どうしてこうなったのか



【東のはての森に魔物が出るそうだ】
【あんた、錬金術師のクセに魔物なんて信じてるのか?】
【無論、魔物の存在は信じておらんさ。だが、市民の声には耳を傾けるようにしている。いずれは我国民だからな】
【いってろよ】
【あぁ、これは失礼した。怖かったのか】
【誰が怖いって言った!?】
【では、真相を確かめて来れるかね?】
【そんな事は軍部でやれ】
【君も軍の狗なのだが?】
【っ、だけどそれは俺の仕事じゃねーだろ!?】
【なにやら兄弟がよく騒ぎを起こすんでねぇ。後始末で取れなかった有給休暇を消化してもらってるので人手が足りんのだよ。せめて救援物資を届けたいのだが、近隣の連中に頼んでも皆恐がって食料すら届けられない有様だ】
【ユースウェルは?炭坑の連中はビビったりしないだろう!?】
【ユースウェルの外も魔物の出没区域になっている。自給自足で自分達を守るのが手一杯だ】
【ユースウェルの奴らも見たのか?】
【捕らえるどころか命からがら逃げ出したそうだ。つるはしをも噛み砕く牙を持った怪物からな】
エドワードとアルフォンスは顔を見合わせた。
【つるはしを噛み砕いただと!?】
【その仕掛け(嘘)を解き明かすのが錬金術師の性分だろう?】
【ふん】
エドは鼻を鳴らした。
【街の連中は自分達でなんとかできるが、問題は街の外、森の入り口にある孤児院だ。幼い子供達が腹を空かせてなければ良いが】




口の悪い割に困っている人を放っておけない兄さんが売り言葉に買い言葉で、現在の状況。
事件そのものは尊い血族と称する人達が、自分達は神だと信仰を集めようとしたお粗末なもの。その手段として仕立て上げられた魔獣がバカ強くて、大きくて厄介だった以外は。
【炭坑の連中がビビってるのを笑わなきゃな】
なんて言いながら食料を積み込んだ車でわざわざ森を通るルートを選んだ兄さん。
鉄道だったら痛める事の無かった腰をさすりながら、孤児院兼教会へ食料を運び込んだ途端現れたソレら。
そう。魔物は1体ではなかったのだ。
取敢えず教会の地下へ子供達と神父を引き連れ逃れたものの、嗅覚が優れたそいつらは迷う事無く追ってきた。
教会の地下に森の外れへの抜け道がある事自体、ここの治安が悪い事を物語っているが、今はありがたかった。大勢の人を収容できるよう地下は広いが、その先へ続く道は狭い。
一瞬、兄さんと目が合った。
地下は外からの攻撃には強くても、内部の補強は弱い。内で魔獣を倒す威力の錬金術を使えば崩壊しかねない。盾になって道を塞ぎ皆を逃がすしかないが、出口の先にも魔獣がいるかもしれないから2人は残れない。
そして。
大人には頼れる存在の鎧も子供には畏怖の対象だった。スピードと信頼がものを言う逃走の先導には、僕は不適だった。
「アル、あいつらをくい止めろ!」
「わかった!」
兄さんはそう言うと子供達の先頭に立った。その背を見送る間も無く、僕も出口に背を向けて立ち塞がる。
3頭の獣がゆっくりと近づいてくる。頭部には鋼の牙と角、その前足には鋭い人工の鉤爪。作り物だがひどく頑丈な魔獣の装いが、地下を照らす灯りに鈍く輝いた。



「少し、休ませて下さい」
最後尾から、子供達を見て神父がエドに懇願した。
「急いでんだよ、俺は…」
「え?」
呟かれた言葉に神父が聞き返すと、エドはチラッと子供達を見て口唇を噛んだ。
そこへ
「正義の味方の登場だぜ」
おどけた口調の割に仰々しく武装したあたり、勇気を振り絞って駆けつけてくれた事が解るユースウェルの炭坑夫達。
魔獣の正体や黒幕については既にエドが軍に一報入れていた為、物の怪の類ではないと解ってもなお、その強さを目の当たりにしている炭坑夫=怖いもの知らずの炭坑夫ですら恐いと感じる相手だった。
「あと、頼む」
エドは応援と見て取ると、言いざま走り出した。
「あ、おい?」
ツッコミを期待していた炭坑夫達は、その様子に顔を見合わせた。
「らしくねぇ、何あせってんだ?」




ちょっと自惚れていたかもしれない。
錬成した檻は想像以上に丈夫な牙と爪、獣の驚異のパワーで破られた。動物は人より遥かに俊敏で、思わぬ方向から攻撃を仕掛けてくる。
重量をかけた体当たり、3頭の連携は僕の右腕から肘下を持ち去り、錬成できない状況に落し入れた。足も膝下は穴が開いてボコボコだ。
持ち去られ、何度も噛まれ振りまわされて歪んだ右手が、隅の方に転がっている。
『あんなにボロボロになっちゃって…』
兄さんが見たら嘆くだろうなぁ
痛みが無いからつい、呑気に考えてしまう、兄さんが居たら怒るだろうけど。
痛覚が無い体は死に対して緊迫感が持てない。それよりも大切な者を失う恐怖の方がずっとリアルだ。
散漫になった意識の端が、金色の瞳を捕らえた。
『あ、兄さんと一緒の色』
禍禍しい頭部の飾りから覗く瞳は金色で、そこだけは命の輝きが、自分を信じるものの威厳があった。
兄さんの内側からも時々溢れ出す神々しい光に似ている。
3頭の攻撃を何とか持ち堪えると、孤児院側の入り口から仮面を付けた男が下りてくるのが見えた。
「神の使いの勝利で終わらせたかったが、そろそろ時間のようだ」
男の声に3頭がいったん下がる。
「こんなに手間取るとは思わなかった。君の奮闘には敬意を表するよ」
口だけで笑うと男は笛を口にくわえた。僕には聞こえないけど笛の音が3頭の動きを支配したようだ。
獣が行う狩とは違う、命令での無駄の無い動きで3頭が飛び込んできた。
攻撃ではなく僕の動きを封じる為の行動。正面を見れば男はライフルを構えていた。
乾いた発射音のすぐ後、僕の右目から金属の跳ね返る音を立てて弾丸は鎧の中を落ちていった。
『不味い』
このままだと僕の体が無い事がばれてしまう。でも、倒れるわけにはいかない。ここを通すわけには!
男も空っぽの音に不審を覚えたようで、再びライフルを構えながら近づいてきた。
『とにかく、このこ達を』
足元を固める獣達を引き剥がそうと背を屈めた時、ライフルの音と同時に地響きが轟いた。
立ってられず、膝をついて振り仰いだ視界に赤が広がる。
「俺のアルに汚い手で寄るんじぇねぇっ!」
滅多に聞けない兄さんの本気の怒声を聞いて、僕はそれが兄さんの赤いコートだと気付いた。
兄さんの背に庇われていると。
小さい兄さんの背が、視界を占めるほど近く、僕を庇って立っているのだと

取敢えず岩の壁で銃弾を防ぐと兄さんは振りかえった。
「子供達や神父さんは?大丈夫なの?」
それには答えず兄さんは冷たい目で僕の足元を見ると、引き剥がそうとした僕との格闘でやや疲れ気味の3頭をそれぞれ身動きできない小さい貨車をひっくり返したような檻に閉じ込めた。あれでは中は真っ暗で動けも出来ず、破る事は出来ないだろう。
『怒ってる』
こんなに怒ってる兄さんを見るのは久しぶりだ。タッカーさんを殴った時以来…
「ごめん、兄さん。僕…」
これにも答えてはくれず、兄さんがなにやら錬成すると、岩の向うで男のひしゃげた声が聞こえた。
そうしてやっと、兄さんは一息大きくついてから、僕を見た。
「お前、なんで本気でやらなかったんだ!」
『バレてる』
「アルフォンス!」
フルネームで呼ばれ、僕は思わず正座してしまった。
「……猫…」
「聞こえない!」
「猫科だったから!つい…ごめんなさい」
仁王立で僕を睨んでいた兄さんは、力が抜けたように僕の左肩に手をつくとヘナヘナと座り込んだ。
「お前なぁ…」
そのまま額を僕に付けた。
「ごめんなさい」
「無事で…良かった」
「ごめんなさい」
そのまましばらく兄さんは俯いていたが
「ふふふふ」
突然笑い出した。
「に、兄さん!?」
「罰でしばらくそのままだ。直してやらん」
顔を上げた兄さんは意地悪く笑っている。
「はいはい」
仕方ない。本当に僕が悪いんだもの。
兄さんは着ていた赤いコートを脱ぐと、器用に僕の右腕に巻いた。
「しばらくはコレで我慢しろ」
まるで怪我人のように巻かれたソレ。
「ありがとう」
「罰でやってんのに礼言う奴があるかよ」
「うん、ありがと」
「ヘンなヤツ」
辺りが騒がしくなってきた。どうやら救援が来たらしい。
「遅ぇってェの」
兄さんはぶつぶつ言いながら僕の右手を拾い上げた。
「行くぞ、アル」
それが僕の道標。この人の存在が僕の希望。
「兄さん、カッコイイ」
僕の右手を肩に担いだまま、兄さん振り返るとニカッと笑って親指を立てた。

fin





「無事だったかい、エルリック兄弟」
事後処理にまわされたらしいハボック少尉が、タバコを吹かしながら近づいて来た。
「ん?どうした?」
僕の足から聞き覚えのある妙な響きを感じたらしい。
「あ、さっき撃たれた弾が入っちゃってるんです」
僕が慌てて足首を外すと、中から弾が零れ落ちた。
「右目から中に入っちゃって」
笑い話で言ったつもりなのに、ハボック少尉は引きつった声をあげた。
「エ、エドワード・エルリック…落ち着け、あの、」
急いで足を戻し兄さんを見ると、その右手は既にでっかい刀に変わっていた。
「に、兄さん?」
「ぶっ殺す!」
連行されていく仮面の男めがけて走り出そうとする兄さんを、ハボック少尉が慌てて後から羽交い締めにする。
「落ち着けって、この、大人しく…痛てっ、蹴るな」
「放せぇーーっ。あの野郎、俺のアルに!絶対ぇぶっ殺す!」
持ち上げられたまま宙ぶらりんで足をバタつかせながら喚く兄さんの雄叫びが森の中に響き渡った。
気持ちは嬉しい。すごく嬉しい。
でも、兄さんと格闘しているハボック少尉を考えて、僕は弟として止める事にする。
「兄さん、カッコ悪い」
兄さんの動きがピタッと止まる。錆びついた機械のようなガタついた動きで兄さんが振り向いた。
とうぶん、猫の話題は出来ないだろうなぁ







鋼ファンの皆様、映画をご存知の方、そうでない方もゴメンナサイ(汗)。
山椒は小粒でぴりりと辛い……という言葉じゃないですが、小さい背が大きく見えるような兄さんがカッコイイんじゃないかと思ったので(^^;)。えぇ、でもごらんの通り玉砕しました。主催者様、御目汚しで済みません。
紅の鋼

ジェヴォーダンの獣

7月竜