(知らない方済みません)

                                                                                                               

「瀬津名さんって、本当に本当はいつも何してるんですか?」

普段ならこんな詮索しないのだが、今は統原瀬津名曰く正真正銘のデートだそうで

「お姉さんにおまかせよ」

などと真近でにっこり微笑まれたりしている最中なものだから間が持たない事もあり、始もあたふたと、でも聞いて良いものなら尋ねたかった事を口にした。

 

<姉ちゃん近づき過ぎだ>

<あれは瀬津名さんの必殺技だよなぁ>

<統原無量の姉だけあって、態とね>

 

あちらの繁、こちらの物陰。なにやら暇な人は多いようである。

さて肝心の二人といえば

村田始中学2年生。奥手ではないのだろうが、恋の駆け引きはまだまだの未熟者のよう。

「そうねぇ」

人差し指で小ぶりの顎を支え、小首を傾げる瀬津名はピンクのオーラを醸し出していたが、始は答えが聞けるのかと別に意味でワクワクしてたりする。

「始君になら教えてあげても良いかな」

そう言うと瀬津名は空を見上げた。

「?…!」

少し寂しそうな瀬津名に、始は自分の失言を悔やんだ。

「あの、済みませんっ!ヘンな事聞いて…」

頭を下げる始に瀬津名は笑顔を返した。

「あら、いいのよ。ここに居ない時はね、わたし…幼馴染を捜しているの」

「幼馴染…」

 

<誰だよ、それ>

 

「そう。二人で遊園地へ行ったんだけど、先に帰れって言われて、それっきり…」

「行方不明なんですか?」

「ううん。たまに電話はくれるの、学園祭にも来たし…でも難しい事件を追ってるからって。解決したら帰るからって…」

 

<………、事件?>

 

「高校生探偵なんて、ちょっとちやほやされて。ほんと推理バカなんだから」

 

<もしもし?>

それって工藤新一の事では?言いかえると瀬津名さん、自分を高校生と?

 

「早く解決して帰ってくると良いですね」

ボケた事を言う始を他所に、物陰の数人は深く溜息を漏らしたのだった。

恋愛、戦記は続く





「は・はじめくんがしつれん〜?」
「…無量君、言葉が平仮名になってるよ!?全部」
呆れたように指摘する利夫に無量は、ぶんぶんと首を振った。
「そんな事はどうでもいい!始君が失恋って…誰に?」
勢いは最後まで続かず尻切れとんぼになった無量の科白に、利夫は目を伏せた。
「君に言うのはお門違いって分ってるよ。これははっちゃんと守山さんの問題だしね」
「も・もりやまって、まさかなゆた…」
無量の言葉を遮るように、利夫は正面から彼の目を見据えた。
「君と守山さんが名前を呼び合う仲だというのは分ってるから、今は悪いけど控えてくれないか。不愉快だから」
気分を変えるように一息つくと、利夫は幾分口調を和らげ視線を泳がせた。
「ホント、君に言っても仕方ない事だけど、気付いてないかもとか思ってさ。おせっかい。あ、特にどうとかして欲しいわけじゃなくて、はっちゃんの事だからきっと誰にも言わないだろうから、それも少し…?無量君?聞いてる?」
視線を戻せば無量が呆然と自分の手を見ていた。
「始君が…守山‥那由多を…」
「ちょっと無量君!?お〜い、戻ってこ〜い」
だが、利夫の声は既に無量に届いていなかった。
『様子がおかしいのは気付いていた。でも、あれは…』
僕が始君を抱いたからだと思ってた
『始君は守山さんを…』
「そう…か」
一人何事か納得し、肩を落して立ち去る無量を利夫は複雑な思いで見送った。
「これは…守山さんの相手違ってたかな、もしかして」

「なんだなんだぁ?暗いな統原無量、失恋でもしたかぁ!?」
明るく背中を叩かれても、無量は足を止めただけだった。
「あれ?図星??」
ひかるは隣を見下ろすと瞬が、そんなわけ無いでしょっと肩を竦める。
ひかるは顎に指を当て小首を傾げたが、にかっと笑ってもう1度無量の肩を叩いた。
「ちゃ〜んと告白して、フラれたのかぁ?」
やっと無量は顔を上げた。その反応に嘘・マジっと瞬は無量を見上げている。
「失恋大いに結構〜。それも青春だぁ。当って砕けなくちゃ」
「…そうです…よ、ね!?」
無量はもう一度自分の手を見た。始の温もりを覚えている掌を。
そうだ。自分は未だ言葉にしていない。
気付いて欲しくて、解って欲しくて!あえて言葉にしなかった気持ちを
未だ、伝えていない
「始…村田君何処にいるか知ってます?」
「さぁ?」
顔を見合わせる二人に頭を下げるとありがとうございますっと走り去る。その無量の背を眺めながら、瞬は溜息交じりに尋ねた。
「先輩…どこまで本気なんです?」
「全部本気よ。ただ…場面場面で受け持つ人格が違うだけで」
「人格じゃなくて常識の枠が、でしょ」
「そうとも言うか。さっそれよりリポートリポート。特種は逃すまじ」

「始君」
校庭の鉄棒に顎を乗せてぼんやりしていた始を、無量はやっと、そしてそっと捕まえた。
「無量君?どうかした?」
息せき切って近づいてきたくせに何も言わず自分を見つめる無量に、始は少し居たたまれなくなる。
「好きだ!」
「…へ?」
「好きだ」
「何が?」
「僕は君が好きなんだ」
「!」
「ご免、言葉にしなくて。ご免…今頃伝えて」
「むりょ…」
「君が守山さんを好きだと聞いた」
「え?ちょっと無量君?何言って」
「困るかもしれない。だけど!言わずにはいられない。僕は君が好きなんだ。君を困らせても」
無量は言葉を切ると始の手を取った。
「始君の答えがどうであれ、僕が君を好きなのに変わりは無い。変えられない!」
「あの…」
「統原無量は、村田始が好きだ!誰よりも」
うろたえて、さ迷う視線が無量の真剣な瞳を捕らえ、始は口を閉じた。
「うん」
「じっちゃんと百恵さんのように、僕は君と年を重ねたい」
「うん」
伏せる始の顔を自分の胸に引き寄せ、無量も始の肩に顔を伏せた。
「何時…帰るの?」
やがて、こぼれた始の声に、無量は顔を上げた。
「帰るって…どこへ?」
「だから…かくれさとへ」
沈んだ口調をいぶかしみながら、無量は考えをめぐらした。
「そうだなぁ。たぶん冬休み、かな」
「…へ?冬休み?」
今度は始が顔を上げる。
「その時はまた一緒に来てくれるかい?」
「え?そりゃ、喜んで…じゃない!無量君、帰らなくていいのかい?シングウは…」
「ただでさえ負けてるのに、離れるなんてできないよ」
「負けてるって…え?守山さん?僕と守山さん!?」
「違うのかい?三上君はそう言ってたから」
「……無量君、意外に…」
笑い出した始に、無量は珍しくふくれてみせた。
「悪かったね!」

「やれやれ。瀬津名、いい加減にせんと馬に蹴られるぞ」
学校の屋根に座り込み、阿僧祇は隣を見上げた。
「だってぇ、障害あっての喜びでしょ!?それにわたしだって妬けちゃうしサ」
校庭の隅を楽しそうに瀬津名は眺めている。
「笑って言う事じゃなかろう」
「そういうじっちゃんだって笑ってるじゃない」
「青春万歳、かの」
「戦記万歳、でしょ!?」

まだまだ前途多難な、天網市の夕暮れだった。