immolation 犠牲
betrayal 裏切り



その町の近くで、兄さんが熱を出した。
無理な行程を強行した結果で、僕は兄さんを背負って夜の町に滑り込んだのだ。
田舎の、小さい町。
余所者で、しかも病人と鎧姿の深夜の来訪者を受け入れてくれる宿は無く‥
「兄さんを!兄さんだけでいいですから一晩暖を取らせて下さい。明日には病院へ行きますからっ」
                                                         ヒ ト
華やかでもなくゴージャスでもなく。ぴったりした黒いドレスの上にストールを巻いただけのその女人は、僕と兄さんを繁々と眺めた後、僕らを家に招いた。
「ありがとうございます。」
「‥‥貴方、弟なの?彼の。」
「はい。」
「顔、見せてくれる?」
「‥え?」
いきなり言われた事は無く、戸惑う僕に近寄ると、そのヒトは冑に手をかけた。
「見せてくれなきゃ、泊められないわ。わたし、一人暮らしなの。」
「あの、こんな格好で言うのもなんですけど、怪しいものじゃ‥、兄さんは国家錬金術師ですし‥」
「国家錬金‥若い‥エドワード・エルリック?」
「そうです。」
そのヒトは深く眠る兄さんを振り返ると、腕を組んだ。
「貴方は?」
「僕は‥」
振り返って嫣然と笑うヒトの目が、少しも笑っていないのに僕は観念して話した。
『今、ここを追い出されるわけには行かない。』
兄さんを一晩連れ歩いたり、野宿させる事だけは避けたかった。
病気は恐ろしい。
自分と無縁のものになったソレは、本当に‥
兄さんが回復できれば、僕がここで錬金術の忌わしい産物として捕まろうと、その結果、誰に迷惑をかけようと。
僕には兄さんが元気になってくれる事の方が大事だ。
『なんて薄情なんだろう、僕は‥』

話を聞き終えた女性はそれ以上追求する事無く、兄さんの世話をしてくれた。
「医者に行く必要は無いわ。わたしはこれでも医者だったのよ。」
兄さんの熱は高く意識が戻らない。できれば無理に動かしたくは無かった。
彼女は意識の無い兄さんに話しかけ、寄り添い、薬を飲ませて食事を与え看護をしてくれる。
それは、僕では行き届かない甲斐甲斐しさ。
『母さんやウィンリィなら、あんな風にしてくれるんだろうな』
この先また兄さんが病気になった時に備え、僕は彼女の動作を見習っていた。
しかし
「アル‥」
呟かれた声。その声はか細くて
「兄さん?」
僕は側に寄った。
熱は下がった。なのに、兄さんの意識は戻らない。もう一週間も経とうとしている。
「僕、病院へ連れて行きます。このままじゃ‥」
ベッドに屈みこむように座るそのヒトの背に声をかけた。
「エドワードの右腕を返して!」
つと、立ち上がったそのヒトは僕の鎧を叩いた。
「右腕の義手から感染するのよ!元に戻れば元気になるわ。」
「!」
ガシャンと音を立てた鎧に、堰を切ったようにそのヒトは手の痛みを省みることなく僕の胸を叩く。
何度も何度も
手に薄っすらと赤い血が滲むのに僕はどうする事もできない
やがて力が抜け、打ちつけた手が僕の鎧に縋って
零れる涙
 咽ぶ嗚咽
    僕は?
  僕は‥
でも、僕は。

返せるものなら兄さんに右腕を返したい!
その方法が見つかれば


    ‥‥‥、ううん。違う、ね
たとえ返せる方法が見つかっても

「右腕を返せ」
           と
「右腕を戻せ」
           と
  僕が頷ける相手はふたりだけだ

今の僕は兄さんの右腕の重みがある。
命をかけて僕をここへ連れ戻してくれた兄さん。
右腕を返すと言う事は、その行為に対する答えだ

    兄さんが右腕を返せと言うなら喜んで、僕は返すよ。その結果が僕の死だとしても

    そしてウィンリィが右腕を戻せと言うのを
    待ち望んでいるんだ、僕は
この罪に
兄さんの犠牲の上に生きているこの重みに
    終止符を打てる日を

『これこそが一番の背徳だね‥』

     ごめん、兄さん。ごめんね ごめんね ごめん、、ね‥
だって辛い
  兄さんの右腕が無い事が
悲しいんだ!
  兄さんに無理させてる事が
こんな、兄さんを想いを裏切っても
  僕は
          兄さん 兄さん 兄さん‥っ


「エドワードぉ」
兄さんの名を呼んで泣くヒトの肩に手を添えると、僕は鎧から彼女を引き離した。
「ごめんなさい。僕は返せません。」
「!」
彼女はキッと顔を上げた。
「なんて酷い人なの!エドワードが死ぬかもしれないのに、それでもあなたを生き返らせてくれたのに!そのエドワードの為に何かをしてあげもしないの?」
「‥‥‥、僕は死ねません。」
「その命をくれたのはエドワードじゃないの!」
僕は、死ねません
  兄さんの許し無く僕の命を使う時は、兄さんの右腕と
    そして
  兄さんの左足を戻す時だけ
兄さんが
ウィンリィが
    望むときだけ
それまでは

「僕は酷い人間です」
「人間なんかじゃないわ!あなたは体も、心も化け物よ!!」

兄さんに無理させる命
そしてそれを辛いと思う弱さ

「僕は、背徳の中に存在してる。だからひとつだけ。今の話は兄さんには決してしないで下さい。お願いします。」
「エドワードに嫌われたくないから!?厚かましいわ!」
「助けてくださってありがとうございました。」

「あんた達のおかげで、あのひとも陽気になったもんだよ。」
女性の家で養生するうちに、町の人達と打ち解けられた。
「彼女は夢の中に生きているんだよ。一人閉じこもってさ。確かに以前病院に勤めていたが、なにやら不祥事をやらかしたらしくてね。戻ってきたのさ‥可哀相なひとなんだよ。」
「いえ、僕達こそ本当にお世話に」
彼女に言われたものを買出ししていた僕のところへ、驚いた事に兄さんが走ってきた。
「アルっ」
「兄さん?走ったりして、、大丈夫なの?」
「来い!アル。」
「ちょっと、いきなり‥ダメだよ、無理しちゃ‥」
「無理じゃない。病気なんてとっくに治ってる!」
「でも‥」
「あの女が俺に薬を飲ませてたんだ!」
「え‥?」
「お前が居る時は起きられないほど薬を飲ませ、お前がいなくなると体は動かせないが意識が戻る程度に薬の量を加減して‥ちっ」
兄さんは忌々しげに舌打ちをした。
「今日は特に話を聞かせたかったらしい。薬を飲ませなかったから‥」
「兄さん‥」
「確かに世話にもなったから穏便に出て行こうと思ったんだが、どーでもいい!アル。」
兄さんは僕の腕を掴むと駆け出した。
「あの、済みません。助かりました〜」
僕の言葉は、町の人に届いただろうか

町を離れると、やっと兄さんは僕の腕を放した。
「アル‥」
分ってるよ。兄さんがそんなに怒るなんてさ

ごめんね 兄さん 聞いちゃったんだね
ごめんね 兄さん 僕はどういえば兄さんの気持ちを和らげられるか わからない
兄さんに悲しんでもらいたくない
それだけだよ


        あぁ、どうか

懺悔する相手こそに
      聞かせたくない言葉

     生きていてごめんなさいだなんて、どうして言える?
  助けてくれてありがとうなんて、この先も僕という荷を背負わせるような言葉を、どうして告げられるの?
だから


「僕ね、兄さんが好きだよ。大好き!」
「アル‥」
「助けてもらってるから‥な〜んちゃって」
「アル‥」
脱力するとでもすぐに持ち直し、兄さんは僕を小突いてニカっと笑った。
「お前が好いてくれるなら、いくらでも助けてやるぜ」
「兄さん‥!?」
「な〜んてな」




言葉にできなくても 思い合える深さ
言葉にできないほど すれ違う重さ




immorality 背徳
immortal 不滅



俺はずっと、いや今も!
俺という代価でアルを取り戻せるなら今すぐにでもしたい!
だけど‥
それでアルが傷付くなら
それがアルを悲しませるから
闇、深く。奥に隠し
明かりの無い聖夜に祈ろう。
俺の為にアルが化け物でいるのなら、俺は俺でない犠牲を捧げられる悪であろう。

  たとえ理に反していようと
アルの為に生きられる、この日々は
                         暗く 甘く
      どこまでも 熱い

背徳

原点を振り返ってみたら、こんな話に(汗)。以前のアルは「兄に罪や犠牲。なにより負担を負わせたくない」だったのですが、今回は「兄の為なら他の人を省みない」と呟いてたり‥でもすごく悲しいんです、こんな事言ってても。それが伝わればいいなぁと思ったのです(滝汗)。済みませんスミマセンすみません、、、、あ、架空の女性はアニーと言ったりして(爆)。
おまけはウィンリィに続いてのエド・クリスマス編。7月竜はこの時期キレイかわいいものが多いので楽しんでますが、書くとどうしてこんなんになるんだろう‥(涙) 2005/12/16