Imorinting

              7月竜



「アル、目、覚ましちゃった?」

朝の6時から部屋に飛び込んで来るなりの開口一番に、詰めていたロイは眠そうな目を向けた。
「いや、まだだ。早いね、ウィンリィ。」
「そう言うマスタングさんこそ、ずっとここに居るんでしょ!?寝てないんですか?目の下、隈がありますよ。」
色男が台無し と、笑うウィンリィの目は少しも笑っていなかった。

賢者の石と錬金術師の業を廻り、繰り広げられたダンテとホムンクルス達との狂宴。その幕が引かれたのはセントラル地下都市。
そこで
アルはエドを
エドはアルを
取戻す為に自らを錬成陣と化した
その結果
アルは戻って来た。十歳の頃のアルそのままの姿で。
そして
エドも戻って来た。生身の体で。


「どうして目を覚まさないんだろう‥?やっぱり錬成に問題が?」

ダンテの言葉に・錬金術のあり方に傷ついたエドをこれ以上悲しませたくなく、でも押し寄せる不安に、ついにウィンリィはロイに尋ねてみた。
「‥錬成自体には問題は無かろう。だが、等価交換が問題だな。」
「でも、等価交換は成立しないって‥」
「そう言ったのはダンテだ。本当のところは誰にも分からんさ。」
左目の眼帯を押えながら、ロイはため息とともに吐き出した。
「ところで、エドはどうしてる?」
ウィンリィは首を振った。
「小父さんが消える前に残していった資料と格闘してる。」
「そうか‥」
アルの眠るベッド。その横で窓を背にして座るロイの向かいにウィンリィも座った。

「変よ。」
昨晩ホークアイが入れてくれたコーヒーを、冷たく舌の上に転がしていたロイは、ウィンリィの呟きについっと目線を上げた。
「絶対ヘン!」
「君も、そう思うかね!?」
ロイも身を乗り出す。
「これって好機でしょ!?」
ウィンリィはちらりと眠るアルの幼い顔に視線を流した。
「可能性から言えば。」

可能性

死んだと思われていたマルコーが衰弱しながらも、第2研究所で生きて発見された。
「生まれ変わってるのじゃないかな。」
錬金術は使えないが、アルを診察したマルコーは、アルの状態を指して羽化前の雛のようだと言ったのだ。

雛!
雛といえば、刷り込み!
目を覚ましたアルが最初に見た者のあとを付いて歩く

この思い込みは傷付いたエルリック兄弟を見守っていた一部の人に、微妙な希望を与えた。
かくして、アルの一番争奪戦が始まったのである。

「なのによ!?」
ウィンリィが言うヘンなところ
それは、エドがこの争奪戦に加わっていないことだった。
「怪しい、が、我々にとってはまたと無いチャンスでもある。ヤツの気まぐれに付込む。」
拳を振るロイにウィンリィが頷いたところへ、ラッセルがコーヒーを持って入って来た。
「「あれ?ウィンリィさんも居たんだ。俺の分だけど、良ければコーヒーどうぞ。」
ロイとウィンリィに差し出されたコーヒー。
「悪いから、わたしはいいわ。」
手を広げるウィンリィから、ラッセルがロイへと視線を移す。
「先日、君が持って来てくれた朝食を食べたバラックハヤテ号がそのまま爆睡していたが?」
「へぇ?犬には悪いものでも入ってたかなぁ。」
「その件に関しては、ホークアイ中尉が君を探していたぞ。」
噴出す汗を拭い、ラッセルはコーヒーと自分の腰をテーブルに乗せた。
「部屋を占拠しているムッツリオヤジの排除、という理由じゃ納得してくれないかなぁ」
「なんか言ったか?」
ボヤくラッセルに鋭い一礼を浴びせると、ロイはアルのベッドの下を蹴飛ばした。
「それからお前も!なんでここに居るんだ。門の向こうに入ったんじゃないのか!?」
ベッドの下から頭をかきながら出て来たエンヴィーは、ボスっとそのままアルのベッドに座り込んだ。
「イヤだなぁ〜。エルリックのバカ兄弟をいたぶれる絶好のチャンスを棒に振るわけ無いじゃん。ホーエンハイムだって」
「あの色ボケ親父‥失礼、光のホーエンハイムも戻ってるのか!?」
「どうでもいいけど、二人ともベッドから退いてよ!」
ウィンリィが二人の黒頭を押し退けると、アルを抱え込む。
「「「あ〜それは卑怯〜!」」」



「騒々しいですね、中は‥。あれでも起きないんでしょうか、アルフォンス君。」

「だろ!?だから騒いでるじゃねーか。」
ロックベル家のキッチン。
上司が怪我と国家反逆を理由に仕事をサボってアルにへばり付いているのを、呼び戻す為に昼間つめている3人衆。ハボック、ブレダ、フュリー。ちなみに夜は日中司令部で溜まりまくる仕事を片すホークアイとファルマンが交代する。
「そういやお祭り好きのお前は参戦しないのか?」
ブレダがチップを摘んだ手で、イスにも垂れているハボックをしゃくった。
「確かに。騒動は面白ぇしアルのヤツは側に置くに可愛いと思うが、アルに付随してくる連中を思うとなぁ‥」
3人の頭の中に、黒髪の上司や金髪の危険分子達の他にも、肉屋やトリンガー兄弟。ホムンクルスや死んだとされるがいつ生き返っても不思議じゃない傷の男達が回転木馬に乗ってぐるぐると回った。
「そうだなぁ。」
ブレダも深く深く頷いた。


「理論的には完璧だと思うが‥」
「理論じゃ意味無い。失敗は許されないんだ!」
地下都市でダンテが描いていた錬成陣。それに手を加えて完成させた複雑な紋章を眺める、というより睨み付けるエドに、父・ホーエンハイムはため息をついた。
「そんな事言っても‥エドワード?錬成の門は開けても、誰もその先をコントロールした者はいないんだよ!?」
「駄目だ!何が何でも成功させるんだ!!」
「それより、刷り込みの方が成功する可能性は高くないか?」
「何言ってるっ。こんなチャンスもう無いかもしれないのに。」

エドの言うチャンス。
それは、アルフォンスに自分を兄より重要な存在として認識させる事。
刷り込みは、最初に視た者を保護者と認識する事。それでは現在の兄という立場となんら進歩が無い。

【恋人になるんだ!】

    アルを助ける為に、エドは門の向こうへ飛ばされた。
    そこでアルに逢うだけに生きている。

そういった証拠をたくさん残して、門の向こうへ消えれば、アルは感激し、自ら自分を探しに来るだろう。
そういった希望的観測に頬を緩めながら、エドは鬼のようにホーエンハイムを使いながら頑張っているのだ。

「人生はそんな上手くいくもんじゃ無いのに‥」
「なんか言ったか!?」
ホーエンハイムは落としていた首を上げると、おもむろにエドを錬成陣の中へ突き飛ばした。
「考えていても仕方ないだろう。頑張るんだな。」
そう言って立ち去ろうとするホーエンハイムのズボン裾を、エドは掴んだ。
「何をする?エドワード。放せ。」
「100%の成功じゃない以上、あんたも一緒に来るんだよ。失敗したときに備えてな。」
「馬鹿者!私が残らなければ、どうやってアルフォンスにお前の事を伝えるんだ。残した証拠だけでは、誰かに。たとえばマスタング君にでも隠匿されかねない‥」
「あ、そうだった。しまったぁぁーっ!」



「雛のようなものだとは言ったけど、雛と言った訳でも、ましてやアルフォンス君は人間で、鳥じゃないんだから、考えなくてもわかりそうなものなのだが‥」
マルコーは窓の外、病院の中庭を元気に走る少年アルフォンスを眺めてため息をついた。
病室に目を移すとドクターマルコーは、連日の徹夜と、刷り込み画夢に敗れたショックで寝込んでいるお間抜けさん達を見やって、首を振った。
「どこへ行ったんだい?エドワード君‥」

府抜けた連中は記憶を失くしたラルに、エドはおろか経緯も話せず寝込んだままで、アルは何も知らずに元気に少年している。

エドとホーエンハイムの行方は‥、知れない。(笑)

しまい                       2005/06/12