はじめてのお給金

7月竜

国家錬金術師の資格試験には身体検査があると聞かされた時から、あるいは…という覚悟はしていた。
辞退したまえ
h筆記試験に合格したところで、マスタング大佐に言われた。
理性では判っても、感情では納得できない言葉。
例えば合格者人数が決まっているとしたら、それがただ一人としたら、僕は合格できない。僕と兄さんの才能の差は歴然だ。
でも、実際は合格人数に制限は無く、思い上がっていると言われようと僕だって自分の実力を試してみたい。
僕に気遣って、兄さんは笑ってくれた。
俺が国家錬金術師になるから、アルはならなくていいんだ
うん。分ってる。分ってるよ、兄さん。
僕が言ってるのは我が侭だ。僕の正体が知れれば、僕だけじゃなく兄さんにも咎が降りかかる。僕達に情報をくれたマスタング大佐にも。
だけど僕は!……僕は…
ねぇ、兄さん。
僕は兄さんの役に立ってるのかな!?

母さんと僕の錬成で、兄さんは死の淵をさ迷い、命を削り、手と足に枷を負ってしまった。
人体錬成で命を取り留めた兄さんの才能。僕には遠く、とても及ばないけど。でも、国家錬金術師になれば、錬金術を増幅させる銀の懐中時計を貰えるって聞いた。
それがあれば、今よりは兄さんの役に立てるんじゃないかって…
それも浅はかな夢に過ぎなかったんだ

「あの…タッカーさん!?」
マスタング大佐の紹介で試験勉強中住まわせてくれている、国家錬金術師、タッカーさんの書斎を覗く。
「どうかしたかい?アルフォンス君。眠れないの?」
「いえ、あの…この辺りで短期の仕事とかって…無いですか?」
タッカーさんは驚いて振り向いた。
「どうしたの?実技練習は良いのかい?君達は実践試験だって聞いたけど」
「あ、僕は辞退したので…」
「あー、そうなんだ。その方が、きっといいよ。急がなくてもチャンスはあるから。えっと、それで仕事って?」
「兄さんの合格祝いに、何かあげたくて」
「エドワード君の合格祝い?でもそれは合格してからで良いんじゃないかい?」
「兄さんは合格しますよ。だから準備しとかなきゃ」
タッカーさんは僅かに肩を竦め、僕は疎いからなぁと電話を手に取った。
タッカーさんの反応が普通なんだろう。
電話をかけるタッカーさんの後姿を見ながら思う。
兄さんが合格すると思ってるのは、僕と推薦してくれたマスタング大佐ぐらいだろうから。
「アルフォンス君、ちょっと電話代って!?」
声をかけられ少し途惑う。相手は…誰?
「もしもし」
「エドワードの許可はとってあるのかね?」
「マスタング大佐?」
「そうだ。大きな声を出さなくても聞こえる」
「あ、済みません」
「で、働くという話だが!?」
「え?あ、はい。兄さんに合格祝いをあげたくて…。僕にはそれぐらいしか出来ないから」
「合格するかわからんぞ」
マスタング大佐の言葉に少し笑えた。大佐にも伝わってしまったらしい。なんだ?とか受話器の向うで言っている。
「兄さんは合格します。マスタング大佐もそう思うから推薦してくださったと僕は思ってます」
受話器の向うで沈黙されて、僕は馴れ馴れしかったかと反省。
「済みません、マスタング大佐。生意気言いました」
「長いな」
「は?」
「呼び名」
「あ?…じゃあアルで」
「君の名前じゃない。そうだな、大佐でいい。明日、私の執務室に来てくれたまえ」
「え?でも、大佐って…マスタング大佐おひとりだけでは無いのでは…」
「君が呼ぶ大佐は私ひとりであるなら問題無い。他の大佐はフルネームで呼べば良いのだからな。それより明日は良いのかね?」
「あの、その、明日って…」
「仕事があるのだが、お金が要るんじゃなかったのかね!?」
「あ…はい、はい!行きます!お願いします!あ、でもいいんですか?それに、大佐って呼んだら…失礼なんじゃ…」
「では、明日9時に」
「え、マスタ…じゃない大佐。大佐!?」
「どうかしたの?アルフォンス君?」
タッカーさんに覗きこまれて、僕は首をかしげた。
「電話…切られちゃいました」
「怒らせちゃったの?」
「違うと…思うんですが、明日行ってみます。あ、兄さんには内緒にしておいて下さい」
それならいいけど、と言ってタッカーさんは机に戻った。タッカーさんも錬金術の研究で忙しく、僕に構ってはいられないようだ。御礼を言ってタッカーさんの書斎を後にした。

「アルっ、お前この頃何所行ってんだよ」
技術試験が迫った夜。ベッドに腹ばって兄さんは僕を睨みあげた。
「ちょっとね」
「ちょっとって…大事な用事なのかよ」
俺の手伝いしてくれたって、とブツブツ不貞腐れる兄さん。本当はなにか手伝う方が良いのかもしれないけど。
「うん。大事な用事」
「俺よりも?」
口を尖らせるとまるっきりガキだよ、兄さん。あぁ、でもガキだよね、僕達。大人ぶってるだけの子供
「兄さんより大切なものは無いよ。兄さんは至上最年少で国家試験に合格する国家錬金術師だもん。僕の唯一の自慢」
瞬きしなよ、兄さん。鎧に穴開いちゃうし、ほら、目が潤んできたよ!?
なにか口の中でもごもご言いながらも、兄さんはその話題に2度と触れなかった。

国家錬金術師実技試験当日。
試験場へは受験者と関係者以外はいる事ができず、僕は強力な協力者、ニーナ・タッカーを肩車して、会場の外で待っていた。
会場を青い、蒼い空が包んでいる。
錬成の光、人々の歓喜・悲鳴、そして…
崩れ落ちるものが、花に変わる。
神々しい花は祝福のように、その花弁を地上に降り与えていった。
そして、空に咲いた大輪の最後の一片が舞い落ちてくる下を、兄さんが出てくる。
身内びいきかもしれないけど、かっこいいと思う。ニーナも僕の肩で歓声をあげてるから、強ち間違いじゃないと思う。
「おめでとう。兄さん」
「…アル」
「これ、合格祝い」
「え?」
兄さんに紙袋を渡す。
「これ…お前」
兄さんが顔を上げて僕を見た。大きい目
「お前…お前さ。」
唇を噛み締めると兄さんは下を向いてしまった。
「ここのとこ昼間居なかったのって…もしかして、これの為か?」
「兄さんは絶対合格すると思ってたから、なにかお祝いしたかったんだ」
ごめん、気に入らなかった?
兄さんが首を振ると、水滴が紙袋に落ちた。雪かと思って空を仰いでも、晴れ渡っている。
ガサガサ音がして兄さんを見下ろせば、兄さんは紙袋を抱え込んで、袖で顔を拭いていた。
風邪引いたの?寒いからね。でも鼻はティッシュで拭いてね。袖がてかっちゃうよ。
「ちげーよ」
顔を上げた兄さんの鼻が赤くなっていて、ニーナが指をさして笑った。
「…アル、ありがと。大切にする。でも、高かったんじゃないか!?これ。自分の分も何か買ったのかよ」
「はじめて僕だけの力で稼いだお金だからね。兄さんにあげたかったんだ。流石に短い間だったから兄さんに希望を聞ける額にはならなくて、僕が見立てちゃった」
でも、破格の御給料だったよ。大佐って良い人だね。
「大佐?」
「うん。マスタング大佐」
「マスタング大佐!?…お前、大佐って呼んでんの?」
あ…、うん。
「ちょっと待ってろ」
「兄さん?」
司令部に引き返す兄さんに僕とニーナは顔を見合わせた。

その夜。兄さんが紙袋を開けるのをベッドに腰掛けて見守った。
「…なんだ!?これ」
「シークレットアッシーくん。ブーツ式になっててね、アッシーくんの足首より下が秘密で身長を大きく見せる台になっていて、そこに兄さんが爪先立ちするんだ。兄さんの踵とかのでっぱりは脹脛部に隠れる仕組み。アッシーくんの足首から下の部分と兄さんが爪先立ちする事で10cmは高くなるよ」
「…弟よ」
「資格証書と銀時計の授与式では記念写真を撮るんだって。だからこれが良いって大佐が教えてくれたんだ」
「………」
そこでやっと、僕は兄さんの様子が可笑しいのに気が付いた。顔が青いって言うか黒いって言うか…。
兄さん、三白眼で口開けてるの、怖いよ!?
「アル、プレゼントは気持ちが大切だ。誰かに推薦されたのよりお前の選んだものが良い!」
「え?そんな事言ったって…今無いし、お金も残って無い」
「あるぜ!とびっきりのが」
そういうと、手に持っていたシークレットアッシーくんを放り投げ、兄さんが僕に飛び付いて来た。兄さんの顔が迫ってきて…
兄さん、何をしてるの?
やっと僕から離れた兄さんは、自分の唇を舐めると嬉しそうにベッドに潜り込んだ。
「?……ま、いいか。兄さんが良ければ」
床に転がるシークレットアッシーくんを紙袋にしまうと、兄さんのベッドサイドに置いておいた。

朝早く出かけた兄さんが髪を少し焦がして戻ってきた。
「アル」
「どうしたの?兄さん」
「御礼…っていうのはヘンか。お前のお金だし」
そう言って僕の手に乗せたコイン2枚。
「シークレットなんやらは返品した。お前からはずっと、いや比べ物にならないもの貰ったから。それで、交換してきたヤツ」
手の中の硬貨は1センズで。だけど
「あ、僕の生まれた年の…。こっちは兄さんの生まれた年…」
「お前と同じ歳のコインは、俺にくれよ。俺のヤツ、お前にやるから…持っててくれ。ずっと」
なんていうか、僕の兄さんは…、兄さんは
「ありがとう、兄さん。大切に持ってる!」
「おう」
「でも、大変だったんじゃない!?、探すの」
「あー、まぁ人手はあったからな」
誤魔化す兄さんに一抹不安はあるけど、兄さんが嬉しそうだから
理由を追求するのは、止めて、おこう。

兄弟だけで取り残されて、二人で頑張ってきた。でも、だから。御祝いは自分で稼ぎたかった、弟と
息子の初任給をもらった両親の心境のエドが書きたかったんですが、なぜが違うところが目立ってるような…(涙)2004/01/20

「アルフォンス君の答えが気に入ったんだと思いますよ。たいした仕事でもないのに、ご自分の御給料からお金を支払う大佐なんて、はじめて見ました。僕もアルフォンス君を見習わなきゃ」
「まだ今は興味の段階だと思うが、時間の問題だな」
「だいたい”大佐”なんて呼べるのはこの面々だけで、他の奴らが言ったら燃やされちまうぜ」
「あのあとこっそり大佐、悔やんでいましたよ。ロイと呼ばせれば良かったとか、アルと呼べるようにしとけば良かったとか」
以上の証言を踏まえてエドはロイの執務室の扉を蹴破った。
髪が焦げる程度の報復でシークレットアッシーくんの返品及び騒動を、ロイが収めたのは他でもない。アルの誕生年月日をチェックできるチャンスだったからである。

「錬金的にも興味深い存在だからな」
掻き集めた硬貨からこっそり抜いたコインを弾き、ロイは自分にに言い訳した。