〜あの日あの時あの場所で そして今も〜
                                             7月竜

「おい。」
名を呼ばれたわけでもないのに、相手を慮って振り向いてしまうのは、アルフォンスの美点なのか、欠点なのか
「君は‥」
 不機嫌そうに立っている長身は、大人と遜色無い高さで、若干14〜15歳とは思えない威圧を伴っていた。
「フレッチャーの、お兄さん。」
「ラッセル、だ。」
 ここはゼノタイム。かつての黄金郷。
「あぁ、ラッセルって言うんだね。改めて言う事も無いけど、僕は」 ]
「まったくだ。分ってて呼び止めてるんだからな。ちょっと話がある。付合え。」
 静かな命令口調。しかしそれに屈したのではなく、心配と興味から、アルはラッセルの後に付いて行った。
 今では砂礫に埋もれようとしている街の外れ。人気の無い瓦礫のかげで足を止めると、誰も着いてこない事を確かめラッセルはアルに向き直った。
「改心、したわけじゃ無さそうだね。僕に何の用?」
 向き直ったはいいが、いっこうに口を開かず、自分を睨むラッセルに、アルが水を向ける。
「何故俺達が改心するんだ?」
「でも、フレッチャーは苦しんでるよ。君を心配して。」
「五月蝿い!お前に何がわかる!?俺達は、俺はっ」
「やらなければいけない大切な事があるのも分るよ。でも、今ある大切な者を失わない事も大事なんじゃないの!?」
「お前はエドワードに大切にされてるから、そんな綺麗事が言えるのさ。」
「君もフレッチャーに大切にされてる。」
「そのフレッチャーがお前を慕ってるんだっ」
「‥‥‥、は?」
「どーしてお前みたいなヤツをっ‥。お前はどうせ汚い事も知らず、そういった物全部エドワードにやらせてるんだろう!」
「‥‥ 」
 アルは黙った。だが鎧でしかないアルの苦しみ・悲しみを、そうとは知らないラッセルに理解できるはずもなく。読み取れない表情にイライラと舌打ちする。
「図星だろうがっ」
「‥その通りだよ。僕は兄さんのお荷物だ。」
 アル自身が肯定している事で絶対有利なはずなのに、そこはかとなく漂う全てを受け止めるような大きさをアルに感じ、ラッセルは苛立った。
「フン。お前が荷物でも何でも、エドワードが大事にしてるのに変わりは無い。お前を押えておけばアイツも派手な事、マグワールにチクる事もできないだろう。」
「それでいいの?」
「なんだと!?」
「このままで、君は本当に良いの?」
「煩い!」
「フレッチャーは‥」
 光ったと思ったときには、アルは吹き飛ばされていた。そのまま崩れかけた石壁に当り、壁と一緒に崩れ落ちる。
『鎧、壊れてなければ良いけど。』
 エドに余計な心配をかけたくなくて、アルは瓦礫を慎重に除きながら立ちあがった。
「今度見透かしたような事を言ったら、人質もへったくれも無い!今、ここで鎧事潰したやる!」
「それは、困るな。僕にも目標があるんだ。お荷物に甘んじても生きている目的が。」
 アルは低い壁を錬成し、ラッセルとの間に距離を敷く。
「あぁ。そういや屋敷に忍び込んでたな。お前達も赤い水に用事があるのか?」
「‥僕は兄さんの手と足を元に戻してあげたいんだ。」
「オートメイルから人の手足にか!?それは、たいした野望だな。」
 マグワールの屋敷に忍び込んできたエドを思いだし、ラッセルは本気半分で揶揄した。
「絶望じゃないなら、頑張れるよ。」
 望みは儚くとも、無いわけではないのなら、手を伸ばし続けると、そう言うアルにラッセルは言葉を飲みこんだ。
 だが、すぐに首を振ると、ラッセルは鼻で笑った。
「じゃあ俺と同じじゃないか!そうだろ!?叶える為ならなんでもやる。」
「違うよ。」
 いっそ静かに遮られ、ラッセルは黙った。
「兄さんの手足といっても、戻したいと望むのは僕だ。兄さんの為なんて、その責任や原因を兄さんに押し付けるつもりは毛頭無い。これは僕の望みなんだ。 だから兄さんの為に全てを犠牲に出きるなんて言わない。自分の望みを叶えるというただのエゴイズムの為に、誰かを犠牲にはしない!自分の望みの為に犠牲にしても良いのは、自分だけだ!」
 エドの為に誰かを犠牲にしても、それはエドの負い目になり、彼を苦しめるだけだ アルの言葉がラッセルの中へと染みこむ。
『だからって、他に俺に何が出きる?父さんの為に。フレッチャーの為に‥』
 自分の研究が街の人々を苦しめているのを知ってる。フレッチャーを悲しませている事も。
「フレッチャーの話を聞いてあげて!?」
「!?」
「君が悲しむ事、君が不幸になる事こそが、フレッチャーの恐れてる事なんだよ!?」
 僕も弟だから分るんだ。そう言ってアルは自分で作った壁を崩し、ラッセルの側に寄った。
「フレッチャーの恐れを取り除けるのは君しかいないんだ。大丈夫。フレッチャーの為に、僕に文句を言いに来たんだろ!?弟思いの君なら、できるよ。」
「‥いい加減な事言うなよ。」
 撥ね付ける言葉は、裏腹に縋るような響きを持っていた。
「僕も頑張るから.君も、考えてみて!?」
 肩に添えられた鎧の手を、暖かいと、ラッセルは思った。




ゼノタイムを後にしたエドとアルは、赤い石を追って追って追って‥ 幾度の試練に、見失いそうな希望を求め、再び立ち上がる力を充電する為に師のいるタブリスに戻っていた。
「よぉ、豆と鎧の兄弟。元気か?」
 そこへ
 思いがけない、声。懐かしい、姿。まだエドとアルが希望を持っていた頃の、口の悪い友人。
「ラッセル!?」
 近くまで来たんでね。成長してないトコ、見に来てやったぜ。」
 どうやったらゼノタイムとタブリスが近くなるのか。
 素直に会いに来たとは言えないラッセルに、しかし今のエドにも笑い飛ばす余裕は無かった。
 ヨック島からイズミが連れて来た少年。引き取った理由をハッキリした性格のイズミにしては珍しく、有耶無耶に伏した。
 漠然とした不安。
 イズミに、あるいは自分達にも危険が及ぶのではないか、という不安にエドは苛ついていた。
「うっせー、今お前等に構ってる暇はねェんだ。」
 言ってから、ばつが悪そうに顔を歪めると、エドはカーティス家に走り去った。
「なんだよ、アイツ。全然だな。」
「ごめん。ちょっと今、いろいろ、あって‥」
 歯切れの悪いアルにラッセルは目を細めると
「フレッチャー、宿とってきてくれ。」
「え?あ!うん。」

 フレッチャーが走り去ると、ラッセルはアルを促して、適当な空き地に腰を下ろした。
「で、どうしたんだ?らしくないようだが!?」
「‥‥‥、うん‥」
 アルは手を握ったり開いたりすると、ラッセルへ顔を向けた。
「兄さんの‥手足を持つ子供が現れたんだ。」
「は?手足を持つって‥え?」
「人間じゃない‥と思う」
「人間じゃないって‥じゃ、何なんだよ?」
「‥ホムンクルス。」
「ホムン‥‥、それ、本気で言ってるのか!?」
「別のホムンクルスには会ったんだ。ウロボロスの刺青を持ってる。彼らが実在してるのは確かだ。けど‥」
 アルの言葉にラッセルは唸って頭をかくと、大きく息を吐いた。
「わかった。ホムンクスルは居るとしよう。で、そいつがエドワードの手足を持ってるって?何故!?」
「その子が兄さんの手足を持ってるのは間違い無いんだ!ただ‥」
「おい?」
 らしからぬアルの様子に、ラッセルが眉を顰める。
「ううん。その子が誰であっても!僕は兄さんの手足を取り戻したい。」
「おい!」
 ガンと手でなぐられ、アルはハッとして口を閉じた。
「誰も犠牲にしないんじゃなかったのかよっ。」
 カタタッと鎧が震えた。
「あれは、兄さんの手足、兄さんのものだ。あの子のものじゃない。」
 搾り出すように言うと、アルは自分を抱締めた。
「ごめん!ごめんね、ラッセル。あんな偉そうな事言っときながら、僕‥僕はっ」
 アルは鎧の手で顔を被った。
 悲しい、悲しい、悲しい
 全身でそう叫んでいるのに、アルはエドの手足を奪い返す事を止めない。
 ラッセルは仰向けに横たわると、靴でアルの胴体を蹴った。
「ラッセル‥」
「そんな辛気臭い話はごめんだぜ。」
「ごめん‥:」
「お前のさ、話、してくれよ。」
 ラッセルは座りなおすと、アルの背に自分の背を預ける。
「ラッセル?」
「‥お前の声が、直接響いてきて気持ちいい。」
 ラッセルは胡座をかくと、膝に肘を突いてアルを見上げた。
「俺は、お前のように説得はできない。だから正直に言う。」
 ラッセルはゆったり笑った。
「お前に会いに来た。お前がどう言う目標を持って、どう言う結果に辿り着いても、いいんじゃないのか?お前なんだし。」
「‥どう言う理屈だよ、それ」
 やっと軽くなったアルの声に、ラッセルは声を立てて笑った。
「今のお前にだって、理屈、無いんだろ!?」
 自分を捜して走ってくるフレッチャーを目の端に捉えながら、ラッセルは立ちあがると、アルの冑を叩いた。
「矛盾なんて人なら誰でも持ってる。俺もお前も、エドワードやフレッチャーも。良かったよ。お前にも弱点があってさ。」
「ラッセ‥」
 アルの上へと屈んだラッセルが、ちゅっと音を立てた。
「手足を奪いたかったら、そうすればいい。だけどその前に、俺がお前に会いに来た事を思い出してくれ。」
 捜し回ったらしく息を切らせて走ってくるフレッチャーへと手を振りながら、ラッセルはアルから離れていく。
「ラッセルっ」
「元に戻ったら、キスさせろよ。」
 ラッセルが口を指差すのへ、アルはオロオロと立ちあがった。
「キスって‥」
「それが俺の矛盾かな。」
 楽しそうに笑うと、ラッセルはフレッチャーの肩を抱きながらダブリスの街へと消えていった。
「矛盾って‥そんなの全然わかんないよ」
 体を取り戻したら、分るんだろうか  アルはラッセルの言葉を抱締めたまま、暮れていく陽の中に佇んでいた。


アルフォンスフェスティバル無料配布第1段。無料配布なのでupさせてもらいました。フレッチャーxアルも捨て難いとか思ったり。どちらかというと、ラッセルよりフレッチャーの方が手強い敵かなぁ、ねぇエド?
あんた(7月竜)も含めて全員ぶっ飛ばす!」byエド
                                                    2004/09/12

アルフェス記念