アルじゃない、、、あんなのッアルじゃないわ
ウィンリィの絶叫に鞭打たれ、エドは意識を手離した。


           



「‥え?」
ダンテの地下都市で黄泉の向こうから甦ったエドは、呆けたように首を傾げた。
そんなエドをロゼは胸に抱き寄せた。
「だから‥アルが貴方を呼び戻したの。賢者の石を使って‥」
エドが落とした視線の先には機械鎧ではない、生身の両手がある。
「‥ぁ‥‥あ、、、」
エドはロゼを振りほどくと立ち上がった。
「アルフォンス?、、、」
アルフォンス
握り締めた両手が温かくて、エドの瞳から滴が零れ落ちる。
「お前が死ぬ事はないんだ‥お前は‥」
生きて生きて生きてッ
エドは自分自身に錬成陣を描くと、両手を合わせた。全ての想いを込めて‥

意識を手離そうとした時飛び込んできた悲鳴に、エドは目を開ける。
「?」
エドは立っていなかった。不様にも地面に平伏している。それを自覚するとエドは激しい痛みを左足と右手に感じた。
『これは、、知ってる。この感覚‥』
痛みに閉じる瞳をこじ開け、エドは自分の足を見た。せっかくアルが戻した左足が膝から無い。
ヒステリックにロゼが自分にしがみ付いていると、やっとエドは気付く。
「‥なんで?」
何故俺は生きてる?俺は、俺を使ってアルを‥
ハッとエドが前方を見れば、ダンテが描いた錬成陣の中に蠢く黒い塊があった。
「あ‥‥」
アレハ‥
「ぁ‥‥」
ナゼ? ドウシテ? ダンテの錬成陣にアレが居る?錬成陣は俺の体に描いたのに
「ちがっ、、、アルは、、、、」
ドウシテあるガイナクテ、俺ガ生キテル!?
獣のような咆哮。言葉になってない叫びに、ロゼは恐くて思わずエドから身を離した。
そこへ教会でトリンガム兄弟から事情を聞いたアームストロングとウィンリィが駆けつけた。
「どうした?」
「エド!?」
ウィンリィの声が獣から人へ、エドを呼び戻した。
大丈夫?と問う前に、ウィンリィの耳にエドの子供のような悲鳴が届く。
「俺、、、死んで、、アルを、、アル‥」
かつてエドの銀時計を抉じ開け、その決意とともに彼ら兄弟が行った錬成の過程を聞いていたウィンリィは目を瞠った。
「嘘‥まさか、、、エド、あんた‥?」
ウィンリィは1歩進むと腰が砕けるように座り込んだ。
「とにかく急いで病院へ!」
アームストロングが、エドを抱き上げる。
「放せ!俺はアルをッ」
伸ばす右手が無く、エドは目を見開くだけ
「違う!あんなの、アルじゃないッ」
ウィンリィの否定に、手離す意識の端でエドは涙を流した。

エドの体は最優先で、運び込まれた軍病院の最先端医療と錬金術師・機械鎧「技師達の努力により、間もなく日常生活が送れるほどまで回復した。
しかし、エドがベッドから起き上がる事は無い。
他からされるがまま、生かされるだけ。
生理反射の瞬きすらも緩慢で、汚れた涙が目の縁を汚した。
病室は誰かのすすり泣く声が、零れる呟きが音を支配し、遣る瀬無く、悲しく、苛立ちが空気を彩った。


その日は、フュリーが飛び込んできたと思ったら慌しくロイが出て行って、病室は静まり返った。
エドは相変わらずで、ロゼは溜息をつくと乾いたタオルを取り出した。そのタオルで、動かないエドの手を拭く。
エドは治療に当たっている人達にもロイ達にも反応しないが、ピナコやウィンリィの声には遅れて、、、随分と遅くなってからだが幽かな反応を表した。
何やってんのよ、あんたっ。そんなんじゃ、そんなんじゃアル、、、、悲しむじゃない‥」
根気強く反応が帰るのを待って、それは半日以上を要していたが、それを待ち続けて。ウィンリィやピナコはエドを叱った。
右手と左足に改めて付けられた機械鎧。
更に改良されたそれをピナコが怒ってもウィンリィが泣いてもエドは一度も動かしていない。
「応えるだけでも良しとしてあげて?」
ロゼの言葉にウィンリィは首を振った。言葉の無いその行為は、強情より強い絆が感じられ、ロゼは羨ましく思う。
「エド、、、みんな心配してるわ。」
エドを見守る人達の代を込めて機械鎧の指を、他の人の為やエドの機械鎧の研究の為に泊り込めないウィンリィ達の代わりに、ロゼは毎日タオルで拭いている。
そこへ
「エド‥」
出て行ったロイが戻ってきた。
「エドワード・エルリック!」
返事をしないエドを、ロイは揺さぶった。
「止めてください、大佐。」
ロゼの静止を払いのけ、ロイはエドの胸倉を掴んだ。
「アルがきている。」
「‥‥‥」
「エド、アルがお前に会いにここに来ている。」
ロイは手を離すと、前髪をかきあげた。左目の眼帯が露になる。
「だが、その様子では会えないな。引き取ってもらおう。」
「待‥」
久し振りの言葉はしゃがれてたどたどしかったが、ロイはエドの瞳に意志が宿ったのを見た。
「呼ぶか?」
「アル‥?」
「それは‥お前が見て考えろ。アレをアルと呼ぶかどうか‥」
ドアノブにロイが手をかける前に、ガシャンと金属音が響く。
「エド!無理よ、急に‥」
リハビリもしていないエドは立とうとしてベッドから落ちた。それでも、なお立とうともがく。
「ロックベル夫人が言っていたように心配はいらんようだな。」
エドの意志に関係なく機械鎧をつけたピナコは胸を張った。
【なに、この子はもう4年もこれを付けてきた。リハなんてなくても使いこなせるよ。】
その言葉通りエドはガチャガチャ言わせながらも、機械鎧をなんとか制御し始めている。
「ここに呼ぶか?」
危険と思いつつも、苦しむエドをロイは見かねて声をかけた。
「いや、行く。こんなみっともねぇ格好は見せらんねぇ。」
「だったら後日にしてもらったらどうだ。今までサボったツケが貯まってるぞ。」
「‥‥手」
「甘ったれるな。手は貸さん。立てないなら、ここに呼べばそんな格好は」
「ダメだ。アイツ、心配する‥」
立とうと震えるエドに慌ててロゼが駆け寄った。エドは唇を噛んでロゼの肩を借りる。
「見てくれはそっちのけか?」
みっともないぞ、という言葉の裏で心配を滲ませるロイにエドは自嘲な笑みを返した。
「夢かもしれないからな‥」
「夢?」
「今を逃したら‥もう会えないかもしれないだろ!?」
<夢じゃないよ。>
ドアの向こうからかけたれた声。
「アル!?」
<また来るよ。その時は病院じゃなく、軍で‥ね。>
言葉の意味よりまた来ると言う約束の方が嬉しくて
「ああ!待ってる。」
ドアに縋りついたエドは、アルの気配が消えるとその場にへたり込んだ。



「なぁ、アル‥どんなだった?」
アルの来訪の後、ロイは険しい表情で病室を後にし、それ以降ここへは着ていない。
あの日に警護に当たっていたファルマンに、リハをしながらエドは尋ねた。
「‥‥‥」
「緘口令がしかれてるわけでもないんだろ?」
「‥‥」
「なぁ、なぁ、なぁ」
「子供ですか!?」
「アルに関しては、な。全然大人になれねぇや‥」
ファルマンのもの言いたげな視線に、他は大人だ!とエドは胸を張った。その強がりに、ファルマンは溜息をつく。
「どんなだったと言われても‥私はアルフォンス君の姿を知らないわけですから‥」
「‥‥‥、鎧じゃなかった?」
そこでようやくファルマンは、エドが抱えている不安に気付いた。
「五体満足でしたよ。ちゃんと人の姿をしていました。」
「そうか?‥そうか‥‥」
深い溜息とともにエドの肩から力が抜ける。
「声がさ、、、変ってなかったから‥どうかと思って‥」
バツが悪そうに頭をかいた後、エドはハッとしてファルマンを振り返った。
「歳は?若かった?ホントは俺と1つ違いなんだけど‥」
「どうでしょう‥私も子供の年齢は見当が付かないんですけど、ウィンリィさんぐらいでしょうか」
「あ、じゃあほぼ年齢どうりなんだ。良かった‥って、なんでウィンリィと比較すンだよ。俺と比べりゃ、、、ま、多少俺は背がな、、、背が‥」
苦笑いするエドに、ファルマンはそうですねと、生返事を返した。
『貴方とは比べられませんよ。身長が問題じゃないので‥』
【アルの事はエド本人の目で確かめさせろ。】
ロイの言葉に納得しつつも、リハに励むエドの姿にファルマンは溜息をこっそりついた。


「なんであんた、軍に泊まりこんでるわけ?」
医者の承諾を得るのに時間を食ったとぼやくのはどうかと言う早さで、エドは退院し、それ以降ずっと軍で寝泊りをしていた。
「そりゃ、、あれだ、、、お前が恐いから」
ギャフン
機械鎧を直す音に混じり何かが拉げたような音にも、フュリーとファルマンは手を休めず仕事をしている。ブレダとハボックはその行動力から、大総統を支持した軍との内戦で破壊された施設の普及に派遣されている。
「本当の事、言いなさいよ。」
「だからお前が恐い‥」
ギャフギャフン
「お前、、、手加減ってものを‥」
工具の下敷きのまま、エドが目を上げるとウィンリィは顔を伏せていた。
「ウィンリィ?」
「本当の事‥言ってよ‥‥」
「‥‥‥」
アル?」
なんとか工具の下からエドは這い出た。
「何でもねぇよ。」
「ねぇ、アルなんでしょ?まだへろへろの癖に、あんたが頑張るの‥」
「俺が頑張っちゃいけねぇのかよ。」
笑って誤魔化そうとしたエドは、ウィンリィの表情が怒っていない事に気付いた。
「エド!」
縋るように泣くウィンリィに、エドは唇を舌で舐めると目を伏せた。
「とにかく!お前は帰れよ、仕事の邪魔だ。なぁ准尉。」
「も~ふたりとも邪魔です!帰ってください!!」
強引に、でも優しく部屋から追い出され
「あ~、工具がまだ中に。入っていいですか?ファルマン准尉。ちょっとエド、逃げないでよ。」
涙を拭うとウィンリィはビシッと指差した。
へいへい、とエドが廊下に設置されている休憩を兼ねたフロアに座るのを確認すると、ウィンリィは中に入った。
「済みません、邪魔しちゃって‥」
室内はファルマン一人だとガランとしている。そんなウィンリィの寂しさを感じたのか
「‥大佐と中尉と曹長は別件で動いてます。」
ファルマンはペンを止めた。
「復興、、、たいへんですよね‥」
「アメストリス自体は大丈夫ですよ。軍は、、、再編成が必要ですが。それは少尉達とアームストロング少佐や、件に関わっていないホークアイ大将が上手くさてれいます。」
「?‥そうですか。」
他人事のようなファルマンの話しぶりにウィンリィは居心地が悪い。
「あ、、、じゃあ失礼しま」
「ウィンリィさん。」
「す、、、、は?い」
「君はアルフォンス君をどう思ってるんですか?」
「どうって?」
少し頬を赤らめたウィンリィに、ファルマンは向き直った。

【大将の事は本人に任せるとして、、、アルの事、あの嬢ちゃんにはどうするんです?】

アルが病院に現れてから、ロイ部隊は忙しくなった。表面的にはキングブラッドレイへの造反急先鋒だった事もあり、残党との和解や情報の共有、事実の記録・街の復興等を支持する立場にある。
それに加えての問題。
ロイは山済みの書類を鼻で笑うと命令系統のみを掌握、ファルマンに指示書と記録の作成を任せ、フュリーを中継役にハボックに復興の傍ら情報を集めるよう指示し、ブレダには<長期療養>を取らせ、自身も上層部への説明役を担いながら軍に隠されている秘密を探り、実質の労力はアームストロング等、別部隊に振り分けた。
そうして作り出した時間での裏工作。

【敢えて言う必要があるか?】
【そりゃ‥】
【眠れる森の美少女は起こす必要も無いさ】
【弱気な発言ですね。】
デーブルで顔を突き合わせる男どもの真ん中に、ホークアイはドンとお茶を置いた。
【ロックベル嬢には深刻な問題だからな。繊細に扱わないと】
ホークアイに威圧にびびりながらも、ロイは妥当な意見を口にした。
【問題をすり替えているようにも見受けられますが?】
【でもさ、あの嬢ちゃん、アルの事、好きなんじゃ‥真相なんか知ったら自棄になったり、、、?】
【アルフォンス君を好きな誰でもが、それぞれに結論を出すでしょう。知りたくない人に教える事はありませんが、知りたい者には告げるべきです。その結果、崩れる時は支えてあげればいい。】
【強いな、中尉は。】
ロイが苦笑するに、ホークアイは貯まった書類をお茶の横にドサッと置いた。
【わたしはわたしでありたいのです。強いわけではありません。同様に、彼女は弱くありません。】

「君が異性としてアルフォンス君を探したいなら、諦めなさい。」
「え?それ、どういう‥異性って、、、、そりゃアルは男の子ですけど!?」
真っ赤になったウィンリィは、だが一瞬で顔色を変えた。
「ちょっと待って。異性って‥アルが?アルがどうしたの!?」
「僕はホムンクルスになったんだよ、ウィンリィ。」
窓の外から聞こえる声に、ファルマンはさっと立ち上がった。
「アル?」
自分を庇う腕をから身を乗り出して、ウィンリィは瞳を凝らした。
「僕は不自由な鎧から‥ううん、人という器から解放されたんだ。見て、今はこんなに自由。」
するすると長い黒いものが窓枠の隙間から侵入して錠を外すと、黒い人影が開いた窓に座った。
肩下まで伸びるザンバラの髪は黒く、分け目に沿って顔の半分にかかっている。バストラインを強調するオフショルダーの黒いドレスは、まだ幼い胸が不思議な事に色香より清楚さを感じさせた。
『胸‥?』
「あ‥‥‥」
ウィンリィの動きが止まる。
「何してんだよ、ウィンリィ。おせ~‥ぞ‥?」
入ってきたエドは胸よりもその上、鎖骨の間に赤く刻まれたウロボロスの姿に凍りついた。
「お久し振り、兄さん。会いに来たよ。」
アルは跳ぶように駆け寄るとエドに抱き付いた。
「アル‥?」
そしてエドが抱き返す腕をすり抜けると、また窓に戻った。
「ね。身軽でしょ!?こんなに自由を感じられるなんて初めて。」
すてき、と。幸せに笑うアルに、エドの緊張が緩む。
「アル、、、お前‥」
「兄さん、僕ね」
ラストって名前になったんだ
ニッと笑ったアルに、エドの背筋が震える。
「‥ラスト、だと?」
「どこでも行ける。何でもできる。」
「アル‥」
「だって欲しければ、貰えば良いもの。」
強いて言えば彼女を作る前に女になっちゃったのは残念かな、と。伸びた爪で、髪をかき上げたアルの唇が紅く光る。
言葉を失ったエドとウィンリィに変りに、ファルマンが一歩踏み出した。
「君は?まだキングブラッドレイと!?」
「キングブラッドレイ?」
可笑しくて、アルの声のトーンが上がる。
「プライドは死んだでしょ?大佐が殺したじゃない。スロウスもダンテも、もう居ない。」
アルの横からラースが覗き込む。それを睨んでエドが叫んだ。
「アルっ、戻って来い!」
「やだよ。」
「なんだって‥?」
「だってもう、望むままに生きていけるんだ。なんの遠慮もない。ありがとう、兄さん。兄さんのおかげで僕は、本当に自由になったんだ。」
「君達の目的は?」
感情に震えるエドを横目にファルマンは、確認しておかなければならない事を聞いた。
「目的なんてない。好きに生きてくだけだって言ってるじゃん。」
ラースが呆れた声を上げる。
「あるがままに。そして‥」
「無ければ作らせるだけ。もう、僕は作れないから。」
暗に賢者の石を仄めかされ、エドは近くの机を叩いた。パシッと鋭い音がして机が割れる。
「アル、お前は‥」
血の滲むような声にアルは瞬きすると、小首を傾げた。
「どうしたの?僕、ヘンなこと言った?」
「欲しいものを手に入れ、邪魔なものは排除する。合理的な生き方だと思うが?」
ラースの反対側に現れたエンヴィーは、アルの腰を抱くと無表情に答えた。
「じゃあね、兄さん。」
エンヴィーに抱きかかえられたまま、手を振るアルにウィンリィの悲鳴が上がる。
「どうして?アル‥」
エンヴィーの顔を仰いだ後、アルはウィンリィへと笑いかけた。
「そう言えばどうして僕、ここに来たんだろう?」
質問で返され、ウィンリィの喉が小さく鳴った。
「礼を言いたかったんじゃないのか?」
「そっかぁ。」
エンヴィーに言われると、アルは明るく笑った。
「バイバイ。」
3人の消えた窓を閉めると、ファルマンはそっと二人を振り返って、貧乏くじだと溜息をついた。












「あの子ってさぁ、、、ホントにアルフォンスな訳?」
じっとりと重い空気の中、ハボックのしゃべる口から白い煙だけが上がっていく。
「そりゃ、、、なんだろ!?うん。」
ブレダは珍しく歯切れ悪く言うと、ちっと舌打ちしてゲーム盤上の駒を払い、溜息をついてゲーム箱に戻した。
「記憶があるような、ないような、、、でしたかな?」
アームストロングが髭をこねると、エドはむっくりと机から上体を起こした。
「スロウスは‥母さんの記憶を持ってた。持ってたというか、断片的に甦って、、、、それが自分では無い、、、決して母さんにはなれないのが苦しいと言ってた‥アルは‥」
「おい?、、、大将!?」
立ち上がって出て行こうとするエドをハボックが呼び止める。それに首を振ると、エドは退室した。
「どうなんでしょうかね!?」
ブレダが窺うのに、ロイは腕組はそのまま閉じていた目を開けた。
「ホムンクルスである以上、あれはアルでは無い。ただの、っ、遣り残しでしかない。仕事を片付けるぞ。」
ロイの号令に、全員起立して表情を引き締めた。



























エドが退院しロイ達に弱みが無くなった頃、軍には細かい変革がなされた。ダンテがもたらした危機は、当面のところ去った。しかしライラの断片的な遺体が確認されただけで誰かの肉体を乗っ取っているのかもしれず、実際にダンテとホムンクルスを暴いたロイ達が特殊セクションとして昇格、後始末に当たっている。中央は大総統不在のまま、将軍達により運営されていた。
「いっそ大佐、、、睨まんで下さいよ、訂正しますっ。少将が大総統になって駒動かした方が早いってモンじゃないですかァ!?」
階級を言い間違えてなお、もっと上になれというハボックに、脱力したようにロイは肩を落すと、頬杖ついた。
「いずれは、な。今はその時じゃない、2階級昇進で十分さ。デスクワークはじーさん達、、、いやいや、仕事は真面目に取り組んでいるよ、ホークアイ大尉。ほらね。」
ホークアイの冷たい視線に、ロイはハンコを押した書類をひらひらとかざした。
「現実、ダンテが沈めた地下都市やあちらこちらでバラ撒いていた紛争の種、禁忌錬成の仕掛けを探して、調べて、ぶっ潰すには下っ端の方が動きやすいッすからね。」
ブレダは、東部の調査状況と今後の見通し及びそれに必要な費用の案件をロイの前に出した。
「我々がいた東部ですらこんなに好き勝手されてたか‥」
「大佐、、、だから睨まないで下さい。訂正します。少将もターゲットにされてた節がありますよ。良かったですね、ロックオンされなくて。」
誠意の籠ってないブレダにロイは眉を動かして答えると、書類にサインをし鳴った電話を取った。ファルマンからの定時連絡。
「アレはどうなっている?」
昇格に伴って行動が狭まってしまったロイは、新たに配属されたロスとブロッシュにファルマンの代わりをさせ、ファルマンがアル達の動向を探っていた。
≪3ヶ月ほど前の北部化け物騒動の後始末が済みました。≫
こと、国が安定していない時期にホムンクルスなどと一般には知られていない件の騒動としては、収めるのに3ヶ月は人心に不安を与えると言う点で時間がかかり過ぎているのだが
≪パニックになったようですが、話を整理してみれば被害はありませんでした。潜伏していた場所からは、錬成陣を描いた紙の切れ端が見つかってます。お送りしましたが、届いたでしょうか?≫
放浪時代の伝か、ホムンクルスが臭う騒動の現場にはちゃっかりエドが現れ、隠密に解決しようとしている傍から
【俺がアルを連れ戻す。】
と叫び
【兄さんに僕が捕まえられるの?】
スカートの裾を翻すアルに抱きついたと思ったら、顔を赤くして手を緩め

「スカートなんだかし、胸が開いてるんだから触る前から女の子だと分ると思うんですがね~」
ファルマンの溜息に目もくれず
【お前を捕まえるのは俺だ!】
今度はタックルまがいにぎゅっと抱き締めれば横合いからエンヴィーがアルを掻っ攫う。もちろん、その際エドを足蹴にする事を忘れない。

「さすがに天才だけあって、錬金術を駆使してアルに手が届いているのですが、、、、詰めがどうも甘いと言うか、、、弟が性転換したなら妹と思えばいいのにいちいち赤くなるって気を緩め取り逃がしているというか、、、」
「アホだからな。」
「簡単に言わないで下さい。こっちは事後処理がタイヘンなんですから、、、」
ホムンクルスを知らない人には怪物に直談判しているように見え騒ぎが大きくなり、それを夢幻、ただの気の迷いと民衆を誤魔化すのに時間がかかるのだ。
「今回の押収品は無事、届いた。ダンテの、書庫で見つかった錬成陣に似ていたな。」
ファルマンが苦労して収めている間に、手がかりを着服する事もしばしば。
≪その後彼らは地下に潜ったようで場所がつかめませんでしたが、らしい人物を西で見たという情報が今朝は入り、現在移動中です。≫
地味で勤勉なファルマンは追跡には向いているが、誠実な分機転が利かない。おかげで緊急時は困るが、ほとんどの判断をロイに仰ぐ為ロイは自席に居ながら状況を把握する事ができた。それに、何より口が堅い。
≪彼らは、何をするつもりでしょうか?≫
「北の化け物はエンヴィーの仕業だろうが、目的は、な‥」
納得したファルマンはそれ以上追求する事も無く、電話を切った。ブレダはロイの顔を見つめていたが、特に何も言わない。ハボックはゆっくりと室内を見回した後、煙草の煙を吐き出した。
「大将はどうしてるんです?」
「エドは、おっかけっこを楽しんでるな。」

【僕を止めたければ、後片付けするしかないよ?】
暗に殺すしかないと言うアルに、エドは首を振った。
【戻せるかもしれない‥】
【それってさぁ、、、禁忌じゃないの?】
【それでも俺は、お前を‥】
アルは弾と足を踏み鳴らした。
ふざけるなっ、それが錬金術師の言う事か!それで僕達のやる事を非難できるのか!?】
久し振りに聞く〝弟〟の怒号。
【‥‥‥そこ、笑うトコじゃ無いでしょ】
嬉しそうに口元が緩んだエドに、アルは溜息をついた。自覚してなかったようで、エドはきょとんとアルを見返した。その鼻先をラースが指で弾く。
【馬鹿面。】
アルとのやり取りはラースとエンヴィーの邪魔が入り、終わりとなる。
『絶ってー取り返す!』
ホムンクルスからも、己の罪からも
それからエドは、研究の傍ら体力づくりにも力を入れた。


「とむじぇり?」
ハボックの軽口に、なんですかそれ?とフュリーが尋ねるのをロイは遠い目で聞き流す。その間の前にブレダが、ダンと手を着いた。
その様子にホークアイはロスに目配せする。戸惑ったものの、機転を働かせロスはブロッシュを従えると人を近付けないよう廊下に出て行った。
「アルと会ったんでしょ。何を取引したんです?」
「どうしてそう思う?」
「少将が、子供に遅れを取るとは思えない。」
「思いたくもない。」
ブレダの言葉を更にハボックが強調する。
「子供の姿とはいえ相手はホムンクルス‥」
「アルだけじゃない、エドにもです。」
「奴もアレで記録的な最年少国家錬金術師なんだぞ?」
「このメンバーで、はぐらかすのはヤメにしやしょう。でなきゃ、危ない橋渡ってまで、少将に付いてきませんでしたよ。」
ブレダの本音。
「管轄外‥」
「ホムンクルスは管轄内です!このままじゃ、また口先だけの女好きって言われますよ。」
「人聞きが悪いな。」
「実際我々の仕事は水面下ですから、表面では少将が女を口説いてるトコしか目立ってません。」
「確かに甘いと思います。」
静かに言ったのはホークアイで、ロイとブレダは話の内容から怯えたように大尉を見上げた。
「それでも、人は強くありませんから、、、たまには良いでしょう。確かに天才国家錬金術師ですが、少年でもあるのですから。」
もっとも、そろそろキチンと仕事をするよう叱責する必要があると思いますが。
ホークアイの言葉に、ブレダはロイが誰を気遣っているか悟った。
「‥‥‥アルの方だと思ってました」
「もちろん、将来有望な美少女の望みは重要だな。無害なうちは叶えてやりたいだろ?」
「そりゃそうですが、、、確かに害はありませんし‥」
「でも、本当に大丈夫なんでしょうか?」
フュリーの声は小さかったが、全員が振り返るに十分な威力を持っていた。
「あ、いえその、だって、、アルフォンス君だけじゃなくて、エンヴィーとかラースが一緒だから、、、歯止めが‥‥‥、スミマセン
縮こまったフュリーを、だが誰も否定は出来ない。アルフォンスはもはやヒトではなく、仲間は何人もの血を啜ってきたホムンクルスなのだ。
そこへ故意だろう、慌しい足音が聞こえてきた。
飛び込んで来たブロッシュが肩で息をしていると、その背後からロスを引き摺ったアームストロングが現れた。
「どうした?少佐。」
アームストロングは昇格を辞退し、少佐の地位に甘んじている。
「セントラルの問題が山積しているというのに、地方から救援の要請があって‥人手不足で困ったものです。」
「エドにやらせたらどうだ?どうせゴロゴロしているんだろう。」
エドは、ロイの配下からアームストロングの下に移されていた。
「あの子はあの子なりに状況に向かおうとしています。」
天才を子供扱いできるのは、今の軍ではアームストロングぐらいだった。かつてエドを引っ叩き、子供のあるべき姿を説いたロスでも、ロイの元で色々な裏事情を垣間見た今ではそうはできなくなっている。
「奴の頭は私情でいっぱいだ。たまには世間にもつけてやらんとな。」
「それはそうですが、、、やっとやる気になってきたんです。」
家でゴロゴロしているという意味ではない。エドの場合群の仕事をせず己の為に行方不明になっていた間に父・ホーエンハイムが集めた資料から禁忌の錬金術を研究しているのだ。
「何に対してのやる気かが問題だろう。人手が足りないのは事実。気分転換に仕事に飛ばせ。」
ロイは言いながら後ろでホークアイが頷くのに、冷や汗を流した。それに気付かずアームストロングは肩を竦めると、軽く頷いた。
「もう飛ばしました。」
「なら、問題は無かろう?」
浮かない様子のアームストロングを、ロイは胡散臭そうに見上げた。
「心配で‥」
「確かに。仕事を真面目にやるかは心配だがな。」
予感的中でロイは書面に目を戻した。
『仕事をしている方がまだマシだ。』
ロイはエドを子供だとは思っていない。
『一人の人間を愛して‥愛し続ける人生を選んだ、男だ。』
アームストロングのお人好しに心が温まるのを感じつつも、ロイはキッパリ心配とやらは切り捨てた。
「救援の要請って、どういうものなんですか?」
元上司を、ロスは気遣って聞いてみた。
「なんでも老人病が流行っているとか‥」
髭を捻るアームストロングも、信じ切っていないようで
「老人病?」
なんです?それ、と言葉が掛けられるのにアームストロングも途方にくれた様子で首を振った。
「それを確かめるわけですが、得体の知れない病のようで」
子供では調べるどころか罹ってしまうかもしれないと、アームストロングは息を吐いた。
「それなら、ますます心配はいらんだろう。殺してもアイツは死なん。」
「ですが、危ない端に好んで首を突っ込みたがりますね。」
冷静なホークアイの釘に、しかしロイは自嘲を浮かべた。
「今は何より自嘲するだろう。目的達成までは、な。」
「そうでしょうか?」
「ウチも人手が無いのでな。期待には添えられそうも‥」
ロイは苦笑して、アームストロングを窺った。
「力添えの要請、バレてましたか、、、」
豪快に笑うアームストロングにロイはやれやれと、軽く首を振った。
「手が空いたらまわそう。どこだね?」
「確かクレタ国境付近の‥」
「クレタ?西か!?」
立ち上がったロイに、アームストロングは面食らったように瞬きをした。
「エドは何時発った?大尉、時間を空けられるか?」
ロイは机上の書類を束ねると、引き出しに仕舞い鍵をかける。
「エドワードなら昨日‥」
「少将、3日は確保できます。」
把握できないアームストロングを他所に、ホークアイがスケジュールを書き直す。
「少将、ファルマンが乗り込んだ列車を絞り込みました。電話繋がってます。」
ブレダから電話を渡され、ロイはファルマンへの言付けと西への切符を頼んだ。
「少将自ら行かれるのですか?」
「美人が待っているのでね。」
流石に察したアームストロングの肩を叩き、ロイは苦笑いを浮かべた。
「待ってない方が良いですね。」
ホークアイの言葉を嫌味と取ったのはアームストロングだけだった。


ロイが終着駅に着いた時、ファルマンの出迎えは無かった。事情を察知してロイは、言われた村へと足を進めた。
『?、、、葉が腐ってる?』
木の葉が落ちる時期ではないのに、村へ通じる道が通る森は村に近付けば近付くほど枯れて、草すらも朽ちている。
「!」
物音にロイが振り向くと、エドを抱えたアルが立っていた。
「‥これはどういう事だ?」
「この先へは行ってはならない。」
「説明はしてくれるんだろうな!?」
アルは首を振った。
「生き残った人も、定期的に検査を受けた方が良い。」
「それでは分らん!」
「原因は持ち去った。あと出来る事は、遠くからここを清める錬成を行うしかない。」
「清めるだと?」
「土を土に。水を水に。あるべき姿に錬成し直す。ただし、この地に入れば影響を受ける。遠くから少しずつ根気良くするしか‥」
アルはゆっくりとロイに寄ると、エドを手渡した。呻き声を上げて、エドが身じろぐ。
「ア‥ル‥‥?」
素早く距離をとったアルは、エドが目を開くと鮮やかに笑った。
「いらっしゃい、兄さん。どう?僕達の作品。」
「作‥品?」
少しずつ状況を思い出し、エドは頭を振った。
「お前が、、、したのか?この村を、、、、っ」
エドは絞り出す声に、アルは甲高い笑い声を上げた。
「他に誰ができるの?」
「どうし、、て‥?」
「退屈だったから。」
即答に、エドは自分の胸元を握り締めた。
「アル、、、、俺はお前を戻そうと、、研究してた。」
「戻すって?大きなお世話ってヤツ!?」
「だけど、、、お前がこんな事をするなら、、、」
「こんな事?ああ、、、人で遊ぶ事?」
人を殺す事を遊びなんて言うな!
叫んでよろめいたエドは、ロイに支えられていた事を知る。
「大佐?、、、そっか、ファルマン‥」
「少将だ。ファルマンの事はあとで聞く。」
顎でしゃくられ、エドはアルへと視線を戻した。
「アル、、、戻って来い。」
ヒトへ 俺の元へ
「やだよ。つまんないもん。」
「、、、、、、っ。分った。」
エドはロイの腕を退けると、自分の足で立ちアルと向き合った。
「俺はお前の、、、、っ、かつてのお前の望みを叶える。」
「僕の望み?」
「お前は俺が、錬金術師の責を全うする事を望んだ。なら俺が、、、今すべき事は、、、」

お前を無に帰す事だ

「へぇ~、面白そう。でも、、、できるかな?」
唇を噛み締めるエドをアルは楽しそうに眺めた。
「もうっ、口籠ってちゃ話にならないよ。オニさんは、ちゃんと捕まえに来てくれないと。」
「ア、、、ル、、、」
「もっとも、兄さんに捕まえられるとはとても思えないけどね。」
ぐずぐずしてると、つまんなくてまた、別の人で遊んじゃうよ
笑い声を残してアルは消えた。
追おうとするエドの肩ををロイが掴む。
「なにするっ」
「むやみに動くな!この村は危険だ。」
「そんなのっ、、、、」
分ってるさ
エドは小さい子供のように蹲った。
「便所なら我慢しろ。」
「誰が便所だ!」
「うんち座りしてるだろうが。」
「お、、、、」
気の抜けたように額を押さえるエドの襟を掴むと、ロイは引っ張り上げる。
「アルに宣言したのだろう。休みなど、無いと思えよ。まずはこの地を戻す。いいな。」
来た道を戻り始めたロイに遅れ、エドも歩き出す。
「ファルマン少尉は良いのかよ?」
「それも込みだ、バカモノ。」
ゴンと後頭部をグーで叩かれ、エドは涙を零した。


「本気ですか?エドワード・エルリックに‥」
「少佐。」
ロイの声は小さかったがアームストロングは口を噤んだ。
「君ならもし、ご家族が犯罪を犯したならどうするかね?」
「‥‥‥」
気の毒なほど悩む巨体を、ロイはある意味羨望を込めて見上げた。
「しかし、、、、では、何故ホークアイ大尉が‥?」
「家族だからこそ自分の手で始末を付けたい。だが、君は、エドにアルが殺せると思うかね?」
「‥‥‥」
ロイはかつて、ヒューズとともに上を目指した顔で、感情を理性に包んで切り捨てた。
「我々の使命は治安であり、それを乱すものの、ホムンクルスの根絶だ。優先すべきは国民の安全な生活であり、その為にはわずかな不安も取り除かなければならない。」
笑っているのか悲しんでいるのか、ロイの制御できてない表情に、アームストロングは敬礼すると受け取った密命をポケットに仕舞った。



「エド‥本気なの?」
「ああ‥」
「本気で‥アルを?」
「ああ‥」
「‥っ」
ウィンリィはエドが震える指を押さえ込んでいる机を、バシッと叩いた。
焼いたエルリック家の跡に簡易に錬成された小屋。机とイス。空間を占めているのは大量の本や紙。辛うじて机にはコップが重ねられた皿のスペースが存在する。
「出来るの?」
エドは震える指のまま、立ち上がるとウィンリィのジャケットを掴んだ。勢いで皿が机から落ちたが、本に受け止められた。
「なめるなよ。やるって言ったら、俺はやるんだよ。」
神経の高ぶりで眠れないエドは目の縁が赤く、ギラギラと輝いている。
エドの表情にウィンリィは一瞬言葉を失い、首を振って息を整えた。
「‥でもあんた、西から戻ってきてから全然食べてないじゃない。寝ても無い。」
「食ってるよ。」
「アレは食べてるとは言わないの!」
「どーでもいいさ。今の俺は、すっげぇ充実してんだ。眠くもねぇし腹も空かねぇ。」
エドは満足げな笑みを浮かべると、イスではなく無造作に本に座った。
ウィンリィはイライラした気分を噛み締めると、黙って小屋の外へでた。
「!?」
ロックベルの玄関に続く階段の灌木脇に影があった。ウィンリィが玄関を見上げると困ったようなデンの姿がある。鳴きたくても鳴けないような様子にウィンリィはスパナを握り締めると、影の元へと足を進めた。
「!アル、、、
「ばっちゃんにはちょっと出かけてもらってるんだ。ウィンリィも、、、」
アルの言葉が終わらないうちに、ウィンリィはアルに抱き付いた。
「ウィンリィ?‥」
ウィンリィはキッと顔を上げるとアルにそのまま口付けた。
「ちょっ‥」
「あたしと結婚しよう。」
「あの、、、え?」
「そうすれば人間の籍になるわよ。」
「ウィンリィ、、、僕は人間になりたいわけじゃ」
「置いてきぼりはもう嫌、、、嫌なのっ!」
「ウィンリィ、置いてきぼりって‥」
「連れて行って、、、連れて行ってよぅ」
「落ち着いてウィンリィ、兄さんはウィンリィを置いていったりは」
「アル。」
ウィンリィは自分の背に回っていたアルの両手を掴んだ。
「あたし、アルが‥」
小枝の折れる音にアルが視線をやると、エドがこちらへと歩いて来ていた。
「ごめん、ウィンリィ」
アルはウィンリィを後ろへと押しやった。縋ろうと伸ばしたウィンリィの手を、控えていたラースが掴む。そのまま肩に担ぎ上げた。
「アルっ。」
「ありがと、ウィンリィ。」
「やだ、放してよっ。アル‥」
「答えはもらったろ!?諦めろよ。」
「アル‥」
ウィンリィの気配が消えると、アルも立ち止まって待っていたエドの元へと歩み寄った。
「お前から来るなんて、、、、初めてだな。」
「先手必勝、、、とかね。」
「デンはお前に吠えないんだな。」
デンはウィンリィを守るようにラースに付いて行ってしまった。もう確認できない闇に包まれた小道からアルが視線を戻すと、すぐ前にエドの顔があった。アルがとっさに身を引く前に、エドがその手を包む。その温もりに落とした視線をエドの顔にもう一度結ぶと、アルはその手をエドの首に回した。
体温を感じながら、抱き締めあうのは何年ぶりだろう
閉じた瞼を叩く錬成光にエドが瞳を開くと、赤い石がアルの胸元で光っていた。
錬成陣から逃げようとして、エドは自分の腰に回っているアルの腕に胸が押し潰されそうになる。
「こんな風にしか‥抱き合えないなんて、、、な」
アルは何も言わない。ただエドを見つめているだけだ。
エドはアルの胸で光る赤い石に左手をかざした。ふたつの錬成光が混じる。
アルとエドは、光で世界が覆われるまで、ただお互いを見詰め合っていた。






















































































永遠なんて無い だけど、ずっと‥ きっと‥
「何してるのよ」
後頭部を叩かれ、エドは頭を撫でると突っ伏していたキッチンのテーブルから起き上がった。
「べ~つに」
大きく伸びをした手に、ウィンリィはパンの入ったバスケットを渡す。
「〝べつに〟じゃ困るわね。働かざるもの食うべからずよ。」
「金は稼いでるだろ!?」
「働いてはいないけどね。」
「ちゃんと軍には勤務してるぜ!?」
「へぇ~?」
「あの上司が神経質過ぎンだよ。」
「‥神経質になったのよ。」
「ハん」
エドはパンを齧ると、オレンジをシトラスジューサーで潰し、コップに注いで一気に飲んだ。
「ぷは~」
「あんたね‥」
ウィンリィは顔を顰めると、飛び散った果汁を拭く。
明日の当番は覚えてなさいよ、とぶつぶつ言いながらも手馴れた家事の様子をエドは見ていた。
「俺は生きてるぜ!?」
唐突に、布巾を洗う背中に届いた声。
「俺は生きてく。生きていくんだ。」
あの朝、解放されたピナコの通報でエルリック家にロイ達が駆けつけた時、泣き崩れるウィンリィを他所に、エドは朝食を作っていた。
記憶を失くしてからこちら、エドを包んでいたギラギラした雰囲気は消えている。
【何があった?】
【イイ事さ。】
口を割らないと悟ったロイは、大きく息を吐くとイスにどかっと座った。
【では、何があったか知りたいか?】
【いらね。戻らない記憶に、焦燥なんて無いからなぁ。】
ロイにコーヒーも出さず、エドはフライパンから目玉焼きをがっついた。
【失くした時間を取り戻したいとは思わない。そんなものに意味は無い。、、、、、ただ、虚ろがあるんだ‥】
「その虚ろが、俺を生かしてる。走れと‥前を向けと心臓を動かしてる。」
「‥そう、ね。ずっと、見ててあげる。あんたが怠けないように。」
布巾を干してウィンリィは振り返った。エドは窓から外を眺めている。
覚えて無くても肌に感じる、なにか
大好きだったヒトの愛してやまないヒトと、生きるなにか
「いいじゃない、それで私達がしあわせなら。アルもそう思うでしょ!?」
全て焼いた写真の面影に、ウィンリィは穏やかに呟いた。






















































































 やっと終わりました。なんか当初の目的からずいぶん遠くへ来たもんだ~‥済みません。闘ってません(滝汗)。
 途中からヤバイ方へいっちゃいまして(汗)、不味いんでその辺りは裏の方へ収録しました。
 ヤバイって言っても7月竜だし、ここでもヤバイって言えばヤバイし‥収拾付きませ‥ごめんなさい。
 師匠の妹バージョンはラストとは別のミニです。ええ。おみ足がねvお見せできなくて残念ですvV(←おい?#)。
 1度ぐらいはウィンリィ‥が最後のコンセプトです(苦笑)。2007/05/27


種提供 メルカシ病様。ありがとうございます
いっそ水栽培したらトリフ○ドに‥ 7月竜。スンマセン

            分解される       跡形もなく‥



小さい頃、母さんの錬成に失敗して、門の中、取り込まれた。

あの時の、散り散りに消える恐怖とは違い、心は満たされている。




「?」

なに?

引っ張られる?

な‥?」

門が?開く!?













‥はっ‥ゴホッゴホゴホ‥
突然肺を満たす空気に、アルは咽た。
『僕‥?僕は』
アルフォンス・エルリック、だよね
薄っすら開けた瞳に、白い腕が映る。
いや‥そんなはず無い。だって僕は死んだ兄さんを生き返らせる為に、賢者の石である僕自身を使ったんだから。
『僕は‥?』
‥ここは‥‥?
見渡せば灯りに浮かび上がるのは、アルが最期にエドを呼び戻そうとした地下都市。
兄さん!?
呼んでも、人影はない。
『僕は、成功したんだろうか?兄さんは無事に戻って‥』
アルの伏せた瞳に、床に書かれた赤黒い円が飛び込んできた。
錬成陣?
錬成陣の外には、血溜りもある。
『リバウンド!?』
母を錬成しようとしたかつての愚かで大切な記憶にアルは震えた。
誰か‥人体錬成‥したんだ‥‥
じゃあ、僕は?僕の体は‥
視線を落とせば、小さな胸の上にウロボロスの印がある。
‥胸?
確かにアルの胸にはわずかな膨らみがある。
!‥うそ。
確かめてアルは青ざめた。
なんて錬成するんだ!
なんて錬成するんだ なんて錬成するんだ なんて錬成するんだ‥
広間に木霊が返って、アルは低く笑った。
怒ってみても仕方ない。
だってここには誰もいない。
誰も?
人影はなかった。だけど何かの気配が伝わってきて、アルはギクッとして振り返った。
そっちじゃないよ。馬鹿だなぁ、こっちだって
声のする方を仰げば、天井にエンヴィーとラースがいた。
ラストになった気分はどう?
ラスト?あの貴女?
でも、あの貴女は死んだ‥
だからあんたがラストになれたんだろ!?
そんな事も分からないの?ほんと、スロウスにならなくて良かった。
しゃべり続けるラースを置いて、エンヴィーはアルの前に飛び降りた。その手から差し出されたのは赤い石。
賢者の石?
眉を顰めたアルを、ラースは鼻で笑った。
食べると世界が変るんだ。あんたもお出でよ。
僕は君達の仲間になんてならない。
意味を理解してエンヴィーの手を振り払ったアルに、エンヴィーは目を伏せた。
俺達は仲間なんかじゃないさ‥‥、いや、そもそも仲間って何だ?
え?
聞き返されると思わなかったアルは、瞬いた。
目的を同じにするものか?一緒に行動する事か?それとも相手を必要とする事か?
答えにつまるアルの手を、ラースが引いた。
ねぇ、あの血、誰のだと思う?
‥‥‥錬金術師!?
リバウンドで傷を負った‥
もぉ~、じれったいなぁ。
エンヴィーはアルが鎧の姿で対峙していた時と比べると、別人かと思うほど静かにやり取りを見ている。反対にラースは自分で質問しておいて、口を閉じる事が怖いかのようにアルの答えを待たずに得意げに真相を教える。
エドの血だよ。エドがあんたを錬成したんだ。
嘘だ!兄さんがそんな事するはずが無い。だって兄さんは、苦しんで苦しんで‥それでもスロウスを無に還したんだから。
ラースの拳が飛んできて、アルは受けきれず殴り飛ばされる。
そうさ。アイツはスロウスを殺したくせに、性懲りも無くお前を錬成したんだ!
そんな事しない!兄さんは‥っ
上体を起こして言うと、アルは自分の唇を血が伝うのが分った。
エンヴィーはついと広間を見渡すと、姿見鏡を持ってきた。
!?
顔を背けるアルに無理強いせず、ただエンヴィーはぽつりと言った。
目を背けずに見てみろよ。
‥‥‥
完璧だと思わないか?

アルは目を瞠った。
言われてみればそうだ。僕達が母さんの錬成に失敗して作ったホムンクルスは、最初、人のカタチすらしていなかった。なのに、今の僕は性別こそ女だけど
確かにエドは天才錬金術師という事だ。
じゃあ、あの血溜りは‥
声が震える。
等価交換っていうヤツ?アイツは賢者の石を持ってなかったから。
‥‥れ、錬成は‥?
ホムンクルスは副産物。ならばエドが錬成したかった本体の方は‥
震えを止められず、アルは両手で体を強く掴んだ。
人体錬成なんて、賢者の石でもなければできはしない。賢者の石だったお前が唯一、エドを錬成できだけだよ。
‥‥‥ぁ
祈るように握り締めた両手を胸に当てたアルに、ラースは鼻を鳴らした。
嘆いたって所詮人間は‥
嬉しいのか?
エンヴィーの言葉にラースはマジマジエンヴィーの顔を見ると、ついでアルを覗き込んだ。
兄の愚行を聞いて、なんで安心してんだよ!?
だって、、、それは僕、兄さんを、、、生き返らせれたって事だろ!?良かった、、兄さん‥
どうだかな‥
エンヴィーの静かな声は、ラースの嘲りよりアルの気持ちを揺さぶる。
なにが‥?
縋るように自分を見るアルを見つめた後、エンヴィーは姿見に向き直った。
お前の錬成でエドはまた腕と足を失い、大量の失血で気を失った。おそらく今頃はまだ病院で死にかけているだろう。

駆け出そうとしたアルの手を、素早くエンヴィーは掴む。
放せ!
素直に手を放され、勢いあまってアルは転んだ。
バッカみたい。
笑うラースの声に潜んで、エンヴィーの言葉がアルを貫く。
お前の姿はエドに止めを刺せるんだろうな
感情を含まないエンヴィーの声はそれだけに重く、アルは大きく肩を震わせた。
やがて、アルは息を吐くと立ち上った。
お前はもうホムンクルスだ。体をある程度変えられるだろう。服ぐらい、身に繕えよ。
出口を目指していたアルは確かに裸だった。立ち止まってどうすればいいか両手を見つめていたアルは、やがて能力の使い方を理解し、黒い服を身に纏う。
ちょっと待てよ!
追いかけてくるラースの気配が立ち止まっても、アルは歩みを止めなかった。
え?エンヴィーはどこ行くんだよ?おいっ!?
どうやらエンヴィーも、別の道へ動き始めたらしい。散り散りの行動は、今までスロウスの保護下で甘えていたラースを不安へと放り出した。
ちょっとぉ!?賢者の石を集めるんじゃないの!?ねぇってばぁ!?
混乱するラースの声は遠く聞こえなくなり、アルは独り光の待つ地上へと登っていった。

変らない‥                                        もの 
アルを出迎えた世界は、失くした世界と寸分も変らず感じられる。だけど、光の中にある命は、確かにアルとは違うのだ。
病院の大きな木の枝から眼下を眺め、アルは胸元を押さえた。
窓からのぞく病室では、回診医が出て行くと皆は頭を垂れた。
縋りついているのはロゼで、ウィンリィはエドの残された左手を握り頬に当てている。
アルは木の上、窓の外から3階にあるエドの病室の様子を確認すると、そろりと2階の窓から病院に入った。トイレの鏡で自分の姿を確かめてみる。
黒い瞳、長い黒髪。少女の容姿。
『ウィンリィやばっちゃんだってきっと気付かないだろね。』
アルは目を伏せると、振り切るように廊下へ出た。丁度、エドの回診の医師が階段を下りてくる。
エドには厳しい警護が付いているが、軍の極秘事項扱いにもなっている為それは3階のみ。アルは2階の階段に警備がいないのを確認すると、医師に駆け寄った。
先日の事件でたいへん世話になったものです。エドワードさんの怪我は私が原因なのです。
極秘事項はエドの負傷が何によるものかであって、エド自身の事ではなく怪我の経過に鉗口令は出されていない。また、警護はブラッドレイ支持派の残党を警戒してのものだったので、医師はひとり軍人を呼ぶとその人立会いの元で、アルに関係者と同じく説明してくれた。
やってきたのはハボック少尉で、ハボックは青い顔でエドを心配する少女を不思議そうに見ているが、医師の説明を止めたりはしなかった。
「傷は塞がっているし処置が早かったので感染の可能性も低い。意識もあるのです。」
じゃあ、大丈夫なんですね‥!?
医者は首を振った。
「体の方は医療や国家錬金術によってある程度癒せるのですが、問題は気力で。今本当に必要なのは本人の生きたいという意志だけです
でも、手や足は機械鎧をつければかわりなく
「身体的な悩みではなく彼はそう、生きる事が分らないような」
「百聞は一見にしかず。会ってみるかい、お嬢さん。嬢ちゃんみたいなべっぴんさんが心配してくれたら、アイツもやる気になるってモンかも‥」

エドの心傷を知っているハボックは全然そんな事思っていなかったが、心底心配しているこの少女の存在と何者であるかをロイ達に知らせ聞き出さなければならない。
ハボックに手を取られ、アルは躊躇した。
『ウィンリィ、、、気付くだろうか?兄さんは‥!?』
「あってみるべき、だろうな。生きる目的を与えたいなら‥」
気配に気付かなかったハボックはぎょっとして振り返った。エンヴィーを見た事の無いハボックには、彼が誰かは分からないがエンヴィーの存在そのものに、背筋に緊張が走る。
窓の外を見ればラースが枝におり、アルは首を振った。そのままエンヴィーの手を掴むとハボックに背を向ける。
「おい
ごめんなさい
潤んだ瞳にハボックは、伸ばした手を仕方なく頭にやった。


なんだ、つまらない。会って止め、させばいいのに。
空き家でイスをキーキー軋ませながら、ラースは腕を組んだ。
時間をかければ‥
時間がエドを癒せるとアルが言う前に、エンヴィーの灯した明りがパチンと爆ぜた。
時間はあるのかな
アルも、そしてラースも不思議そうにエンヴィーを見る。
俺が生まれてから400年近く‥だけど俺はこの目でホーエンハイムを見るまでただの一度も安堵なんて感じた事はなかった。人を殺し、人が苦しむのを見、人を騙して絶望にのたうち回るのを見ても、喜びはひとときで‥すぐに乾いてしまった。いや、それ以前にあれは喜びなんかじゃなかった。ホーエンハイムを見た今なら分る。あんなものはただ、退屈凌ぎなだけ‥どんなに時間を費やしても、結局ホーエンハイム以外に俺を満たしてくれるものなんてなかった

時間が癒せるものもあるだろう。そんな人間はいっぱいいた。だけど癒せるに必要なものがたったひとつって事もあるんじゃないのかな
劫火のように生きていたエンヴィーがまるで老熟人に見え、アルは慌てて首を振った。
老獪なのかも
ろうかいって?
独り言のつもりがラースに聞き返されて、アルは目を瞠った。
‥違う
なにが?
狡いのは僕だ‥
だから、なにが!?
‥恥ずかしい
エンヴィーと目が合うと、アルは掌で目を覆った。その後ろから、幾筋も涙が流れ落ちる。
ごめん
エンヴィーは何も言わず
ごめん、エンヴィー‥
何も言わないエンヴィーはアルに、厳しくもあり優しくもあった。

          簡単で、、、最初からあった事


なんだよ、結局”お兄ちゃん”かよ。
そうだよ。だって”僕”は兄さんが作ったんだもん。
口を尖らせるラースに、アルは笑った。

          兄さんが生きて、、、欲を言えば元の体に戻って、、、、
          たとえば結婚して子育てに奮闘したり、
          あるいは名を馳せたり、大金持ちになったり、、、
          歳をとって笑って静かな眠りを向かえる、ような、、普通の生活を手に入れる


それで‥君達はどうするの?
それって結局エドを困らせるんだろ?
そりゃ‥やる気になってくれないと困るからね。
だったらさ、手伝うよ。面白そうだし。
他の人は傷付けないのが絶対だよ?
分んないなぁ、他の人間はあんたに関係ないだろ?
まぁ、気をつけてみるけど
ラースの期待に満ちた目にも、エンヴィーは黙っている。
アルはそれに安心し、今度はエドに会うべく病院へと向かった。



































































































































































「随分元気になったな」
エンヴィーはいつも唐突で
「そう?そうかな‥」
「嬉しそうな顔して言うなよ。」
ラースが口を尖らせるのにアルが笑おうとし‥
「悲しいのか?」
エンヴィーの口調には凹凸も無く、なのに鋭くアルを貫いた。
『‥‥あ‥、、、』
よく分からないらしいラースが首を傾げて見上げてくる
「エンヴィーは僕より僕を分ってるんだね‥」
「そう思うのはお前だ。そう思わなくても勝手だ。」
  
 ‥あぁ‥
「寂しい‥かもね」
「何が?エドと会えないのが?」
ラースの問いに首を振った。
「望みは叶った。兄さんはきっともう大丈夫。だから‥」
「?」
「さよならだよ。」



少しずつ、姿を見せなくして
少しずつ、気配を感じなくして
でも、どこかにいるって
「あぁ、いや、ダメだね。ずっと追ってて良いわけが無い。僕なんかを、覚えてちゃいけない。」
だから、消える


「そんなのヘンだよ。」
「そうでもないさ。お前だってスロウスに母を求めていただろう?決して満たされはしないのにな。」
反発しようとしたラースは、エンヴィーの静けさに叫ぼうとした唇をかんだ。
「エドを奮い立たせる為ケンカを売り、でも決して責任を感じないよう言葉を選んで‥エドが生きている事がコイツの生きがいなんだろう。」
囚われているのはエドではなく、むしろアルフォンスの方だ
【望むままに生きて
 なんの遠慮もない
  ありがとう、兄さん。兄さんのおかげで僕は、本当に自由になったんだよ】
ホムンクルスになったなんてどうでも良い 兄さんの気持ちが嬉しいんだよ だから気にしないで
ただ、錬金術師としての矜持を全うして欲しい
兄さんの意地を貫いてよ


「自分の言葉がエドを傷付けてないか気にするなんて、馬鹿みたい。会いもしないのに。」
「僕は、そう‥もうずっと‥幽霊なんだよ。」
「?」
「母さんを錬成したりバウンドで、体を失くした時から‥あの時僕は死んだんだ。この世の未練が幽霊を引き止めるなら、僕の心残りは死んだ僕の為に兄さんがその右腕を犠牲にした事。兄さんが僕の為に賢者の石に囚われた事。錬金術師としての咎は仕方ない。辛い事だって生きてればだれにだってある。だけど、兄さんが僕に対して時間を費やす義務は何一つ無いんだ。
僕の死が填めてしまった足枷を、外してあげたい






































































































































「殺しに来るな。」
「‥うん」
「望んでたんだろ?なに、黄昏てるのさ。」
ラースはアルを覗き込んでいた顔を上げると、イスの背もたれに仰け反った。
「今なら、まだ間に合うんじゃない?僕してませんって、ホントの事言うの。」
エンヴィーが返事を返さないのに、ラースは体勢を戻すと机に肘を突いた。
「信じない?だって本当にアレはクレタの‥調べりゃ分るじゃん。」
「ごめん、ラース。それはもう、いいんだ。」
アルはピシャッと頬を叩くと、顔を上げた。
「ここまで来たんだ。後は、どう兄さんの負担にならずに死ぬかだ。」
「はぁ?」
「後腐れなく、爽やかに」
「馬鹿か、お前‥」
「誤解されてるのは悔しいとか、これでさよならと思うと寂しいとか、、、本音はね、色々なんだけど‥」
アルはラースとエンヴィーを交互に見た。
「心残りは君達の方だよ‥?」
「〝兄さん〟じゃなくて?」
ラースの揶揄にアルはからりと笑った。
「兄さんは、もう心配要らないよ。」
「どんな根拠‥」
「だって僕を殺すと決めた兄さんは、もうエドワードエルリックだもの。」
「‥‥‥、自信過剰。」
「そりゃ兄さんの事ならね、自信も持つよ。」
「嬉しそうに言うなよ。」
音も無くエンヴィーが立ち上がる。
「エンヴ‥」
「ラースは知らないが、俺の事は構うな。俺は俺だ。この先の生き様も俺のものだ。」
「エン‥」
「エンヴィーなんかに言われなくたって僕だって自分でやってくさ。


「決めたのか?」
どうやって死ぬか
「うん‥」
アルは自分のからだを見下ろした。
「僕の体は右手肘下以外をダンテの‥ううん、ライラの体で再構成された。体の一部を僕を原料にしてを再構築する材料には困らない」
「禁忌だな。」
「今更だよ。


『僕では兄さんの錬金術には敵わない。けど、先に始めれば』
僕が何を錬成しているのか分らなければ、兄さんもそれを止める事はできない
神様、お願いです
無神論者だけど ホムンクルスだけど 虫がいいのは分ってるけど!お願いします
兄さんを元に戻してください
そして、この先‥
         幸せで‥






















































意識が光で満たされた。


「?!」
夢から覚めたように、唐突に錬成反応は終了した。
足元にエドが横たわっている。
アルはハッとしてエドを抱き起こした。胸は上下に動いていて、その右腕には機械鎧ではなく、生身の手があった。
『良かったっ、、、』
「‥ぅ」
思わず抱き締めたアルの腕の中で、小さな呻き声が起こる。
慌てて身を放すアルの前で、エドはその金色を開いた。
「‥‥」
「兄さん?」
大丈夫と続けられる言葉は、エドのしっかりした声に遮られた。
「お前、誰?」

お前、誰?
凍えるような沈黙しか、アルは返せない

黙ったままで動かない、動けないアルを頭の先から視線を落としていったエドは、その胸元でウロボロスの印に気付いた。
「お前‥」
「問う前に、自分の事は分かってるのか?鋼のおちびさん。」
音もなく現れたエンヴィーが、アルの肩を抱く。
「鋼の?チビだとっ」
身長に対する反応は激しい。
「お前は国家錬金術師で、俺達ホムンクルスを狩る為に日々税金で遊んでるんだろうが。錬金術研究の為とか言ってな。」
「国家錬金術師?俺が?」
「死んだ母親を錬成した事も覚えてないか?」
「死者再生は禁忌だ!」
どうやら常識はあって一部の、おそらくは弟に関する記憶のみ無くした様子のエドに言葉を失っているアルの耳元で、エンヴィーは囁いた。
「ホーエンハイムのメモで見た事がある。代価の可能性は無限大だと‥。物質に限らず経験や時間さえも、等価ならば支払われる。もっとも、ダンテに言わせれば等価なんてものは無いんだけど。」
誰が等価とみなすのか どれを等価と決めるのか
アルは頷きながら、少し笑った。
「エンヴィーは本当に父さんの事‥」
繰り返し繰り返し、エンヴィーの手元にあったホーエンハイムの痕跡がどのくらいかは分らないけれど、体に取り込むように彼はそれを貪り読んだのだろう
アルの言葉を、エンヴィーは唇で塞いだ。間髪いれずにエドが動く。
エンヴィーはアルを盾にエドへと突き飛ばすと、かつてのシニカルな笑みを湛えて闇へと消えた。

「ホムンクルス、だって?」
記憶の無いエドにどう反応していいかわからず、アルは曖昧に頷いた。

「ホムンクルスなんて、、、どうやってできる?」
「人体錬成の副産物って、、、ものかな」
「じゃお前は俺が創ったのか?」
「‥そうだよ。だからお礼に僕は、、、貴方の記憶と大事な人達を奪ったんだ。」
「記憶‥か、、、ピンとこねぇな。不安も何も無い。自分が誰かも分らない記憶喪失って不安なものだと思うんだが‥」
「自分が誰かも分からないの?」
エドはニカッと笑った。

「自分が誰だっていいさ、目の前に手がかりがあるんだからな。」
エドはアルの手を捻ると自分の胸元へと引き寄せた。
「!」
つぅ‥と冷たい感触が脇から足へと滑り落ち、アルは自分が体温を感じるのだと場違いな事を思う。

「俺の右手‥」
「僕を作ったりバウンドで失ったんだ」

「じゃ、お前は俺の右手なんだな。」
「取り返したい?」

「いいや‥右腕として働いてもらう。」
上体を上げ髪をかき上げたエドを、ひとつ違いの兄ではなく、ひとりの男なのだとアルは実感した。
『僕の記憶が無くなって、兄さんを縛り付けていたものは無くなった』
アルはゆっくりエドの体から手を放す。
「そうだよ。大事な人‥ウィンリィって言うんだ。覚えてる?」

「ウィンリィ?」
アルを潰さないよう地面に片肘立てると、エドは乗せた顎をひねった。

「そっか‥ウィンリィか‥俺の大事な奴は‥」
分ったように笑って、エドはアルから出て行く。

「じゃやっぱ、お前を殺さなきゃな。」
アルの手を取ると、エドは自分の唇に押し当てた。
お前がそう望むなら
指を触れる唇の動きに、アルはエドにしがみ付いた。
「うん。僕を、分解して」

「理解出来ないものを、、、分解できるかよ。」
エドは苦笑いで、アルの胸元で主張するウロボロスに噛み付いた。
そうだね。とアルは泣くように笑って、唯一ホムンクルスである右手の指を杭のように尖らせた。
ヒトの赤い血がエドの歯が傷付けた跡から滲み出し、ホムンクルスの証に、その奥に眠る賢者の石、ふたりが求め探し続けた、人々を惑わす赤い石まで染み込んむ。
アルは自分の右手をエドに預けた。エドはそれをアルに突き立てると、そのままアルの右手を左手で包み込む。
重なる口唇、エドの右手がアルの左手を握る。
複数の環が複雑につながり重なり、開いた門にアルは散り散りとなって吸い込まれていった。



「ア~ルっ」
窓から覗き込まれて、アルは瞬きひとつで現実へと戻った。
「ウィンリィ‥どうしたの?そんなとこから‥」
苦笑するアルにウィンリィは口を尖らせた。
「だって、、、、何も見てないみたいだったんだもの。」
「‥ごめん」
目を伏せるアルの前髪を、ウィンリィは窓越しに引っ張った。
「謝らないの!何も見てないわけ無いって、そう言ってよ。」
ウィンリィはそのままアルのおでこを叩くと、玄関へとまわった。勝手知ったるなんとやら、でもウィンリィはいつもアルが戸を開けるまで自分では入らない。
「どうぞ。」
アルに招かれると、ウィンリィは擽ったそうに笑って入る。

通された居間。もともと少なかった家具のほとんどに、白い布が被せられている。
寂しくなって視線を動かせば、先ほどアルが眺めていた窓は閉められていて
「ホントは何見てたの?」
「思い出‥かな?」
捉えられない返事に、ウィンリィはぎゅっと手を握った。
そこへ2階から降りてきたエンヴィーが顔を見せる。その仕草で、アルはもうひとり来訪者が来る事に小さく笑った。
いま、アルは別の世界に居る。門の向こうにある世界のひとつ。
先にダンテによって飛ばされたホーエンハイムによると、ここから錬成のエネルギーを錬金術師たちは得ていたらしい。もうひとりの自分達が居る世界。
『居たのかも‥あるいは居るのかもしれない、僕‥』
ヒトから鎧へ、鎧から死者とホムンクルスのキメラへ
分解され転移され それを繰り返したアルにはここでの実体はなかった。この世界のアルフォンスと鉢合わせしたとしても、彼らを同じと認める証はもう無い。
この世界に幼児となってアルは降り立った。その腕には赤子のエンヴィーを抱いていた。
『偶然ではないと思う‥』
自分の状況を認識したところへ、こちらの世界のキングブラッドレイ、フリッツ・ラングが通りかかったのだ。
一瞬視線が交差し、だが首を振ったラングの袖をエンヴィーは引っ張った。
再び視線が交じり、ラングは顎に手を当てなにやら頷くと、アルの手を取った。
こうしてアルとエンヴィーはフリッツ・ラングの養子としてこの世界住人表を得たのだ。
【故郷?私の故郷は世界であり、そしてどこででも私は異邦人なのだ。】
格好付けて言うラングは確かに夢を追い続けて。結果、誰とも結婚はしなかった。
【フラれた】
【ふられた。】
【何を言う、子供‥いや男たちよ。ひとつの世界に留まる事なかれ。マイホームは世界であり、家こそ神秘である。】
全は一、一は全
まるでどこかのフレーズを知っているように劇に情熱を傾げるラングの大げさな身振りは、しかし別れた女性達から今でも愛されている。
「おじさんは‥?」
ウィンリィが見回すのにアルは苦笑した。
「アメリカ‥受け入れ先が見つかったみたい。」
「‥‥行くの?」
「う‥ん、物騒だからね。」
ユダヤ系のラングにとってここ、ドイツは商売をするには遜色無くても生活するには不穏なのだ。
「ウィンリィはどうするの?」
「叔母さんがね‥戻って来いって、、、」
母方がイタリア人で飛行艇整備工を営んでいる血筋のウィンリィは、迫る大戦にその技術に更なる道を選んだ。アルはその叔母さん家の近所でシグとイズミがラースを育てながらたくましくレストランを営んでいるのを思い出し、あそこなら大丈夫だね、と頷いた。
「戦争には反対だけど、どうせ嫌な事が始まるんならその中でも稼げって‥イタリア人らしいでしょ!?」
笑ったアルに、ウィンリィも知らず顰めていた眉を緩めた。
「技術を盗み、平和な世界に活用する。何より、生き残る為に稼がなきゃね。たくましいわよ、わたくし。」
胸を張って見せるウィンリィに懐かしい面影が重なって、アルは目を細めた。
「一は全、全は一」
口を出るフレーズ。
【祈るより稼げ】と、兄ならそう言い。【自分を大切にする事は、世界を大切にする事にも繋がる】と、イズミなら言い切るだろう教えを、アルは懐かしく思う。
「え?」
聞き返したウィンリィにアルは首を振って、それでこそウィンリィだよっと微笑んだ。
温かい微笑みは作り物でも付き合いでも無く、ウィンリィは毅然と顔を上げアルの手を取った。
「迎えに行くから。」
「え?」
今度はアルが聞き返す。
「アメリカまで、私が作った飛行機で迎えに行くから。絶対!」
「ウィンリィ‥」
「だからっ」
「ウィン、、、」
「私と、、、、幸せになろ‥」
立ち上がって自分へと屈むアルにウィンリィは目を閉じた。
だけど、期待のものは唇に、自分に触れてこない。
『また、してくれないの?』
アルが自分を大切にしてくれている事は知ってる。だからこそ、今までアル自らが行動に出た事は無い。いい雰囲気だったからこそ逸る気持ちにウィンリィが薄目を開けて窺えば、アルはクッションの直撃を受けていた。背後の扉にはウィンリィの従弟のエドワードが居る。
「エド!」
エドがクッションを投げつけたのは明白で、アルはそれからウィンリィを庇う為に立ち上がって覆い被さったのだと、ウィンリィは気付いた。
失望。それは瞬時に怒りに変る。
「なんて事するの!?」
「だって、そいつがウィンリィに不埒な事するから」
「まだしてないっ、ていうか、してくれないのっ」
不埒なんて言葉、よく知ってるなぁ と感心していたアルは、ウィンリィの怒りが自分に向けられたのに
「え?ぇえ?あの!?、、僕?、、、だってそれは、不味いんじゃ、、、」
「荷造り、ヘタだな。」
「何の荷造りだよっ」
エンヴィーの突っ込みにアルは赤い顔を向けた。それへ肩を竦めると、出て行くエンヴィーの馬鹿にしたような態度を、エドが肩を怒らせ追っかけていく。
兄さんの扱い上手いなぁ と、見送っていたアルの手に冷たいものが触れた。
見ると薄いナットが手の中に置かれていた。
その意味を察し、アルは目を伏せる。
「ウィンリィ‥僕は」
ウィンリィはナットが零れないようアルの手を握りこむ。
「僕は君に幸せになって欲しい。君にも、エドにも。みんな‥」
アルは自分の手を握るウィンリィの手を、反対の手で包んだ。
「エドに言われた。ウィンリィを幸せにできないなら認めないって‥僕もそう思う。」
僕が‥ 数々の禁忌を犯し、罪を重ね‥大切な人達を泣かせた、僕が
「あら、私なんてエドに〝アルを泣かせたら許さない〟って言われてるわよ!?」
「へ?」
失礼しちゃうわよね~ というウィンリィの様子に瞬きすると、アルは噴出した。
「あっ、なによ、アルまで。失礼すぎっ」
「ちがっ、、、ごめ、、、」
ウィンリィに前髪を引っ張られ、アルは緩んだ瞳を上手く誤魔化す。
あぁ、兄さん。どこにいても、どんな人生を歩んでいても、貴方は‥
目元を染めたアルに、ウィンンリィは手を離すとその頭を手ぐしで整えた。
「それに幸せなんて目に見えないものはヒトそれぞれだもの。他人にして貰うもんじゃないわ。少なくとも私は自分で掴むものだと思ってる。」
ウィンリィはアルの腕を掴んだ。
「アメリカまで迎えに行ったら、、、、私に攫われてくれる?」
笑顔で不安を押し隠しているウィンリィに、アルはそっとそっとキスをした。
「ごめん、ウィンリィ。ずっとずっと‥不安なんだ。僕には秘密がある。僕は‥僕は人間じゃなくて‥」
「アルだからいいの。今目の前で、泣きそうな顔してるあんたなら、なんだっていいの。私はただ、アルに傍にいて欲しいだけなの。」
ポツリと落ちた滴に、ウィンリィはアルの手を離すとアルをぎゅっと抱き締めた。
「アルがヒトじゃないなら、、、闇の世界にしか生きられないなら、私がそこで照らしてあげるわ。アルが血しか飲めないなら、私の血をあげる。あ、でも他の貴女の血は飲んじゃダメよ。」
そこは肝心とばかりに指を立てたウィンリィに、アルは笑ってまた涙が零れた。それに満足そうにウィンリィも頷くと
「ね、攫われてくれる?」
「ウィンリィが僕を攫いたいと思ってくれるのなら、いつだって」


ドアの影で寂しげに、でも満足げに鼻を擦るエドに、エンヴィーは肩を竦めて同じく満足げに笑った。

今日は、、、、いつだっけ?

今は、、、、?朝?、、、、ああ、どうでもいいや


そっか、、、、俺、まだ、生きてるんだ、、、、


呼ばないで
        起こさないで
                 このまま眠らせてよ

次に陽が差すまで
       俺の鼓動が、体温が
             俺の元に戻るまで










っさい

俺は、、、、俺は?




アル?
アルが呼んでる?
ねぇ、ホント?アルが?
ひゅっ
息ができて、世界に色が戻った。
































アルが生きてる
母さん、アルが生きてたんだ

どうしよう
俺‥
そうだよな、まず、アルを呼び戻さなきゃ
それからだ

あ~、肝心な時に動きゃしねぇ
‥、長い間寝てたからな
長い‥‥
しっかりしろ、エドワード・エルリック
もう朝なんだ。朝が、来たんだ
俺の‥‥‥‥

リハなんかに時間をかけてる場合じゃねぇ
待ってろよ、アル
必ず、助け出してやるから







































































































































































ウィンリィが泣いてる‥ アルが女になったって、、、
アルが女?
そんなの、どうでも良い!
そりゃ‥良くも無いけど、、、
それよりも
ラストだって?
ホムンクルスだって?
騙されてるんだ。ちゃんと戻れる。だから
連れ戻す!絶対‥





















【お前は事態が分っているのか?】
事態だって?
【ホムンクルスはヒトではない。】
【!】
【だからお前はスロウスを還元したのだろう!?】
【でもっ、アルは】
【アレはアルじゃない。そんな事を言うと、本物のアルが泣くのではないのか?】
【あんたこそ、分ってねぇ。】
【アレが葬り去るべきものだという事は分っているさ。】

あんたが大人の余裕で、軍人としての誇りで、信念を持つ者の責任で言ってる事は分るよ。でもな
【俺にだって自信はある。アレはアルだ。】
ガッ
殴られたって変らねぇ。
【あの器がホムンクルスでも、魂はアルだ。それが分らなくて、実の弟を愛してるなんて言えねぇんだよ。】
【‥エドっ】
【失くしたと思った愛しいものが手の届くところへ戻ってきて、諦めるなんて俺はしねぇ。】

複雑そうな顔だな。俺の間違いを怒れないのか?それとも蔑んでるのか?
でもよ。あんただって、諦められるのかよ!?

【取り返す為の戦いならいくらでもするさ。アルを殴ってでも閉じ込めてでも、な。】
【お前‥】
【死ぬまで追い続けられるなんて、幸せだと思わないか?なぁ!?】



アルっ
!、よくここが分ったね。
当たり前だ!
お前のいるところなら
何しに来たの?
連れ戻しに、だ。
こう言うと、決まってアルは無表情になる。一瞬だけど。
なぁ、アル。俺は知ってるんだぜ?
お前、真面目だから‥ガキの頃から嘘吐く時さ、顔に出さないように無表情になる。
笑って嘘をつき続ける事が出来ないんだ


中途半端だね、兄さん。天才と言われた兄さんだけど、その影でどれだけ努力していたか僕は知ってる。その集中力、今使ってるの?それとも僕になんて使う気になれない?
アルの振り払った手から伸びた指が、エドの頬に赤い筋をつけた。
遊ぶ気無いなら、関わらないでよ。


関わるなだって?
そんなの無理だ。
俺を攻撃する、今も。顔を向けながらどこ見てる?
そんな悲しそうな顔をして、何に嘘をついてるんだ?
わずかに視線を逸らして、俺から?  自分から‥?

だから
戻って来い。お前の場所は俺の隣だ!
ボケた大佐達になんて任せて置けない。

【お前はアームストロング少佐の下でセントラルの復興に力を尽くせ。】
ホムンクルスは管轄外?大佐、昇進してボケたのか?
アルはホムンクルスじゃない。
俺の弟だ。
アルは俺の生きてる証そのもの。管轄なんて意味が無い。
アルが居るから、俺は生きてんだから








またね、兄さん。〝また〟があればだけど?
息が上がる俺を、アルは面白そうに見下ろした。その腰へ、エンヴィーの野郎が手を回す。
はぁ‥手‥離‥
満足に声を出せないなんて、情けねぇ
エンヴィーは無表情だ。
アルの愉しげな表情も、ラースの小馬鹿にした表情も、エンヴィーの無表情の下で仮面のようだ。
お前にそんな顔されなくても、分ってる
アルが嘘をついてるって

‥フォンス
手を伸ばして、抱き締めたい

お前に教えてもらう必要は無ぇ
保護者面してアルの横に居るんじゃねぇよ

アル‥‥アルっ

なのにどうして?
俺は側にいられないんだろう
エンヴィーにその場所が与えられているんだろう


























































































































背中を叩いたら飛び上がって驚かれた。
肩を叩きたかったところだけど、ファルマン准尉、、、じゃなくて少尉か。この人は無駄に背が高いからな。
エドワードさん?どうしてここに?
‥‥‥
にやっと笑ったら、一歩退きやがった。ビンゴだ。
あんたは?
さすがにお役人、ファルマン少尉はその辺の回転はいい。口を噤んで俺の出方を見てる。
俺はアームストロング少佐の命令で、この地区に発生した病気とやらの原因を探りに着たんだけど
ファルマン少尉が逃げるより早く、足と手を封じる。錬成陣を書かなくて済むのは便利だ。
少尉は、ホムンクルスがらみ?
わざとゆっくり聞いてみる

























































僕を殺すの?
そうだよ
そんな事を問うのは空想の中のアルだからで
実際のアルは‥
アルは‥
死にたいのか
そうだよな‥























俺だけだ
アルを殺せるのは俺だけ‥
一緒にいる事は出来ても、ヤツラにアルは殺せない
殺させない。
俺だけがアルに死を与えられる
アルの望みどおりに‥
甘く、痺れる 仄暗い熱さ
与えた途端、灼熱地獄に変るとしても

傍に居れない俺にあるのは、、、それだけ、だ