幻影

7月竜

 「アル‥フォンス?」

   目の前の少年を、兄さんがそう呼んで。僕の時間は凍りついた。

その日
イズミは医者にヨック島で拾ってきた少年を連れ定期検診をうけに出かけ
シグ達は忙しく店を切り盛りする昼下がり

エドワード、アルフォンス、ウィンリィは店の裏庭にその少年を見つけた
見つけてしまった


 ヨック島であのくそガキに会った時から、予想していなければならない事態だった。
 あのガキとは違って、今、目の前にいる少年は失われたアルフォンスの面影をそのまま映している。

 「アルフォンス‥」
 再度の呼びかけに、少年はにっこり笑った。

     エドが少年に手を伸ばす。恐る恐る。ゆっくりと。
     ねぇエド、その子はアルなの?だったら、今、あんたの後ろに控えてる、立ち尽くしてる鎧は誰?
     ………。分らない。分らないよ、エド。わたしには分らない。
     そんなの、嫌だ。嫌だよ、エド。アルが分らないなんて、そんなのは嫌だ!

 「‥‥うっ」
   泣き声が聞こえて、僕の時間が動き出す。
 「ウィンリィ‥?」
   振り向くとウィンリィが泣いていて、僕は慌てた。兄さんは少年に、気を取られていて、気付かない。
 「ウィンリィ、あの‥」
   ウィンリィも、あの少年を僕だと思って。僕が帰って来たと思って、泣いてるんだろうか。
   それとも、本当にあの少年がアルフォンスで、僕はただの記憶の欠片で。僕の方が偽者だったら!?
   もしそうなら、僕はどうなるんだろう?どうすればいいんだろう‥。

 「ウィンリィ?」

 急に肘を引かれて、ハッとして振り向いた。ウィンリィが涙を流しながら俺を睨んでる。
 「なんだよ‥!?」
 バシッと遠慮無い平手打ち。
 「何するっ」
 「嫌だよ!エドッ」
 「だから何が!?いい加減にしないと怒」
 今度は思いっきり脛を蹴りやがって
 「ウィンリィ、どうしたの?落ち着いて。
 アルが止めに入る。まったく!好き放題しやがって。
 アルに両手を取られながらも、ウィンリィはまだ俺に向かってこようとしている。

 「…誰よ」
 「は?なんだって?」
 息も絶え絶えになって、いったいどうしたんだ?ウィンリィ。
 アルを伺っても、アルは‥‥?

 「アル?
 「何?」
 「どこ見てる?」
 「どこって‥ウィンリィが」
 「何、考えてる?」
 「何って‥兄さん…」
 「何故、俺を見ない?」
   アルの腕から力が抜けて、わたしはその場に跪いた。足が震えて、力が入らない。
 「ウィンリィ!?大丈夫」
 「何でよ。」
   心配げに触れてくるアルの手を振り払う。
 「あんた達には分っても、わたしには分らないよ。」
   サンダルを掴んでそのまま投げた。そのまま膝に顔を埋める。

 「ウィンリィ‥」
 「‥‥、その子はアルなの?」
 「あ‥」
   僕が口を開くより早く、兄さんがウィンリィを引っ張り上げた。
 「アルの体を持ってったヤツだ。アルだけど、アルじゃねェ!」
 「兄さん‥」
   僕の声に、兄さんが驚いて眉を寄せた。
 「まさか、お前‥」
 「あ、でも‥さっき兄さん、アルフォンスってその子を‥」
 「お前の体なんだから、アルフォンスだろ!?」
 「あの‥」
 「だからアルは?どっちよ!?」
 「俺の弟はこっち!」
   兄さんは僕の肩に飛び乗って、僕の首にしがみ付いた。
 「あっちは、アルの体を持っていった泥棒。」
   僕といえば、すごく安心してる。バカみたいに、嬉しい。
 「俺が失くせないのは、アルな・ん・だ・よ!」
   図に乗った兄さんはそのまま僕の冑にキスをした、らしい。
 「あーーーっ」
 さっきまで泣きべそかいてたくせに。
 俺がアルにキスした途端、俺の足を引っ張りアルから引き摺り落しやがった。
狂暴な女だぜ、まったく。

 「あの子、どうする、の?どうなるのかな‥」
    アルの呟きに引き摺り落されたままの格好で、エドは片膝を抱いた。
 「……、アルが元に戻るなら」
 「兄さん!?」
    アルの声に不安が宿る。でも、きっと。わたしでも、きっと…!エドと同じ。
 俺はソイツを殺せる。」
    抑揚の無い声で言った後、エドはアルを振り仰いでおだやかに笑った。
 「だけどさ。俺達二人なら‥」
 「うん。そうだね。僕達二人でなら、別の方法を探せるよ。僕達の間違いは、僕達で正さなきゃ。」
    あぁ、これが二人の強さ。わたしの敵わない絆。

 「あれ?あの子は?」
 「あーっ、どこ行った?探せ!」

ダブリスの昼下がり。
誘惑、あるいは希望だったのか。
いずれにしても幻はもういない。 

突発的に書いてしまったアニメ設定パロ。第29話はなにか"へ〜"って感じのネタだったんですっ(>▼<)。アルのコピーが現れたら、どうなるのかなぁっと(夢)。ウチの兄ちゃんアルの為なら殺しかねません。そしてアルと自分と未来の為に殺したりしません。
あと、エドにはアルが分るけど、ウィンには断言が出来ない。そんな悲しさ。そんな事を散りばめたかったような、行き当たりばったりのような(笑)
3視点でとっても読みにくく、申し訳無いのですが、書いてる本人は楽でした。技術がない為、セリフや感情の書き分け上手く出来てないと思ったので、色分けという姑息な手段を使ってみたり(爆)2004/05/05

「こいつはさぁ、アルフォンス・エルリックそのものなんだよ。」
そんな事言われても、僕には答える術が無い。
「手も足も、体も顔も!心臓だってアルフォンス・エルリックで出来ている。」
「‥‥、母さんを錬成した時に僕が失ったものから出来ているって事!?」
ホムンクルスと名乗った黒髪の相手は鷹揚に頷いた。
「こいつに無いのは、記憶だけだ。なぁ、どっちが本当のアルフォンス・エルリックだと思う?」
「僕にとって大事なのは、兄さんが、兄さんやウィンリィやばっちゃんや師匠、皆が!幸せである事だ。兄さんにとって僕が重荷になったり、僕が鎧である事が‥」
ノンノンとホムンクルスは指を振った。
「あんたがアルフォンスであるという証明は無いよ。」
「‥そうかもね」
一息ついてから言い直す。
「"アルフォンス"が鎧である事が皆を悲しませるなら、僕はアルフォンスでなくてもいいさ。」
ずっと怯えていた。元に戻れなかったらどうなるだろう?と。でも、今。不思議なほど穏かだ。答えが見つかったからだろうか?
希望が打ち砕かれるたび、兄さんは深い悲しみに包まれる。だけど僕を戻すと言う事が無ければ、道は真直ぐ続いていると思う。
兄さんの手足は戻らないかもしれない。あの子から手足を奪うのは‥。
でも、兄さんには手足があるんだ。機械鎧でも、心の篭った手足が!
そりゃ僕の鎧にも兄さんの思いが込められている。だけど尊い思いだけでは人間の括りには入れない。
僕は人間とは呼べない。
支えてくれる人がいて、兄さん、生きていけるよね!?挫けたり、しないよね!?
「誰がアルフォンス・エルリックだって構わないさ。譲れないのは誰がアルフォンスであろうと、兄さんを、兄さん達を傷付けたりしない事だ!」
「‥‥、へぇ〜!?そう叫ぶ権利、あんたにあるの?」
「ある!」
これは即答する。権利と言うより義務と言うべきか。だってたくさん貰った!愛情も、幸せも。
叫べるのは本物のアルフォンス・エルリックだけじゃないの?と問われても。
"アルフォンスでもないくせに" そう言われても。
今まで兄さんに与えてもらった全てに対して、僕はそう叫ぶ。
権利を否定したら、僕は兄さんの愛情を否定する事になる。
「アル〜?どこにいるんだ〜?」
遠くで兄さんの声が呼ぶ。
「あの声は誰のものだと思う?」
「誰のものでもないよ。強いて言うなら兄さんを愛する、兄さんが愛する全てのものだよ。」
「僕にちょうだい。」
はじめてアルフォンスの少年がしゃべった。僕の声、なのかな?よく分らない。
「コイツにはさぁ、なぁんも無いんだよ。不公平じゃん!?」
「何も無い事が不公平だとは思わない。だって、その子には、掴む腕があるじゃないか。歩く足だって。君がアルフォンスと言うのなら、アルフォンスとしてやれる事をしてくれなきゃ、僕は譲る気は無いよ。」
そうじゃなきゃ、兄さん達には余計な足枷になるだけだ。
僕に何が出来るかなんて、たいそれた事は持ってないけど。何もしなくて、何も頑張らなくて‥、それだけじゃ淋しい。たとえ体があったとしても。
頑張った事が結果にならなくても、誰の記憶に残らなくても、僕は‥
「アル!?、ここか?」
すぐ近く。扉の向うに兄さんがいる。
「記憶、貰いに来るから。」
楽しそうな声。
「魂、貰いに来るから。そしたら、アルフォンス・エルリックは‥」
店の裏戸が開く。
陽が射したような、そんな眩しさを感じて。僕の意識は目を細めた。
「どうした?アル!?」
「‥ううん、なにも。」
ホムンクルスとアルフォンス少年は、もうどこにもいなかった。
次に会う時、僕達は‥?そして兄さんは‥‥!?
その時も、どうか笑えますように。
いつまでも、兄さんに笑顔がありますように。
Homunculus