「あれ、無能の大佐。何してんだ?」

初っ端の挨拶に思いっきり眉を顰め、声の主に視線を落すと、ロイは幽かな違和感に怒鳴る為に開いた口をゆっくり閉じた。

雨の街角、偶然の再会。

普段なら挨拶どころか逃げ出すエドワードが、自ら声をかけてきた、この事態に、ロイは目を細めた。その横で、見張り…もとい、護衛に付いてきたホークアイがエドと挨拶を交わしている。

「弟はどうした?」

いつもエドの半歩後ろに控えているアルフォンスの姿は今無かった。

「雨に濡れると後の手入れがタイヘンだからさ、留守番」

面倒臭がりなんだよな〜 と、ぼやくエドの肩が微妙に落ちて、ロイは確信をついたと思った。

水で錆びるという事実か、実際に手入れが大変だからか。

結果、兄が、あるいは弟が雨の外出を拒んだ。

その現実が。

人間であると思うエドに、人間でありたいと願うアルに、空から降り注ぐ。

そしてひとり雨の中を歩くという孤独が。

今日はエドを歳相応の子供にしているとロイは思った。


「ろくでも無い用事なら風邪を引く前に帰るんだな、鋼の」

髪をガシガシ混ぜると、途端に牙をむく。

「雨降りは無能なんだから、査察は別の有能な人間に任せた方がいいんじゃないの!?」

売り言葉に買い言葉。だが有能なホークアイ中尉のおかげで、軍や国家の名を落す事態は未然に防がれた。

「だからって上官の鳩尾に喰らわすか?普通?」
「低俗な争いは勤務時間外にして下さい。エドワード君も、大佐に不謹慎な行動への勧誘は控えるようにして下さい」
「…分りましたので額に向けてる銃を仕舞って頂けないでしょうか」

あの女(ヒト)は怒らせちゃいけない。

びびる二人が見送る中、ホークアイはカフェスタンドで暖かいコーヒーとカフェオレを買ってきた。
「風邪を引かないように、体を温めて下さい。エドワード君も、カフェオレなら牛乳も一緒に飲めるでしょう?」

いえ、駄目です…とは口に出せない鋼の錬金術師だった。それにニヤニヤしながら、ロイはホークアイの分が無い事に気付く。

「中尉はいいのかね?」
「勤務中ですので」

吹き出すロイに今度はエドがにやついて、ゆっくりカップを回した。

白い湯気が立ち上る。それを見ながら力が抜けたように、エドは呟いた。

「アルもさ、外にいるとき雨が降ってくると、よく寄り道させるんだ。本が見たいとか、飯はどうするとか…、あれって、雨宿りさせてたんだな」
「…お前が意地っ張りだから遠まわしに言ったんだろう」
「っるせー」

しゃがみ込んだエドにホークアイは上着を脱がせ、代りに自分の上着を着せた。

「いいよ、もう帰るから」

申し訳なさそうに見上げるエドにホークアイはにっこり笑った。

「それ、飲んだらね」

なみなみと残っている白くて茶色い液体に、エドは顔を引きつらせた。どうやら牛乳の割合が多いらしい。親切なのか、意趣返しなのか。ロイも思わず視線を明後日へ泳がした。

ホークアイはエドの上着を持って先ほどのカフェへ消えていった。どうやら乾かしてくれるようだ。

「感謝しろ。馬鹿者」

しゃがんで膝を抱えている最年少の国家錬金術師に、ロイはぶっきらぼうに言った。同情など意味が無い事を、29歳の若さでもロイはよく弁えていた。

「…雨がさ」

「?」

「雨が伝って、鎧の隙間からアルの中に入ると…水滴の跳ねる音がするんだ。その水はまた足の隙間から流れ出て、溜りはしない」

「…………」

「感覚は無いから、それ事態は不快じゃないって言うけど、音が……」

「…鋼……」

「俺には聞こえないけど、アルの中には響いて…」

「……っ」

「ウィンリィに聞かれるまで気付かなかった。ウィンリィは何気なく聞いて、アルもさり気なく話を逸らしてたけど、気付いたから、俺…どうにかしたくて!」

「……」

「カッパ買ったんだ、特注。でもさ…それ渡したらきっとアイツ、余計な気をまわすんじゃないかと思って…捨てた」

「それでずぶ濡れか」

そこへホークアイが戻ってきた。二人の様子に綺麗な眉を顰めたが、何も言わずに上着を差し出した。

「あ〜ぁ、大佐に愚痴ゆ〜んじゃ、俺も落ちぶれたもんだ」

「黙れ、小心者」

またか、とホークアイが溜息をつくより早く、エドは身を翻した。

「ありがと、中尉」

走り出すエドの背に、ロイは言葉を投げつけた。

「わたしにも感謝しろ」

「あ〜!?」

むっちゃ嫌そうにエドが振り向くと、ロイは片頬あげて笑った。

「言葉を出し惜しむな。それが出来ないなら、抱締めればいい」

そう言い置いて歩き出すロイとホークアイを、エドはポカンと見送った。それが助言と気付くまでに数分を要した。

 

翌朝、抱締めたら変態と嘆かれ、矯正の鉄槌を喰らったエドの報復が東方司令部に炸裂した。







                 Fin

 










竜足

午前を片付けに費やした東方司令部の昼過ぎ

「顔にも見事な掌の跡があったなぁ」
「変態呼ばわりされる抱締め方って…何したんだ?」
「アルフォンス君は純心だからじゃないでしょうか?」
「純心って…兄弟の抱擁だろ?っていうか、お前ならどんなふうに抱締められたら変態だと思う?」

事と次第によっては許さんぞッ。鋼の

地を這うようなロイの唸りに、ファルマン・ブレダ・フュリー・ハボックは井戸端会議を止めて、震える大佐の後姿を伺った。大佐の横ではホークアイが午後に処理班の手配を前もってしている。彼女も真相を確かめたいのだろう、テキパキ書類を片付けると伏せていた視線を上げた。

「「「「!」」」」

現れた鋭い眼光に、4人はホークアイの怒りと真偽如何によって彼女も冷酷に天誅を下すと確信する。

『『『『合掌』』』』

昨日とうってかわった晴天は、実に乱闘日和だった。

水琴

7月竜

  

兄弟錬愛というオフセ本に載せて頂いた話。ご連絡が取れなくなったので掲載しました。