『゛あっ』
石畳の通り上、セントラルシティのメイン道路の一角を占める中央司令部の前で、懐かしいものを僕は見つけた。
『油蝉だ。珍しいなぁ』
田舎なら兎も角、軍事国家を縮小したようなセントラルでは、随分と自然が少なくなっている。道草どころか土を見ることも稀だ。
   豊かな土がないと、油蝉は育たない
リゼンブールの家では、夏になると騒がしいを通り越して煩かった、声。暑さが増すようなあの声を、そう言えばあまり聞かなくなった。
『あちらこちらで内乱や軍事遠征‥、日増しに軍事色が濃くなってる、気がする‥』

『蝉が横歩きしてる‥』
蟹は横に歩くけど、蝉って
『歩くんだ、足使って‥。‥‥、もしかして、飛べない?』
蝉は羽を広げない。足を使って横に、前に歩くだけ。
『死が、近いのかな‥』
7年も生きる、蝉。長く地味な生の最後を、あのけたたましい声で飾るのに。
飛べないなら、せめて土の、街路樹のところへでも。
辺りを見まわして、ふと気付いた。
『掴めない、か』
僕の手では潰しかねない。感覚の無い僕の指には小さくて、傷付けずに持ち上げる事は不可能だった。
    羽があるのに、地面を這う蝉
    見ているしかできない、僕
暑さ凌ぎにせめて影を落として、見ていた蝉が低く飛んだ。
「飛べた!良かっ‥」
僅かの飛行の後、蝉は車道に降り立った。
車なんて少ないけど、でもここは司令部の前で。
やって来た黒塗りの車に、僕は車道へ出ようとして
「アル、お待たせ‥どうした?」
車道へ出ようとした僕に、驚いただろう兄さんが、僕の左手を掴んだ。
僕は、その手を振り払う事も、車道を振りかえる事もできなかった。

もし、飛び出して乗車している人や巻き添えで人に怪我をさせたら?
軍部の持ち物に損害を与えたりしたら、兄さんの立場はどうなる?

あぁだけど。その日々強くなる軍によって兄さんが戦場へと、戦いの場へと駆り出されるかもしれないのに。
なのにその軍の恩恵を、僕は確かに受けているのだ。

「アル?」
機械鎧の力を駆使してでも、兄さんは僕を止めてくれる。
でもね、兄さんには羽根があるから。だからどうぞ、飛んで下さい。
救い上げるのに僕の手が兄さんを傷付けるなら、僕は兄さんの這う地面を抉ってでも、兄さん事それを僕の頭上に翳すから。軍の力になんか引かせないから。
見守るだけの鉄くずにはならないから。
「アル?泣いてるの、か‥?」
僕は首を振った。
「夏のね、匂いがしただけ」
「夏の臭い〜?なにか腐ってんのか?」
きょろきょろしてゴミ箱を見つけた兄さんに、僕は小さく笑った。

夏匂

7月竜

ちょっと愛されてる兄さんを書いてみましたが、どうしてもエドさんは「俺が愛してんだ!」とどこかで主張しないと気が済まないようです(笑)2004/7/24