groovy

7月竜

「うわぁ、キレ〜」
通りかかった洋品店のウィンドウ、飾られていた真っ白なドレスに思わず覗き込んだパニーニャが小さい声を上げた。
「え?どれどれ〜?」
聞きつけたウィンリィが覗き込もうとすると、パニーニャは素早くその背で隠した。
「何でも無い、何でも無い。」
頬を赤く染めて否定するその様子は初々しくて、ウィンは優しい気持ちになる。
「いーじゃない。ほら、入ろ。ね。」
「いーよ、そんな‥。金無いし、買わないのに入るのは」
「あら、お金なら大丈夫よ。ど〜んと任せて。わたし、こう見えてもお金持ちなんだから。」
ウィンは胸を叩いてみせるとぐいぐいパニーニャを引っ張り店に連れ込んだ。
「ねぇ、どれ〜?あ、これかな?」
ウィンドウに飾られていたパステルピンクのワンピースを指差す。
「違うよ。そういうのは、足が‥」
最後までは言葉にせず足元を見るパニーニャに、ウィンは首を巡らせた。
「あ!じゃあ、これ?これね!?」
ワンピの隣り、清楚に佇む白いドレスをウィンは選んだ。
「あ‥いや、うん…。えへ、柄じゃないよね」
「そんな事無いよ!着てみようよ!パニーニャ肌が褐色じゃない。絶対白が引き立つよ!済みませ〜ん。」
ウィンは捲し立てると店員を呼んでドレスを外してもらった。
「ほら。」
手渡されてパニーニャはもじもじしながら鏡の前であててみる。純白のドレスはパニーニャの肌をより美しくみせ、褐色の肌は白を際立たせた。
「よくお似合いです。」
店員にも感心したように言われ、パニーニャは顔を赤らめる。
「ね、着てみて!?」
ウィンと店員ににっこり微笑まれ、パニーニャは恥ずかしそうに試着室へ消える。
「ど、どうかな?」
期待と不安の入り混じった声。
「すっごーい。キレー。よく似合ってるよ!」
「ウエストの細さがまたドレスの形と合っていて美しいドレープを作ってますよ。」
ウィンと店員の目には星が瞬いている。
「そ、かな」
パニーニャはうれしハズカシで視線を落し、その拍子に金額が眼に入った。
「!!!!」
「じゃ、あれ下さい。」
ウィンの声が聞こえてきて、パニーニャは慌てる。
「ウィンリィ〜〜〜!」
「何?」
首をブンブン振って値札を指差すパニーニャに、ウィンは金額を見、パニーニャにウィンクした。
「着て帰っても良いよ。」

「ちょっと!こんな高い物、お金、返せないよ。」
半泣きのパニーニャにウィンは視線だけ向けた。
「迷惑だった?」
「迷惑とかじゃなく‥」
「欲しく、無かった?」
「そりゃ、事故に遭う前、母さんが作ってくれたドレスに似てて‥だから…。でも、買えないし」
ウィンは前を向いた。足元にあった石を蹴る。
「ドミニクさんに会わせてくれた紹介料。」
「はぁ?だってそれは‥」
「それからこの先、進化するあなたの手足の秘密も教えてくれるってのは、どう?」
「ウィンリィ‥」
「わたしも両親いないの。だからさ、わたしの代り。わたしが喜びたいの。ダメ?」
「ううん。ありがと‥」
パニーニャが、ウィンがお互いを抱締めようと手を伸ばし
ギュギューン
黒い車が猛スピードでやって来て
パニーニャの伸ばした手の先に、ウィンは居なかった。
「ウィンリィ!?」
黒い車から男が身を乗り出し、何かをパニーニャに投げつけた。その為追いかけるタイミングを逃す。
『手紙?』
既に車は視界から消えていた。
『ウィンリィ待ってて!』
パニーニャは手紙を握るとフルパワーでエド達が待つ宿へ向かった。


ラッシュバレーとセントラルシティの間、富んだ2大都市に挟まれたこの町は、街と言うほど大きくも無く、静かに観光と絹織物・手芸で生計を立てて存在していた。
セントラルの慌しさやラッシュバレーの喧騒から逃れ、息抜きするには丁度良い。

金目当ての誘拐〜〜〜!!?
アルが悲鳴を上げる前でエドは机に地図を広げた。
「車の走り去った方向から言って、この城跡が怪しいな。」
「5000万センズ用意しろって書いてあるよ。おって連絡を待て≠チて」
「連絡は待ってやるさ、だけど用意は周到にしとくもんだろ!?」
「ちょっとあんた達、どうする気よ。ウィンリィになにかあったら、あたし‥」
俯いて肩を震わすパニーニャの胸倉をエドが掴む。
起きても無ぇ事心配してんじゃねーよ。今する事は俺達がやれる事を考える事なんだよ。金は用意するが、びた一文くれてやる気も無ぇ!嘆くのはやる事やって、もう出来る事が無くなってからすんだよ。諦めるな!
エドに面と向かって怒鳴られるのは初めてで、パニーニャは驚いて固まった。
「ご免ね。あれで兄さん、すっごく心配してるんだよ。でも大切な事ほど冷静に対処しなきゃ、ね。」
エドが電話やら地図やら忙しく右往左往する中、呆けるパニーニャへこっそりアルが耳打ちした。
「おしっ、行くぞ!アル。」
地図をパシッと叩いて立ちあがるエド。
「うん。」
アルは役立ちそうなアイテムを袋に詰めると担いだ。
「待って!」
鋭い応えがエドとアルの動きを遮る。
「あたしも連れてって。」
「あのなぁ〜〜〜っ。」
「邪魔にはならないよ。」
「そーゆーこっちゃ無ーだろ!?」
「なんなら、もう一度ここで足手纏いになるか追いかけっこしてみる?」
睨み合うエドとパニーニャに、アルは割って入る。
「兄さん。」
「………、はぁ〜、わーたよ。時間が勿体無ぇ。行くぞ!」


問題の古城は町を見下ろす丘の上にあり、北側には小さい湖があった。山からの伏水が涌き出ているようで、湖から浅い川が町の横を流れている。
「馬車とは違う轍がある。まだ真新しい。」
「車なんて珍しいもの、そうは無いからね。」
車はいったん川を越え、別の町に移動したように見えたが、浅瀬の岸に車輪の跡が残っていた。その跡を追って、3人は丘を登る。
日が落ちる頃着いた丘の上、古城は傷んではいたが荒れ果ててはおらず誰かが手入れをしているようだった。
「どこだと思う?」
小さい声が鎧にくぐもる。
「逃げにくい場所に拘束されているはずだ。となれば、上か地下。」
3人は上を見る。かなり上の方に窓がある。頷くとアルがエド、続いてパニーニャを放り上げる。
「兄さん、行って。」
エドとアルは一瞬見詰め合う。
エドは逡巡したが、頷いて城内へ消えていった。
「!?!」
パニーニャは先に進むエドを見て、アルを見て‥。踏ん切れ無い様子のパニーニャに、アルは呼びかけた。
行って、早く。僕もすぐ行くから。そう頷くアルに、パニーニャもエドの後を追った。
「さてっと。」
言葉には出さなかったがエドと視線で確認し合った選択、エド達がスムーズに城内を探索できるよう、アルは囮の意味も含め1階から城内を探し始めた。


「おい!お前、鎧の知り合いがいるか?でかいヤツだ。」
「!」
ウィンは抱えた膝から顔を上げると、閉じ込められた部屋のただ1つの出入り口に顔だけ向けた。
「鎧だけじゃわかんないわよ。どんな顔?」
言い分も当然だがまさか鎧の傍に行って顔を拝むわけにもいかない。
「ちっ、使えないガキだぜ。」
足音が遠のくと、ウィンは静かに鉄格子のはまった窓に寄った。外を伺うが高い上暗いので様子はわからない。
『アルが来たのね。パニーニャが知らせてくれたんだわ。って事はエドも、たぶん。だったらアルの行動は態とね。見つかるようなヘマ、慎重派のアルがするはず無いもの。』
ウィンは扉に近寄ると隠していたミニミニ工具を取り出した。
この部屋には灯りが置いてない。食事の時さし入れられた蝋燭は食事が終わると一緒にさげられてしまう為、気付かれないよう下の方だけ切りとって隠しておいたのだ。それを扉の下の空間から外へ出し、芯の部分に工具で火花を散らす。
『御願い、点いて。』
ただ待ってるだけ≠ヘ、柄じゃ無い。
ウィンの執念にやがて、諦めたように蝋燭の芯は火花を迎えた。


エドの左手が進路を遮り、パニーニャは歩みを止めた。エドを習い影に隠れ耳を澄ます。
「相手は鎧のデカブツだが、3人がかりなら何とかなる。」
「だがよ。ヤツがガキを探しに来たとは限らねーんじゃねーのか?ほっときゃそのうち帰るんじゃ‥」
「そうだよな。俺もやり過ごした方が良いと思う。お前さ、ヤツをつけろ。俺達は北の塔への階段で待つ。もしヤツがそこまで来たら仕方ねェ、フクロだ。」
誘拐犯達の弱気な様子にエドもパニーニャも些か拍子抜けする。どうやら地元人の気の迷いの犯行のようだった。
犯人達は頷きあった後、一人が階下へ降りて行き、二人は城の奥へと向かった。


この城を築城した持ち主は襲撃を恐れていたのか。登り階段は幾つもあったが、それぞれが1つの部屋への行き止まりとなっている。各階段の最上階の部屋は廊下で繋がってはおらず、いったん階段を降りて横繋がりのある3階まで戻り、そこから目的の階段を選びなおさねばならなかった。
「付いてくぞ。迷ったら時間の無駄だ」
たとえ素人とは言え犯罪は犯罪。気を引き締めエドとパニーニャは階上へ向かう二人を静かに追った。
曲がりくねった道の果て。階段の上に灯りを見咎めて男が喚いた
「おい、明かりが灯ってるぞ。」
「バカ!蝋燭引き上げなかったのかよ!?」
返事をする前に男二人はのびていた。
「エド、鍵。」
パニーニャは素早くエドが倒した男の服から鍵を探し当てると、エドに放った。それを受け取りエドは一気に最後の階段を上がると扉を開く。
えいっ
エドの頭上に踵落しが炸裂した。
エドっ!
「エドぉ!?」
倒れたエドにパニーニャが驚き駆け寄る。その声を聞いて、踵落しを決めたウィンはあんぐり口をあけ指をさした。
「おっ……前なぁーーーっ
頭をおさえて唸ると
何しやがるっ
エドは猛然と立ち上がった。
「え〜、えへだって一人だと上手く行かないけど、アルが来たからエドもいると思って、逃げ出して落ち合おうと思ったのゴメンね〜。」
踵落しの理由になって無ぇ!
「それより早く逃げましょ。アルが心配」
「そんな誤魔化しにのるかって言いたいが、パニーニャもいるし仕方無ぇ。だが、後できっちり誘拐された分ともども、落とし前をつけてもらうからな。」
扉の外を伺いながらエドは二人を手招きし、注意深く階段を降り始めた。
『あいつらが居ない!?どこ行きやがった?』
「エドッ」
ウィンが指差す方
『紐?』
「戻れ!」
塔の上部まで駆け戻る。続く爆発音。
「あいつら階段を吹き飛ばしちゃった!?」
身を乗り出すパニーニャをどかしエドは隣りの塔へ橋を架けるべく練成を始めた。しかし橋の等価に今居る塔を使うしかなく、使い過ぎると塔が崩れ、また使用制限し過ぎると橋の強度と下からの銃撃を防ぐ力が損なわれる。絶妙な計算。
まるで現状を暗示するように天候も荒れ始め、湖の後に立つ山では雷雲が鈍く光を発していた。
《兄さん!》
すぐ隣りの塔の3階あたりから柱が伸びてくる。
「さんきゅ〜、アル」
「アルって?来たの?」
パニーニャが聞くのにエドは答えず、ウィンが両手を広げてみせる。
誰に聞こえなくても、エドはアルの声を聞き逃さない。アルの寄越した柱を支えに隣りの塔へ橋を再練成する。下では銃声の他に爆音も響いていて、不埒者が遠慮無く爆弾を使用している事が伺われた。
「あれじゃいくらアルでも制圧しにくいわね。」
言葉とは裏腹、ここからでは屋根が邪魔で見えぬ攻防にウィンの口調には気遣いが溢れている。
「隣りの塔の同じ高さまで登れば良いのに。」
そうすれば、双方から平行な橋が架けられる。建築にはもっともな考え。
「アルの性格じゃそれは出来ないわ、パニーニャ。」
「どうして?」
「今、アルは隣りの塔の3階付近にいる。だからヤツらも3階に踏み止まって、応戦しているのよ。アルが隣りの塔を登れば、ヤツらも遠慮無くこの塔を登って来るわ。アルが直接攻撃を仕掛ける事で、ヤツらは3階に留まっているのよ。」
「そっか。」
口出しは無用だ、この幼馴染どもには。パニーニャはこっそり苦笑した。
「行くぞ!」
エドは北の塔から橋へ出る扉を塞ぎ、今度は全速力で橋を渡ると隣りの塔壁に出入り口を作る。
「エド!」
ウィンの声に振り向けばこちらの動きに気付いた犯人の一人が、攻撃目標をアルから3人に切り替え窓から発砲してきた。
「先行け!」
エドはウィンとパニーニャを塔に押し込めると扉を閉じて先頭に立つ。
「窓の近くでは身を屈めろ。」
そう叫ぶとエドは階段を駆け下りる。
見えてきた3階の廊下。そこで応戦する大きな影。
「行け!」
エドは後から来たウィンの背を叩くと、塔の壁に手をついて攻撃をしかけるべく練成を始める。
「アルっ」ウィンは一声叫ぶとアルに飛びついた。アルは素早くウィンとパニーニャも引き寄せ盾と成り立ち塞がる。一方エドは
ピシッ
「!?!」
幽かな音に、練成の手を止めた。壁を見上げる。
『‥耐えられない、か‥』
アルが北の塔へ柱を練成し、それを使って橋をかけた。それがかなりな負担を塔を支える壁にかかっていた。床も限界だろうとエドは推測する。
『ここでは不味いな。上へ戻って‥』
庇う者が無くなって身軽になったエドだが、大掛かりな練成では足場が危うい。エドやアルは何とかできてもウィン達を考えるとどうしても消極的な規模になる。アルもそれを見て取ると
「兄さん。退路を確保して!ここは僕が食止めるから。兄さんの方が僕より早い!」
アルのいう事はもっともで、エドもアルより先の退出を不本意ながら決断しようとした時
「!」
アルの後方に光を捉えた。
犯人は3人じゃなかった。よく考えればこんな町で車を調達するのは難しい。セントラルかラッシュバレーに巣食う悪党も加わっていんだ。
気付いても後の祭。連絡を取る為町に残っていた最後の一人は、連絡が取れず怪しんで様子を見に城へ戻ってきた。そいつが錬金術を使う首謀者だった。
アル!
エドの叫びに、反射的にアルはパニーニャとウィンを突き飛ばした。
「アルッ」
つんのめりながらも振り向いたウィンが手を伸ばす。
「大丈夫だから!」
いくら機械鎧を付けていてもパニーニャとウィンでは鎧のアルを引き上げる事は出来ない。アルは体勢を崩しながらも崩壊する瓦礫で立ち昇る砂煙の中、崩れる床を転々と飛び移りながら崩れなかった場所まで移動しようとして、
「!」
砂煙の向うにいた男が練成したバズーカを手に笑った。
轟音と共にアルフォンスは吹っ飛んだ。
アルッ
ウィンの唇から悲鳴が漏れる。
。」
エドは鋭く舌打ちすると、ウィンとパニーニャを振り向いた。
「お前達は脱出しろ!退路は任せる。安全な道を選べよ。」
いいざまエドは犯人達に向き合うと両手を合わせた。
わたしだって戦う!
そう言おうとしたウィンはエドの肩が僅かに震えているのに気付いた。
「…っ」
ウィンは唇を噛む。自分を庇うせいで、エドもアルも充分に戦えないのだ。
『ごめん、エド!無事でいて、アル!』
ウィンは自分の両頬をパシッと叩くと、気持ちを切り替えた。
「パニーニャ、逃げるわよ!」
「でも、アルが!エドも‥」
「いいから早く!」
二人の足音が遠ざかる中。
ぱん
軽快な音が響きまばゆい光がエドの合わせた両の手から溢れ出す。
「俺は欲張りだから、大事なもんに手出しされるのは我慢なら無ぇんだ。やっちゃいけねぇ事、お前、したんだよ。格下だろうが遠慮しねぇ。ぶっ壊す!
瞳だけぎらぎらさせ、エドの顔から表情が消えた。


電話の相手はアームストロングだった。助けを求めた電話口で思い付く名前は家までやってきたあの巨人。
「エドとアルを助けて‥」
城を脱出し町の警察まで辿り着いたあと、気丈にも的確に事の経過を説明して電話を借りたウィンは、電話口から懐かしく頼り甲斐のある声を聞いた途端、涙が溢れ詰る喉からなんとか一言だけ搾り出した。あとは受話器を握り締めて座り込んだまま、もう言葉に出来なかった。
連絡を受けるとすぐアームストロングは非番のハボック・ブレダ・フュリーを連れて来た。
案内すると言ってきかないパニーニャと反対に、ウィンはここに残ると言い待つ間に描いておいた詳細な見取り図を渡した。
「二人をお願いします。」
見送る時、ウィンは淋しそうに笑った。


ウィンを放っておけずパニーミャも引き下がり、軍人4人が城に着く頃、戦いは既に終わったらしく城だったとは思えない残骸が湖にまで散乱しているだけだった。残っているのは建蔽率からは無駄と思われるほど頑丈に作られている土台のみ。その瓦礫の隅で、気弱な犯人3人は互いに抱き合いながら震えていた。瓦礫の中心部では錬金術師が粗相をしたまま気を失っている。
アームストロングは状況を見て取ると、ブレダとフュリーに震える3人を町まで連れていくよう命じた。残る倒れた男の腕を縛り練成でき無くしてから、アームストロングは声を張り上げた。
「エドワード・エルリック。どこだ?エドワード。」
「少佐。」
「ん?」
ハボックが指差す方から幽かな音が聞こえてくる。
「エドワード?」
音の方へ行ってみると、エドが濡れた瓦礫を丹念に調べていた。
「よぉ、大将。そこにアルフォンスが?」
ハボックの呼びかけに手を休めず、エドは低く答えた。
「分らねぇ。城跡は調べ終ったからあとは湖に落ちたこの瓦礫と、湖の底だけだ。」
四つん這いになって探すエドからやや離れたところに、エドの上着にのった鎧の冑だけが置いてあった。
どんな状態のアルを探すのか。分ってしまった自分を恨めしく思いながら、ハボックも瓦礫を漁り始める。
「では我輩がアームストロング流練成術で」
「どうでもいいが、丁寧且つ慎重に!できれば早くやってくれ。」
淡々とした口調がエドの焦りと心配と他人を当てにしない孤高をも醸し出していた。
「むむぅ」
練成しようとしたアームストロングも手を止めた。もし傷付け、アルフォンスが二度とエドの元に戻らない事になれば、その先は‥
アルフォンスが居なかったら、彼は人間社会との繋がりなど省みないのかもしれない。
『それはそれで、幸せと言うか不幸せと言うか‥』
そうならないようにとハボックも上着を脱いで探し始めた。

「湖の中は日が昇ってからの方が効率が良いな。もう朝陽のお目みえだ。そのぐらいなら錆びたり、血印、消えたりしないんだろ!?」
エドは答えなかった。確かに、光度が上がるのを待つ時間はある。しかし、光度が上がってから見つかるまでにどのくらい更に時間を費やすのか分らない。
「エドワード。」
探すエドの左手をハボックが取る。眉を寄せるエドにハボックはエドの左手を彼の目の前まで持ち上げた。爪が剥れ血まみれのエドの左手。
それがどうしたという眼光はどんな言葉も受け付けないようで、ハボックは別の事を口にした。
「名前を呼んだら、返事をしてくれないのか?アルフォンス。」
ハボックに問われ、エドはポカンと口を開けた。
考え付きもしなかった、というのが本当。
不安と、ウィン達の為とはいえアルを見捨てなければならなかった自分の歯がゆさ、焦り、怒り、恐怖。
エドは残骸を掘り起こしながら祈りとアルの名を小さく口の中で繰り返すだけで、その名を呼んでない事に気付かなかった。
「アルッ!?どこだ?アルフォンス!
《兄さん》
「アル!?」
《何かヘンだ。逃げて。地響きが》
「アル?」
「なんか‥音しないか?」
湖に立っていたアームストロングはいきなり駆け寄りエドを抱かかえると、ハボックに叫んだ。
鉄砲水だ!伏水が溢れて土石流になるぞ!
「なんで?」
「昨夜山では大荒れだったのだ。夕べこの地方の山間部に雷大雨警報が出ておった。」
「少佐ってもしかして、全国の気象情報を?」
「天気から今日の占いまで。全てを把握してこそ軍人としての‥」
「離せ!このっ。」
機械鎧フルパワーで暴れられ、さすがのアームストロングもその手を離した。
「エドワード・エルリック!行ってはいかん。」
「馬鹿野郎、このままじゃアルが!」
馬鹿はお前だ!アルフォンスばかりかお前も巻き込まれるぞ。そんな事になったら、アルフォンスが嘆くんじゃないのか!?」
二人がかりで取り押さえられるがなおもエドは暴れまくった。
「今助けなくちゃ嘆こうにも嘆けなくなっちまうんだよ!アルが。」
振り払いエドは川へ向かう。ありったけの思いで砂防を練成する。勢いよく壁を連ねながら、エドはアームストロングを振り向いた。
「頼む!少佐。手を貸してくれ。アルを助けてくれッ!
気位の高いエドがなりふり構わず頭を下げる光景に、ハボックは言葉を失った。
それは、失えないものの為に全力を尽くす姿。
『まいったな。頭を下げるエドに圧倒されるなんてよ。ちみっこは情けなく助けを求めてんだぜ?なのに、何故潔さを感じんだ!?』
ハボックは苦く笑った。自分もそうしていれば、無くさず今もこの手に、傍らに留めて置けたものがどのくらいあったのだろうか、と。
「ふむ。どのみちこのままでは町にも被害が及ぶな。」
アームストロングはまったり頷くとエドの作った防堤の内側に強固な石垣を作る。
「少佐‥」
鉄砲水が来ると言う事はアームストロングだって命の保証が無いと言う事だ。それでもなお、大した事じゃないと、自分を守る為より湖近くに壁を作る少佐に、エドは小さく笑った。そこへ
「アームストロング少佐〜、ハボック少尉〜」
ブレダとフュリーが町の男衆を連れてやってきた。皆手に手にスコップやら土嚢やら持っている。
「ラジオで土石流の警報が出て」
全速力で来たのだろう。荒い息の下で言葉を継ぐ。
エド!
「ウィンリィ!?お前‥」
ここは危ないとエドが怒鳴り出す前にウィンは網を見せた。
「どう?これ。機械鎧も真っ青の合金製よ。警察署にあったの。よくこの川氾濫するんで作ったんだって。これ広げて水だけ通しましょ。流されないよう両端を固定するのはあんたの仕事よ!」
「ウィンリィ‥」
急げ!エドアル救出作戦開始よ。」
アルの生還を微塵も疑っていないと、ウィンの声が後押しする。さらに車が賭けつけて来てエド、ウィン、パニーニャが緊張する中、出てきたのは
「早く始めたまえ。水は私が蒸発させてやろう。」
ビシッと決まっているロイだった。
「アルフォンス君がらみですし、雨も降ってませんから今日の大佐は役に立ちますよ。水の側は不味いですから、大佐は城の土台の上でお願いします。」
そのロイに、続いて降りてきたホークアイが言葉の暴力を振るった。
とっとと始めろ。鋼の。」
言われるまでも無い!
鉄砲水が引くまでの間。静かな町の住人は、錬金術のチカラを瞼に焼き付ける事になった。


「なるほどね。道理でこの城の土台、頑丈に作ってあったわけだ。あの水量にも耐えちまったよ。」
鉄砲水が治まって、ハボックは土台の上で一服点した。
恐ろしい勢いの水の流れはしかし短時間で湖から川を駆け抜けていった。怒声と轟音地響きの中、水流の勢いに壊される堤防を次々と再錬成しながら、確かにエドは聞いた。
兄さん、と。
「アルっ」
叫ぶエドの声も騒ぎにかき消される。それでも、エドを注意して見ていたウィンは気付いた。
「どこ?」
ウィンの声も聞こえない。口の動きだけが頼り。
「マスタング大佐、あそこを御願い!」
駆け寄ってきたウィンに服を引っ張られ、聞き取れなくてもロイはだいたいを察した。
「危ないから下がっていたまえ。」
耳元まで屈んだロイの声は聞こえたが、ウィンは聞こえないフリをした。そのまま手を握り締めて水の渦を見つめる。ロイは、溜息をつくとウィンの指差す方へ焔を向けた。
間も無く、水蒸気の影に見え隠れするアルフォンスの鎧。水も敬意を表したのか急速に勢いを落した。
アルっ
服が濡れるのも構わず最初に抱き付いたのはウィン。
アルッ。アル!
抱締めるには大きすぎる鎧に精一杯腕を伸ばして、ウィンはしがみ付くと大声をあげて泣き出した。
そのうしろ、エドは苦笑して見守る。
「取られちゃったわね。」
パニーニャが言うのにエドは笑った。
「いいんだ。」
アルは俺のところへ戻ってきたから


足場が崩壊していく、という認識は、ウィンリィとパニーニャを突き飛ばした先、兄の瞳が驚愕に開かれるのを見て感じた。兄から視線を戻し、ウィンとパニーニャの安全を確認すると、アルはバランスを崩しながらもなんとか体勢を整えられる場所を探す。
『ここでリタイアする訳にはいかない。兄さんを手助けするどころか、心配をかけてしまう』
こういう時、感覚の無い体は便利で不便だ。重さを感じないから鎧という体も素早く動かせる。反対に、危機管理が遅くなり自分だけならいいが、周りに迷惑をかけるおそれがある。
『煙っててよく見えないけど、あそこまで飛べれば』
アルの目指した先に、その男は居たのだ。
『ごめん!兄さん』
冑が飛んだと思った。落ちる感覚は視覚でしか分らない。遠ざかる光。
煙が落ち着いた時、アルは自分では動かせない瓦礫の下敷きになっている事を知った。水がさらに動きを封じている。
『湖まで飛ばされたんだ‥、兄さんは‥無事だよね。ウィンリィとパニーニャは大丈夫だっただろうか。ごめん、助けられなくて。』
手首は動くが水の中では錬成陣は消えてしまう。視界はほとんど無く、しかしアルは諦めずに何度も描き続けた。兄の元へ帰る為に。


見つかったアルは腹部が砲弾で大きく凹んでいたが、幸い砕けた部分も無く、すぐにエドの練成で治った。
エド達のおかげで町は洪水には見舞われなかったが、ロイの蒸発させた大量の水蒸気で、ジットリと濡れている。
汗まみれ泥まみれ、睡眠不足で隈付けて。休む間も錆び止めする間も無く、生還を喜び合う時間も無く。町の復旧を手伝って。長い1日が終わる頃、やっと訪れた平和。可哀想な大人は、疲れた体に鞭打って軍部へと帰り、もう動く事も出来ないだろうと判断したアルが、当てにならない大丈夫を繰り返すエド達を休ますべく、もう1泊この町に宿を取った。

「ね、今日は一緒に寝てもいい?」
「いいけど‥パニーニャは?」
枕を持って訪ねてきたウィンに途惑うアルと、少しつまらなそうなエド。
「あたしは全然OKよ〜。部屋広くて使い放題v」
舌を出して立ち去るパニーニャに、ウィンは心の中で手を合わせる。
「じゃ、僕も‥」
出ていこうとしたアルの手をウィンが捕まえる。
「アルと一緒に寝たいの。」
「同じ部屋で?」
ウィンは首を振る。
「同じベッドで。」
「………。はぁ?な・何言ってんだよ、ウィンリィ〜。僕、鎧だよ!?一緒になんて‥でかくて邪魔だよ。」
「一緒に寝たいの。ダメ!?
下から御願いの瞳で見上げられて、アルはほとほと困る。
「兄さ〜ん、何とか言ってよ。」
「よく見てみろよ、アル。」
エドはベッドに転がると頭の後ろで手を組んで天井を見つめた。
「ウィンリィ、震えてるだろ。」
「え?」
「違うわよ!ちょっと寒くて‥」
アルが見下ろした先、ウィンの細い肩が小刻みに揺れていた。
「それを止められるのは、お前だけなんだよ。」
エドは目を閉じると、壁の方を向いてしまう。
「兄さん……」
エドを見つめるアルに震える声が届く。
「今晩だけ。御願い。」
エドにはバレバレで。もうウィンには恥も外聞も無かった。だって恐い。ねぇ、わかるかなぁ?アル‥。
あの日と同じ。エドを抱えてきた鎧が本当にアルだと分るまでの、あの喪失感を。

一生懸命笑ってはいるが、ウィンの泣いてはらした目にまた涙が浮かぶのにアルは胸が痛んだ。
「心配かけて、ごめん。ごめんね、ウィンリィ‥」
硬い鎧が優しく触れてくるのに、ウィンリィは涙が止らなくなる。
『ありがと、エド。今晩だけ…、いやそれは勿体無いからチャンスがあればこれからも!アルを貸してね』
涙を拭きながら、ウィンは笑った。


体力の限界だったウィンの寝息は直に聞こえてきた。起こさないようアルはこっそりベッドを抜け出した。
『ありがとう、ウィンリィ。心配してくれて。』
疲れは残るが安らかな寝顔に、アルも満たされる。
そのままエドのベッドに寄ると案の定毛布が蹴飛ばされていて、アルはそっとかけ直した。
『ありがとう、兄さん。助けてくれて。』
アルの手に、エドの腕が伸びる。
「寝てなかったの?」
小さい問いかけにエドは笑っただけだった。
「寝れないの?」
エドは首を振ると、アルの手を握った。しばらくしそのままで。
安心できたのか大きく息を吐くと、やっとエドはアルの手を解放する。
俺を信じてくれて‥、帰ってきてくれて、ありがとな。アル
動いたのは唇だけだったが、アルはエドの声を受け取った。
「当たり前なんだから、ありがとうはヘンだよ。」
当たり前?
「当たり前!だよね!?」
そっか。そ、だよな。っていうか、怒らなくちゃいけない!?
「あ、バレた?そうだよ、なに足引っ張ってんだーってね。」
まったくだ。反省するように!
吐息だけの笑い声がエドのまどろみを誘う。
察したアルが自分のベッドに戻る間も無く、エドの安心した寝息が柔らかくその背に届いた。

誰かの為に、何かの為に一生懸命になれる事。それをさりげなくやってしまう人。努力という言葉に縁遠い7月竜は、そんな人に憧れます。
しかし、なんですな。なんでカッコ良くならないんだろう、7月竜が書くと。さすがに呆れを過ぎて嫌になりますね。登場キャラ全員カッコ良くしたいと思ったのが無謀だった(涙)。2004/05/05