7月竜


<大切な物を見つけましょう>

【女の子にモテタイんだって!?女心を擽るアイテムは数多あるが、お前さんの年齢ぐらいなら占いはどうだい?〃君の人生を占ってあげよう〃なぁんて言ってみれば、女の子が群れを成して…。
 え?占いを知らない?非科学的だって!?お前、それじゃぁ人生の半分は損するぜ。全てが解明されちゃったら面白くないだろ!?
 あ、コレは大佐や鋼にはオフレコだぜ。あの2人にはそーゆー遊び心が足りなそうだからな】

身振り手振りを交えたハボック少尉の勧めを、アルフォンスは断りきれず、ズルズルと引っ張られて市場の一角にオープンしたばかりの”今日の相談”コーナーへやってきた。その結果が文頭である。
座っていたおばちゃんはアルというよりハボックの話を半眼で聞いた後、徐に二人に紙切れを渡した。
ハボックは自分の紙は見せずアルの紙を覗き込むと
「ま、頑張れ」
とアルの肩を叩いた後、その手を抑えて呻き声をあげて蹲った。

鎧を素手で叩けば痛いのは当たり前
でも、気安く肩を叩くその仕草は普通に見られる光景なのだろう

響いた音が虚しくて
普通に接してもらえた事が嬉しくて

貰った紙を手にアルフォンスは賑わう路に佇んだ。

行き交う人々。その空間に、自分は溶け込んでいるのか?はみ出しているのか。

「どうしたのかね?アル…フォンス君?」

声の主、ロイ・マスタングは、アルの兄、エドワードが一緒に居る時以外は彼の事をアルフォンスと呼んでいる。愛称で呼ぶのはエドが傍に居る時だけだった。近くにエドが居ない事を見て取ったのだろう彼は、愛称から言い直したのだ。
エドは他の誰かがアルを愛称で呼ぶ事を極端に嫌っている。だからエドへの親愛の意味で、ロイは態とエドの居るところで彼の弟を愛称で呼ぶ、とアルは思っている。
エドは事有る毎アルに、ロイに気を許すなと言っていた。
『ほらね、違うでしょ、兄さん。大佐は兄さんを気に入ってるから僕をエサに兄さんをからかってるんだよ』
アルは心の中で苦笑すると、思いついてロイに質問してみた。大切な物はありますか?と。
ロイは顎に指を当て、暫く考え込んだ。
「あ、済みません、大佐。たいした事じゃなくて。真剣に考えてくれるなんて思わなかったものですから、ごめんなさ…」
ロイは慌てるアルを嬉しげに見つめ、アルはその視線にどうしていいか解らず、口を噤んだ。
「大切な物を、たくさん挙げる事は出来る。が、大切にしているものは、限り有るな」
すっと、ロイの顔が間近に迫る。
「例えば、名前ひとつ呼ぶのも状況を考えるほどに。大切にしているから安易に呼べない事もあるのだよ」
アルが言葉の意味を反芻している間に、ロイは静かに距離を取った。
「君には鋼が大切なものだろう!?」
きょとんとした後、アルは首を振った。その行為に今度はロイが慌て出す。
「鋼が大切ではないのかっ!?」

では、誰が?

ガバッと詰め寄られたアルが返答する前に、ロイに飛び蹴りが炸裂し、続いて下の方から第1変声期の悲鳴が轟く。
「アル〜〜っ兄ちゃんは、兄ちゃんは〜っ……、いや、たとえそうでも、俺がアルを大切に思っている事に変わりは無いぜ」
頭を抱えたかと思うと、今度は壁に手をついて涙目で自分を見上げる兄に、アルは溜息を漏らした。
「兄さんは、大切な人で、物じゃないよ。」
アルの返事に、細かい事に拘るな、と言いたい所だが、いまは宣言された事の方が重要。
「弟よ〜〜」
エドはアルに飛付いて、これ見よがしにロイにあかんベぇをしてみせた。
飛び交う火花
「大佐も大切な人ですよ」
気付かないアルがそう続けるといつもの喧騒が始まってしまった。
大佐の任務妨害になるんじゃ。
ロイがこの場に居るのは、街の見回りの為と思っているアルは、二人を止めるつもりでエドにも同じ質問をしてみた。
「大切な物ォ〜?人じゃなくてだろ!?だったら、アレだな。アルに貰ったプレゼント。家と一緒に送ったけど、ちゃんと残ってるから」
胸をぽんと叩くエドを、アルは見つめた。
『敵わないなぁ、兄さんには』
たとえ時間が全てを持ち去り自分一人が取り残されても、兄の言葉は自分を支えてくれるだろう。
「僕、言って来る」
「?、どこへ?」
アルが市場に来た経緯を話すと二人の頭上へ不穏な空気がが立ち上る。
『アルフォンス君を不健全な道に誘うとは』『アルにモテル方法なんてくそくだらねぇ事を吹き込むじゃねぇぜ』
「あの…どうかした?」
「いーや、全然」「それより危険だからついて行こう」
ハモる二人が強引に付き添い、アルは溜息をついて今日の相談コーナーへひき返すと、おばちゃんが胡散臭そうに鼻を鳴らした。
「あんたに渡した紙は…あぁ、おおぎりなブツだったね。決まったかい?」
「おおぎりなぶつ?」
アルは鸚鵡返しに呟くと紙に目を落した。
<大切な物を見つけましょう>
「大佐、このような所で何をされているんです?夕飯は自炊ですか?」
固まる3人の背後からフュリーがひょっこり顔を除かせた。
「自炊?」
「え?だってここ、今日の相談コーナーでしたよね?最近主婦に人気の夕飯の献立アドバイスをしてくれる…」
ロイとエドの二人に謀らずしも睨まれ、フュリーは困ってきょろきょろした。
そう。相談コーナーが市場にある理由は、購買意欲の促進の為であった。因みにハボックの紙には〃旬を逃すな〃と書かれていて、別の意味に取ったハボックは旬を逃さない為仕事をサボって、口説き文句片手に走り回っていた。

「あ”、あの相談コーナーの情報ならオレッスよ。女性に評判が良いって聞いたもんスから、そのまま少尉には伝えましたけど。勘違いまでは責任取れませんねぇ。」
その日の晩餐はロイから厳命されたハボックの手料理となり、ハボックが材料と格闘している間、招待された席でブレダは笑って言った。

後日、ロイが、私の大切な物だと言って鋼で出来た”アルフォンス”のネームプレートをアルに送り、またひと騒動巻き起こった以外、東部は今のところ平穏だった。今日の相談コーナーは、本日も賑わっている。

無能なのは軍部か私か……、すみません〜

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