7月竜

うちには父さんがいなかった

正確にはほとんどいなかった。
だけど
だから
母さんはことのほか俺達を可愛がった。

母さんはよくkissをした。お早うのkiss。お帰りのKiss。お休みのkiss。
良くできました。ご褒美のkiss
もうしないわね。許しのkiss
父さんの分も代りとして俺達に。
あるいは
居ない父さんの代りとして母さんの寂しさを埋めるように…

だから、俺のkissも習慣だった。
母さんのようの俺はアルにkissをする。それを見て母さんは笑っていた。
俺は隣のばっちゃんに、ウィンリィに、叔父さんや叔母さん、デンにも挨拶のkissをした。
アルは俺に懐いてたから、歩き出すと同じように挨拶のkissをした。

だから
アルがウィンリィにkissしても可笑しくは、無いはず…だった。


パサッ
引き剥がす勢いが良過ぎてアルは引かれるままに草の上に倒れこんだ。
「エドぉ?」
驚いた声がウィンリィの口から零れ、エドは我に返った。
「大丈夫、アル!?」
ウィンリィはたいした事無いアルの様子を見て取ると、手を腰に当ててエドを睨んだ。
「なにやってんのよ、らしくない。最近アルがkissすると不機嫌になるけど、アルがわたしにkissしたっていいでしょ!?」
不信と警戒をあわらにしたウィンリィに、ハッとしてエドはアルを振りかえった。
アルは言葉も無く、エドを見上げていた。
「ちがっ」
だが、アルはエドの言葉を待たずに立ちあがるとズボンについた草を払い、ゆっくりと家へと歩き出した。
「アル、待ちなさいよ。エド!アルに謝りなさい」
ウィンリィに言われるまでも無かったが、エドは言葉を紡げなかった。

自分を見つめていたアルの瞳が、驚きから哀しみに変わるのを見た。
その全てを放棄したようなアルの表情が、エドを打ちのめす。


『違う。アルを怒ったわけじゃない。』
エドは拳を握り締めた。
『アルが誰かにkissするのが嫌だったんだ!』
アルが誰かと、ウィンリィやばっちゃん達とkissするのが
アルが俺以外の誰かとkissするのが
だけど、それをどう伝えれば良いのだろう?

誰ともkissするなって?
俺が嫌だからって?
アルは俺の弟だから、兄ちゃんの言う事を聞けって!?
じゃあ、弟じゃなかったら?兄弟の縁を切られたら?
『兄弟だからじゃない。弟だからじゃない!真似されるのが嫌なんじゃなく、アルが俺以外の誰かに唇を寄せるのが嫌なんだ』
そんな事、どうやって説明する?
『アルは弟だけど、弟であるだけじゃないんだ…俺にとって、きっと…』
母さんにだって触らせたくない。
だから俺は頑張るんだ。錬金術で、好き嫌いで、母さんの関心を引く。そんな事、意識してもいなかったけど。
いきなり引っ剥がして、アルは俺を嫌っただろうか?俺の行動をどう思っただろう?


「エド?仲直りしたらまた明日遊ぼうね!?」
いきなり走り出したエドの背にウィンリィが叫んだ。それに答える事も無く、エドは家路を急ぐ。
「ただいま、母さん。アルは…どこ?」
「お帰り、エド。外から帰ったら先ずは手を洗って!?」
「ねぇ、母さん。アルは?」
そわそわと手を洗うエドにそっとタオルが渡される。
「ケンカでもしたの?」
弾かれた様に母を見上げ、すぐに視線を逸らすエドに、彼女は優しく笑った。
「アルなら父さんの部屋よ。」
「怒ってた?」
「少し…元気が無い感じだったけど、怒っては無いようよ。僕はやる事があるから帰ってきたけど、お兄ちゃんはウィンリィと遊びにいったって言ってたから…。あら、エド?」
エドは父の書斎へ走り出していた。
勢い良くドアノブを掴み、でもそっとドアを開けてこっそり中を覗いた。
アルは床に腹這いになって錬金術の本を読んでいた。回転の早いエドが素早く読んだ後をじっくりと文字を追っている様だ。窓の外には抜けるような青空が広がり、その窓から光がアルに注いでいる。絵画のような光景。
パラっとページを捲る音に、エドは我に返った。
よく見ると、心なしかアルの目元が赤い。
謝りたくて
確かめたくて
エドは絵画の中に足を踏み出した。

ドアのしまる僅かな音で、アルがエドを振りかえる。自分を見つめたまま、ゆっくりと近づいてくる兄の様子が何時もと違って、アルは起き上がると床に座った。
「?…兄さん?」
ゆっくりとエドの手が伸びてきて、親指がそっとアルの目元を撫でた。
アルはなにか言いたげに小首を傾げたが、何も言わずそのままエドを見つめ続けた。
「泣いたのか?」
エドの問いにアルは少し目線を伏せた。
「アルを怒ったわけじゃない」
「…兄さん…ウィンリィを…」
「違う」
「…じゃッ……僕が…嫌いな…」
「もっと違う!」
抱き込まれて、アルは兄の、日向の匂いを感じた。
「兄さんに…嫌われてるのかと思った」
だから悲しかったと言うアルを、エドはぎゅっと抱締める。そのちからにやっと、アルも腕を伸ばしてエドの裾を引っ張った。
肩の辺りが温かくぬれてきて、エドはアルを抱締めたまま窓を見上げた。

青い青い空が、赤い色に飲み込まれていく。

「ふたりとも〜、そろそろ夕飯よ〜」
台所から呼ぶ母の声に、アルが返事をしてエドの腕をすり抜ける。
「兄さん、いこ!?」
目元をゴシゴシ袖で拭いた後、照れたようにアルは笑った。
「兄さん!?」
「…ああ。」
夕焼けに空が塗り替えられ、明度の落ちた室内でははっきりとその表情がわからない兄に、アルは眉を寄せた。だがすぐに、エドに手を引っ張られ、安心してエドの後をついて行く。

繋がれた手
御互いが絶対の世界
やがて
母の死が新たな道を示しても

「綴命の錬金術師のふたつ名は、あるいは俺に相応しいのかも」
魂の錬成
無くせない唯一のものを蘇らせた
死を奪い感覚を奪い、恨まれてもなお手放せないもの

もう、アルは誰にもkissできない
誰からもkissされない

俺, 以外には

確かに。進歩に犠牲はつきもの。手を汚さずに何かを得る事は不可能だと思うけど、手を汚す事をどう受け止めるかが人としてのあり方だと思います、タッカーさん!?
いえ、タッカーさんのお話じゃないんですけどね、コレ…。
HP作る前に考えていて、サイト作ってたら話し忘れちゃいまして、こんなんになってしまいました(汗)。
題名と前半は書いてたんですが、もっと違った結だったような…ごめんよエド   2004/01/02

綴命