申

7月竜

「申年に赤いパンツを贈ると病が去るんだって」
弟の言葉にきっかり10秒エドワード・エルリックは固まった。
「は?」
「いろんな説があるらしいけど、申年と下着の組み合わせは変らないみたい」
見れば弟はなにやらメモを持っていた。
「誰に聞いたんだ!?それ」
「ブレダ少尉に。なんでも東洋の方の言い伝えだとか」
エドは額に手をやった。
「で?赤いパンツと猿がどうだって!?」
「たぶん猿の御尻が赤いからなだろうけど、申の年に赤いパンツを贈ると」
「それは、分った。お前は何が言いたいんだ?」
エドがアルフォンスを”アル”と呼ばずに”お前”と呼ぶ時は、本人が意識してなくても”兄”と”弟”として話している事が多い。意見を聞くというより、取り合ってないという感じ。
たとえケンカで勝とうとも、身長が並ぼうともこういう時、アルは弟でしかないのだ。
今も、アルはそれを敏感に感じ取った。声がだんだん小さくなる。
「だから、師匠やピナコばっちゃんに
赤いパンツを贈ったらどうかと思って…今年申年に当るってブレダ少尉、言ってたし…
終には黙ったアルにエドは溜息をついた。
「錬金術師が根拠の無い言い伝えなんか信じてどうするんだよ」
「でも、赤い下着をつけると元気が出るって言うよ!?赤は神経を刺激してアドレナリンを分泌しやすいって…」
アルはチラッとエドの赤い上着を見た。
「なんだよ、それ。俺がトラブルメーカーだっていうのか!?」
アルに向き直りがなるエド。
そんな事は言ってないが、でも少し思ってしまったのでアルは口篭もった。
「そんな…ただ僕、師匠やばっちゃんが元気だったらいいなって、そう思っただけで…。そりゃ気休めだけど…。ごめんなさい」
こういう時謝るのは卑怯だとエドは思う。些細な事でいっぱい兄弟喧嘩してきたが、エドが本当に嫌な時は、アルは自分が折れた。勿論、間違っている事は力ずくで止められたけど、その後決まってアルフォンスは謝った。自分が悪くなくても。ごめんなさい、と。
『しかもこの口調がまた罪悪感をそそるって言うかー。あーもう
エドは頭を両手でガシガシ掻くと、がっくり肩を落した。
「わかったよ、赤いパンツ、買えばいいんだろ。ほら、いくぞ」
前を向いて歩き出した兄の口調が、優しさを含んでいて、アルは元気良く返事をしてついていった。

「お前、買ってこいよ」
「え〜女性物なんて僕よくわかんないよ」
「俺だってわからん」
目指す下着店を前に柱の陰で二人は店先を眺めていた。
「御店の人に言って見繕ってもらえばいいんだから、兄さん行ってよ。僕の見掛けじゃ変態扱いされそうだよ」
「そんなことができるか!」
こんな身長でもエドとて御年頃なのである。女性の下着を買うには非常な勇気がいる。
しかし下着店を汗かきながら覗きこんでいる二人には既に、ここそこで変態の噂が立ちあがっていた。
「錬成できるといいのに」
赤いパンツをかよ!?
しかも女物の…
想像するエドの顔が引きつった。
買うのも嫌だがそれも嫌だ。
「わかったよ」
「アル?」
「僕が言い出したんだもの。僕が買ってくるよ」
アルはそういうと、御店に歩いていった。店先に居た店員が、アルの姿に3歩引く。
少しやり取りすると、アルは店員に案内され店内に消えていった。
「言い伝えなんだし、あきらめりゃいいのに…我弟ながら、根性がある。」
「アルフォンス君が何だと?」
さすがに盗み見の自覚があり、背後から声をかけられエドは飛び上がった。
「なんだ、大佐か」
「なんだとは挨拶だな、鋼の。ここ付近から変質者が下着店を覗いていると連絡があり、その容貌がかりにも”国家”錬金術師の君にうりふたつだったのでわざわざ私が真偽を確かめる為に出向いたというのに」
嫌味たっぷりに言われて、エドは毛を逆立てた。そこへ
「お待たせ、兄さん。あれ?大佐、こんにちは」
「こんにちは、アルフォンス君。お使いかい?」
うってかわって笑顔全開のロイの脛にエドは足蹴りをくらわした。
「なぁにが”お使いかい”だよ。アル、こいつはな、俺達を変質者と」
「君は覗いていただけの変質者だが、アルフォンス君は買い物したのだから変質者じゃないだろう!?」
「そうじゃねぇーつーの。俺はアルが赤いパンツを」
「赤いパンツ?」
ロイの視線を受けて、アルは頭を撫でながらは事を説明した。
「いい話ではないか、鋼の。アルフォンス君は優しいな」
つっーと器用に涙をながすロイに、ケッとエドはガンたれた。
「それでね。ちょっと恥ずかしかったから、シグさんの分と」
ロイの涙が人工涙液と気付かずアルはパッとはにかむと、袋から包みを取り出した。
「御世話になってる大佐の分と」
ロイの手から点眼液が落ち、エドは後で腹を抱えて爆笑した。
「アルフォンス君、大佐の地位に着いていても私はまだ独身で…」
「アル、こう見えても大佐はまだ若い…」
かたや落ち込み、かたや笑い過ぎで涙を流す二人に、アルは途惑う。
「兄さんの分もあるんだけど…」
「俺のって…赤いパンツ〜!?
アルは取り出した包みを袋に戻し、まずロイを見た。
「大佐は年上だし、元気で居て欲しいから…。ごめんなさい、失礼でしたか?」
大佐には元気で居て欲しいvハート付きの言葉でエコーになってロイに降り注ぐ。
ガシッとアルの手を取ると、ロイは歯を光らせて笑いかけた。
「何を言う。せっかくのアルフォンス君のプレゼントだ。大切にさせてもらうよ。」
ロイの手をアルから引き剥がしながら、エドは片端、唇を上げてみせた。
「大切にするんじゃなくて、はかなきゃ意味ねぇーぜ!?」
それに、ロイもシニカルな笑みで応戦する。
「勿論、はかせてもらうさ。その時はぜひ、
見に来てくれたまえ、アルフォンス君。」
ふざけんなーっ
エドが切れる。
「私はいたって真面目だよ。なんなら君の分も私が引き取ろうか!?
アルフォンス君の愛の証だ君は嫌なんだろ!?
錬成の光が二人を中心に中りを眩く包んだ。

「下着ストーカーの風貌がエドワード君に似ていたから、噂が本当なら推薦者の面子が立たないと、大佐自ら確認に赴いただけなのに、どうして商店通りを1本破壊してしまう事になったのかしら」
後片付けに呼び出されたいつもの面子。現状を眺め、レポートを纏めながらホークアイ中尉は呟いた。
「済みません。僕が赤いパンツを兄さんと大佐にプレゼントしようと思ったものですから。ふたりとも嫌だったみたいで」
アルが頭を下げるのに、ハボック、ファルマン、フュリーは固まる。
「赤いパンツ?
確かにはくのは抵抗あるだろうが、しかしアルフォンスからの贈り物となれば…
後に赤いパンツ事件と呼ばれたこの騒動は噂の立ち続ける75日間に渡り、ロイの下着を確かめるべくトイレやシャワー室に張り込んだ男どもの話でもあった。

「兄さん、髪乾かさないと、風邪引くよ!?」
髪から雫をたらし腰にタオルを巻きつけただけでベッドに座ったエドに、アルはタオル持ってきてエドの頭を拭き始めた。
「明日、郵便で送ろうぜ。パンツ。」
直接わたすのは気恥ずかしい、という兄の気持ちを読み取って、アルは”カードを添えよう”と笑った。
「さ、もう寝ようぜ」
頭を拭くアルの手をおさえ、エドは立ちあがり腰のタオルをとった。そこには
「兄さん……」
サイズ、ぴったしv
エドはニカッと笑うと、アルごとベッドにダイブした。

今年は申年ですねェ。いや、それだけなんスけど。
愛の前にはプライドなんて風前の灯…だとイイな〜と思ったのです。これってらぶらぶ!? 2004/01/18