セントラルの地下都市。舞踏会の準備がしなければと浮き立つダンテは、念の為にとアルフォンスの様子を見てくるようエンヴィーに言いつけた。
「アタシはこの娘の着替えをしなくちゃ。飛び切り綺麗にね。」
自分が錬成される原型となった息子の母親だというこの女に、エンヴィーはさして興味が無かった。つるんでいるのはこの女がホーエンハイムへ執着しているからだ。一緒にいればいずれ巡り合えると。
だが、賢者の石を手に入れてひとまず安心したダンテは、ホーエンハイムを断り無く扉の向こうへ飛ばしてしまった。
「残ってるのはアイツのガキだけ‥」
【ホーエンハイムの愛した子供よ。憎いでしょう。】
エンヴィーは舌打ちすると、うっとりとロゼの肌を撫でるダンテに背を向け、エンヴィーは館の奥へと進む。
『逃げようなんて無いから、何度見たって同じだろうに』



「お前を使えば、ママを生き返せる、、、」
正面のドアからではなく錬金術を使ってもぐり込んで来たラースに、アルは悲鳴ではなく希望の声を上げる。
アルの回りをグラトニーが指をくわえながら、もそもそ動いていた。
兄さんは?あの後、兄さんはどうなった?無事なの?
「知らないよ、あんなヤツ、、、。それよりママだ。」
「そうか、良かった。無事なんだ。ウィンリィも、、、」
「無事なんて言ってない!どうでもいいって、、、言ってるだろ!?
「うん。君は正直だもんね。死んだら、嘘吐かずにそういう。無事ならいいんだ、兄さん‥」
ラースはぷいっとそっぽを向き、それからすぐ顔を戻してグラトニーを睨みつけた。
「お前、これは食べ物じゃないんだ。どっか行けよ。」
「グラトニーはラストの事を聞きに来ただけだよ。僕を食べにじゃない。」
「だってこいつは、食べる事以外何も出来ない‥」
「グラトニーだよ。こいつじゃない。ちゃんと名前があるんだ。名前、呼ばないの?仲間なんでしょ!?」
「仲間?、、、かもな、でも家族じゃない。家族はママだけだ。」
「ラストラストっ」
「あいつは裏切り者だ!」
ラース、黙って!グラトニー、ラストは死んだんだよ。たぶん、ラストはずっと、、、そう望んでたんだ‥」
「ラストぉ、、、、」
グラトニーはラストの名前を呟きながら、部屋を出て行った。
『あいつも寂しいんだろうか?ママを失くした僕のように!?』
「気になるなら、慰めてきた方が‥」
グラトニーが消えた後も扉から目を離さず佇んでいたラースに、アルはそっと言ってみた。
「へ、ヘンな事言うな!ボクは別に、、、そうだ!それよりママ!とにかく、ママを」
「作り方、分かるの?」
「作り方って、、お前は賢者の石だから‥」
「僕達は分かって無かった。だからスロウスを創ってしまった‥」
「それは、賢者の石が無かった‥」
「ラース。」
「なんだよ、お前と話してる暇なんて‥」
「賢者の石は万能じゃないし、錬金術は魔法じゃない。理解分解再構築のいずれかが欠ければ、成功しない科学なんだ。君にスロウスが作れるの?」
ガン ラースの左手で殴られた部分が凹む。
右手で殴らないのは、アルの言葉を肯定している証拠で。アルはラースのされるままにしていた。
なんだよ、お前っ、、、僕を馬鹿にしてるのか
「ありがと‥」
「なに?」
「君達のおかげで僕も分かった事がある。君達は、、、、寂しいんだね」
「‥っ寂しいよ!お前達がママを殺したから‥」
「ママって呼んでくれて有難う。」
「お前に言われる事じゃない。」
「君がそう呼ばなかったら、スロウスはもっと寂しかったと思う。僕は、、、そう呼んで素直に抱きつくなんて出来なかったから、、、ありがとう。」
「‥ぅ、、ひっ」
泣き出したラースへと、アルは何とか体勢を戻した。
「兄さんは、スロウスの望みを叶えてあげたと思うんだ。よくやったって、、、兄さんを褒めてたもの。ね、だから兄さんの事は、許してほしい。」
「望みなんて、、死にたいやつなんて、あの裏切り者ぐらいだ!、、、ママは、、、スロウスは、お前達を‥」
「‥ごめん」
ラースは立ち上がった。
「あのヒトに頼んでママを生き返らせる!」
「ラース‥」
廊下の気配にラースはハッとして急いで出入りした痕跡を隠し、ベッドの下へと身を潜めた。
「ママが帰ってきたら、、、、エドの方にはもう関わらない‥」
ベッドの下から幽かに聞こえた声に、アルも黙って頷いた。



「何でお前、ボロボロになってんの?」
この地下都市に攫ってきた時は、多少ボロっちかったが凹んで歪んではいなかったはずだけど
エンヴィーは首を捻りながらアルの回りを検分すると、ドカッとベッドに腰をおろした。
「!?」
ベッドの下から伸びた手がエンヴィーの足首を掴んだ。
「ママを‥」
「ぁあ?お前か、こいつをボコったの」
エンヴィーは足首を掴んでいたラースの手を振り切る蹴りを繰り出した。こんな状況でも、エンヴィーの声には嘲りが含まれている。
ベッドごとラースは吹き飛び、対面の壁と一緒に崩れ落ちた。
「しつこいなぁ。駄目だって言っただろ!?こいつは大事なんだから、さぁ」
「止めろっ、ラース、逃げ」
なお立ち上がろうとするラースの頭を掴むと、エンヴィーはドアに投げつける。ラースが当たった重厚な扉はバラバラと砕け散り、ラースごと廊下の奥へと飛んでいった。
それを見届けて、エンヴィーはアルを振り返った。
「お前もさぁ、、、人間だったんだから、解る言葉話せよ。お前をボコったのはラースなんだろ!?助けてどうするんだよ」
解らないとばかりに額に手を当て、エンヴィーは小馬鹿に笑って見せた。
「‥ラースは、寂しいんだよ」
「はぁ、、、それが?」
「グラトニーって言うんだ、あの太ったヒト。ラストが死んだって、、泣いてる」
「グラトニーの名前、ラースがしゃべったのか?」
エンヴィーの眉間に皺が寄るのへ、アルは冑を振った。
「ラースが呼ぶのはスロウス、、ママだけだよ。他のホムンクルスの事は」
「そうだろうなぁ。‥れ?じゃ、なんでグラトニー?」
「ここへ来た。ラストはどこ?って聞かれた。」
「まったく何してるんだあいつら。言いつけも守れないのか。それとも俺やあのヒトに怒られる恐さを忘れちまってるのかなぁ」
覚めた笑いを浮かべ、エンヴィーが出て行こうとするのをアルの声が止める。
「怒られる恐さより大事なものがあるんだ。」
「‥‥?」
殺気を纏ってエンヴィーが振り返る。
「グラトニーはラストと居たいだけ。ラースはママと居たいだけだ。」
アルの言い分にエンヴィーは気が殺がれたらしい。また小馬鹿に笑うと部屋へ戻ってきた。
「‥そのママはお前らの師匠サマであり、お前らが作って殺したスロウスでもあるじゃん。」
「そう、、、僕ら錬金術師が命の尊さを、等価交換の真の意味をわかっていなかったから、、、、。じゃ、君は?」
エンヴィーは鼻息ひとつ吐くと、アルを蹴った。ガランガランと衝撃で落ちた冑が床を転がる。
「ラストは人間になりたかった。君は、人間が苦しむのを見たいと言う‥」
「そーだよ。解ったよーだねぇ。」
「苦しむ人間を殺していたら、誰も居なくなるよ。」
「‥飼えばいいだろ!?今だって賢者の石の為に見逃してやってる人間は居るんだし」
「それでは永遠に終わらない。」
「なにが?俺は”永遠に”生きてるんだぜ?」
「君が本当に手にしたいのは、別のものじゃないの?」
ヒュン という音と共にアルの横の壁が崩れる。
いい加減にしろよ。お前がいくら賢者の石だからって、ぶっ壊してもいいんだぜ。
蹴りだした足を戻しながら、エンヴィーは言葉を搾り出した。嗤いを含まない、素の声を
「人間になりたいわけじゃない君には賢者の石は必要ない。僕を壊さないのは”あのヒト”の為。」
「黙れ、、」
「あのヒトも錬金術師なんでしょ!?」
「もう黙れって」
「君は、、」
「あのヒト、、ダンテはなぁ
エンヴィーは片手で易々とアルの鎧を頭上まで持ち上げると、血印を覗き上げた。
「お前達の父親の元お仲間なんだよ。アイツが裏切ったのさ、ダンテを。俺を、、、、
「‥え?」
ホーエンハイムは逃げ出したんだっ
エンヴィーはアルを壁が壊れて広がった空間へと投げつけた。
「罪を分け合ったダンテからも。こんな姿に錬成した俺からもっ」
憤りが収まらなくてエンヴィーは手当たり次第に拳を打ちつけ、壊していく。
それでも、自分には被害が及ばないよう投げ飛ばしたエンヴィーへ、アルは何とか起き上がると向き直った。
「‥寂しいの?」
ピタッとエンヴィーの動きが止まる。
ぁあ!?
「ラストもラースもグラトニーも、寂しいんだ。グリードだって仲間が欲しかった。名前を呼べる仲間が。きっと大総統も、スロウスも、、、」
黙れ黙れ黙れ黙れっ
「人が苦しみ続けても、君の寂しさは埋まらなかった。君の欲しいものは‥」
黙れって言ってるんだよっ



「この色が良い。肌の美しさが際立つわ。さて、ドレスも決まったし、お客様をお迎えする用意をしなくちゃね。エンヴィー、、、、?。エンヴィー!?」
様子を見に行ってきてから上の空な息子のホムンクルスを、愛情よりも不審な目でダンテはみやった。
「どうかしたの?」
一方のエンヴィーも、そんなダンテを気にも留めず頭を振った。
「、、、鋼のおちびさんを迎えるんだろ。手筈は整ってるよ、、、」
「そう‥なら、、、いいけど」
「鋼のおちびさんっか‥、エドワードの方がストレートで理解しやすいぜ」
「なに?」
「なんでもないよ。独り言。配置についてますって」
エンヴィーは手をヒラヒラさせると、ダンテに背を向けた。
『あいつは、、、苦手だ、、、、怒りと悲しみ、憎しみ以外の感情なんて、、、、、』

誰もそんな事言わなかった。
【寂しいの?】
誰も俺に話しかけたりなんてしない。

【俺はさぁ、ホーエンハイムとダンテの間に出来た子供のホムンクルスなんだよ。いわばお前らの異母兄なんだぜ!?】
【‥‥‥、分からない】
あ?】
【僕は兄さんほど、父さんに理想は無いんだ‥】
【おやおや】
エンヴィーは自信を取り戻したように、鼻で笑った。
【僕は母さんに笑ってほしかった。こんな体になってからだけど、やっと父さんと話が出来て‥父さんが母さんを愛してるって、今でもずっと大切に想ってるって分かったから】
【だからなんだよっ俺に愛でも恵もうってぇの?】
きしんだ鎧に、エンヴィーは冑が乗っていたら首を振った仕草だったのだろうと思い当たった。
【僕は父さんにはなれない。だから貴方の望むとおりには出来ないけど、貴方が、、僕らの兄さんなら】
【その成れの果てだ。】
アルは手を動かして、いなすエンヴィーを掴んむと引き寄せた。
貴方も失いたくないよ!?もう、誰も‥。誰かと別れるのは嫌だ!そんなの、、、寂しい、、、、独りの夜は淋しいよ!
【それはお前が、だろ】
掴まえたおかげで視線が合ったエンヴィーを、アルは見つめる。失わないように。
【うん。僕が淋しいんだよ。だから!父さんどころか、僕は人間ですらないけど、それは幸いな事に、貴方も、兄さんも!師匠やラースやみんな!みんなを助けられるかもしれない。僕は、助けたいんだ!
ふざけるな!そのおこがましい考えは、お前がホムンクルスじゃないから言えるんだっ】
【そうだよっ、でも!思い上がったっていいじゃないか。僕は賢者の石になったんだからっ、、、、1つくらい、夢見たって、、、、だからっ、僕は‥】
エンヴィーはアルの手を振り払うと、立ち上がった。
【客を迎える時間だ。】
ムカつくとは違うイライラが押し寄せてくるようで、それがなんなのか分からなくて、その八つ当たりをしないようエンヴィーは慎重にアルを担ぐと広間へ赴き、ダンテの用意した錬成陣の中央へと置いた。
横たわって、錬成陣の効果で身動き1つ出来ない鎧に。 じゃあな なのか さよなら だったのか
エンヴィーは開きかけた口をへの字に結ぶ。
【兄さん!】
錬成陣の仲に置き去りにして、エンヴィーは逃げるように走った。



あの時の、最後の呼びかけはエドへなのか、俺だったのか



ダンテの館で言った言葉通りエドを生き返らせる為、アルが自らを使い呼び出した門の中へエンヴィーは飛び込んだ。
たくさんの意識がエンヴィーの体を喰っていく。
「放せ!俺はホーエンハイムのところへ行くんだっ」
【貴方も、助けたいよ!?】
「ホーエンハイムの、、、アイツのところに行って、俺は‥」
兄さん!】
俺は‥‥‥





懐かしく忌わしい匂いが、俺を起こした。
そうだ、最後に見たのは、、、鋼のおちび‥
「いや?それにしては大きくなっていたような‥」
口を利くのも久しぶりのようで、声になっていない。なんだろう、すごく動きにくい。随分と、長く長く眠っていた気がする。
「!」
あれは、ホーエンハイム
ここがどこだか 自分がなんだか どーでもいい。
目の前の男が全て!
殺す!
「?」
殺す?

口にくわえたホーエンハイムは心地よくて、エンヴィーはそのまま丸くなる。
あたりを甲高いヒールの音や、耳障りな命令口調が飛び交うが、エンヴィーには届かない。

誰がどうなろうが知った事じゃない。 俺は今、満足なんだ。満たされてるんだ‥

「エンヴィー、、、、満足か?」
ホーエンハイムの声が優しくて、誰かの声と交差する。
【エンヴィー?】
あの鎧はどうなったのだろう
【兄さん?】
俺を、お前達バカ兄弟の中に加えるな‥

失われていく自我

エンヴィー?エンヴィーって誰だ?エンヴィーって、、、ナンだ?、、、えんヴぃ?

エンヴィー

モシ、マタえどわーどヲ見カケタラ、、、
返してやるよ、お前のトコに。お前、淋しがりやだから。
俺ハモウ、寂シクナイカラ‥

「ま
‥‥な‥‥、ア‥フォ‥‥‥               」

楽園

(彼のラ)

7月竜

映画の観て思った事の1つに、エンヴィーとホーエンハイムがありまして、、、偽者に代弁してもらうつもりが、さらに似非話になってしまいました(墓穴)。人体錬成してまで生き返らせたかったハズの息子に語りかけるホーエンハイムさんの姿もほしかったんです(爆)。ええ、この話はTV最終話フォローではなく(いえ、グリードとかフォローもしてますが;ええ、これでもフォローです。汗)、実は映画ベースなのでした。2005/10/8