子供なんて(ファルマン編)
肩口に熱い吐息がかかり、エドは頬を緩めた。
味わっていた首筋から顔をずらし、耳元で囁く。
「アルフォンス」
閉ざされていた瞼が震えながら開くと、目尻から涙が零れ落ちた。潤んだ金の瞳がエドを映し出すと、忙しなく息を紡ぐ口端が密やかにもち上がりはにかむような笑顔が現れた。
「アル…」
涙の痕を舌で辿れば、おずおずとアルの腕がエドの背中に回る。
抱いているのか 抱締められているのか 境の無い時間
「兄さん、僕を」
「兄さん、僕を?」
「はい?」
アルフォンスの繰り返しに、エドは裏返った声を上げた。
逃げ腰のエドにアルは冷たい視線を向けた。
「なんならもう1回読もうか」
「それは勘弁してくれ」
二人の間に沈黙が落ちる。
「で?」
「え?」
「ファルマン准尉に無理言って、こんなもの書いてもらったの?」
手に持った原稿をバサッと振って、アルは正面からつい先ほどまで敬愛していた兄を見つめた。
「無理強いしたわけじゃ」
「ファルマン准尉、トイレで泣いてたって聞いたけど!?」
『誰だよ、チクッたヤツ』
「第一、何コレ!?」
「お・男のロマンだ」
踏ん反り返ってみせるロイだが、額に光る汗は隠せない。
「へぇ、僕は鎧で残念だけど兄さんの言う”男のロマン”は分らないからね。兄さん独りで楽しむがいいさ。」
サイドテーブルに原稿を置くと、ドアノブに手をかけた。
「待てアル、何所へ行く」
「司令部に行って謝って来るんだよ」
「独りで行くな!兄ちゃんは許さんぞ」
「兄さんのロマンを理解できない僕は、弟として失格だから聞く耳持たないよ」
言い置くとアルはドアから出ていった。
「待てアル。アルフォンス!大佐だって同じ事やってんだぞ」
階段を下りかけていたアルの足がピタッと止まる。それからゆっくりと顔だけ上に向け手すりから身を乗り出す兄を見据えた。エドも真剣にアルを見つめる。
「…内容にもよると思うけど!?」
それでもロイの信頼が自分を上回る事にガタッとエドの顎が落ちる。
『いや、落ち込んでる場合じゃない』
一瞬で立ち直るとエドはアルの足にしがみ付いた。
「アル〜」
謝りもしなければもうしないと断言もしない。そんな兄に、でもアルは溜息1つつくだけで、逆らいはしなかった。
その頃司令部では
「え?弟に小説見せたのか?」
「一部だけですけどね」
「なんでまた」
フゥっと煙を吐いてハボックはファルマンの顔を見た。
「最近締切りが厳しいからです。催促が煩くて」
淡々と答えるファルマンにハボックは命知らずだなぁとまた煙草を吹かした。
その言葉にファルマンにしては珍しく仕事の書面から目を離し、ハボックを振り返った。
「そんな事は無いですよ。命綱は確保してありますから」
「命綱?」
目だけ動かしたハボックにファルマンは細い目を更に細めた。
「大佐にも書き物をお願いされてます」
ハボックの口から煙草が落ちる。
「りっぱな命綱でしょう!?」
「おまっ、その内容って…!?」
「それは教えられません。価値が下がりますから。そうですね、大総統になれなかったあかつきには公開するとしましょう」
そういうとファルマンはまた仕事に戻ってしまった。
大佐の立場って…
ハボックは頭を掻くと落ちた煙草を拾って消した。
『俺も頑張らなきゃな』
ハボックは腕を回して首を鳴らすと司令部を後にした。
翌日、どうしても謝るというアルを連れて、エドは司令部を訪れた。案の定アルがロイに捕まり、いつもならひと騒動起こすところだが、今日ばかりはチャンスとばかりにエドはファルマンの元へ駆け込んだ。
「ファルマン准尉、よくもやってくれたな。あんたがアルにバラしたんだろ!?」
「落としてしまった原稿を通りかかったアルフォンス君が拾ってくれたんです。優しい子ですね、彼は」
「嘘つくな!わざと落したんだろ!?」
「落ち着いて下さい。唾が飛んできますよ」
「あ〜の〜な〜」
「アレ、どうなったんですか?」
「…焼却された」
怒り心頭、身を乗り出してファルマンの顔を覗きこんでいたエドもいまだ未練たらたらのようで、どさっと椅子に尻を落した。代りに足をファルマンの机にのせた。
「原本、ありますよ」
「やっぱわざとか〜っ」
さっと椅子から立ちあがるエドをファルマンはチラッと見た。
「まだ御見せしていない完結まで、さらにご希望があれば続編も」
「え?完結って…あんの?続編って…」
「貴方の態度次第では、燃やしちゃおうかなぁとか」
「読んでない…さらに続きも!?」
こっくりとファルマンが頷く。
「御世話になります」
エドは深々と頭を下げたのだった。 2004/01/08
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