【序詞】
地球規模での宇宙人存在説公認は、ある種の宇宙人にとっても大胆な行為への誘惑をもたらした。もともと未開の星とされる地球への侵略行為は、銀河連邦の守備範囲外になるので銀河連邦に加入さえしていなければ、連邦からの干渉は受けない。反対に加盟星は規約で縛られているが実のところ他の星を出し抜き、シングウの秘密を手に入れたいと考えている星も存在していた。
{辺境の惑星の探索を頼みたい。我々は銀河連邦規約に縛られている為直接手を出せないのだ。我が星の殖民星から採取できるξと交換で地球という惑星のシングウに関する情報を入手してもらいたい。くれぐれもシングウ関連は破壊しないように。入手後解析利用したいのだ。その他については手段は問わない。現在わかっている情報を送る}
進化発展とは何処の世界でも渇望と自己意識に促される結果のようだ

月曜の午前10時。東西南北真守五家のチカラの担い手は、結界が揺るぐのを感じた。いつもは動じない統原無量が椅子を蹴って立ち上がる。その時間の担当だった山本先生も駆け出した無量の後に続いた。突然の事に誰も言葉が出ない。
「なんだなんだぁ?」
やっと、成田次郎がおどけた声をあげ、緊張に包まれた教室の空気が和らぐ。
『ヤバイのかな』
村田始は頬杖ついて空になった席を見つめた。チカラの無い彼は、間もなく入るだろう校内放送まで学級委員として責務を果たしながら、振り向きもせず出て行った友人を、そしてシングウを操る彼女達を思う。
シングウ。
しかし、その存在の一端に触れたとしても天網の民ですらない彼に経過を教えてくれる人はおらず、始は悶々としながら家路についた。
『みんな無事ならいいけど』
道端に立ててある榊に目を留める。間近に見ようとっしゃがんだ頭上に影が落ち、始は顔を上げた。

「未知なる相手もシングウの敵ではなかった。まる。」
作文を読み上げるように締めくくった瞬を戒める者は居なかった。昼抜きで夕飯もとうに過ぎる長い時間を費やし、加えて初めてづくしの戦闘で、彼らは疲れきっていた。おどけてみせた瞬も例外ではなく、その場にヘタリ込む。京一や那由多にいたっては、既に寝転んでいる。八葉ですら立ち上がる気力を出せずにいた。
「一休みしたら帰るよ」
「う〜〜明日学校休む〜」
「わかった。連絡しとくよ。那由多の他はいいのかい?京一?」
「お・俺は…」
晴美が代わりに頷くのを確認すると京一の返事を待たずに八葉は瞬にふった。
「瞬は?」
「僕もお休みにしといてください」
「わかった。それぞれの担任には連絡しておくからゆっくり休むといい」
「俺は答えてない」
「じゃ、来るのかい?」
「む〜〜」
よっこらせ、と声に出して八葉は立ち上がった。
「八葉さんは登校するの?」
「そのつもりだけどね」
「おお〜い」
遠くからかかる声に5人は振り向いた。日本史教諭の山本忠一が見かけとは裏腹のスピードで走ってくる。
「お前達、村田始を見たか?」
「村田始?」
「村田君とは今日会っていませんが」
異口同音の4人をおいて、那由多はさっと立ち上がった。
「どうかしたんですか?」
「村田君のお母さんから学校に連絡があった。まだ帰ってきていないらしい。」
「そこらで見てるんじゃないのか」
「だといいが」
山本は一呼吸おくと、京一から八葉へ視線を移した。
「お前の兄さんが宇宙人らしき人物に襲われた。」
「え?」
さすがに晴美も含め全員に驚きが走る。
「同じ頃学校でも稲垣ひかるが襲われている」
「稲垣さんが!?」
瞬の悲壮な声に山本は首を振った。
「幸い、津守の人間は少なからずの能力者。自分で撃退したし、稲垣の方もたまたま戻った磯崎先生が助けて事無きを得ている」
「どういう…」
「今回の来襲は誘拐のカモフラージュと言う訳ですか?」
察しよく八葉が言うのに那由多は走り出した。
「待て!守山」
「那由多!何もわからないうちから動いても無駄だ」
「晴美!」
京一の声に晴美は那由多の前へ回りこんだ。躊躇わず、鳩尾を撃つ。
「ごめんね、那由多ちゃん」
崩れ落ちる那由多を抱え、晴美も他のメンバーも山本の次の言葉を待った。

漠然とした違和感に、始の意識は急速に覚醒した。
『…ここ、どこだっけ?』
照明は自分に注がれ、部屋の細部は不明瞭だった。そして始は、台座に拘束されていた。
『夢?…な訳ないか』
体は固定されているが目は動く。始は横にも同じように拘束されている人が居るのを見て取った。
『あれ?もしかして、裸?』
右を見ても左を見ても男女年齢の差こそあれ、日本人が裸で台座に縛られている。
「気付いたか?」
左隣の老人に話し掛けられ、始は少し落ち着いた。
「ここはいったい」
「どうやらわしらは宇宙人にさらわれたようだ」
「あの、僕ら…」
「ああ、すっぽんぽんだな。何かを調べたいらしい」
「調べるって…?」
「さあ…既に一人わけのわからん機械にかけたれたが」
「その人、どうなったんですか?」
「目で見える範囲には戻ってこなかった。聞こえる声以外には」
始は血の気が引くのを感じた。自分ではどうにもならない状況に立たされているのが否応なしにのしかかってきた。
「さわぐんじゃない」
老人が釘をさす
「騒いだ子がおったが、機械にもかけられずどこかへ連れて行かれた。騒げば順番が早くなるだけだよ」
始は辛うじて頷いた。今、始を襲っているのは心臓がドキドキするような恐怖ではなく、胸が何かに圧迫されているような焦燥感。
『落ち着け。落ち着けってば!』
目をぎゅっと閉じる。
『とにかく出来る事を見つけるんだ!落ち着いて。』
大きく息をつくと始は目を開いた。
「!」
悲鳴を飲み込んでそのまま固まる。そこには上から彼を見下ろしている影。輪郭がメタリックに光を反射している。逆光ではっきり見えないおかげで、始の理性はなんとか保たれている。奇妙な音や光の点滅。ひとりではないらしい。数体で相談しているようだ。掌が汗ばむ。
「いっそ早く終わらせてよっ」
遠くで女の子の甲高い声が聞こえた。耐え切れず泣き出した彼女に宇宙人は目標を定めたようで、気配が遠のくのを始は感じた。
「やめてっ。触らないで!」
泣き声は守山さんのようでもあり妹のようでもあり…いや、それが誰でも。
「僕が」
そうだ。なんとか時間稼ぎするんだ。助けは来る。きっと来る。シングウや無量君や、先生に銀河連邦の人達も。みんな頑張ってる。あきらめるものか。
また僅かの間信号のやり取りがあった後、始は自分が取り囲まれるのを感じた。始の行動に興味を持ったようだ。〃進んで身代わる〃という意思に。
「それは〃自己犠牲〃というものか?」
突然日本語が聞こえて始は口をポカンと開いた。
「〃おせっかい〃の方ではないのか?」
「〃目立とう精神〃というのも聞いたことがある」
立候補かもしれない、など始の頭上で彼の行動の分析討論が行われている。
「〃シングウ〃と関係があるのか」
「地球人の思考は頭部で行われているはずだ。開いてみよう」
他人事のように聞いていた始は最後の言葉に口を閉じて唾を飲み込んだ。
「わわっ、思いやりは地球人なら多かれ少なかれみんな持ってる筈だよっ」
「シングウとは関係ないのか?」
「え?それは…解らないけど」
 っていうか、宇宙人と押し問答しているよ、俺(涙)
「このサンプルは天網の民では無い」
「ではシングウと無関係か?」
「必要ならまた採取してこればいい。開いてみよう」
『嘘っ。もっと、もっと時間を稼がないと。なにか、何か無いのか?』
始は冷たい感触を左腕に感じた。思わず目を閉じる。
『お祭りクラブは任せたぞ、利夫』
最後の最後にお祭りクラブは無いだろうと、自分で突っ込みを入れつつ意を決して始は瞳を開いた。僅かでもチャンスを見つける為に、そして最期になるかもしれない景色に。だが、気配は唐突に消えた。視線を巡らしてみても宇宙人は一人もここに居ない。
「?」
そこへ衝撃。機器の光が乱舞した後、暗闇に包まれた。漆黒のベールに女の子がまた怯えて泣き始める。
「大丈夫だよ。きっと助けが来たんだ」
タイミングよく明かりが点る。
「始君っ!?いるか?」
なんだかすごく懐かしい無量の声に始は嬉しくて笑った。
「ほらね」

「政府の人達が迎えに来ています。宇宙人は退散しましたがここから勝手に出るのは危険です。この中でおとなしく待っていて下さい。外は宇宙ですから」
何気なく恐ろしい事を言うと無量は始を抱え上げた。
「僕は見つかると不味いので、先に失礼します」
にっこり笑い無量はその空間から出た。始達が監禁されていた空間の隣では機械がバラバラに光を点滅させていた。どうやら壊れているらしい。照明が無い為薄暗いが、遠くから聞き知った日本語や英語が聞こえている。
「大丈夫。彼らも直ぐに助け出されるよ。でも君は…」
無量は腕に力を込めた。
「すぐ着くから、僕にしがみ付いてて」
始が口をきく間もなく、地球が、陸地が、そしてあっという間に地面が見えた。
着地の衝撃は大きかったが、しがみ付いていたおかげで始は何とも無かった。始を抱えたまま無量も何事も無いように歩き始める。恐る恐る始が目を開くとどこかで見た風景。
「ここは…」
「この間来た〃かくれさと〃。」
母屋には行かず無量は社へと始を運び、やっと彼を下ろした。
「あの、無量君…。服貸してくれない?」
めまぐるしい状況に忘れていたが、始はまッ裸だった。監禁されていた時は死の恐怖が勝っていたが、助け出された今、無量を前に滅茶苦茶恥ずかしいというのが本音である。
『無量君は気にしてないだろうけど、素っ裸っていうのがこんなに不安とは思わなかった。風呂って偉大だ』
片手で頭をかきつつチラリと上目使いに無量を見れば、彼は真剣な顔のまま黙って始を見つめていた。
「無量…君?」
「間に合わないかと思った」
無量が顔を伏せる。握り締められた拳が、学生服に包まれた肩が僅かに震えている。
「君を失ってしまうんじゃないかと」
無量の表情は伺えない。始は1歩彼に近付き手を伸ばした。その手首を痛いほどの力で捉れる。
「だから、君の無事を確かめたい!」
瞳を覗き込まれて始は言葉に詰まった。確かめるも何も自分が無事なのは確かだ。無量君が助けてくれたのだ。なのに、その無量君が不安で取り乱している。
無量が腰を屈める。彼の頭が近付いてくるのを始は黙って見ていた。
「確かめさせてくれ」
心臓の上に落されたkiss。
か細い声の懇願。
鼓動を聞き取ろうとするように、あるいは言葉を待つ巡礼者のように、無量は胸に額を押し当てた。
第2ボタンの代りに始はゆっくりと無量の頭を抱き締め、無量は膝をつき、始めの腰に手を回した。

【枕詞】
例え童貞でも…いや童貞だからこそその手の話題には事欠かない。どこそこにアクセスすると大人になれるとか、何とかの本は男のバイブルとか。それは校内放送のようなもので女子の居ない、例えば着替えとかの時間に否が応にも耳に入ってくるし、耳を鎖す事でもなかった。だから今求められている無量君の〃お願い〃が何かは解った。真っ盛り〜じゃないけど、思春期の玄関ぐらいは跨いでいる。
『でも恥ずかしいのは変わりないんだけど』
「声」
「…っ、え?」
「声聞かせて!?」
「ひゃっ…あ?」
「名前、呼んで!?」
「っは…!?」
「君が今生きてここにいるって、俺に教えて欲しい」
ソレは無理です、ということさえ声にできないのに。息継ぎすらままならないの、分ってるくせに。
黙ってると(いや喋れないだけなんだけど)無量君の頭が僕の胸の上に落ちてきた。
「ずっとこのまま…」
無量君の声が肋骨を木霊して耳に届くからか、いつもより低く感じる。そういえば触れてる肌も体温低いんじゃないのかな。
直に触れてみないと分らない発見がある。そう言い訳しとこう。
だってさ、ここから先はたぶん今までの知ったつもりやさわりっこでは済まない、と思う。
無量君は心配の延長でも僕の意識は行為ごと道を外れるわけで。
だけど
口とかじゃなく、心臓にキスなんてされたら。
それはもうHとかの問題じゃなく、もの凄く心配させたんだって。
だったら…だからこそ、その心配は責任もって俺が消し去るしかないじゃないか。
「」
掠れた音でも呼んだのが無量君は分ったようだ。上体を起こして顔を寄せてくれた。
「無量君」
「うん」
怪しい発音にも嬉しそうに笑ってくれたので、繰り返す。
「統原 無量君」
「うん」
笑ってくれるのが嬉しくて、もういいや と思った。

【泡沫】
今回の事態は落着し水面上では中学にも学生の日常が戻った。秋も深まり文化祭や運動部の大会(特に助っ人で)等で学校は大いに盛り上がっている。
「…ちゃん。はっちゃん?」
「え?…あ、ごめん、ぼーとしてた」
「いいけど…何かあった?」
三上利夫は引越し組みの連帯感もあるのか割と鋭い。
「まぁ…息抜きは必要だけどね。でも守口さんが後に控えている事は忘れずに」
「はは」
乾いた笑いを漏らした後、始は利夫が元々の天網市民が隠している秘密に少し蟠っている事を思い出した。無口だが繊細な友人。それ以上追求せずにまたノートPCへ向かう彼の蟠りを増やしたくなくて、始は頬杖ついてさらりと言った。
「ちょっとね、失恋しちゃったみたい」
「失恋…!?って…、え?」
「利夫、変なキー押してるぞ」
「え?あっ、マズいっ」
そこへタイムリーなお呼び出しがかかり、始は笑って教室を出た。
『自分で言って落ち込むなよな』
廊下の窓からは青い空の広がりが手に取るように見えて、見ていると目が痛くなる。
『ヤバ』
慌てて目を擦り始は辺りを伺ってみたが、幸い誰も見当たらなかった。
『父さんの仕事が上手くいって、守口さん達が戦わなくてすむようになったら、無量君はきっと…』
その時、自分は上手く笑えるだろうか?
自分で選択した行動から気付いた想い。
持て余しつつも愛しいその気持ちは悲しいほど温かく、始を包み込んだ。
『双葉の夢見る少女マンガチックな展開だよ、これじゃあ』
赴く先は生徒会室。始は手近の水道で顔を洗い、鏡で確かめる。
『まぁ無量君じゃ、しょうがないか。僕じゃなくても運動部をはじめ、守口さんだって無量君を好きになるぐらいだし』
鏡に向かってにかっと笑う。
『胸の内でこっそりと、僕だって戦い抜いてみせるさ。その時まで』
バシッと自分の頬を叩くと、始は生徒会室へ入っていった。

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夏の長い太陽が、その輝きを月に譲る頃。ロウソクやらお菓子やらを抱えた僕達を、守口さんは冷たく見下ろした。
「くだらん!」
一言で切り捨てた守口さんも、守機君の口には敵わないようで
「あれ〜、もしかして‥怖いのかなぁ」
「バカを言うな。くだらんからくだらんと」
「守口さん、お化け苦手なんだ。」
にこやかに無量君が念なんて押すものだから、顔を引き攣らせた守口さんは僕達から荷物を引っ手繰ると、ずんずん先へと歩き出した。
「始〜!?」
先に学校で用意をしていた次郎達は守口さんの姿を認めて、怪談が始まってもいないのに固まってしまった。
微妙に硬い空気の中、ロウソクに火が灯される。
「お前まで、こんなくだらん事に‥」
「なによ。だったら帰ればいいじゃない。」
「そんな事できるか!」
守口さんと守山さんの不毛な口げんかを止めたくて
「あの、峯尾さん‥呼びますか?」
飛んできた守口さんの木刀は、無量君が僕のT-シャツを引っ張ってくれたおかげで、目の前を通過するだけに留まった。ありがと、無量君。
ああ、なのに
「人其々、苦手なものはあるから。」
無量君、わざとなんですか〜!?
「ええっ!?守口さん、怪談苦手なんっすか?」
幸いにも次郎の失言より、無量君が気に障ったらしい。守口さんは無量君を指差し、表へ出ろと叫んだ。そこへ
「なにやっとるんだ?」
山本先生が登場したわけである。まぁ、これだけ騒げば仕方が無いと思うけど。
「怪談か‥」
「階段って‥恐いものなの?」
ジルトーシュさんの質問は訂正されなかった。正しくは無視されたというか。
「会談というと?」
ウェンヌルさんの方は、ジルトーシュさんと違って本当にわかっていないと思うんだけど、ジルトーシュさんが<恐怖の13階段>だの、<北校舎3階の階段には‥>だの話し始めたので、誰も止めたりはしなかった。
メンバーは11人。
主催の次郎と守機君がロウソクを持ち、何故か家庭科室で始まった怪談は次郎の横に篤、利夫、僕、無量君、守山さん、守口さん、そして見回りに来てどっかり座り込んだ山本先生を挟み守機君に戻る。
輪の外、暗い隅でジルトーシュさんとウェンヌルさんが酒ならぬ黒酢で健康的に盛り上がっている。

山本先生は、輪の中心に菓子やジュースが散乱していても酒やタバコは無い事を確認すると、眼鏡を直した。
「お、先生。怖い話、あるんですね!?そーでしょうそ〜でしょう。ぜひ、ひとつお願いします。」
ジルトーシュさんはズボンのポケットから、日本の扇子ではなくタイなどで踊りに使うようなシースルーでど派手な扇子を取り出すと(よく、入ったと思う)、落語家のように額を扇子で叩いて見せた。(う〜ん、ビミョ〜)。
先生の登場で緊張していた様子の守機君も
「あ、ぜひお願いします。」
と、山本先生にロウソクを差し出した。
「怖い話‥<恐い>話か‥してもいいんだな。」
山本先生が身を乗り出すと、皆も輪の中心へと上体を傾けた。

話は別になんでも無かった。夏休み明けに行われる修学旅行での規則違反に対する罰則とか、旅行先にまつわる四方山話とか
だけど
「次郎?」
僕と利夫とウェンヌルさん以外、だんだんみんなの顔色が本当に青くなり‥
「いーかげんにして下さい!」
家庭科室に飛び込んできたのは、なんと津守生徒会長で。そしてもっと驚いた事に、いつもの笑顔は微塵も無く青く顔を強張らせていた。
「なんだ、津守も参加か?」    チカラ
「とんでもない!っていうか、先生、能力使って話すの止めてください!」
「能力?使ってたかな?」
白々しい というのが大半の意見。
「なにか不都合があったのか?」
ウェンヌルさんの質問に、あのジルトーシュさんまでもが顔を手で覆った。そんなに怖かったのか‥
「能力を使うと言うならこうだなぁ。」
山本先生が紙コップに手を伸ばしてお茶を飲んでいると、悲鳴が上がって守山さんが僕にしがみ付いて‥え?しがみ‥守山さん!?あの、あの、あのっ
教室が薄暗くて良かった。
顔が赤くなってる自覚はある。だけど、震える手が思ったより細くて、しがみ付く力が本気で痛くて。
僕は二の腕に食い込むその手を上から握った。

何が起こってたかなんて僕には分らない。様子を見に来た峯尾さんが電気が点けて正気を取り戻した面々は羞恥と言うより恥ずかしいのを誤魔化す怒りに顔を赤らめる。
「先生、磯崎先生がタイヘンです。お願いします。」
責任とってくださいと言わんばかりに峯尾さんの後ろから瀬津名さんに手を取られて入ってきた磯崎先生は、目元がわずかに赤くて‥もしかして泣いたのかもしれなかった。
「ちょっと待て。泣く話だったか?」
「宇宙人の反応は其々ですから。僕なんかは地球に馴染んでたらしいですから恐い話でしたが」
ジルトーシュさんのフォローに理解不能とウェンヌルさんが膝を乗り出す。
「どこがですか?」
ジルトーシュさんはウェンヌルさんに首を振ると、お前さんは意味が分かっても恐がれ無いだろうなぁと溜息をついた。峯尾さんといえば冷静に無視すると、守口さんではなく守山さんの肩を抱いて、家へと送っていった。選択がさすがだ。
気持ちは律していても足はよろよろの守口さんは、津守さんに支えられ守機さんともども帰って行く。
「次郎達は大丈夫なの?」
「俺達は、タタカイビトやマモリビトじゃないからそれほどダイレクトに見たわけじゃないからさ。」
見たものは能力によって違うらしい。
「っていうか、ダイレクトに視たんだ。それは‥恐そ」
それに能力によってはそれを遮断する事もできたようだ。あるいは、山本先生が送る相手を選んだのかもしれないけど‥。なんにせよ、僕には全然分らないわけで。
利夫が頷いて次郎達を連れて帰って行く。
残ったのは僕と無量君。
「帰ろうか。」
笑った僕は、怪談が終了してはじめて無量君を見たのだとこの時知った。
「え?無量‥君??」
日に焼けてない顔が、白を通り越して青く‥、僕は言葉に詰る。
「えっと、、、その、、、うん、、、あれだね。」
顔を上げた無量君に笑顔だ、笑顔。筋肉上手く動いてくれよ。
「手、繋ごうか?」
差し出した手を、無量君は僅かに口元を綻ばせて握った。
「夏でも冷たいんだねぇ。」
「始君が体温、高いんだよ。」
「そうかなぁ‥そうかもね」
月が手を繋ぐ影を長く伸ばす。花火でもしたいぐらいだ。
「始君。」
「え?」
風が出てきたのか、雲が流れて月が見え隠れし。無量君の顔が白く浮いたり、濃い影に瞳だけが光ってたりして僕は、花火を言い出せなくなる。
「恐いから‥」
握っていた手を離し、無量君は改めて僕の目の前へと手を広げた。
「手を握っててくる?」
訊く無量君の伏せた睫の影が震えているようで
<手を繋ぐ>で済む状況じゃない事もなんとなく分ったから
僕は無量君を考える。僕は僕を考える。
友達だから、大切なヒトだからしてあげたい事もある。僕がしなくても、立ち直れると分ってても。僕のしてあげられる事が、他のヒトでもできる事でも
骨折り損のくたびれ儲け。大いに結構。してあげたいのは僕なんだから、きっと。
その先に、手を握る以上の事が待ってても。
<手を握ってるだけだよ>なんて野暮な事だ。
ちょっとくすぐったいけど、頼られるってなんか、元気ハツラツ?というか‥こういう感じなんだろうなぁ

でも、落ち着いてよく考えれば
「なし崩しなんだろうなぁ、これって‥」
性急さに引き摺られながら、声に出してみるのは‥意地とかじゃなくて
「なんだろ?」
いつ玄関から移動したかもわからない。逃げたりしないのに、無量君は手を引っ張って、僕を玄関へと引き込んだ。
こ こ
部屋に服が見当たらないところをみると、、、玄関だな、やっぱり
「いっ」
ちょっと見回しただけで、逃げないって無量君。
肩の骨が外れそうです〜
この状況だと、僕の眼鏡は‥
「‥ぁ」
襖が閉められてなくて、廊下に光るものが
「はは‥恐いから電気、点けたままだもんな」
まさしく赤裸々な‥
「‥った」
だから痛いって無量君。犯人じゃないんだから、左手捻らなくても‥?
痛みに細めた目を向ければ、捻り上げられた左手の付け根近くに赤い手形がくっきり
「そういえば守山さんの握力も半端じゃない‥」
息が上がっている僕では、体力的に無量君から左手を取り返すなんてできない。
左手首を掴まれて引っ張り上げられた僕は、降りてくる口唇を待たずにその背を抱き締めてやった。

「ムードが大切?」
「へ?」
朝腹が減るのは健康な証拠で、朝食の支度をしなくて済むのも外泊の利点だよなぁと、冷やし茶漬けを啜っていた僕は、思わず梅干の種を噴出した。
「なし崩しは嫌なんじゃないの?」
ああ‥
思い当たってまた箸を動かした僕は、最後の汁を飲み干すと手を合わせた。
「ご馳走様。嫌じゃないよ、うん。どっちかっていうと男同士にムードの方が‥」
想像してみる。
「怖いかも。」
「そう?」
「そう。」
「なら、いいけどね。」
何がいいのか、は怖くて聞かない。
ちょっと遅めの朝食は、ふたりだけ。
食器を片しにいけば百恵さんから
「プールの催促があったわよ。」
と笑われた。おそらくウチに電話して、無量君家に泊まった事を知ったんだろう‥
「あ」
しまった。今日はプールの約束だった。
「あ、始君。首、くび!」
「え?」
鏡へ走れば、、、、ぁぁ
「ごめん。今日はパスで。また今度」
携帯に電話すれば次郎の電話に出たのは利夫で
<ああ、いいよ。昨日の怪談が響いて次郎も乗り気じゃないしね。>
電話からも昨日のダメージが伺われる。無量君は、もう大丈夫なんだろうか?
「ん?」
僕は首を振った。ダメージが残っていても、無量君がそれを出したくないなら、まだ手を伸べる時期じゃない
「どうする?今日‥」
「ビデオでも‥見ようか」
手軽で体力の要らない選択。
「サイコサスペンス?」
「うん。ホラーとかは、信じてないからどうもつまらなくて‥」
見始めたビデオは、思ったより不気味で
いや、だからさ
決して恐かったんじゃなくて、ほら、オトコのコだし
「なし崩し、万歳。」
って事で
‥‥‥‥‥‥って事にしといて下さい。

7月竜