アル、足を開け


しだれなく伸びてきた腕が自分の首に掛かり思わぬ力で引き寄せようとするのを、アルはベッドに両手をつく事で支えた。
正面から見るのは面映くて、そらした視線の先。目に飛び込んだ来る細い腰。
いくら子供の体格で相手より小さいとはいえ、倒れ込んだら押し潰してしまいそうだとアルフォンスは思った。
「アル‥」
業を煮やしたのか引き寄せるのを諦め、相手はアルに近付くよう自分から身を起こした。
横たわっていた時は顔を縁取っていたレモンイエローの細い金糸、自分たち兄弟より薄い金髪が頭の後ろへと流れ落ちていくのをアルは初めて見るような気持ちで見つめた。
頼りなげな上体が揺れるのに、慌てて腰に手をやり支える。
「ウィンリィ‥!」
思いつめたようなアルの口調に、ウィンリィはうっとり微笑んだ。
「アル‥」
「ウィンリィ、もう少し太った方が良いよ!?痩せ過ぎ!だから病気になるんだ。」
「‥‥‥‥」
がっくりとアルの胸に突っ伏したウィンリィに構わず、アルはその額に自分の額を合わせ、熱は無いかなぁと呟き、食べられそう?と持ってきたトレイに視線を向けた。
『挫けちゃ駄目よ、ウィンリィ!』
ウィンリィはアルに頭を預けたまま、同じようにトレイを見て囁いた。
「アル‥わたしは病気じゃないの。ただね、ある人の事を考えると胸がいっぱいで‥食べられないだけなの。」
そんなのダメだよ!
「アル?」
「そんなのダメだっ。だって母さんは‥」
「アルっ、ごめ、わたし‥」
心底自分を心配しているアルにウィンリィは後ろめたくなって、謝った。
「ウィンリィはっ‥大切なんだ。お願い!死なないで‥」
『うぅっ、あんま前進してないけど、これはこれで嬉しい!!!』
瞳に星を瞬かせ、ウィンリィはアルを抱き込んだ。
「アル。わたしも‥」
「ウィンリィには兄さんと幸せになってもらいたいんだ」
『結局ソレかい!この誤解だけは早く解かないと』
ウィンリィは後ろめたさもなんのその、当初の計画を実行に移す事にした。
『わたしの部屋のベッドの上。わたしを病気だと思って看病に来たアルは逆らわないし、邪魔者がきても病人のわたしを気遣って追い払ってくれるはず。この条件で既成事実を作らない手は無い!』
「アル、わたし寒いわ!?温めてくれる!?」
「え?あ、うん。えっと、どうし‥んと、夢の中で会える兄さんは僕に、あ、でも僕、夢の中じゃ鎧だから、オイルで磨いてもらってるだけか」
再び撃沈しながら、ウィンリィは引きつった笑い浮かべた。
「そう。夢の中まで出てくるのね、エド‥#」
「っていっても、ただ僕の鎧を磨いてるだけだけどね。他は全然夢にも見ないから思い出しも思い当たりもしないや。」
寂しげに笑うアルに、ウィンリィは先ほどまでの色気はどこへやら、胡坐を組むと片肘で頬杖を付いた。
「磨いてるだけでも十分でしょ」
「そ、かな。今鎧じゃないから、記憶‥無いから、鎧の動きがよく分らなくて、隅々まで磨いてもらって、なんか申し訳ない」
「隅々まで?」
ウィンリィはいやな予感がして背筋を伸ばした。
「うん。鎧だと手の届く範囲が少なくて‥兄さんたら夢の中で僕に向かって偉そうにさ、足を開け‥」
目の前にウィンリィの顔が迫り、アルは口籠った。
「<足を開け>!?」
「え?あ〜、うん‥‥、ウィンリィ?」
肩に食い込む指の力に、アルの顔が歪む。
「鎧の時だけ?」
「う、、、、ん、そうだよ。磨く為だもの‥ウィンリィ、痛い‥」
機械鎧職人の握力は半端じゃない。
「ウィンリ‥イタ、痛いよっ、ウィンリィ、放して!」
バタン
どうした?アルっ
凄まじい勢いでウィンリィの部屋のドアを開け放ったエドはしかし、ウィンリィの様相に半歩引いた。
「<足を開け>?」
「な・なにを‥?」
ウィンリィが何を怒っているのか、エドにはさっぱり分らなかった。しかしそれでもエドはベッドの上に引きづられるように乗せられているアルの半泣きの顔に気付き、冷や汗を浮かべながらもウィンリィの部屋へ足を踏み入れた。
「アルを放せよ!ウィンリィ。」
「兄さんっ」
アルの縋るような瞳に、エドはもう1歩足を踏み出す。
「アルに<足を開け>って言ったの?」
「お前、何言って‥」
「ウィンリィ、それは夢の中の鎧の僕に‥」
アルの言葉を聞いて、エドはようよう思い至った。
「ああ、鎧を磨く時の事か。それがどうし‥」
そこでエドは、ようやく別の意味合いを思い付いた。
「!!!!」
真っ赤になって口を腕でふさぐエドに、ウィンリィはにやりと笑った。
「ああ、なら、良いの、よ。」
ようやくウィンリィの指が肩から離れ、アルは一息ついて、エドとウィンリィを見比べた。
「今は鎧じゃないんだから、言わないわよね!?」
「言えっかよっ、そ・そんな、、、事‥」
「?。僕、自分でできるよ!?」
「アルはこれからゆっくり覚えていこうね〜。」
「う、、うん‥」
にっこり微笑むウィンリィと、怒り心頭のエドに、アルは首をかたげた。

アルフォンス・エルリック。12歳。彼は最愛の兄を取り戻したばかりである。

ウィンリィ教室

裏と表の中間色。どちらに載せようか迷いましたが、所詮ギャグなので此方にしました(笑)。
映画を観る前に書き出して、映画を観た後に書き終わり。設定入り乱れてますが、そーゆー世界と思ってやって下さい。2005/07/30