僕は、今は我が家と迎えてくれるばっちゃんとウィンリィのロックベル家を後にした。

「せめて家くらい残しておいてくれれば良かったのに。」

母を錬成しようとして身体を無くしたボク達は、取り戻す決意を持って家を焼いた、と師匠から聞いた。
今の僕に、その決意の重さは分らない。
僕、アルフォンス・エルリック。当年10歳。戸籍年齢14歳‥


僕が目を覚ましたのはセントラル・シティで、リゼンブールの我が家で母さんを錬成しようとした日から既に4年の歳月が流れていた。
4年。
日にちに、いや時間や秒までに直すとその膨大さを思い知らされる。その時間を僕と兄さんは人体錬成で失った身体を取り戻す為の旅をしていたと教えられた。
目が覚める瞬間まで、隣で母さんの錬成をしていた兄さん。
それはつい1分前の、1秒前の、瞬きする間もないほどの出来事なのに。
その兄さんは居ないのだ。今、僕の隣に。この、世界に‥

僕は自分の置かれた状況を理解するのに、いや‥理解は出来た。カレンダーやなにより自分の知る人の身に流れた時間を見れば。
ばっちゃんや師匠は変り無いようだけど、1つ上のウィンリィや幼馴染達は、すっかりお姉さんやお兄さんになって僕の面倒を見てくれる。
ただ、理解と感覚に隔たりがあって、
「やがて慣れるだろう。」
とみんな言う。詳しい事は記憶の無いボクを慮って、師匠意外の人達は無理に知る必要は無いからと残念そうに笑うだけだ。
ありがとう。
だけど。
無かった事と目を瞑る事を僕は自分に許せない。
確かに僕には4年の経験は無い。そして、経験していないので思い出す事だって出来ない。
それでも!その4年は確かに存在しているのだ。鋼の二つ名と共に。


「師匠、ボク小旅行に出かけたいんです。」
「小旅行だと?」
包丁片手に振りかえった師匠は恐かったけど、引き下がらない。
「ボクが元に戻った時、お世話になった人達にお礼を言いたいし、兄さん‥ボク達の足跡を知りたいんです。」

居ないのなら、呼び戻す。4年の時間が無いのなら、作れば良い!改めて、兄さんと。
そう決心して再度弟子入りしたカーティス家。
師匠は”学びたい事は自分で調べろ”な人だから、語って聞かせてくれはしない。そしてボクは。兄さんと過した4年を持っていないボクにはどう尋ねて良いか、それすら分らない。
自分の目で見て耳で聞いて、ボク達の過した時間に触れなければ。

師匠はボクを見据えた後、背を向けると帰って来いとだけ言った。

「帰って来い?」
「うん。‥兄さんと14歳のボクは、帰って来れなかったからかな。」
セントラルへ向かう前、ボクはロックベル家に一度戻った。
ふたりの顔を、見ておきたかったから。
そして今、セントラルへ向かう列車の中。ボクの向かいにはラースが居る。
ラースは、目覚めたボクと数日間リゼンブールに居たけど、一緒に暮していくはずだったけど。ラースも、ばっちゃん達も互いにどう接するか探しているようで、そのうちにふっと、ラースは消えてしまった。
再度弟子入りした師匠から、ラースがホムンクルスだと聞いた。
消息不明だったその彼は、突然現れセントラル行きの列車に乗り込むボクの手を引っ張った。
【スロウスを返せよ。僕をあの頃に戻して!】
ラースの叫び、ラースの言い分。別な立場で見たボク達の姿‥色々な事を彼から聞いた。
聞かされた。けど、不思議だね、ラース。ボクは君の怒りより望みが聞こえる。
【僕はここにいる。僕を愛して】
そして痛いほど兄さんの想いを感じるんだ。

それは。
誇り高い兄さんが、軍の狗と呼ばれても、ボクの身体を取り戻そうとしてくれた事。
そして。
そこまで我慢して手にした”鋼の錬金術師の二つ名”を捨ててまでも、正そうとした錬金術師の業。

兄さん!
父さん、母さん、師匠。ばっちゃん、ウィンリィ‥
「泣いたってスロウスは帰って来ない!」
胸倉を掴んで叫ぶラースに、いや、泣く自分に首を振ると、ボクは水道に頭を突っ込んだ。
「そうだ。泣いてたって、兄さんは帰って来ない。嘆いてたって前には進めない。ボクは‥今度はボクが‥絶対諦めるもんか!」
水滴を滴らせてボクはラースを振り向いた。
「一緒に来る?」
「お前、分ってるの!?僕はお前達を許さないって‥」
「うん、だからさ‥君は気が済むまでボクを監視すれば良い。ボクも、兄さんを呼び戻すまでは死ぬわけには行かないから、諦めたり立ち止まったりしない。君は兄さんを取り戻した時に、兄さんの分もボクに好きなようにすればいい。付合うのに飽きたら、何時でも止めれば良いし」
ラースは、鼻白んだようだった。もともと、彼もこの世界からはみ出して、どうしていいか分らなかったからだと思う。
ラースは返事をしなかったけど、ボクに付いて汽車に乗った。


セントラル。
兄さんが軍に所属している間に知り合った人達が、そして本来なら軍議にかけられる10歳のボクを、こっそりリゼンブールに帰してくれた人達がいる。
「内緒だけどね。」
フュリーさんが教えてくれた家をノックすると、出迎えてくれたのはホークアイさんだった。
「お久し振りです。あの時はボクを逃がしてくれて、ありがとうございました。」
鎧から人に戻ったボクの、異変を察してすぐリゼンブールに連絡してくれたのは、目の前の女性と今は、負傷し軍から離れているマスタングさんだった。
頭を下げたボクと不貞腐れたラースを、ホークアイさんは快く奥へ通してくれた。そこには、マスタングさんが悠然と座っていた。でも向かっていたらしい机には錬金術の本やら戦略の本が積まれていて、自然とボクの口元は綻んでしまった。
察したらしく、マスタングさんも本をチラッと見て
「大人しくしていろと、よく怒られるよ。」
と穏かに笑った。
このマスタングさんが、兄さんを国家錬金術師に勧誘したと聞いた。当時は野心家で切れ者との評判だったと言う。
「君が幸せに生きる事が、エドの望だった。」
「兄さんの、みんなの幸せ無しにボクの幸せは在りません。」
「それはまた、ずいぶん大層だな。皆が幸せになるなど、あり得ないと思うが?」
「不可能だからって、あきらめる事は出来ません!」
マスタングさんは一瞬目を瞑り、低く笑い出した。
「変らんな。」
「!、4年後のボクも、こんなでしたか?」
「ああ。それに、兄弟よく似ている。エドにおめでとうと言わねばならんな。」
マスタングさんは兄さんの残した報告書から、立ち寄った場所を地図に記し、
「君の決心を聞いたうえで敢えて言う。これからは自分の為に生きろ!幸せになれ、エドの分も。」
そう送り出してくれた。


「これからどうするのさ。」
あれこれと駅の売店で物色しながら、尋ねてくるラース。その姿は、ボクが目を覚ました頃の全てを拒絶するような影が薄くなっているようで、入り過ぎた力を和らげてくれる。
「地図も貰ったし、兄さんと旅したところに行ってみるつもり。」
「ふぅ〜ん。あの軍人に、自分の為に生きろって言われたんじゃないの!?」
「自分の為だよ。ボクは兄さんを忘れて生きる事も、兄さんの思い出と生きる事も苦しいから。」
「へぇ〜?」
「兄さんのしてきた事を1番近くで見てたのに、それを誰にも伝えられないなんて、悔しい。いい事も悪い事も。僕しか知らなかった事は、このままでは無になってしまう。そんなの、嫌だ!嫌なんだ‥」
ラースは何も言わなかった。そっぽを向きながらも、ボクに付いてくる。
「なに、笑ってるのさ。」
「笑ってなんか、いないよ。ラースが一緒で、心強いだけだよ。」
「嘘付け。言ってる側から吹き出してるじゃないか。」
「ごめ‥‥可笑し‥じゃな‥嬉し‥はは」
ラースは‥良い友達だと思う。


イーストシティを中心にラッシュバレーからニューオプティン、ユースウェルとまわり、賢者の石精製の犠牲になったリオールの町を訪れた。リオールは廃墟と化していて、復興の兆しは未だ無い。
「お前達さ、なんでスロウスを作ったんだ‥」
器用に瓦礫の上を飛び歩きながら、ラースは聞いてきた。

母さんを元に戻そう

今も耳に残る兄さんの言葉。兄さんの声。
母の死は‥悲しかった。ううん、今も悲しいし恐かったけど、ボクには兄さんがいた。
兄さんは母さんになれないけど、ボクにとっては兄であり友であり父さんのように大きい存在でもあった。
だけど‥兄さんには兄さんがいなくて、母さんが大きな糧だったから
「笑ってほしかったから‥」
「お前達が反抗しなければ、スロウスは笑ってたぞ!?」
空かさず返って来た言葉。
『違うよ、ラース。』
ボクは、兄さんに笑って欲しかったんだ。母さんにも勿論笑って欲しいけど、悲しみや父さんへの憎しみから、兄さんを解放したかったんだ‥

笑うだけで答えないボクを、ラースはそれ以上追求しなかった。
逢いたいけど憎い。抱締めて欲しいけど殺したい。相反する気持ちがラースの中に共存している。行動を統制できても、感情を消し去る事は出来ない人間の未完成さを知っている。
「これ以上は誰もいないし、どうするのさ。野宿でもすんの?」
「う‥ん‥‥、降りた駅まで、戻りたいかな」
「イーストシティに!?戻る頃はもう列車無いんじゃないの?」
「うん‥たぶん‥‥」
「朝1番の列車おりてから、何も食べずにずっと歩きっぱなし‥お前もう鎧じゃないんだから、駅まで体歩けるの?体さ、持たないんじゃないの?」
「ありがと、ラース‥」
「っ、心配してるんじゃなくて!倒れられても困るんだよ。お前は、僕が‥」
「‥‥立ち止まりたく‥ないんだ」
「急ぐ意味があるわけ!?」
急いでるわけじゃなくて。眠ったら、押し寄せてくる‥不安
「?‥‥‥、ヘンなヤツ。」
「ごめん‥」
息を上手く吸えなくて、ボクは喉を抑えた。

やっと駅に戻れた頃には、明けの明星が薄れ始めていた。冷たい朝の空気が肺に痛く、ボクが生きている事を知らしめてくれた。
未だ明けきらない街へと列車が駅へと滑りこんでくる。今日最初の列車に乗りこみ、東部を回ったボク達は、ひとまずセントラルへと戻る。

「で、なに、溜息吐いてんだよ。鬱陶しい。」
全くだよね
「まだ東部を回っただけだぞ?お前とエドは、アメストリス中を賢者の石を求めて旅したんだろ!?」
少し窓を開けると、新鮮な風が車中に流れ込んできた。
「疲れた、わけじゃないよ」
ただ、ただね
ボクは兄さんに逢いたい。会いたいけど
『兄さんは‥喜んでくれるだろうか‥?』
兄さんがどんなに頑張ったのか、兄さんがどれだけボクを大切にしてくれてたのか。見て触れて、他人から兄さんの話を聞けば聞くほど、申し訳無さや感謝でいっぱいになる。
だけどその記憶を無くしたボクを、兄さんはどう思うだろう‥
『怒ったら謝るだけだ。許してくれなくても、それでもいい!だけど、だけどもし、悲しませるとしたら?』
兄さんの苦労を知らないボク。聞いたからって、知っている事にはならないんだ!
兄さんが作り上げた砂の城を、ボクは一瞬で崩してしまった。
もう一度作りたいけど、そこに兄さんは付合ってくれるだろうか

『会えた時、兄さんはボクを抱締めてくれるだろうか?ボクに抱締めさせてくれるだろうか!?ボクをアルフォンスと、兄さんの弟と思ってくれるだろうか‥』
「ボクは、アルフォンス以外になれないけど、兄さんのアルフォンスじゃないかもしれない」
笑うボクに
「泣くなよ‥」
ラースは僕の足をけって、顔を伏せた。
「大丈夫だよ、ラース。ありがと、ごめんね。でも兄さんを取り戻す事、止めないから。それだけは絶対、諦めなられないから。泣いても笑っても、ボクは‥」




















「アルを抱締める?そんな事、させるわけないじゃん。」
ウィンリィは必ず帰ってくるだろうエドに舌を出した。

未来予想

アル

7月竜

中原中也氏の詩とか経験は財産とか、等価交換が再会の約束なら、無くした経験に見合う再会とかうだうだと思っていたらこんな話に‥アルの望みと不安。ラースやロイや師匠にウィンリィとか入れたい事がありすぎて纏りませんでした。済みません(滝汗)
兄さんを戻す為なら自分が傷付く事など構わない。たとえ再会した兄さんに怒られようと嫌われようと、兄さんの時間を取り戻すとアルは自分に誓っている。ただひとつ、エドが悲しませたくないと思いながら、山があろうが谷があろうが乗り越えて、アルは未来へと手を伸ばす。
10才のアルはホムンクルスに実感が伴わないから遠慮も躊躇いも無くラースに接する事ができる。だからラースも本音をもらせる。

そしてウィンリィは‥
                                    
                                                           2005/01/28