「よろしく」
差し出された手(言葉)は、ごく自然だったから、姉ちゃんの心配は杞憂だろうと思った。もっとも。どこに在っても自分は自分でありそれ以上でも以下でもなく、ましてここ(天網市)へは成すべき事の為に来たのだから偽る必要も無い。
だが、手の持ち主が一風変わっていると思った事は(学ランよりも古風と思う)決闘の、呼び出し仲介で裏打ちされた。
「控えめな好奇心旺盛ってぇの?」
「なんだよ、それ…」
話題の委員長は先生の用事で職員室、残った川森君、成田君、三上君に"村田始"の話になった訳だ。委員長に対する成田君のコメントと三上君のそれへの感想は人柄が表れている、と言えばいいのかな。
「でも、聞いて良い事か悪いのかを考えてるトコがあるから、嫌味にならないンじゃないかな。委員長だから責任感あるし」
「責任感あるから委員長に選ばれたんだろ!?」
という三上君のツッコミは置いておいて、この市自体秘密を守っているからシングウメンバー以外は(彼らはアピールし過ぎではないだろうか)、万事控えめで明け透けな人間はいない。川森君の言葉はこの街で委員長が特別ではない事になる。
「変っていうより、妙って感じじゃない?妙の方が味わいあるし」
帰宅した部屋には東京在住の(疑わしい)姉ちゃんが居て、土産をひろげていた。ところで、姉ちゃんの感想は求めていないんだけど。
「心配なら行ってみれば?」
助言以外はする気ないんだ。何しに来てるのやら。あぁ、それを言うなら生徒会の彼らもだな。チカラを隠しているなら、屋上に呼び出して決闘する事自体問題なわけだし。自分でバラしておいて口封じも無いと思うけど、彼らならするんだろうなぁ。直球勝負の彼らでは。
「他人と関りを持つのは良い事よ」
姉ちゃんが思ってるほど他人と一線引いているつもりはないんだけどなぁ。じっちゃんに言わせれば
「真守五家のヤツラより、わしが育てただけあって出来が良い」
と言う事になるけど、僕だってただの中学生だしね。そしてそれは委員長も。
チカラの事より、興味を引いたのは僕の事のようで。ただの統原無量に手を差し出してくれるのなら僕も差し出すよ、ありがたく。
だから
「靴履いてて正解だっただろ!?」
僕の差し出した手(言葉)を委員長は苦笑交じりに受け取った。
この先、星の光の降り注ぐように、共有する時間も積もっていくんだろう

戦記はじまって

7月竜

今日はとても大切な日だったりするから。気合は十分、うん。

「気合負けって言うのよ、ソレ。緊張してるんじゃないの?」

緊張?俺が!?

「じゃあ、な〜んで時間ぎりぎりになっちゃうわけかなぁ〜」

抜かり無いよう準備万端にしておかないと、大事な時に邪魔が入っても困るからね

「やさしいお姉様としては、そういう事にして置いてあげるわ」

両手を広げてみせてるけど、あとで借り返せとか言うんだろうなぁ

「そのお礼と言っちゃあ何だけど」

そら来た

「何よ」

うわっ。横目で睨まないでくれるかなぁ。腰に手を当てて頬を膨らます仕草は本質知らなければ魅力的なんだろうけど。

「とにかく!2日目はあんたに譲るけど、今日の組み合わせはわたしが決めるからね」

「え〜っ」

物で集ってくれた方が良いよ。かくれさとに居る時間は短いんだから。って、駄目だ、あの目は。絶対譲歩してくれない。目で含み笑いを表現できるのは姉ちゃんぐらいなもんだよ。はぁ

「項垂れない項垂れない。大事な日でしょ。始めが肝心」

肝心も何も、時間ぎりぎりにした俺も悪いけど、更にオーバーさせてるのは姉ちゃんだよ。まったく

今日、これから向かう先は長野、ほしふるさと。

旅行とは名ばかりのレベルアップだったりする。勿論守山さんや瞬君のもだけど、俺と村田君のステップアップが最大目標。

「何妄想に力入れてるのよ」

「妄想じゃなくて人生設計」

「はは〜ん!?でも今日はわたしに決定権があるからね」

姉ちゃんの視線の先にはかくれさとへ続く道がある。まぁ、おまけも付いて来てるからここは大人しく従うよ。レベルアップ前の関門に、心の準備も必要だしね。

じいちゃん、手紙読んでくれたかなぁ。なんだかビデオだけ見てそうな気が…。いや、もう後には引けない。全員揃ったところで、いざ出陣。

扉を開ければ案の定守山さんのビデオがぁ!

じいちゃん、そこがポイントじゃない!大事な人を連れて来るって書いただろ。

守山さんも俺に怒らない!怒りたいのは俺の方だよ。

姉ちゃんもじいちゃんも確信犯だな、これは。

でも、ま、言いかえれば紹介は済んだ訳だし、明日は‥きっと…

 

「那由ちゃんは?」

「台所」

「始君も?………、やける?」

「少し妬けるね」

「実はわたしも」

「じいちゃんは散歩へいったよ」

「ったく、好きだなぁ………、で?スッテプアップ出来たの?」

話題の変え方は少し強引だったけど、姉ちゃんも色々頑張ってるから。感謝も含めて気付かない振りでのってみる。

「ハッピーエンドへの道程は未だ長いけど、いいんじゃない?」

「ふぅ〜ん!?ごちそうさま」

何をガサゴソと、…花火買ってきたのか。さすが姉ちゃん、遊びに手は抜かない。水音も止んだし、片付けも終わるようだ。呼びにいくつもりか姉ちゃんが立つ気配がする。

本当はさ、姉ちゃん。余裕なんて全然無い。でも、大切だから寛大にもなれるんだよ。

「次は手を繋げると良いな」

「……それって、全然前進してないんじゃない!?」

7月竜

「お母さん手が離せないから、誰か電話に出て」
用事を言いつけられる時、妹双葉はちゃっかり消えていて、村田始は溜息ひとつ電話を取った。
「もしもし〜、村田さんのお宅ですか?僕〜先日スキヤキ大会に一緒したジルトーシュです〜。もしかして始君?いや〜丁度良かった、実は君に折り入って頼みがあってね」
頼みというのはある意味簡単で、実は難しい事だった。スキヤキ大会のもう片割れウェンヌルを街案内して欲しいというもの
「でも、どうして僕なんですか?」
「いやぁ〜、百恵さんから君の事聞いてねぇ。なにせ日本に慣れてないし、日本人も外人
苦手な人多いし、君なら臆せず面倒見てくれそうだと思って」
真守百恵の知り合いで外人の相手をしてくれそうな人物。
統原無量は転校して日が浅い。真守五家は大人も子供もシングウ関係で忙しそうだ。一緒に食事もした始に指名が来てもおかしくは無い。
「僕、仕事が入っちゃってさ〜。休みのとこ済まないねぇ」
済まなさそうで面白がってるそうなジルトーシュの言葉は、休日返上より疑問爆弾となって始に投下した。
『ジルトーシュさんって働いてたんだ。何してるんだろ?』

駅前での待ち合わせ。アロハシャツの浅黒い外人が大身振りで手を振ってるのは、近づくにいささか勇気がいったが、近づかなければ叫ばれるに違いなく。始は笑みを顔に貼り付けて、無理やり足を進めた。
「お待たせしました」
「いやいや、こちらこそ悪いね。コイツにお金は持たせてあるから適当にこの街を案内してやってよ。それじゃ僕は急ぐので」
言い置くとあっという間に見えなくなった。
「あ〜えぇっと…、何処行きたいですか?あ、わからないですよね。何か見たいようなものありますか?」
「ヒトのコミュニケーションは何故複雑なのだ。」
「は?」
頭上から聞こえてきた音は、言葉と認識できても意味が掴めない。
「コトバはそのまま受け止めるものではないのか?」
「あははは…、え〜と、図書館でも行ってみますか?」
再度の問いかけに始は取敢えずの目的地をあげるに成功した。

新書コーナーはブームの本もある事からそこそこ賑っていた。
『次いでだし、お祭りの参考を兼ねてこの街の史書とか探してみようか』
我街の歴史を紐解く人は少ないようで、その一角はガランとしていた。目に付いた1冊を手に取ろうとして、始はウェンヌルが真後ろに立っている事に気がついた。
「ウェンヌルさん?」
無言で引っ張られ連れられた先は書監の前。机に張り出された文字を指差され、始は引きつった笑顔を貼り付けた。
〃館内はお静かにお願いします〃
ため息をつくと本1冊を借りて始はウェンヌルを連れ外へ出た。
「まるっきり喋っちゃ駄目って事じゃないんだけど」
「しゃべれば"静か"では無いのではないか?」
「えぇ、そうなんですけどね」
始はガクっと肩を落とし、そこで改めてウェンヌルが望んでいる言葉の意味に気がついた。
「いろんな人のおしゃべりが聞きたいんなら、街中を歩いた方がいいかも」
「おしゃべりだけではなく、その場面で使われているコトバの意味が知りたい。だが、それはジルトーシュに聞くから今はいい。この街が一望できる所は無いか?」
一望できる所。始の脳裏に無量と守口京一が対峙した学校の屋上が甦る。
「学校…行ってみますか」

「ジルトーシュさんは今日、なんのお仕事なんですか?」
道すがら間が持たないので、今一番の疑問を始は口にしてみた。
「カミの仕事だ」
「ええっ?神父さんか何かですか!?」
発音からして製紙工場でも無いだろうし、あぁでも外人だから発音を当てにしてはいけないかも、などと更に疑問を深めていた始は隣でウェンヌルが叫ぶ声でハッと我に返った。
『学校は部外者進入禁止だったっけ』
誰かに見咎められたか?ちょうど校門を過ぎ、今は体育館の裏。辺りを見回そうとして、始は青い光が体育館を含め彼らを取り巻いているのに気がついた。
「わぁっ」
光の当っている部分が空へと吸い上げられていく。静かでいっそ穏やかとも言える光の引力は、しかし強大でいかなる拒絶も無意味だった。体育館はその全てが光に収まっていない為半壊し、コンクリートで補強された土台部分を置き去りに壁や床や諸々の設備が塊片となって光の中を漂っていく。音すらも飲み込んで青い光はゆっくりと始を空へと引き上げた。
『これは…もしかして、ヤバイ状態なんだろうか』
崩壊音も痛みも重力も感じられない、静寂に支配された青い光のベールの中に差し迫る危険は推し量れなかった。
『でもきっとやばいんだよね、これって…』
腕組みをして考えてみても、守山那由多に襲われた時の方がよっぽど危険を感じた、などと瞳を閉じて一人頷いてしまう。そこへ
【始っ】
始は無量が自分を呼ぶ声を聞いた。切羽詰った声に始が見回せばベールの外やや上空を、文字通り無量が飛んで来るのが見える。宇宙人と対峙していた時ですら見なかった真剣な面差しで、無量は始の方へと手を伸ばした。
双葉が惚れるだけあってキレイな顔してるよなぁ
『あ、男にキレイは失礼か。端正が正しいよな』
独りでツッコミをいれつつ、始も無量に手を伸ばした。しかし支えが無い為、近づく事はできない。空間に閉じ込められている事をやっと始は自覚した。
その間にも始は空へ宇宙へと吸い上げられて行く。一緒に無量も昇って来る。
「無量君、駄目だ!戻れ!大気圏に入ったら息が!」
無量は始を見つめていたが、身構えると光に向かって突っ込んで来た。光に接触した一瞬、無量は端正な顔をゆがめたが、淀む事無く始の傍へ近づいてくる。
「なんて無茶するんだっ」
温厚といわれる始も心配でつい言葉を荒げ、無事を確かめる為手を伸ばす。その手を逆に掴れ、始は無量方へ引っ張られた。
ポスッ
効果音ならこんな表現だろうが、残念ながら音は吸収されてしまった。勢いで無量の胸に顔をぶつけた始は、学生服って思ったより堅いと思った。
そのまま掴れた腕を引き上げられ、何事かと無量を見れば既にいつもの笑顔で始を見下ろしている。
「          」
無量の声は聞こえなかった。
そういえば音も吸収されてるんだっけ。
始は思い当たり、そこで改めて気がついた。
『あれ?でもさっきは確かに無量君の声を聞いたと思ったけど』
確かに、〃始〃と…
通じないと思ったのか、無量は始の腕を自分の首に回させた。
「首に掴れって事?」
確かに始を支える為両手を使っていては大事な時に対処できないだろう。
「重力も無さそうだし、首、折れないよね。重かったらゴメン」
無量の首に手を回すと、彼の左手が始の背に回された。
「       」
無量が何か言った気がしたが、背に回された腕に力が込められ無量自身、顔を始の肩に埋めていたので始は確かめられなかった。
無量の肩越しに回りを見れば、建物の残骸が自分達と同じように浮かんでいる。
「そうだ!ウェンヌルさんは?」
【急報を聞いて引き返して来たジルトーシュさんに助けられてたよ。巻込まれた生徒達は磯崎先生と山本先生が助けた】
「そうか、良かっ…ってどうして聞こえ」
【チカラを使っているからさ】
詳しい説明無くともたった3文字で納得できる現状が目の前にある。始は無量の顔が見たくてゆっくりと邪魔にならないよう顔の向きを変え…
【そこ!あ〜もうっ、そこそこそこ!何してるの!手を離しなさい!!】
「この声は守山さんだ」
清ましている時じゃない、素の那由多。無量もそう思ったらしく、微かに笑う気配を始は感じた。無量が顔を向けている側にシングウが立っている。
【支えてないと落っこちちゃうだろ!?】
【よく言うわねぇ、あんた!】
【これはこれは、出遅れてしまいましたね】
守機瞬の茶々も入る。
「無量君不味いみたいだし、僕、手を離」
精神統一・真剣勝負のシングウを邪魔している。地球の平和が、いや、守山さん達にこれ以上の負担をかけてはいけない。
始が手を外そうとすると、無量はやんわりとそれを止めた。
【宇宙人の行動はシングウが阻止してくれるから、光が消えたら僕達は下へ降りよう。危ないから手は離さないで】
そう言うと無量はシングウを
「               」
【この…!】
【那由多、痴話喧嘩は後だ】
【そうそう、あとのお祭りで】
津守八葉に諌められ、悔しいが責任の重さを自覚している那由多は鼻息荒く敵に向かっていった。

「助けてくれてありがとう。無量君」
お礼の後、何か言いたげに自分を見つめる始に、無量は笑みを浮かべて〃何?〃と聞いた。学校の屋上、他人に邪魔され無い取っておきの場所。眼下に体育館の残骸があっても、ここには平和な時間が流れている。無量と始は、お互いが穏やかな時間を作り出せた。
「あのさ、その、」
言出し辛いのか、始が言葉を探す間に無量の笑みは優しさを増していく。
「チカラって他人の考えも解るの?」
ようやく顔を上げた始は拳を握って尋ねた。
「…ハァ、そう来るか。村田君が見込まれるだけの人物って忘れてたよ」
ガクっと肩を落とした無量に、始は慌てた。
「え?聞いちゃいけなかった?」
「聞いても全然平気よ、無量は勝手に期待してだけなの。」
「!姉ちゃん!!」
チカラを使える人がいる天網市に、取っておきの場所は作れないようだ。1段高みから統原瀬津名が二人を見下ろしていた。彼女はミニスカートで勢い良く飛び降りると、無量に指を立てた。
「那由多ちゃん、後片付けしてるのに、抜け駆けはどうかなぁ〜。」
「姉ちゃんが邪魔してるだろ」
「当たり前よ、面白く無くなるもん」
そして瀬津名は始を振り返った。
「チカラで考えが解るんじゃなくて、無量や真守の皆は目が良いの。唇の動きや抱締めていれば振動でで読み取れるのよ。思うだけなら解らないから安心して」
でも。盗み見やhugには気を付けてね、とウィンクを投げる。
「あ、そうなんですか」
僅かに顔を赤らめる始を横目に、無量が口を挟む。
「姉ちゃんもだろ」
「拗ねない拗ねない。それにhugはしてないし!?じゃ、邪魔者は消えるわね」
「もう遅いよ」
瀬津名はさっさと屋根伝いに消え、少し気落ちした雰囲気の無量に始は首を傾げた。
「邪魔って?」
「…、長期戦って意味かな」
そんな始を見つめると、一息ついて無量は笑った。

無量の気持ちも那由多の想いも青い光がウェンヌル誘拐目的だった事も、始に伝えられなかった。
既に宇宙人が地球にいる事や様々な恋のバトルを水面下に隠し、明日も戦記は続く。

の、ある

7月竜