7月竜

そこへ足を向けたのは、彼女の気紛れだった。


メェ〜 メェ〜 メェ〜
白くて煩くて臭いコンテナ内にちょこんと飛び出た冑。
白いモコモコが開いた扉に寄ろうとする動きに気付いて、鎧ちゃんは気付いたようだ。
目が合う。この感覚は研究所の番人で慣れている。
扉から流れ込む風が黒髪を攫う。
黒いベールに視界が遮られるのがうっと惜しくて、髪をかきあげ扉を閉めた。
途端に獣臭が鼻をつく。
「とうぶんウールは着たくないわねェ」
それからとっておきの笑顔を向けた。白い羊の中のくろがねに。
「こんにちは、鎧さん。」
「こんにちは。お姉さんは誰ですか?」
「そうねぇ…」
せっかくだから鎧ちゃんに近付きたいけど、服を羊や藁で汚されるのは嫌だわ
「貴方と同じ。白い群れの黒羊ってとこかしら」
腕を組んで扉に持たれる。列車の振動が背中に心地いい。
「……、信仰は無いからよく分らないけど、異端者って事?」
目を細めて笑ってあげる。物分りの良い子は好きよ。手間が要らないもの
「僕に…なにか用?」
「背負ってるわね。どうしてそう思うの?」
「羊を盗みに来たようには見えないし、羊の世話とも思えない。」
おやおや、けっこう口は達者らしい
「無銭乗車とは思わないわけ?見つからないように隠れてるとか」
「お姉さんは僕に話しかけた。そういう事でしょ。」
度胸もあるようねェ
「確かに、私は貴方の正体を”知っている”けど、別に貴方が目的ではないわ。」
そう、必要なのは鋼の坊やの方
「退屈だったから、貴方と話してみる事にしたの。」
あら、黙っちゃった…傷ついたの?でもね、君も、鋼の坊やも少しは自覚してもらいたいのよ。でないと、生かしておいてあげられなくなるわ
「じゃあ、お姉さんの目的は?」
くす。面白いわね、君。ただの付属じゃなかったわね。傷ついても、傷つくと分ってても、進まずにはいられないのね
「お父様の理想を実現する事、かしら。でも今だけは別かな!?貴方に、聞きたい事があるの」
だから
「鎧さんは自分をどう思う?人だと言える?生きてると、思う?」
もっと傷付けたくなる。だって鎧に色香は通じないから。お父様がくれた大切な大切な名前の力を感じとれないから。
「…僕は、生きてる、よ!?兄さんがそう言う限り…。僕に死を宣告できるのは兄さんだけだ」
…の割には辛そうね。視線が揺らいでるわよ。そう!もっと苦しんで!?私の為に
「人かどうかは…、わからない。でも、人でありたいと思うよ。」
ちょっと待ってよ。なに、真直ぐ見つめてくるの?可笑しいじゃない!?この状態で、どうしてまだ立ちあがろうとするわけ?
「お姉さんは?」
なにが?
片眉を吊り上げて見返すと、通じてないと悟ったらしく言葉を繋いだ。
「どうして異端者なんですか?」
「………。」
あらや〜ねぇ、私の方が言葉に詰るなんて
大人の思考と諦観を持っているくせに、子供の純心な目で見ないでくれる?
「誰も私の存在を知らないから。誰も私を人と思わないから。」
赤い唇の端を上げ、艶然と笑う。
そう、そうやって楽しく生きてくの
「鎧さんは、生死をくだすお兄さんがいなくなったら、どうするの?」
そうそう、貴方は悩んでなさい。そして絶望しなさい。自分の存在に。この世界のあり方に
「…その時、兄さんが僕に死を言い渡していなかったら…生きて、歩いていくよ、この世界を。兄さんのくれたこの体が、壊れる日まで」
想像でも、鋼の坊やが死ぬのは辛い?でもね、その時は来るのよ。
鋼の坊やを殺したら、貴方は私を憎むのかしら?それとも感謝するかしら?
「………、そう。じゃあ、その時また、お話しましょう」
その時貴方は絶望しているかしら?柵から開放されて喜んでいるかしら?
人でない私を忌むのかしら?愛するのかしら?

わくわくする。お父様の計画を実行している時みたい

「その時まで、”動いて”いてね」
ウィンクしてコンテナをあとにする。
羊の匂い、ついちゃったかしら!?客車で目立つのは困る。ひとり殺して、服を貰おう。
あぁ、だけどどうしよう。顔が笑えてくる

あの子は私の事を鋼の坊やには言わないだろう。お兄ちゃんの為だけに生きている鎧ちゃんはお兄ちゃんがらみのこの話を、自分の胸だけに留めておくだろう。
「うふふ」
待ってるわ、アルフォンス。貴方が私の前で泣き崩れる日を。殺してくれと絶望する日を。
あるいは、反対に…狂気と絶望に繋がれた私を、貴方が、同じ人形の貴方なら殺してくれる、日を?
いいえ、いいえいいえ、お父様の意に添えない結果にはしない!させない!
だから、アルフォンス。貴方の血印は私が壊してあげる。お父様の血印に塗りなおしてあげても良いわ。貴方の声を聞かせて。絶望に彩られた声で私を呼んで


うっとりと、初恋に落ちた少女のような足取りで、ラストは客車に戻っていった。

あああ、どうしてこう、考えた話と結が違ってくるの〜(涙)。一応これ、ノーマルだったりして(エヘv)
エドの位置が決まっている為、ウィンリーは聖域入り…女性キャラで他にアルに興味を持ってくれそうなのは…済みません済みません済みません〜。せめて題はドイツ語で決めてみました(笑) 2004/01/23

私は泣いたことがない

本当の恋をしていない

誰の前でもひとりきりでも

瞳の奥の涙は隠していたから

私の世界が変わる時
きっと 泣いたりするんじゃないかと感じてる

飾りじゃないのよ涙は

真珠じゃないのよ涙は

ダイヤと違うの涙は

きれいなだけならいいけど

さみしいだけならいいけど

ちょっと悲しすぎるの 涙は

私 泣いたりするんじゃなかと感じてる

輝くだけならいいけど

Begierde