旅愁

7月竜

廊下を曲がろうとして、慌ててエドワードは引き返し身を隠した。身を隠すなどおよそエドには不釣合いな行動が、今見た光景の動揺を現している。
待合のソファに座るアルフォンスをロイ・マスタング大佐が抱締めている、光景。
『落ち着け、落ち着くんだエドワード・エルリック!見間違いだ、最近疲れてたし』
ふひ〜
大きく息をつくと、でもこっそり、エドは壁から顔を出して廊下を覗き込んだ。
!!!▲■××〜ッ
意味不明の音を発し、エドは二人の元に走り寄った。
何してやがるっ
ここで、余裕の返答、皮肉な笑みを返すのがロイの常だったが、あろう事か、今回は慌ててアルから離れた。
何してたって、聞いてんだよっ!
そのらしからぬ行動ににエドの声が低くなる。
「兄さん、もういいの?」
エドの治療を待っていたアルは、今にも飛び掛らんばかりの兄をさり気に制した。

東部地方のある街で計画されていたテロ。違法手段に賢者の石の噂はつき物で、立ち寄ったエルリク兄弟は組織の嘘と非道に大暴れし、尻拭いに彼を国家錬金術師に推挙したロイがわざわざ呼ばれた。ホークアイ中尉レベルで報告書を完結させるには、暴動規模が公になりすぎたのが原因である。
直情型の割に誰かが傷つくのは我慢できないエドは、怪我を独りで請け負った。
結果の病院送り。
怪我はたいした事無かった。ただこれ以上騒がれては面倒と、ロイが病院へ放り込んだのだ。

「怪我なんかどうって事ねぇ。そんな事より、大佐、説明してもらおうか!?」
〔自分で手当てしたってどうって事ない程度の怪我〕で〔わざわざ〕病院へ連れてきて〔アルを外で待たして〕治療を受けさせた、そしてその間〔ロイはアルと二人きりだった〕という疑心な考えがエドの顔にありありと現れている。
「治療代は自分達で払ってくれたまえ」
「そんな説明じゃねぇ〜」
既に落ち着きを取り戻したロイは、片眉上げてちみっ子を見下ろした。
「兄さん‥」
いつものアルの制止は…しかし覇気が無かった。
頭に血が上っていても、エドはアルの微妙な変化は見逃さない。全てを理解はできないが、感じ取る事は出きるのだ。たとえ表情は無くとも。
「アル…?」
エドもアルも言葉が続かない。
励まし合う事はできても、相手への心情を言葉にはできない。ただ、見つめ合うしかない二人に溜息をつくと、ロイは身を翻した。
「鋼の、少しは自重しろ。それから、アル」
呼びかけられると思わなくて驚いたアルが立ち上がると、ロイは愛情と憐憫と怒りの入り混じった横顔で笑った。
「君も自重しろ。でないと今度は、抱っこしちゃうぞ
なっ!
目と口をくわっと開くエドの横で、アルは深々と頭を下げた。彼の弱音を黙っていてくれた事に、大丈夫だと抱締めてくれた事に。

はっはっは と爽やかな笑いを残し、ロイは去っていった。
毛を逆立てて追いかけようとするエドの首を掴み、アルも会計へと向かった。
「なぁ、本当に何してたんだよ…」
「ちょっとね…。あ、でも大佐が僕を気にかけてくれるのは、〃兄さん〃の弟だからだよ。大佐は兄さんの事、大切に思ってるんだ」
「それは違うぞ、アル。気を許すな」
御互い微妙にずれた会話を交わしながら、兄弟の旅は続く。

「大佐、どうかしたんですかい?」
面倒事の付き人はハボックが適任と指名され、しぶしぶノンビリ付いて来たハボックは帰りの車で何やら思案げなロイに首を傾げた。
「傷付けたくなくて自分を省みれない猿と、気持ちでは感じ取れても体では感じれなくて、代れない自責と失う恐怖を隠している臆病者の、どちらが馬鹿なのかね」
「…そりゃ、どっちもでしょ」
「まったくだな」
面白く無さそうに鼻を鳴らすと、ロイは残像に目を瞑って眠りに逃避した。

驚いちゃう事にロイさん〃アル〃と呼んでますが、通常はアルフォンス君です(何説明してんだか;笑)。アルと呼ぶ場合エドへの嫌がらせが多いのですが、これは本気でアルフォンスに対して呼んでます。自分でもびっくりデスな。
朱鷺ハク様のHPに載せてもらってました。ありがとうございました!