兄さんが夕食を食べにいくのを見送って、僕は墓地へと赴いた。

たかだか10年とちょっとしか生きていないけれど、随分とたくさんのものを得ているのだと改めて思う。
だけど
人は愚かで。失してやっと、その存在に気付くのだ。

探し当てた墓石の前に僕はひとり佇んで、ヒューズ中佐を思い、ロス少尉を思った。

不本意だけど、年齢よりも恵まれている今の体。
だけど僕は、戻りたくて、戻してあげたくて‥
気付けば大切な人達を守る事も、僕にはできやしなかったのだ。
大きくて、強くて、痛みも感じないこの手は、きっと同年代の誰よりも使い方次第で役に立つ事が出来たというのに、僕は‥
「誰一人、救えなかった‥」
たくさん助けてくれて、ありがとう、ヒューズ中佐。なのに、なにもできなくてごめんなさい。
いっぱい叱ってくれて、ありがとう、ロス少尉。なのに、なにもしてあげられなくてごめんなさい。

鮮やかなオレンジ色すらも、先に沈んだ陽に引き摺られ、消えてしまった。そろそろ宿屋へ戻らなくては。ただでさえ傷付いているのに、煩わせてはいけない。

見えてくる街の灯り。人々のざわめきに、兄さんを思い、ウィンリィを思う。

マルコーさんの手記の時と違って、兄さんは今日は食事をしてくれたようだった。ウィンリィは部屋に篭っていたけど、きっと兄さんが立ち直らせているだろう。不器用で上手くは無いかもしれないけど。
ウィンリィには兄さんが傍にいる方がいい。
‥戻れないんなら、兄さんにもきっと、その方がいい。
そう。戻れないなら。
戻らないなら。僕は、もっと‥

戻った宿屋。明りの灯った窓を見上げ、僕はこの先の僕を、僕ができる事を思う。
この硬い手から、もう大切なものをこぼさないように

守る、手

原作第36話、アルside

7月竜

主人公じゃないから、描かれなくて仕方ないけど、アルもいろいろ思ってるんじゃないかなぁ、と。
エドが表現する分、アルの気持ちは隠されて。あるいは漠然としかしてないかもしれないけど。でも「犠牲を強いてまで戻らなくていい」と言っているぐらいだから。ちょっと代弁してみました。おこがましくてごめんなさい。2004/06/22