道を通せば角が立つ
倫を外せば深みに嵌る
邪心野心は闇に散り  残るは巷の哀しい噂
恨め怨めと狐泣く   されど愛し愛しと泣く男  二人の魂入り混じり



森の中で消えて逝く





『痛』


狐に騙された杜で、騙された場所で、百介は小さく口を開いた。
「・・・又市さん」
生気のない空ろな表情で、百介は視線を落とし小さくその名を呼んだ

・・・返事は無い


二ヶ月程前の事だ。
百介は、此処で又市と契りを交わした。
この木の根元に又市は腰を下ろし、自分を抱けと言った。
最初は何が何かさっぱりわからなくて、間抜けな事におろおろと本人の前で狼狽して
いた。
又市は自分の帷子を捲り上げ、晒を自ら解き・・・

『今宵この身は先生の物・・・好きなだけ犯してくだせぇ』

そう囁いた。



そして消えた。
情事の痕跡は何も残っていなかった。
残っていたのはこの肌で感じた温もりと・・・あと・・・

白狐の毛


それだけだった。






幻だ。全部狐が見せた幻で、本当は『又市』という男は存在しないのだと・・・
けだるい躰を引きずった百介を嘲笑うように風に舞う狐の毛を捕らえ、強く握り締め


哀しくて
泣いた
大声をだして泣いた
杜のどこかに居る・・・自分を騙した狐に自分の悲しみが伝わるように
声が枯れても無理やり搾り出して
狂ったように叫んだ

さけんだ
今でも声には出さずに叫び続けている
此処に居るから来て
夢幻で構わないから
狐でいいから

それ以来、百介は何度もこの杜に足を運び、この場所で狐を呼んだ。


呼んだ
呼んだ
何度も何度も狂々(くるくる)と
その名を呼ばなければ忘れてしまいそうで・・・それが怖くて
この杜のどこかに居る・・・自分を騙した白狐に自分の想いをみせしめる如く












声が聞こえる
あぁ・・・今日もあのお人は自分を想ってくれているのか
「・・・」
又市はすっと目を閉じ、木にもたれかかり、そのままずるずると崩れるように座り込
んだ。


恨んでくだせぇよ
恨んで恨んで・・・薄汚い奴を蔑んでくだせぇ
呼ばねぇでくだせぇ
そんな純粋な想い・・・痛いんでやすよぅ・・・
待たねぇでくだせぇ
奴は先生の所にいけねぇんでやすよ
人を騙す悪い狐は・・・撃たれて死ぬのがお似合いで・・・撃たれ死ぬのは奴だけで
充分なんでぇ・・・


「・・・先生ぇ」

又市は自分の手に視線を落とした。

手甲と晒の下にある傷跡・・・自分と同じ獣を、狐退治の際に出来た傷だ。

なんであんな事をしたのかなんて自分でも判らない。別に銃口をこの手で塞がなくて
も良かった筈だ。

唯・・・

唯無性に腹立たしかった。

自分の快楽の為、人の痛みを踏み台にして、自分に純粋な想いを寄せてくれる人を殺
す・・・

そんな猟師が腹立たしくて堪らなかった。

判ってはいる。現実なんてそんなもの、残虐非道で無情・・・自分だって・・・自分
だって



又市は顔を伏せ、耳を塞いだ。



傷つけた

唯独り、自分を愛しいと抱きしめてくれたあの温もりを

騙して、裏切った。

あの人のためだって言いながら・・・本当は違う。



あの人が闇に呑まれて死んだら・・・自分はまた一人きり・・・その孤独が嫌だから



『生きていて欲しい』のではなく『独りになりたくない』から



この仕掛けは・・・自分の為に施した仕掛け





「・・・先生ぇ・・・」

又市は弱弱しい声で遥か遠くで泣いている百介の名を呼んだ。



怨んでくだせぇよ

じゃなきゃ奴は・・・奴は・・・



「・・・駄目になっちやいやす・・・」



折角成功した仕掛けを自ら台無しにしてしまう。

自分の為に泣いてくれる人の目の前に行って、全部嘘だって言ってまた抱いてくれと
・・・

そう・・・甘えるに決まっている。



「・・・先生ぇ」



「・・・又市さん」





百介は目から涙を流しながら又市の名を繰り返し繰り返し呼ぶ

又市は痛みから逃れるように百介の名を繰り返し繰り返し呼ぶ





怨んでくだせぇ



愛しています



蔑んでくだせぇ



忘れたりしません



奴なんざを愛してくれて有難う御座やした



何時までも何時までも愛してます



さようなら



何時までも・・・お待ちしております





「・・・又市さん」



「・・・百介さん」









又市と百介は、痛む胸を押さえながら震えた声で互いの名を日が暮れるまで呼び続け
た。

















後書き



えっと・・・同盟に送った『幻』の後日談です。

なんじゃこりゃーって思われたら即刻削除大歓迎ですのでパパっと御行しちゃってく
ださいまし。申し訳御座いません、私自身も何を書きたかったのかさっぱりです。

・・・海老で鯛を釣るという諺がありますが私の場合逆ですね。

新鮮な真鯛を貰っといてお返しに海老を・・・しかも桜海老の尻尾を渡す・・・

・・・今度又何らかの際に何か投稿するような事がありましたら・・・頑張って『桜
海老の身』ぐらいにはレベルを上げたいとおもう今日この頃です。

 
  

   


  

 


    
     贈

卑之斗 御伽様
素晴らしい御話を
うふふvありがとうございましたv
うぅ(感涙)、巷説にあやかしが咲きましたvしあわせー!!
『幻』
が読みたい方は、同盟へゴー!