君を想う

原作版

7月竜

「そんなとこに座りこんでるなら、明日の準備でもしておいてくれると助かるね」
背後から突然かかった声に、店の勝手口に座っていたアルフォンスはビクッと震えた。
「師匠…」
アルフォンスが振りかえると、厨房の薄明かりの中、ルームウエアの上にガウンを羽織ったイズミがつっかけで仁王立ちしていた。
「思い出したんだろう!?真理を」
「…ええ」
「…、なんだ。錯乱しているわけじゃ無さそうだね」
安堵した声で物騒な事をさらりと言うと、イズミはアルの側に寄った。
「何をしてるんだ?こんなとこで。何か見えるのか」
言うなりゴンとフライパンでアルの頭を殴った。
「せ・師匠〜」
グァングァン鳴る冑を抑えながら、アルは困った声を上げた。その声を無視し、イズミはアルの肩に体重を預けると開いた裏口から夜空を見上げた。月の影で星がか細く瞬いている。
「師匠、風邪引きますよ!?早く休んだ方が」
「言うことは他に無いのか?」
遮るように言うイズミをアルは見上げた。しかし空を見上げるイズミの表情は伺えない。
「怪我までさせて、すみませ」
「ソレじゃない」
パコン。フライパンと甲冑が軽快な音を立てる。
「人体練成の事も人造人間の情報も残念ながら…僕では手の循環で構築式を造る事もできな」
「ソレでもない」
今度はガコンとつっかけで蹴り飛ばされ、アルは階段から転がった。上体を起こしながら勝手口を見ると、アルが座っていた場所にイズミが腰を下していた。
足と手を組んで自分を見つめる鋭いイズミの瞳に、アルはその場で正座をした。
「マーテルさんを…助けられませんでした」
イズミが何も言わないので、アルは顔を伏せた。
「ロアさんと、ドルチェットさんに頼まれたのに、僕は…何もできなかった」
地面についた手を握り締めると、鎧に握り込まれた土がキシリと鳴った。
「ドルチェットさん‥、14にもなったら自分の考えで動けって…。あの人達、勝手に兄さんが死んだと思い込んで、僕を慰めるんですよ。解体するとか言いながら。ホント、矛盾してる…」
アルは顔を上げた。
「僕は…助ける事もできず、真理を見極める事もできず、なにも…なんのちからも持って無」
「誰も力なんて持ってないよ。お前も私もエドワードもね。ちからなんていうのは、皆が何とかしようと集まって生まれるものなんだよ」
イズミは組んでいた足をもどすと立ち上った。
「アル、お前大丈夫だって言ってたけど、悲しいんだろう」
「…わかりません。僕は…。僕は‥」
「何もできなくても、そこに自分への哀れみを含んでいたとしても、悲しんだり泣く事は悪い事じゃない」
もっとも、自分を憐れむ事しかできないような奴は破門だけど。
言いながらイズミはゆっくりアルへ歩み寄った。
「…泣くという事が、どんなだったか忘れてしまいました」
イズミの軽い口調に、アルも手の力を緩め、己が師匠を見上げた。張り詰めていた空気が緩み、鋼の掌の土が指をすり抜けていく。
イズミは微笑むとアルの頭を撫でる。何度もゆっくりと。撫でられる感触がアルには伝わらない事に悲しみながら。
「‥助けたかった」
「そうだね」
「強く、強くなりたい」
「なれないような奴は弟子じゃない」
「‥はい。」
頷きながら、アルの手が優しく、壊さないように優しく自分の手に触れるのにイズミは強く目を瞑る。涙が零れないよう小刻みに瞬きしてから、アルに気付かれないよう勝手口を振りかえった。
『廊下をウロチョロしやがって、心配なくせに自分で声をかけられない臆病者が。それで気付かれて無いつもりなら、国家錬金術師もたかが知れるぞ。時間をくれてやるから、さっさと部屋へ戻るんだよ』
薄く口元に笑みを敷くと、イズミはアルに視線を戻し、屈んでその背を叩いた。
「振り返る事は悪い事じゃない。だが、留まり続ける事に意味は無い。」
スッとアルの側を離れると、イズミは背中越しに言った。
「今を立ち止まるのは今晩だけにしておけ。」
勝手口から暗闇に消えていくイズミの背を見送り、アルも立ち上った。
最後まで立ち止まりはしなかった、訳ありだけど前向な人達。
もう一度、アルは夜空を見上げた。
「今はまだ、ちからも、言葉も持ってないけど、いつか…」
祈りは白み始めた空に溶けていった。

マーテルの死を経たアルフォンスの心情を、少し語りたかったのです。も少し、引き摺るのも有りなんじゃないかなぁとか(笑)2004/01/29