「浮かれてるなぁ。」
「当たり前だ。家へ帰る研究してるんだからな。」
「研究熱心さは錬金術師向けなんだが、情熱に欠けてるぞ!?エドワード。」
「俺の情熱はあそこにある。それを取り戻す為に、帰るんだ。さっきから五月蝿せーぞ、親父ぃ。」
「そうかぁ?」
ホーエンハイムはヒゲを撫でると、机だけでは足りず床にまで資料を広げなお、山積みにしている息子を見た。
「浮かれてると、失敗するぞ?」
途端にゴミ箱やら椅子やら、資料以外の家具が飛んできてホーエンハイムは部屋の外へ避難した。
「やれやれ、自分が煮詰まってるのは分ってるんだか‥」
ホーエンハイムは目にとまったサイフォン水を入れ、コーヒー豆を引き始めた。
紅茶の方がここでは手に入り易いが、ミルクティーが主流の為エドが嫌がり、仕方なくコーヒーを調達している。
紅茶にミルクを入れなければ良いのだが、付合いもあっていちいちミルクを勧められるのが面倒らしく、コーヒー党に成り済ましている。
「律儀なんだか、面倒臭がりなんだか‥。だいたい、もし帰れたとして、いやエドワードの事だから死んだって帰るんだろうが‥。そういえば東洋に、1年後に会う約束を守る為に死んだあと魂になって、会いに行くホラー(←誤解;笑)があったなぁ。」

【アル、約束通り会いにきたぞ。】
【兄さん、姿が‥!?】
エドはどこか薄っすらとした容姿で、輪郭だけが仄かに光っている。
【ああ、事情で1年後の再会約束を待たずに俺は死んでしまった。だけど約束を守りたくて、せめて魂だけでもとここへきたんだ。】
【兄さん‥】
【アル‥】
駆け寄ったエドを、アルは真正面からとらえた。
【それより先ず自然の摂理を守る方が大事なんじゃないの!?錬金術師でしょ!?死んだら肉体と魂と精神は‥】


「ぷっ」
ホーエンハイムはそこで、己の想像に堪えきれず吹き出した。
「いかんいかん。堅実なアルフォンスに幽霊はダメだぞ、エドワード。死んでしまう時は、大人しくな。まぁ、生きて帰るんだろうが、それでもリスクはあるぞ。そう、例えば帰った先が随分時間が経っていたとか‥」

懐かしいリゼンブール。愛しい金の髪を目指してエドは駆け出した。
【アル、会いたかった!】
【エド?いや‥まさか】
振り向くアル。しかし近付くにつれ、エドの足は遅くなった。
【!その右手‥兄さん?本当に兄さんなの?帰って来てくれたんだね。】
ガバッと抱締められ、エドは顔が青くなる。
【ちょっと待て!お前、背高くなってないか?頬だって、すべすべだったのに、何やらチクチクと】
【兄さんは変らないね。こっちでは兄さんが消えてしまってから、20年も経ってるんだ。ボクも結婚して2児の父親になったんだよ。長男にはエドワードって‥?兄さん!?兄さん、どうしたの?】


「タマテバコ。たしかそんな名前だったな。それを用意して帰ったほうが良いぞ!?エドワード。そうすれば時間差なんて関係無い。開ければあっという間に年を取れるはずだ。仮に反対で年取ったお前が向うへ帰ったとしても‥」

【おじちゃん、誰?】
【俺はエドワード、お前の兄さんだ。】
【兄さん?嘘だ、兄さんはボクと1つしか違わないよ!?】
【お前を抱きしめる為に時間を超えて帰って来たんだよ、アル。さ、おいで】
【違うもん!兄さんじゃ無いもん。】
【そんな悲しい事言うなよ。ほら、見てみろ。右手に機械鎧が付いているだろう!?】
【じゃ、ほんとに兄さん?】
【そうだよ。】
【でも、これからどうするの?その姿じゃ誰も兄さんと分ってくれないよ!?】
【確かにな‥ちっ、不本意だが、これからはパパと】
【貴様、幼児誘拐罪で逮捕する!】
【マスタング大佐!?違う、俺はアルの】
【黙れ!アルは私がエドから預かった大切な子供だ!保護者はこの私のみ。指一本触れてはならん!】


マスタング大佐はエドをアルから引っぺがすと、エドの前に大きく立ち塞が‥‥、あれ?エドワード、何時からそこに」
殺気の充満にやっと気付いてホーエンハイムが振りかえると、リビングの戸口でエドワードが、持ち上げた机を振り下ろそうとしていた。
ガラガラガッシャン
「あ、危ないじゃないか、エドワード。」
「手前ぇが帰らねぇのは勝手だが、俺の未来を捏造してんじゃねーよ、くそ親父ぃ!」
「あ‥聞こえてた?」
「ぶっ殺す!」
「分ってるのか?エドワード。」
「てめっ、逃げ回るんじゃねー。」
「聞こえたって事は、集中してないって事だぞ!?」
「!」
壁際に追い詰めながら、エドの動きが止まる。
「可能性を見出そうとしている時、お前は外界をほとんど遮断できる。なのに今のお前はどうだ?私の言葉にいちいち反応している。つまり、不安なんだろう!?」
エドの肩が揺れるのに、ホーエンハイムは目を細めると眼鏡をかけ直した。
「焦っても、良い結果には繋がらない。息抜も必要だよ。」
ホーエンハイムは優しく、息子の肩に手を置いた。近くなった距離で、エドはホーエンハイムの胸ポケットが膨らんでいる事に気付いた。さっと手を伸ばす。
「‥‥研究の催促状、煮詰まってるのはあんたじゃないの?親父。」
「だから息抜をだね。なかなか面白いストーリー‥」
「出ていきやがれ!!」
エドはホーエンハイムを家から蹴り出した。乱暴に扉を閉めると、荒く息をつく。
「まず第一に、死ぬ前に帰ってみせる。」
エドは玄関の戸を施錠すると、伸びた前髪をかきあげた。
「第二に、身長はアルの方が高く‥‥、いや、年上になっていても俺は構わない。俺のアルに変り無い。」
良い香に気付き、エドはカップにコーヒーを注いだ。
「第三に、錬成のリバウンドでアルが幼児化していたとして、保護者は俺!俺の方が年を取ってから帰った場合は‥」
エドは壊れずに横倒しになっている机に寄りかかった。
「アルを‥抱締められればそれでいい。アルの体温を感じて、アルが笑ってくれたら‥それだけでいいんだ。帰った甲斐があるんだよ、親父‥」
不安に震える手で、エドは未来を抱締めた。


時間が経てば経つほど、選択肢が増えれば増えるほど、期待は心許無くなる。
それでも
「アル‥」
それでもエドは征くのだ。アルを再び抱きしめる為に。



































「アル‥」
「兄さん!」
何度も夢見た体を力いっぱい抱締める。
「アルっ!」
「兄さん‥」
鼻孔を擽る懐かしい匂いに視界が霞み、エドは指で・手でアルを確かめる。
目、頬、口から顎。耳の後へ手を滑らせると、暖かい脈と柔かい髪が伝わってくる。
肩から程よい弾力の貝殻骨を通って締まった腰に
スパ〜ン
後頭部からウィンリィの、正面からホーエンハイムのハリセンが飛ぶ。
「何しやが‥る‥‥」
「それはこっちのセリフよ!その手は何!!」
「しょうがなぇだろ‥涙、とめられないンだから。見えない分、手で確かめないと」
ウィンリィは整備用のタオルを突き出した。
「拭きなさい!ついでに鼻も!!」
「おまっ、それ油まみれ‥!アルも、笑ってないでなんか言ってくれよ。」
「だって‥兄さんだなぁって。嬉しいんだもん。お帰り、兄さん。父さん。」
「!?」
見ればホーエンハイムがアルの後に立って両肩に手を置いていた。
エドの眉間が険しくなる。が、ホーエンハイムはいたってにこやか。彼はこの体勢なら決してエドが攻撃できないと百も承知しているのだ。
「‥‥‥‥ 」
「‥‥‥v」
「‥あんた、なんでここにいる‥」
「約束だっただろう!?」
「何の約束だー!」
等価交換は世界の原則じゃない。いつかまた会う日まで交したボクと兄さんの
「「ふざけんなーっ!アルはもっと可愛いっ!!」」
アルなりきりのホーエンハイムに強烈なブーイングが飛び交う。
しゃがみ込んでイジケルホーエンハイムに寄ると、アルは耳に口を寄せた。
「違うよ、父さん。」
「アル‥!?」
思わぬアルからの否定に、ホーエンハイムは幼さの残る息子の顔を見上げた。
「寄るな、親父っアル、離れろ!バカが移る。」
「父親に向かってバカは酷いんじゃないか〜、エドぉ。」
立ちあがったホーエンハイムの袖を引っ張り、アルはエドとウィンリィとも腕を組む。

等価交換は世界の原則じゃない。
今日、この時の為に交わした不朽の誓い。

アルの未来予想の方を書いていたら、なぜかぽっかり浮かんできてあっという間に出来てしまった話。未来予想のラースやアルの描写が上手くいかなくて、こっちのupも遅くなりました。(一緒にupしたかったんです )(^^;)
エドの戻った世界が過去だった空想でアルが幼児化しているのは、ひとえにホーエンハイムパパの趣味です(笑)。そしてアル編よりエド編が短いのは、7月竜が<アルを愛しちゃってるエド>ファンな為、いかなる悩みもエドの恋炎を弱める事ができないからです。(爆)2005/01/28

未来予定

エド

7月竜