「アルフォンス・14歳の夏?なんだ、これは。」
「アルフォンス君の青春の記録ですよ。」
エドの不機嫌なんてどこ吹く風。ファルマンはさらりと答える。
エドは忌々しそうにファルマンを睨んだが、興味も確かにあったので、アルフォンス・14歳の夏と書かれたレポートを開いた。
「○月×日。ひとり街に来たアルフォンスは、花屋の前で立ち止まり辺りを伺ってから店内へ‥、ストーカーじゃねーのか!?これ。」
「ド・ドキュメンタリーです。」
オドオドとフュリーが訂正する。
「エドワード君の場合、余りに行動が派手な為、秘密も秘密にならないのでつまりません。」
「悪かったなっ!だいたい秘密って‥」
「勿論銀時計の内蓋までは知られてませんが、そーゆう事です。」
冷静に返されエドの口があんぐりと開く。
「そ・そんな事まで‥?」
ショックでエドは胸を押えた。
「ま、もう少し慎んで行動すべきでしょうね。」
ハッ
弾かれたようにエドはファルマンを振り向いた。
「まさかアルの秘密って‥」
「彼は目立ちませんからあまり知られていませんよ。だから青春の記録を残すのです。」
鎧の事、血印の事。エドが危惧する事は知られていないとファルマンが否定したので、エドは大きく息をついた。
「どーでもいいけど、あんまバラすなよ。」
エドがバカにしたように、フッと鼻で笑ったのに、ファルマンは薄く唇の両端を上げた。
「バラすって‥では、いったいエドワード君はアルフォンス君の事を、どれくらい知ってると言うんです?」
エドの肩が一瞬揺れる。
「俺達は、ずっと一緒に、支え合って生きてきたんだ。」
「アルフォンス君に秘密は無いと?」
「ああ!」
「貴方にも?」
射殺すような瞳で見られ、ファルマンは恐いですねと両手を広げた。
「ま。さっきから言ってる通り、貴方の秘密は秘密じゃないから。」
「うっせー。」
「ですがアルフォンス君の秘密は‥」
「アルが‥俺に秘密を持ってると?」
エドの眉が顰められる。
「猫か?」
ファルマンは首を振った。
「ほら、気になるでしょう?なんなら貴方も付いてきてみますか?アルフォンス・14歳の夏を追跡しに。」
その申し出は魅惑的で、エドは断る事が出来なかった。

軍の用事が済むまで、アルは邪魔にならないよう大概中庭でエドを待つ。
ファルマンに付いて潅木の陰からこっそりアルの様子を伺っていると、通りかかった女性士官がアルににこやかに挨拶する。
「ま、アレだな。アルは愛想が良いから、声もかけ易いんだろ!?」
少し口元を引きつらせながら、エドが強がるのをファルマンは一笑に伏す。
「声をかけやすいからって、誰が挨拶するのにわざわざ中庭を通るんです!?故意に決まってるじゃないですか。」
今度は男性士官が来るとアルに袋を渡し、手を振って立ち去った。
「ほら、アルフォンス君が居ると中庭の交通量が‥あれ?エドワード君?」
横を見ても足元を探してもエドの姿は見えず、きょろきょろするファルマンの背をフュリーが叩く。
「ファルマン准尉、あそこです。」
フュリーが指差す方向。座るアルの前で、既にエドは仁王立ちしていた。
その袋は何だ!アルっ。
「ええ?兄さん?仕事終わったの?」
「誤魔化すな!今後に隠そうとしてる袋だ。それは何だ!
アルはエドの顔と兄の足を交互に見た後、袋を差し出した。
「パンくず‥鳥の餌にと思って」
「鳥の‥?」
エドは袋の中をのぞき込み、口をへの字に曲げた。
「だったら俺に言えば良いだろ!?なんであんな男から貰うんだ!?」
エドの顔を見つめた後、アルは袋からパンくずを掴んで、あたりに蒔いた。
「見てたんだ、兄さん。なら、声をかけてくれれば良かったのに‥どうして?」
「そ・それはだな‥」
「アルフォンス君、秘密を持ってますね。そうでしょう!?違いますか?」
言い訳に詰るエドを庇うように、ファルマンがしゃしゃり出る。
「秘密?秘密って、あの‥僕を見張ってたんですか‥」
驚いた様子でアルはエドからファルマン・フュリーと伺うように視線を流し、一縷の希望を抱いてエドへと視線を戻すと、顔を伏せ抑揚のない声を出した。
「ありますよ。」
それは何だ!
怒鳴る、というより悲鳴に近い声でエドが詰め寄る。
「エドワード君、アルフォンス君は‥」
傷付いているのでは?
ファルマンの静止も今のエドには届かない。
離せ!准尉。アルッ、お前、秘密って何だよッ
「落ち着いて!エドワード君。アルフォンス君も。違うんだ、君を疑ってるわけじゃ‥」
間に入ったフュリーを、軽くエドは退ける。
「言えないから秘密なんだよ。」
顔を上げエドを見上げると、冷めた声でアルは首を傾げた。
その可愛い仕草も、今はカラクリ人形のようで、エドは背筋が寒くなる。
「俺に、秘密が?」
「兄さんにだって僕に言えない事、あるんじゃないの?」
「俺には秘密なんか‥、‥っ。あるのは」
エドは下を向いた。
「あるのは、言いたくても言えない事だけだ。伝えたくて、叫びたくて!でも俺には‥」
搾り出された言葉。血を吐くような想いにアルは動きを止める。
『何やってるんだ、僕は。兄さんを困らせるなんて』
ガチャンと鎧が鳴る。
力を抜いたアルは優しく。努めて明るく言葉を綴った。
「秘密、あるよ。そうだなぁ。大きいのと小さいのと‥」
エドが顔を上げる。
「‥そんなに?
「聞きたい?」
「そりゃ‥」
「どっちから?大きい方?それとも小さい方?」
何時ものアルの様子に、エドは安堵して胸を叩いた。
「そんなの、大きい方からに決まって」
「本当に良いの?大きい方からで。ショック受けても知らない
可愛い仕草で小悪魔のようにアルは告げる。
ああっやっぱり待ったぁ!ち・小さい方からお願いします。」
耳を塞ぎながら叫ぶエドに、アルは笑った。
『『気の小さい』』
「だ〜れが、ピコ(10-12)メートルちびじゃーっ」
アルと対峙していた時と打って変った形相で、ファルマンとリュリーをボコるエドをアルがひょういと摘む。
「ファルマン准尉もフュリー曹長も言ってないって。自分で言うにしても、せめてマイクロ(10-6)までにしときなよ。」
「いや言った!心の中で。」
鬼ですか、あんた。
「まぁいいでしょう。こんな乱暴は何時もの事ですから。それよりも。」
ファルマンは咳払いして空気を払拭すると、士官らしく背を正して仕切り直す。
この先が問題なのだ。
「さ、アルフォンス君。続きを。小・いえ、ささやかな方から。」
エドも今度は反応せず、ゴクリと喉を鳴らして、アルの言葉を待った。
「小さい方はね‥僕、キスしたんだ。大切な人に、愛と尊敬を込めて‥、兄さん?兄さん!?
「立ったまま気絶してます。」
フュリーがエドの目の前で手を振って確認する。
「どうせ子供の頃の話でしょう!?しっかりして下さい、エドワード君。」
ファルマンがパシッと背を叩き、エドが小さくうめくのと、アルが止めをさすのが重なる。
「いえ、ついこの間の事なんですけど‥」
ぁあ〜っエドワード君、しっかり!」
フュリーを杖代わりに自分を支え、エドは肩で息をつきながら喉元を押えた。こころなしか、目の下に隈すら覗えた。
「それが‥」
エドは唾を飲み込んで喉を湿らすと、言葉を継いだ。
「それが‥小さい方?」
「うん。で、大きい方は」
待った!
「エドワード君?」
良いところで待ったをかけたエドに、ファルマンが不満の声を上げる。
待った待った、待ったぁ!
手でアルの口を押えようとし、エドは勢い余ってアルの冑を落す。
「ちょっ‥兄さん、何する‥」
もういい!もういいから‥」
落した冑を拾って、アルに乗せるエドの手が震えているのを感じたアルは、うん と頷いた。
少し寂しげに。
自分の事で手一杯なエドは、それに気付けない。
キスした。大切な人が寝てる、その寝顔が安らかだったから嬉しくて。
今だけでも。落ち着いた寝息を聞いていられるのが幸せだから‥。生身の部分には触れられないから、僕は貴方の、僕を戻してくれた右手に‥

上手く乗せられなくてガチャガチャやってるエドの手に自分の手を重ねると、アルは冑を定位置にはめた。
「兄さんて、ホント、可愛いよね。」
「な・何言ってんだよ、お前〜
カァ〜ッと 
頬を紅潮させたエドの声がひっくり返る。
お前の方がよっぽど!
よっぽど

4日前の、月の明るい夜だった。
右手に感じた浮遊感。幽かな金属音。
薄目を開けて覗えば、冑が恭しく俺の右手に触れていた。
跪いた鎧が顔を上げるのに、慌てて目を閉じた。
俺は顔に、しばらく優しい視線を感じた。
長かったのか、短かったのか
分るのはそれが優しいものだった事だけ
自惚れじゃない
ずっとアルを見て来た。
鎧というハンデを負わせてからは見るよりも、感じ取れるように寄り添ってきた。
やがて立ちあがると、鎧はそっと出ていった。
俺は右手に
アルの触れていた右手に、口付けた。


「よっぼど、可愛いさ‥」
「え?何か言った?兄さん!?」
エドは首を振ると、アルから餌を取り上げ、バサッとあける。
「兄さん!何する‥」
「明日は、俺が持ってくるから。他のヤツから貰うな。」
「え?いいの?餌をやっても。糞が付くからダメって前言ってた‥」
「そん時は、俺が磨くさ。」
「ええ?じゃ、明日もエドワード君は軍に来るんですか?仕事終わったんじゃ」
「ああっ!?前言撤回!明日は来ねぇ!明日は」
エドはガシッとアルの手を抱き込んだ。
「明日はアルと‥」

   好きな人だけには太刀打ちできない。天才国家錬金術師と謳われても。
  好きな人を守れるよう背伸びをしてでも強くありたい。天才国家錬金術師相手でも。



二人のやり取りを聞きながら、ファルマンはアルフォンス・14歳の夏をエルリック兄弟の夏と訂正し、そう締めくくった。

天使で小生意気な恋人達

7月竜

某漫画パロ。しまったぁ!ミキちゃんを可愛いと思うのでアルに振ったんだけど、メグ色の方がエドより強く出ちゃった〜。エドは可愛いよりカッコ良いが希望なんだけどなぁ‥。頑張ってアルの方が可愛くなるようにしたつもりですが、玉砕のようです(涙)。あ、エドはキスの相手が誰か気付いてません。キスに見えなかったのもあるでしょうし、アルに対しては願望もあり、キス=接吻と思ってるヤツなので(笑)。arcanaにするか迷ったラブコメ第4段(爆)。メグは男の子でミキとくっついて欲しかった(爆)2004/09/29