固めに焼いたチョコスポンジのスライスに生クリームで縁飾りをつけると、ウィンリィは一息ついた。
 小さなケーキ。その横には既に出来あがっているチョコレート菓子が箱詰めされるのを待っている。
「さてっと、邪魔が入る前にやっちゃお。」
 冷蔵庫から取り出したマジパン。食用色素を垂らすとウィンリィは造形に取りかかった。



【わぁ〜可愛いケーキv "アマンダ"って言うんだ。】
 エドが国家錬金術師試験に合格したお祝いをしようと、セントラルへはじめていった時、ウィンリィはケーキ屋をみて凄く驚いたのだ。

 リゼンブールにだってお店はあったがケーキ屋は無かった。リゼンブールは田舎なのでケーキは自家製が当たり前だったのだ。御店は自分の家で作れないものを買うところだった。
 食料品店ではなくお菓子だけを売る店。
 つい好奇心に駆られ、ドアベルを響かせた、一件の小さなケーキ屋。
【細かい飾り〜。こんなの家じゃ作れない。どうやって作るんだろう?】
 キョロキョロと見まわした隅に、一際可愛くそのケーキはあった。
【ありがとうございます。でもアマンダはケーキの種類じゃなくて、このケーキに私が付けた名前なの。】
【そうなんですか。素敵ですね。あ、でも金額がついてない。予約とかですか?】
【それはね、娘のなの。】
【お嬢さん?】
【勉強するんだって、西部へ行ってしまって‥連絡がなくてね】
【あ、あの】
【何時帰ってきてもいいように‥違うわね、娘がそばに居てくれるようで、毎日作っているのかも‥】
 アマンダ
 毎日、ただ一つを思いを込めて作る。
 翌朝、新しくケーキを作る時に、改めて作り直す。
【捨てるに捨てられなくて毎朝食べてるから、おばさん太っちゃったわ。】
【ごめんなさい。】
【あら、私の方こそごめんなさいね。お客様にこんな話をしてしまうなんて‥そうだ。良かったら貰ってくれる?】
【え、でも‥】
【貰ってもらえると嬉しいわ。そうすれば明日、いいえ今日にでもまたアマンダを作れるもの。作っている間ね、アマンダはこれが好きとかこの色が似合うとか、楽しいものなのよ。】




『その気持ち、造ってみて分ります。』
 自然と口元に笑みを浮かべ、ウィンリィは仕上ったマジパンをケーキの中央に置いた。
『今ならイチゴよね。』
 ホワイトチョコがけイチゴを生クリームの間に並べて完成。イチゴは態とヘタを取らなかったので、緑が葉となり赤や白の花畑のようだった。中央のマジパンは‥
『無事に帰ってきますように。』
 ウィンリィは優しく切なく目を細めると、そっとマジパンに触れた。
「さてっと」
 忘れられていたチョコ菓子を可愛くラッピングすると、ウィンリィはあげる相手を探しにキッチンを出た。



 リオールの街でアルは賢者の石に錬成され、軍とホムンクルスから追われる身となった。エドはアルを連れて逃げ、ロイ達は二人をリゼンブールに隠す事にしたのだ。
 帰って来た。
 しかし、感慨に浸る時間は無かった。
 突然の父、ホーエンハイムの帰宅。ロス達にもたらされた情報。事態は刻々と変化していく。
 だからウィンリィは季節外れのバレンタインチョコを送る事にしたのだ。



「あ〜〜〜〜〜〜っ」
「どうした?ウィンリィっ」
 突如キッチンから上がった悲鳴に、エドとアルが地下室から、シェスカと残っていたロイ・ロス・ブロッシュが玄関から、ピナコとホーエンハイムが庭から飛び込んできた。
「どうしたんだい?ウィンリィ。」
 ピナコは俯く孫娘によると、顔を覗き込んだ。
「!」
 ピナコは咳払いをしてキッチンを見まわした。そして頷くと
「シェスカさんロス少尉、買い物に行ってきてくれるかい。わたしゃちょっと機械の手入れをしないと行けないから。」
 ピナコは素早く買い物袋とメモを作成する。
「あ、じゃあ俺も。」
 当然とばかり後につくブロッシュに
「あんたはいいよ、ここに残っとくれ。」
 そう言うとピナコは足早に家を出ていった。デンも遅れまいと付いていく。
 シェスカとロスは顔を見合わせると、いやな予感に急き立てられ買い物へ向かった。
「あ、じゃ、俺も。」
 顔を引きつらせながらもエドがにこやかに手をあげる。その手をガシッとウィンリィが掴んだ。
「アル、誰もこの部屋から出さないで!」
 おどろおどろしい声に、
「は、はい!」
 アルは直立、返事を返すとドアの前に立ち塞がった。そのアルの前に、ウィンリィがずいっと、でる。
「裏切る気が、アル〜。」
「兄さん、何をやったか知らないけど素直に白状した方が」
「エドが原因か。ならば私は」
「誰も出さないと言ってるでしょ!?」
「ウィンリィ、俺達は今非常に危険な」
「誰が食べたの?」
「「「へ?」」」
「誰が食べたって聞いてるのよ!」
「なにを?」
 尋ねるブロッシュをウィンリィは睨め付けた。真っ青になってブロッシュは卒倒した。
 だらしが無いとは言えなかった。
『見たら石になる‥』
 ウィンリィの形相に百戦練磨のロイの額から汗が滲む。
「ウィンリィ、話てくれないと‥。謝るにも謝れないよ!?」
 ウィンリィの後側に居る為、アルには幼馴染の顔が見えない。こちらを向いているエドやロイ・ブロッシュとホーエンハイムの顔から状況を感じるだけだった。
「わたしが、チョコを配っている間に、ここに入ってアルを食べた不届き者が居るのよ!」
「「「!」」」
「な・なんだ、と!?」
エドの足先からアンテナまで、一気に血が逆流する。
「アルっ、お前‥いや、」
 アルの返事を待たずにエドはロイ達3人を振りかえると、順に睨んだ。
「誰だ。どういうつもりだ!?」
「そういう君じゃないのかね?」
 エドに負けず劣らず不機嫌な顔で、ロイが目を細める。
「てめぇかッ!」
「上司に向かっててめぇとは、いやそれ以前に。」
ロイはエドに1歩寄ると、右手を差し出した。
「信頼を寄せている弟に手を出すとはどういうつもりだ!!指一本触れられなかったから、などと言う言いわけは通じんぞ!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。」
「そういうあんたかっ!?」
「     貴方ですか!?」
 エドとロイに睨まれて、ホーエンハイムがたじろぐ。
「よく考えてごらん。アルは鎧なんだよ!?」
「鎧だって可愛い!」
「    守るに値します!」
「いー加減にして!」
アルの叫びに3人は静かになった。
「まったくだわ。そんなばかげたやり取りで誤魔化そうたってそうはいかないわよ。さぁ、誰?アルを食べたのは?」
 更にウィンリィが言い募るのへアルが小首をかしげた。
「ウィンリィ、僕を食べたって、どういうこと?」
 そこでやっとウィンリィは怖くて描写できない表情から普段の顔に戻ると、アルを見上げた。
「‥‥‥ケーキ」
「え?」
「ケーキの名前なの、わたしが作った‥」
「アルフォンスって名前のケーキかぁ、なるほど。」
 ホーエンハイムがヒゲを触りながら頷いた。
「その、アルの‥。アルのね、イメージで作ってみたの。ホントはマンゴとか柿とか黄金色ベースにしたかったけど、季節がずれてるでしょ。だからバレンタインチョコに掛けて、今回はチョコ仕様のケーキにしてみたの。」
「ウィンリィ‥」
「ケーキの名前に、アルって付けちゃダメかな‥?」
ちょっと不安げに揺れるウィンリィの瞳に、想いに、声を詰らせながらもアルは手を胸に当てると優しく呟いた。
「ありがと、ウィンリィ。すごく嬉しい。」
「じゃ、作っても良いのね!?」
「うん。ウィンリィから見た僕ってどうなのか、なんか楽しみだよ。兄さんも作ってくれると面白いな。」
「ああ‥そうね」
「なるほど、アルフォンスという名前のケーキだったのか。」
 ロイが感心するのを、ウィンリィが見咎めた。
「マスタング‥さん?」
「いや〜マジパンで作られてたアルが可愛くてv」
「おのれが食ったんかーっ」
 ウィンリィがマスタングに飛びかかり、振り下ろそうとスパナを振り回すのをアルが止めていてもなにも言わず、エドはそっと出ていった。



「くそ〜、俺だってっ」
 庭でアル、とは御世辞にも言えない人形を錬成するエドの後姿を木陰で涙を流しながらホーエンハイムは見守るのだった。



後始末

「ところで、味はどうでした?」
天下の色男をボロボロにした後で、はにかみながらウィンリィは尋ねた。
「う、美味かったです。」
 ウィンリィの豹変に、ロイの表情がやつれる。
「対でエドワードさんのも作ってあげれば良かったのに」
 買い物から戻り顛末を聞き終えたシェスカが、苦笑いする。
「一応、今回は練習で作っては見たんだけど。」
「え?どこに?」
 アルがパッと反応を返す。もちろんエドケーキにではなく、ウィンリィが自分達の為に作ってくれた事に対して。
「乗ってましたよね、エド。」
「え?あのケーキにかい!?」
ウィンリィに尋ねられ、マスタングは思い出そうと首を捻った。
「マジパンでアルを表現するなんて姑息かな、と思って。ならエドも、とか」
 豪快に笑うウィンリィに、エドが暴れだしはしないかとブロッシュ、シェスカ、ロスは額に汗しつつ愛想笑いを浮かべた。
「う〜ん、どうしても思いだせんが、あったのかね?」
「ええ、アルの横に。」
「横?しかしエドらしきものは‥」
「黄色い‥」
「″あ、黄色と言うか赤と言うか」
「そう、それです!」
「気付けよ!仮にも上司だろうが。」
「ゴミかと思って捨ててしまったよ。」
「なんだと?」
「いや、マジで。胡麻より小さかったから」

   胡麻より小さい

「え、ありのままリアルに作ってみたけど?ルーペ付けてさ。機械鎧は改心の出来よv」
「そんなんにルーペ付けるなーっ」
「それは残念な事をした。肉眼では確認できなかったのでね。」
「俺の扱いはドコっ」
「ここ。」
 頭を抱えて泣き崩れるエドを、アルが自分の横に置く。
『『『『ちっ、幸せじゃねーか。』』』』
 そう
 アルに縋りつきながら、エドは幸せに笑った。



おまけ

「あれ?」
 旅の果て。温もりを取り戻した手を繋ぎ帰ったロックベル家の庭で、花に埋もれる鎧姿のアル像を、アルは見つけた。
そして。
そっぽを向く兄の耳が赤く染まるのに、アルは幸せそうに笑った。
 
Marzipan

7月竜

2005/02/27 エドアルオンリーイベント「君に花束を」で無理やり押し付けた配布ペーパー(爆)