[中央異動にあっての残務処理]
左上で閉じられたレポートの表紙に打たれた文字。そこから目を上げてハボックは召集された面々を見、ロイに視線を戻した。ロイはデスクの向こう側に立ち、窓から外を眺めている。
今、この部屋にはホークアイがいない。つまりはそういう仕事なのだ。
ハボックはロイの許可も得ず、ペラリと表紙を捲った。
『やっぱりな。まぁ、暇つぶしには良いけど』
ハボックを見て、ブレダとファルマンも表紙を捲った。ひとりフュリーだけがロイと横の3人を交互に見た後、口を引き締めて表紙を捲った。
そこには
[鋼の錬金術師に対する謝罪請求]
と書かれていた。
他の3人はボヘ〜とページを捲るが、フュリーは困惑して恐る恐るロイに呼びかけた。
「あの、大佐!?つまり…彼に謝罪文を書かせるのでしょか?」
「ヤツの口から謝罪させる事は大切な事だ。だが、本心で言っている確証は得られまい」
っていうか、でまかせっしょ。仮にしたとしても。
読み終わったブレダはレポートをロイの机に置いた。
「では、どうするのですか?」
フュリーの問いを待っていたとばかりにロイは4人を振り返った。
「口が信用できない以上、ヤツの謝罪や反省を表すものを代りに受け取ればよい」
『謝罪させてもいないうちから信用していないところが、この仕事の核心だと気付けないところがまだまだですね、フュリー曹長。』
ファルマンは余裕でレポートを眺め、軽く首を振ると上着の内ポケットに仕舞った。それに気付かずフュリーは聞き返す。
「エドワード君の誠意を表すもの?」
フュリーの言葉にロイはニヤッと笑った。
「弟のアルフォンス君に我々の手伝いをしてもらう、というのが妥当だろう!?鋼と弟の絆は半端ではない。その弟に肩代わりをさせるというわけだからな。ヤツとて反省するだろう!?」
気の毒という単語は、1名のロイへの敬意そりゃ面白そうという3人の娯楽の前に崩れ去る。
「残業手当は出るんでしょうね」
興味深いが私怨に使われるほどには暇ではない。御手当てが無いのなら勤務時間中に遂行して欲しい。
ハボックの意を介し、ロイは目を細めた。
「問題無い。中央への移動日に実行すれば良い。ファルマン、君は事の経緯をホークアイ中尉に伝えたまえ」
「え?わたしがですか!?」
魂が抜けていくファルマンの肩をブレダとハボックが叩く。
「鋼はそろそろ査定のはずだ。ブレダは根回しをしておけ」
移動日と査定日を重ねる、とブレダは大きく呟いて業とらしくメモした。
「俺達は?」
嫌〜な予感にハボックが挙手する。
「私がアルフォンス君を説得する。お前とフュリーはその間、鋼を足止…もとい、説得しろ」
「はい!」
魂が抜けていくハボックの腕をひっぱってフュリーは意気揚揚と返事を返した。



「俺に何か用ですか?」
ロイ以外には含むところは無いし、ハボックはともかくフュリーにはどちらかというとロイの部下という事だけでも同情してしまうので、エドは2人の来訪に素直に応じた。
「エドワード・エルリック君、実は我々は中央へ異動になってね。その前に大佐から君との決済を言いつけられたんだ」
ハボックはいかにも不本意というように口火を切った。
「俺?決済?」
「えぇと、軍に提出されている報告書から、エドワード君が本来東方司令部に出さなければいけなかった始末書は…」
生真面目なフュリーが夜を徹して作成したレポートを読み上げる。延々と続くレポートは厚く、気の毒に、とハボックはフュリーを見、うんざりした様にエドは机に頬杖をついた。
「で?」
最後まで付き合ってられるかと、エドは先を促す。
「君にしたらでっち上げかもしれないが、我々常人にしてみれば後始末は大変だったって事さ」
「それで?始末書でも書けと?」
「取敢えず、今日はフュリー曹長が体重3kgも減らして作成した報告文を1つ1つ確認してもらい…」
「ちょっと待てよ、それ、全部!?」
思わずエドは立ち上る。
「確認後それぞれにサインをして…」
「サインでよけりゃ、ちゃっちゃとするよ」
手を出すエドにフュリーが慌てる。
「あ、でも内容は確認しないと。不本意な事もあるかもしれないし、それならキチンと釈明しないと。後から処罰されたら大変だよ」
心配そうにフュルーが言うのを無碍にも出来ず、エドはガリガリ頭を掻いた。
「じゃぁ、サインしないってのは!?」
「フュリーの努力が無に帰すなぁ」
しみじみハボックがいうと、隅から聞いていたらしいイズミの視線がエドの横顔に突き刺さった。仕方なくエドは着席した。
「…わかった。アル。おい、アルっ」
まじい!
ハボックは、奥に向かって呼びかけるエドの頭を掴んでこちらを向ける。
アルフォンス君じゃなくて、君がやるんだよ!?鋼の錬金術師は君なんだから
いかにも貼りつけてますって笑顔でハボックが詰め寄る。
「けど、こういうのはアルの方が早いから」
弟君が可哀想でしょ。君の召使じゃないんだから
ハボックの苦し紛れはフュリーの共感とエドの反省を呼び起こした。頷くフュリーにエドは心持ち顔を伏せる。
「俺…アルをこき使ってるか!?」
おぉ上手い具合に話がそれた、と心中手を打つハボックの横で、フュリーは慌てて首を振った。
「そうじゃないよ。アルフォンス君は気の付く子だから何かと君の手伝いをしてるんだ。あ〜でも、君もお兄さんだからそこのところを少し考えれば…」
鋼の錬金術師といっても親の保護下にある年齢だと思い出したフュリーは今度はエドに同情し始める。
そこへ
「アル君なら出かけてるよ。もう1人の人と。そうでしたよね!?軍人さん?」
何も知らないメイスンが、朗らかに答えた。笑って立ち去る背にハボックはおどろ線を背負って銃に手をかける。だが、その向かいから更に濃いおろどをまとった低い声が聞こえて、ハボックは視線だけエドに向けた。
「最初は3人でうち1人がアルを連れ出した…?」
やばい!逃げろ
ハボックが行動するより早く二人を檻が包み込む。
説明、してもらおうか
黒く包まれたエドの笑いに、ハボックとフュリーは抱き合うしかなかった。


一方、ダブリスの街をアルに案内してもらった後、ロイは雰囲気も大切だからと彼を御茶に誘う。
アルは食べる事も飲む事も出来ない。そんな彼をさり気なく目立たない席へエスコートするロイに、アルは感心し、感謝した。
『この辺が女性にモテル秘訣なんだろうな』
見習わなければ、とロイの思惑とはズレた事をアルが思ってるなど露知らず、ロイはアルを見つめながら事の経緯を話した。
「解りました。大佐にはずいぶん御世話になっていますし、僕でよければ引越しのお手伝いします」
ダブリス駅横のカフェ。鎧が微笑むわけないのだが、ロイはアルフォンスの笑顔を感じた。ひなびた空間が彩りを取り戻す。
「君は本当に鋼が好きなのだな」
「…はい!」
一瞬虚をつかれたが、アルははっきり答えた。
「だが辛くもあるわけだ」
ロイもはっきりと返す。
「辛い?……、そう言うのかな?…ただ、兄さんを見ていると、もっと自分を大切にしてくれたら良いのにって…そう思ってるだけなんですけど」
「ふ〜ん」
面白く無さそうにロイは呟いた。
「私は君にも、もっと自分を大切にして欲しいと思うが!?」
アルは小首を傾げた。
「僕は兄さんにも他に人達にも、大佐にも充分善くしてもらってますよ」
本当にそう思っているアルにロイは苦笑し、滅多に見せない優しい色を顔に浮かべた。ゆっくりと身を乗り出し、アルの鋼の手へ腕を伸ばす。
「アル…」
ドカッ
「あれ?師匠!?」
伸ばした指先に下された肉切り包丁。
「マスタング大佐かい!?エドを私がなんとか抑えているうちに、店で檻に入れられている無能の部下を連れて、中央でも何所でも帰ってくれない?迷惑なんだよ」
イズミの声が終わると同時に、ロイの指から薄く爪が剥がれ落ちる。
「アル。包丁を洗っておいて。つまらないもので汚しちゃったから」
あと1mmずれていたら間違い無く切られていた指を見つめるロイを置いて、アルはイズミに連れ去られた。
閉店の時間、コーヒーにテーブル修理代増しの請求書を付きつけられ、やっとロイは動く事が出来た。



「で、失敗したと!?」
東方司令部を片付けながらホークアイは止めを刺した。
「だいたい、大雑把過ぎるんです。もっと慎重に行わなければ。相手はアルフォンス君で、障害は鋼の錬金術師なんですから」
「ホ・ホークアイ…中尉!?」
固まる5人にホークアイは仕事中は見せない微笑を、にっこり向けた。

[豆ゴミの廃棄問題]
新たな議案は中央に移動後、ホークアイ自らの手で配られた。
手を繋ぐ距離にはまだ遠い

7月竜