ストーブの中でパチッと薪が爆ぜた。
そろそろ薪を足さなければいけないかな、とアルフォンスがカードから目を離す。
「アルの番だぞ。」
ストーブの中の薪は赤々とした炎に包まれていて、急いで足す必要は無く。アルは兄に促されて台上のカードを捲った。
『あ‥』
「どうした?」
机の向こうで笑う兄の顔。
「‥‥‥、参りました。」
エドは自分のカードを見、アルの顔を見る。
諦めが悪い と称される兄と同じ性質を、弟は辛抱強い と言われる。
【俺はシツコクて、アルは根気いいかよ!?】
そう拗ねてみせたエドだが、どちらも同じ。往生際が悪いと言う事。だから、体を取り戻せた。
そのアルがこうもあっさり諦めるのは
『‥、誕生祝って事か‥』
体を取り戻してから間もなくで、お世話になった人達への挨拶や軍属の処理、これからの生活設計。更には軍からの追求を逸らす工作など今までの付けでやる事は山のようにあり、気付けばエドの誕生日は明日になっていた。
そして明日すらも、汽車の時刻表刻みに用事が詰められており、とてもお祝いどころではなかった。
【ごめんね、兄さん。明日、誕生日なのに‥】
何もできないと項垂れるアルに言われるまで、忙しくてエドワード本人も気付かなかった。
『アルが覚えてくれてただけで十分なんだけどな‥』
そしてわざと負けないところがアルらしくて、口元が緩みそうになるのを、エドはぐっと噛み締めた。
「約束だったね、後片付けと‥明日は朝イチの汽車だから、それまでの間で1つ言う事きくよ。」
食事を自分達で作れず出来合いの物で済ます。そんなハードな日は会話も少ないから後片付けは、コミュニケーションも兼ねてカードで決めていた。
何も贈れなくてもせめて少しは兄を喜ばせたい、そんな気持ちにエドはカードに隠れてクスンと1つ鼻を鳴らす。
そして、思い付いた。
エドが辺りを見回し、紙に走り書きするのをアルは見守る。
差し出されたメモ。
「‥‥‥、これ?」
言葉も無く頷くエドはまともにアルの顔が見れなくて、ちらっと見ては視線を外し、また引き寄せられるようちらっと見るを繰り返す。
そんな兄の様子を眺め、時計を見、アルは持っている自分のカードにもう一度目を落とした。
『!‥断られる‥!?』
メモを差し出すエドの手が汗ばむ。
「あ、、あの、さ‥」
「分った。」
アルはエドの手からメモを受け取った。それをズボンのポケットに仕舞うと、カードを片付けシンクへと姿を消した。
「ア、、、アル‥!?」
「兄さんは先に休んでてよ。シャワーはちゃんと浴びるんだよ。冬に汗かくほど、今日も働いたんだから。」
疲れが取れるから というアルの言葉を待たずにエドは浴室へと飛び込んだ。
顔が赤い自覚がある。
『赤いどころか、心臓が‥』
バクバクする。
「‥‥‥、兄さん?僕、用意してくるから」
アルに声をかけられやっと、脱ぎかけた服を絡ませて、エドは自分が胸を抑えぼ〜と立ち尽くしていた事に気付いた。
「ア、、アル!?、、あ、用意って、、、うん‥‥」
へくしょん くしゃみひとつ残し、エドは浴槽へ飛び込んだ。
『鼻血、出そう‥』
鼻までお湯に浸かると、エドはぶくぶくと泡を立てた。



『アル‥‥‥、どうしたんだろう‥』
念入りに体を洗って、シーツを整えて、寝室を温めて。エドはベッドの上で枕を抱えてドアを見つめている。ドアノブが回るのを、待ってる。
見に行きたい、探しに行きたい!‥けど、行けない。
悪戯半分、でも期待大で書いた言葉。
『ちぇ〜、いつまでたっても慣れねぇ‥』
いつだってドキドキする。弟の目が、自分を捕えると。
鎧だったせいで、アルからのスキンシップは多くない。アルは今でも自分が触れると壊すような気がするのか、触れると言う事には慎重だ。
だからこそ、偶然が待ち遠しい。
だけど、心構えができてないから、意識した途端どきっとして手を、体を離してしまう。
【あんたさぁ、それ、なんとかなんないの?】
幼馴染が心底呆れたように言った。
【恋敵に教えたくないのよ、本当は!だけど、アルが悲しそうな顔するんだもん。も〜我慢できない!敵に塩を送っても、アルが笑ってくれる方が良いっ】
地団駄踏む勢いでウィンリィは言い放つと、悔しいと叫んでエドを引っ叩いた。
【アルを悲しませたら、承知しないからね!それからエド、アルは触れることで自分があんたを傷つけたり、あんたがアルを嫌ってると思って悲しんでるだけだから、誤解しないように!!】
「余計なお世話だ」
エドは記憶の中でも自分に指を突きつけたウィンリィに舌を出すと、自分の手を眺めた。
握ったり、開いたり‥。今は不自由なくアルの体温を感じられる右腕。
『でも、自然を装って触れるのがどんなにタイヘンかなんて、お前は思いもしないだろう‥』
兄として手を繋ぎ、兄として抱き締める。
でも
『お前、あのメモ、了解したんだろ!?‥‥‥、それとも、気が変わった?‥ううん、最初からスッポかすつもりで‥嫌って言う意味でメモ、受け取ったのか?』
〃自然に〃から〃意味を持って〃触れる、その宣言。
『お前、メモを‥さ‥‥ 』
どんな難局だって持ち前の気質で乗り越えてきた。そんなエドワードでも臆病になる。
『審判を下すのはアルで、俺はその足元に跪く罪人だ‥』
弟を、自分と同じところに引き釣り込もうとする最悪の‥
「でも、仕方ない。今断られたって、断られ続けたって諦めれない‥‥。アル‥‥‥」
枕に顔を埋めると、エドは足音を待ち続けた。


「‥‥、兄さん?ちょっと、そんな格好で‥」
朝日とともにやってきたアルは、ベッドの上、壁にもたれて枕を抱き締めているエドの肩を揺すぶった。部屋は暖かく、冷えていない兄の体にアルは一先ず息をつく。
「何やって‥」
「お前‥‥どこかへ行ってたのか?」
枕から顔を上げず、それでも肩に触れたアルの手の冷たさに、エドは低く声を紡ぐ。
「‥ずっと、待ってた‥‥、これが、返事なのか?」
怖くて、悲しくて、頭にきてて‥でも愛しくて、エドは血を吐くように呟いた。
「約束‥」
「約束どおり、してきたつもりだけど‥暗かったし、時間かかっちゃった。」
「‥‥‥‥、約束どおり?」
エドはのろのろと顔を上げた。上気したアルの顔がエドを見下ろしている。
「朝だね、兄さん。明けましておめでとう。」
「‥‥‥、明けましてって、お前‥新年じゃあるまいし‥」
「新年だよ。兄さんが生まれた日が年の初めだもん、僕の。」
アルがカーテンを開けると朝日が燦々と部屋に降る。
振り返ってエドに笑うと、アルは窓際から離れクローゼットから着替えを見繕い始めた。
「‥‥俺の誕生日が、一年の始まり‥?」
「繰り返さないでよっ。」
恥ずかしいなぁ〜、もう と、悪態つく後姿の耳が赤くなっていて
「‥‥‥っ」
エドはベッドから降りてアルを抱き締めた。
「兄さん、用意ができないよ。汽車の時間まであと」
「もうちょっとあるだろ!?俺は、こうしてたいんだ、今‥」
「ダメダメ、体冷えるから。僕、冷たいんだからね。」
アルは苦笑してエドから逃れると、エドに着替えを渡した。
「早く!兄さん。急いでね。」
逃げたアルにエドは口を尖らせたが、すぐに顔が緩んでしまう。
『ああ、どうしよう‥こんな、これは、なんていうか‥』
「うん、〃すっげぇ嬉しい!〃だ」
緩みそうな涙腺をゴシゴシと手で擦ると、エドは手早く服を着て自分を待つアルのところへ向かう。
「‥行くぞ。」
「うん。」
そろって出かける道。
「あ、ちょっと待って。こっち」
アルがエドの手を引っ張って走り出す。
「?汽車の時間無いんじゃないのか?」
「寄り道したいから早く出たんだよ〜」
それは駅に続く表通りの中央広場。その噴水が、ベンチが。通りに面した教会が、駅までの道が。きれいに整えられ、爽やかな装飾が飾られていた。
「?昨日まで、こんなだったか?」
「だから約束。」
「約束?」
「メモくれたでしょ!?奉仕って。」
「‥‥‥‥ 」
エドはその場にしゃがみ込んだ。
エドの渡したメモ。確かにそれには〃奉仕〃の二文字が記されていたのだが
「兄さん?」
「奉仕の意味が‥」
「え?ごめん。場所が違った?でもあの時間からだと、この辺りが精一杯で‥兄さん?」
立ち上がれそうに無いエドに、アルはおろおろと辺りを見回し、でも他に何も思いつかず、そっとエドを抱き締めた。
「ごめん、兄さん。また今度、兄さんの言う場所に奉仕するから」
遅い夕飯の後片付けをした後、寝もしず朝までかかって街を清掃するなんて。
『お前だって疲れてるのに、バカ真面目だなぁ‥‥、いや、バカは俺か‥』
たぶん嬉しい。とてもとても大好きで叫びたいほど愛してるって気持ち。それがあまりに大きくて、エドはこの気持ちの名前が見つけられず、エドは喉で笑うと、立ち上がってアルを抱き返した。


改札を潜る。
「今日は街がキレイだね。」
馴染みになった駅員さんが声をかける。
「兄さんの誕生日だからね。」
誇らしげに言う弟の、嬉しそうな笑顔が一番のプレゼント

誕生日おめでとう
年の初め、おめでとう

生まれた日から始まるんだよね、その人の一年て‥などと馬鹿な考えからあっさりできちまいました(笑)。
エルリック兄弟にはエドの生まれた日が年の初めで、アルの生まれた日は両親に(エドは頑固に母だけと主張しますが)感謝する日です。2005/12/3

A HaPpy NeW yEaR