「どーもよく分らないんですけどねぇ、先生ぇ!?」
「何がですか?」
あしらっても騙しても懲りずにやってくるモノ書きに対し、おぎんに
【何の為の"小股潜り"の字だよ】
と鼻で笑われて仕方なく、又市は寂れた茶屋で百介と相席する事となった。
「ま、簡単に言えば先生と奴がこーしてお茶してる事なんですけどね」
ハァ〜と息を吐いて茶だけ啜る又市を、百介は覗きこんだ。
「又市さん?」
「‥ひとつ聞いてもいいですかい?」
「ええ。何でしょう?」
「先生ぇは奴に‥何をお望みなんで?」
「何って、わたしは別に‥。ただ又市さん達がどうしてるかと‥。顔が見えないと淋しいじゃありませんか!」
「‥‥ハァ〜。」
顔を赤らめていう事じゃねェでやしょう。先生ぇ!?
『どうやら自覚はあるようですねぇ』
又市はお茶を置くと目を瞑った。
「奴の他にも、顔を合わせないお人なんざ、いっぱいいるでありやしょう!?」
「そんなっ。そんな人達と又市さんは違います!‥‥違うんです」
そのまましゅんと項垂れるありさまは、迷子の犬のようで
「どう、違いやすか?」
「それは!つまり、その」
「乳繰り合いたいとか?」
「ええ〜っ!?」
立ちあがろうとした百介は、そのまま勢いで足を縺れさせ、お茶やら団子やらをひっくり返してスッ転んだ。
「ま、ま、ま、又市さん、わたしは!‥そりゃ、そのっ、否定はしませんが‥わたしは!か、体が目的とかではなくて‥だから…。」
転んだ自覚が在るのか無いのか。百介は真っ赤な顔で立ちあがると、足元を見ながら言葉を継いだ。
「わたしはただ、又市さん達の傍にいたいだけです。顔を見て、話して‥そんなふうに」
『ここは否定してもらうとこなんですがねェ』
又市は無事な自分の饅頭を百助から遠ざけると、特有の視線を百介に流した。
「キレイ事じゃ世の中渡って行けませんや。そうですねぇ。先生ぇがもうこれ以上、奴どもに首を突っ込まないって約束してくれるんでしたら、一晩共寝をさせてもらいやしょう。いかがですかい!?」
「と・と・と・共寝って‥‥ええ〜〜つ!?又市さんを抱、抱いても良いってことですかーーっ!?」
百介の両手で頭をおさえて叫ぶ様に、又市は片耳に指を突っ込んだ。
『奴を抱く気だったんですかい』
また無謀な。
既に又市からは溜息すら出ない。
「−?せんせ?」
耳栓を外して見上げれば、百介は眉間にしわを寄せて突っ立っていた。
「いいです」
「は?なにが?」
「一生会えなくなるんでしたら、抱けなくってもいーです!」
立ったままキッと睨みつけてくる百介を、又市はポカンと見上げた。
『人の譲歩も知らないで。こんな牡丹餅話、二度とありやせんよ。』
又市が口元を引き締め言葉を紡ぐ前に、百介はしゃがみ込むと又市の手を握り締めた。
「傍にいさせて下さい。又市さん!」
ほだされる訳にはいかなかった。
また、ほだされるほど甘い人生を歩んでもいなかった。
「そいつはできやせんねぇ、先生ぇ。じゃ、奴はこれで。」
すっと消えると手の向うにいる。届くのに捕まえられない距離。
最後に笑ってくれたのは、思い込みか、幻か、それとも‥
「わたしは諦めませんよ!又市さん。」

  外した倫に角立ち
    残った道に夢幻
      邪心野心は闇に散り
        恋の欠片は闇に解け
           残るは巷の妖しい噂

                             残るは巷に恋しい噂

7月竜    2004/05/08

卑之斗 御伽様に捧げます。初心者の相手して下さり、ありがとうございました。こんなもので済みません(汗)