月夜のトラ

7月竜

【お前達は可哀想なのではない。保護されるべき子供と言うだけだ】
スカーからエドを護衛するのにアームストロングが名乗りをあげて、ごねるエドを、その時言い負かした言葉。

「少佐は随分と鋼を気に入ったようだな。」
「大佐ほどではありますまい。」
アームストロングに破壊‥もとい、スカーに破壊された街の修復等、事件の後始末が済み、酒場のカウンターで1杯やりつつ、ロイは溜息をつく。
『綺麗な月の晩だというのに、何故こんなむさ苦しい状態に…(涙)』
ロイは自分とアームストロングをここに追いたて、大総統に付いて行った友人のすましたニヤケ顔に思いっきりバツを付ける。
僅かな期待にしがみ付きつつロイが横を盗み見てると、アームストロングもヒューズ同様すまして酒を空けている。帰るつもりも帰してくれるつもりも無いようだ。
『美女とは言わない。せめて女性であったら‥』
もう1度、溜息をカップにこぼすと、ロイは口を開いた。
「少佐は鋼についてどこまで知って‥、たとえば父親の事とか知っているのかね?」
「我輩、詳しくは知りませぬ。」
なら、どうしてそこまで鋼に思い入れる?
ロイは今度は顔を向けて、それまで極力視野に入れないようにしていたアームストロングを見た。
「聞き及んでいるかぎり、あの子達の生い立ちは同情すべき事なのかもしれませんが、我輩にとってあの子達は、哀れむより先ず"大人が守る子供"であるのですよ。」
ムフーと息をつく少佐の口髭がピンと上がる。
「‥国家錬金術師でも?」
「子供です!」
「そうか‥、そうだな。」
笑い出したロイにアームストロングは途惑った視線を向けた。
「それで鋼に構っているのか」
独り言だが微妙なニュアンスに、アームストロングはハボック達が話していたロイの情報を思い出した。
「アルフォンス・エルリックは鎧の体なので、結果としてエドワード・エルリックの護衛がメインになりますな。」
「しかし、彼も子供なのだがね。」
アームストロングはコップを一息にあおると、鼻から息を吐き出した。
「護衛は簡単です。身を守ればいいのですから。しかしメンタルガードは難しい。アルフォンス・エルリックが背負っているもの、エドワード・エルリックが目指しているもの。それに立ち入るほど我輩は徳を積んでいませんよ。守れるのは彼らの体だけです。」
やってる事より実は自分をよく弁えているアームストロングに、ロイは潔い事だと自嘲した。
『徳を積む時間など待てない。私は背伸びしてでも掴み取る。身の程知らずであったとしても!』
「あとは大佐がフォローされるのでしょう!?」
追加された言葉に、ロイは意味を図れず眉を寄せた。
「どういう意味だ?」
「言葉通りです。が、しかし大佐。もし、大佐がメンタルフォロー以上にあの兄弟に心傾けるのでしたら、我輩、少年保護の精神に基づき、あの2人を大佐の魔の手から守りますが?」
「ちょっと待て!それはいったい…」
前半と後半では大きく意味が違う気がする。
今度は身体ごと向き直ったロイに、アームストロングは眉ひとつ動かさず、ウェイターに酒の追加を促した。
「大佐が2人を気に入っていると軍ではもっぱらの評判ですな。しかも、隙あらばアルフォンス・エルリックを下僕にしようとしていると、エドワード・エルリックに訴えられましたが?だから助けて欲しいと。」
『鋼め〜っ!急に態度を変え、大人しくアームストロングの護衛を受け入れたのはこう言う事か!』
ロイは爽やかに笑うと、アームストロングの目を覗き込んだ。
「少佐。なにか誤解があるようだが!?私は純粋にアルを、いやあの兄弟を気にかけているのだよ!」
しかし、表情を裏切りロイの目は真剣な光を帯びている。
「アル…ですか。」
「だからだな‥」
結局誤解を解くという名目でエルリック兄弟の情報を洗いざらいを喋らされたロイだった。

3時間後
「御客さ〜ん、閉店時間過ぎてるんですけど〜。もう勘弁してもらえませんか(涙)」
「今大切なところだ、貴殿も聞き給え。健全な精神は健全な肉体に宿り、筋肉を鍛えるという事は大切な…」
「アルフォンス君、来ないかなぁ‥」
独壇場と化したアームストロングにもはや相槌をうちもせず、ロイは頬杖をついて窓の向うに傾いてきた月にクスンと寂しく鼻を鳴らした。

アルとアームストロング少佐の話を書きたいと思ったのに、何故かロイが…。少佐の中のアルの配置をいつかは書けるといいなぁ(希望) 2004/02/25