「ちょっと、エドぉ!こんな夜中に何の電話よっ。」
日付変更をウィンリィお手製のカラクリ時計が奏で、そろそろベッドに入ろうとしたところへかかってきた電話。ウィンリィは不機嫌丸だしで受話器を取った。
「?エド!?なによ、ちょっと!なんか言いなさい‥‥、エド?あんた、泣いてるの?」
ぐすぐすきこえる鼻。ハッキリしない声。途切れ途切れの言葉へ”どうしたの?”と聞く前に、”シャキッとしろ!”と言うところが二人の関係を物語っている。
”アルになにかあったの?”と言おうとしてウィンリィは思い留まった。
アルに何かあったら、エドなら即行動すると。泣いて電話をしてきはしないと、信頼を持っている。
「アルがどうしたの?」
アルの危機ではないがエドにとってはヤバイ事。そしてそれは、電話をしてきたところから見るとウィンリィにとっても、と言う事だ。
案の定、ウィンリィの言葉に受話器の向うで声が詰る。
「エド。こんな時間なのよ。じらさないで!」
口調は厳しくても辛抱強くエドの嗚咽に付合っていたウィンリィ。
そしてようやく話が見えてのは、小一時間が過ぎる頃だった。
「アルに恋人ぉ!?」
我ながら大きい声に、ウィンリィは口をおさえた。
「どーゆー事よ、それ!」
音量は控えてもウィンリィの声音には動揺が滲んでいる。
然も有りなん。話題の人物、アルは鎧姿だった。
確かに鎧であっても、アルの人柄は言動に滲み出るから、好きになる娘がいても可笑しくは無い。
ウィンリィは額を指で押えながら、もう一度エドからあらましでは無く、詳しい経緯を聞き出した。
「‥‥それって、ガールフレンドのレベルじゃないの?」
《ガールフレンドって彼女の手前だろ!?それで恋人になって、け、け、けっこん‥》
やっと、しっかりしたエドの声が届く。
『微妙に漢字変換できてない辺りが動揺を表してるけど』
「まぁ、いいわ。」
ウィンリィは腰に手を当てた。
《まぁいいわって、お前?》
「あんたの言う通り、その娘がガールフレンドで恋人で。」
《うっ》
苦しそうに呻くだけで、言葉を発しないエドにウィンリィは眉を釣上げた。
「それで!?あんたは?黙ってみてるの!?」
《ううっ》
「‥‥‥」
《‥‥‥》
「‥‥‥ 」
《‥‥‥ι》
「‥‥‥‥#」
《‥‥‥‥ 》

ウィンリィがリゼングールの自宅で受話器を睨んでいる時、エドは苦しげに詰ってもいない首もとの留め金を外した。夜の冷気が服の中へ入りこんでくるが、それすらも今のエドの頭と気持ちを落ちつかせてはくれなかった。暗い空の下。公衆電話を握り締めたエドの言葉が途切れ‥
気付けば沈黙のまま2時間。
深夜に2時間も沈黙して考え込む相手の電話も切らずに待っているウィンリィの恐さ、もとい、優しさに、ついにエドも決意を口にした。
「アルが幸せだって言うなら、俺は‥‥」
あ、そう。おめでとう。良かったじゃない。
ブッ ツー・ツー・ツー
切られた電話を戻すと、力尽きたようにエドはその場に蹲った。


「も〜、夜中に何やってたんだよ。」
カゼで高熱を発したエドは、熱の引いた未だにベッドに縛り付けられていた。
アルに隠れて宿の外から電話をしていたので、どうやって宿に戻ったのか、その日何をしたのか、何があったのか、エドは記憶が曖昧にるほど酷くカゼを抉らせた。
3日目の今日になって、ようやく落ちついた熱。しかしアルはエドがベッドから起きるのを許さなかった。
「兄さん。」
いつになく真剣なアルの声。起きる許可を貰えなくて少しムクレていたエドは、それでも視線だけベッドの側に座るアルへと移した。
「兄さんだって聞かれたくない事があると思う。そういう時は言ってくれれば、絶対聞かないから!席を外すから。だから兄さんが無茶するのは止めてよ!」
俯いたアルの打ちひしがれた姿に、エドは自分の取った行動が、アルを酷く傷付けた事を知った。
「違う!秘密なんて!俺は、ただ‥‥」
思わず置き上がってアルの手に自分の手を重ねたエドを、アルは急いで、でもソットベッドに寝かす。
「寝ててよ。お願いだから‥」
「俺はもう大丈夫だって」
「‥‥‥死んじゃうかと、思‥」
「アル?」
「見つけた時、全然‥へ、返事しないし。目も開けないし!息だけ荒くて‥」
「アル‥」
「兄さんが出てくの、分ってたけど。兄さんも自分の時間が欲しいんだろうって‥だけど、こんなになるなら、止めれば良かった。僕が出てけば良かった!」
涙は無くても、途切れる言葉は。雄弁にアルの気持ちを語る。
「もっと早く、朝食まで待たずに呼びに行けば良かった!探しに行けば‥」
泣けない冑を両手で覆う弟を、エドは抱締めた。
「ごめん。ごめんな、アル。」
秘密を持たれる事に、裏切りとか喪失感とか、そんな感情を持つより先にただ自分の身を心配する弟。
「ごめんな、悪い兄ちゃんで‥」
慌ててまた自分を寝かそうとするアルごと、エドは毛布に包まると、鎧の首を抱締めた。
『もし‥もし、人に戻れなかったら‥。お前が望むなら、俺が絶対彼女を探し出すから。お前が気に入る、お前を好きになる人を‥』
「兄さん?眠いの!?」
『だけど、人に戻れたら。俺の話、聞いてくれるか?』
眠りに落ちていくエドの呟きは声にのせられていて
「‥‥‥うん。」
アルはそっと、だがしっかり頷いた。
安心したのか寝息を立て始めたエドを静かにベッドに戻すと、アルは毛布をかけ直す。
『僕が鎧なのは兄さんだけの罪じゃない。兄さんは気にしなくていいんだよ!?人に戻ろうが鎧のままだろうが、僕らは昔から変わりはしない。』
「どっちかって言うと、兄さんの右手を犠牲にした分、僕の方が罪が重いよ。」


「え?別れた?」
寝こんでから1週間。やっと出立許可をアルから貰い、エドは宿を払うとアルを引っ張って急ぎ駅に来た。
「別れたって、何言ってんの?兄さん。彼女は最初からセントラルに行きたいって言ってたじゃないか。夢を叶える為にね。」
「だってお前に付いてくるって‥」
「僕というより兄さんに付いてきたかったんだよ!?兄さん、セントラルで顔が利くって思われてたみたい。だけど兄さん無愛想だからさ。それで僕に色々話しただけだよ。」
「けっ。たかり屋かよ。」
「自分に真直ぐなんだよ。」
「なんだ、元気そうではないか。」
汽車を待つ二人に声がかかる。
「げっ、大佐!?なんで、ここに?」
「君が死にそうだと聞いたのでね。葬式の準備とか何かとアルがたいへんだと思ってかけつけてきたのさ。」
ふざけんな!
「兄さん!」
拳を握るエドの手を、アルが止める。
「大佐は兄さんを心配して来てくれたんだよ。電話で良い医者を紹介してくれたのも大佐だし、彼女にセントラルの伝手も教えてくれたんだ。お礼言わなきゃ。」
「アルフォンス君、あの娘がお別れを言いたいそうよ。」
ロイの後ろからやって来たホークアイに促され駅校舎を見れば、反対車線にいるはずの彼女がちらちらとアルを見ていた。頷いてアルが向かうのに付いていこうとするエドを、ロイが引っ張る。
「お別れぐらいさせてやれ。あの娘はセントラルへの足掛かり抜きでも、アルを気に入っていたのだからな。」
「なんであんた‥」
「ロックベル嬢からアルに相応しいか調査の依頼があった。その結果を吟味して、あの娘には悪いがアルの側から離れて貰う事になったわけだ。」
それはつまり、セントラルとアルを天秤にかけ、セントラルを選ぶ条件を示したと言う事で。
「太っ腹だな。」
「アルに関してはな、と言いたいところだが、あの娘が将来アルと再会できる可能性にかけたのかもしれんな。いずれにせよ、今はその程度の感情と言う事だ。」
アルと少女を見ていた視線をロイはエドへと戻した。エドはまだ、食い入るように二人を見ている。ロイはうっすらと笑った。
「あぁ、それからロックベル嬢から伝言があった。」
エドががばっと顔を向けるのに、ロイは業とらしく顎に手をやる。
「え〜と、ああ、そうそう。」
ロイは屈むとエドへと顔を近づけた。
「”あんたが諦めるなら、わたしは絶対諦めないから!”だそうだ。」
つまり。エドが諦めない限り、ウィンリィは応援すると言っているのだ。
【あ、そう。おめでとう。】
あのそっけない返事は、エドの気弱に対するウィンリィの怒りだったのだ。
『手間かけさせたな。感謝するぜ!ウィンリィ。』
持ち直したエドの表情に、ロイは片側の眉だけ上げてみせた。
「女に弱いな、お前は。」
「うっせーッ。」
エドの様子にロイは笑って目を伏せた。
「お前は充分愛されてるよ。」
「あ?」
ロイは片目だけ開けると、エドを見下ろした。
「意識の無かった間、下の世話を看護師がしようとしたら」
「へ?」
言葉の意味を飲みこむと、エドの顔が赤くなる。
「し、下の世話って‥、あの時、俺?」
「安心したまえ。」
ロイはふん、と鼻を鳴らすとエドの頭をぐりぐりと撫でた。
「”僕がやりますから”とアルがしたそうだ。お前が恥ずかしい思いをしないように。全部、な。」
「!」
「他にやる人が居るというのにわざわざ下の世話を買って出るなんて、深い愛情が無いとなかなかできんぞ。」
病気のエドの手を握り励ます事。それより意識が戻った時嫌な思いをさせないようにする事を率先して行った。目を覚ました時、始末で側に居られなくても、自分が看病していたのだと分ってもらえなくても。目を覚ましたエドが嫌な思いをしない事を第一に考えるアル。
エドは左手で右手を撫でた。
「その幸せを理解する事だ。そうすれば」
「不安はいつだってある。アルに関してだけは。」
兄として、それ以上にも愛されていると思う。だけど、一瞬後にはそれは夢のようで
『愛してると言い続けて。ずっと手を繋いでいてくれ。いつも傍に居て。』
それは非現実な夢だけど
「‥そうかもな。それが恋という不治の病‥」
「え?兄さん、まだ治っていなかったの?」
戻ってきたアルは、ロイの言葉尻だけを聞き取り、あたふたとエドの様子を見たあげく、肩に担ぎ上げた。
「病院へ」
「落ち着け!アル。違う話だ。」
『お前しか癒せない病の話』
「アルフォンス君。」
ロイに呼びかけられ、アルはひとまず足を止めた。
「病気なのは私の方なのだが?」
「え?大丈夫ですか?大佐!?」
エドを担いだままロイを覗うアルの冑を、エドが叩く。
「んなわけねーだろッ。」
「でも。」
自分を心配するアルに、ロイの頬が緩む。そこへ
「心配は要らないわ、アルフォンス君。司令部に残してある仕事が終れば治りますから。」
ホークアイのすました返事に、ロイは青い顔をして胸を押さえた。

エドはウィンリィの前でしか泣きません。なるべく、ですが。
アルの前だとイイトコ見せたくて頑張っちゃうんですねェ。そんなエドをアルは見ているので、エドが疲れないようにしてるんです。でも、突発だとつい爆発してウィンリィに泣きつく‥ウィンリィはアルを挟んで唯一永遠のライバルとエドは思ってたり(笑)。反対にロイは弱音をアルに零します。大人なので遠まわしですが(笑)。ロイの場合、女性にカッコつけたいのです。
そんな設定(爆)。元は「白い花の○○谷」ですが、まだ読んでな‥(汗)。5004/11/14

世に万葉の花はあれども

7月竜