月歩

7月竜

「ア、、アルっ」
いつになく緊迫した、けれど弱々しい声にアルフォンスは錬成で作ったフライパンを操る手をとめ、向かいに座るエドワードを見た。
「何?兄さん、どうしたの?」
エドは囲んだ焚き火を見つめたまま顔を上げない。
「兄さん?‥」
「俺、お前が好きだ!」
「…うん。僕も好きだけど!?」
「違うっ!そーじゃなくて‥」
エドは顔を上げると真正面からアルを睨んだ。
「俺はお前を‥愛してるんだ。弟としてだけじゃなくて。その、、いわゆる、こ‥恋人のようって言うか‥」
最後の方で視線を逸らし、エドは口をもごもごさせた。火の照り返しでか顔が赤く染まっていて、アルは生きたその表情をきれいだと思った。
「うん。恋愛感情かどうかは分らないけど、僕も兄さんが好きだよ。兄としてだけじゃなく。」
あっさりかえった返答に、エドはきょとんとアルを見た。
アルの鎧に炎の影が揺れている。
「あの‥」
エドはアルを指差し、ついで自分の頬を叩くと腕を組んでまた足元に視線を落した。アルも中断していた炒め物を再開する。味見のできないアルがそこそこの料理を作れるのは、ひとえに努力というしかない。焚き火の隅ではかけられた鍋が弱火のおかげで焦げつきもせずコトコト良い音を立てている。
「‥アル、あの、さ…」
「うん」
エドは火を見つめたまま、アルは料理の手を休めず
「お前…、俺のこと‥」
「うん。これって、相思相愛ってヤツになるのかな?」
「そうしそっ…」
バッと顔を上げたエドは火の照り返しのせいじゃなく、見事に赤くなっていて
「兄さん、できたよ。ハイ。熱いから気をつけて。」
フライパンごと差し出された炒め物をエドは無意識に手に取った。香ばしい湯気を上げているフライパンをそのまま見つめている。
「牛乳は入ってないよ。」
「わーってるよっ」
アルの混ぜっ返しに反射的にエドは顔を向けるが、しかし文句の勢いは直ぐにしぼんでそのままアルを見つめて動かなくなった。
「兄さん?」
「…本気で?」
問われた意味がわからないほどアルは鈍くも兄を思う気持ちに嘘も無かった。
「冗談の方が良い?」
「アル!俺はっ」
鍋を焚き火から下すと、エドの取り易い所に置いてアルはエドに向き直った。その真剣さに、エドも口を噤む。
「僕の方が不安だなんて、おこがましい事は言わない。でも不安なのは僕も同じなんだよ。真実なんて心の内に生まれて人それぞれたくさんあるし、人の中にあるから時間で形が変わることも‥。だけど。」
引き返せない事を言おうとしている。アルは心の中で嗤った。
『今、終わりを告げられても良いじゃないか。弟としてだけじゃなく〃アルフォンスを愛してる〃という言葉が聞けたんだから。最高のプレゼントを貰えたんだから』
アルの指先が、幽かに震えているのをエドの瞳は捕えた。
「分ってるのは、僕は兄さんを好きだって事。これは事実だ。僕がそばに居て良いのかって、足手纏いなんじゃないかとか、邪魔じゃないかとかってずっと怖くて‥でも、でもだからって兄さんを好きなのを止められるわけじゃないんだ!だから開き直ってる。開き直らせて欲しい。もう言わないから。二度と言わないから、邪魔なら消えるし、もう目の前には現れないから、貴方を想う事だけは許して下さい」
頭を下げたアルに沈黙が降る。
『………』
諦観を抑えて視線を戻したその先、かつては自分も持っていた滑らかな頬を雫が炎に煌きながら一粒落ちるのをアルは見た。
「俺で‥いいのか?」
「‥兄さんはね」
不安と期待に揺れる金の瞳から視線を逸らし、アルは優しい声で呟いた。
「兄さんはすごくすごく才能があって。だけど僕は‥きっと兄さんの才能よりもエドワード・エルリックにそばにいて欲しいんだ。ううん。兄さんが幸せならどこに居ても良い。たぶん僕には兄さんの能力価値が分らないのかも‥」
どう言えば伝えられるのか伝わっているのか、何が言いたいのか。
いつもは溢れている言葉達が見当たらず、アルは苦笑して率直にきいた。
「そんな僕が兄さんを好きで、兄さんこそそれで良いの?」

焚き火を踏み越えてエドがアルに飛び込む。舞上った灰がフライパンに、鍋に降り注ぐ中、エドの赤い外套の背をアルの手が抱締める。踏まれて勢いの衰えた焚き火の名残惜しげに爆ぜる音だけが二人のまわりを支配した。

やがて
「お前と‥ひとつになりたい」
鎧の頬を寄せているエドから零れた言葉に、アルは心で瞬きした後、エドをいったん離してブレストメールを開いた。
「……そーじゃない!」
アルの〃中に入る?〃といわんばかりに開かれた鎧の前でエドは低く唸った。
「元に戻ったら、アルを抱きたいって言ったんだ。いいか?」
「…ストレートだね、兄さん。」
自分に指をつきつけるエドに、アルは小さく溜息をついた。
「いいけど‥僕に勝てたらね。」
「へ?」
一瞬、輝きかけたエドの瞳が大きく見開かれる。
「僕だって兄さんを好きなんだから抱きたいと思っても不思議じゃないでしょ!?だから、勝った方が抱くって事で」
肉体を持たない今のアルには性欲は無く、たださっきまで不安に満ちていたエドの表情が自信と強気に戻っていて、それが嬉しくてアルはつい言葉遊びでエドに問い掛けた。
案の定エドは言葉に詰り、アルは心の中でこっそり笑った。
『ごめんね、兄さん。だって全然実感無くてよく分らないんだもん』
「わかった!」
だからエドから返事があったとき、アルには〃何がわかったのか〃分らなかった。
「俺が勝ったら、俺はお前を抱くぞ!」
真剣な眼差しで見上げてくるエドに、アルは空洞の体を血がかけまわる錯覚を覚える。
「うん‥」
アルが頷いた途端、エドの顔がニヤっと笑った。
『あ、嫌な予感』
「兄さん、ズルは無しだからね!」
「おう。」
「……、兄さん、料理、食べられなくなってるよ‥」
「おおぅ‥」
片付けられていく夕飯に今日は飯抜きかと肩を落しつつ、しかしエドは心の中でガッツポーズをしていた。
アルを戻した後、自分は機械鎧のままでアルと勝負すれば良い。
『勝負条件は掲示されなかったわけだし、ズルじゃないよな。アルをこの手に出来るなら手段を選んでる場合じゃないぜ!』
こと、アルに関しては可能性より確実性を
『マメと言われても土下座しても構わないさ!』
プライドなんて必要無い。この手に愛するものがいれば。

果たして、そんな夢物語が叶うのか
二人の旅路は未だ長い。

ホワイトデーだったりします。短い(エロ?)ギャグだったはずなのに‥アルの想い返しになってしまいました(笑)
アルフォンスの為にはロイ達の暗躍を、エドワードの為には原作の行く末を見守るばかりです。2004/03/20