵を返した。
『ありがとう、ウィンリィ。目を腫らすほど、僕達の事を思ってくれて。』
外を伺うとエドの気配は無い。どうやら屋内に居るようで、アルはホーエンハイムを探す。
『それからごめんね。ウィンリィの願いは‥聞けないんだ。僕はずっと、本当にずっと。兄さんに守られてた。だから。少しでも兄さんの負担を減らせるなら、僕はそれを選ぶ!それは兄さんの為じゃない。僕自身の為なんだ。』
庭先にホーエンハイムの姿を見つけて、アルは足を速めた。鎧がガシャガシャと音を立てる。
『この先僕がどうなるか分らないけど、こんな幸せな気分で前進できるのは、ウィンリィのおかげだよ。ありがとう。』
ありがとう、僕の大切な世界。僕の大好きな人達。

一瞬、アルフォンスは皆の居るロックベル家を仰ぐと、二度と振り返りはしなかった。

アニメ第26話「彼女の理由」の問題発言の真意についてやっとファンブックで知りました。放映時はエドの発言の方がカチンと来たので、気にも止めてませんでしたが、奥深かったんですねぇ。おかげで原作のエドウィン寄りより、アニメがお姉さん位置が強いと知りました。やはり邪なファンを恐れたのでしょうか。それとアニメ第44話「光のホーエンハイム」のアルの行動が軽いような印象を受けるので、7月竜なりにフォローしてみました。全て”エドの為”ならお父さんに懐いても可笑しくないとか(苦笑)。えぇ、邪のひとりですから(爆)2004/08/25

彼女の真実・彼の理由

7月竜